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新書の「時の人」にきく
02 音楽の聴き方、ジャズの読み方
音楽評論家 中山 康樹
ジャズの巨匠、マイルス・デイビスの魅力を説いた『マイルスを聴け!』(双葉社)をはじめ、異色のジャズ入門書として話題を呼んだ『超ジャズ入門』(集英社新書)の著者でもある中山康樹氏。歯切れよく、独特のスタンスで読者をひきつける中山氏に音楽の聴き方、そして読み方、書き方を語ってもらった。
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1.今まで体験したことのないロックの聴き方の時代に
2.繰り返し聴いて何かを発見する過程が「音楽を聴く」こと
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今まで体験したことのないロックの聴き方の時代に
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昨年、中山さんは『これがビートルズだ』(講談社現代新書)を新書で出されました。新書でも音楽の本はかなり出ていますが、ジャズやクラシックに比べてロック関連の新書は少ないですね。
中山
 ジャズとクラシックは大人の音楽であるという作り手の認識があって、それは先入観といってもいいかもしれないけど、その辺で部数が読めたりする。新書というのは40歳から60歳ぐらいをターゲットにしているから年齢的にはやっぱりジャズやクラシックとなるのでしょう。でも、ローリング・ストーンズが60歳を超えているわけですから、いずれロック関連書も増えてくるのでは。今はその過渡期だと思いますね。
 ビートルズ世代の書き手が、ノスタルジーじゃなくてごく普通にビートルズを書く時代が来ていると思います。あとは編集者の人たちがそこにビジネスチャンスをみつけるか、どうかだと思います。
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中山さんだったらロック関係ならどんなものを書きたいと思いますか?
中山
 自分が聴いてきた時代の音楽ですよね。昔はロックっていうと若者の音楽だったでしょう?今もそういう傾向があるんですけれど。でも、ミュージシャンが長生きして、オールディーズにならないまま現役でまだやっているわけですよね。ストーンズも、ポール・マッカートニーも、ビーチボーイズも。だから今までぼくたちが体験したことのないロックの聴き方の時代に入っているわけです。プレスリーの時代はミュージシャンが若くして死ぬ、するとそのヒット曲はどうしてもオールディーズにならざるを得ない。そこでもうロックとは隔絶していくわけですけれど、今は違って、今年はポール・マッカートニーがまたツアーに出たりします。エルトン・ジョンがいるしロッド・スチュワートもいる。みんな歳をとっても、いいことをやっているんです。オールディーズじゃない、ぼくらが胸をはってロックを聴ける時代にようやく来たんですよ、彼らと一緒に。
 ただジャズと違って、例えばポール・マッカートニーはビートルズという過去がすごすぎるから今が劣ったように見えるんです。でも決してそうではない、ということを書きたいんです。自分が聴いてきた人たちで、今まだやっている人たちの音楽のことを書きたいですね。
 偉大なミュージシャンは、過去の栄光がすごすぎるので、今活躍していてもバカにされる傾向があるでしょ。エルトン・ジョンは「ユア・ソング(Your Song)」を超えられるわけはないんです。でもそれは今までの聴き方をしているからで、その意味でロックの新しい聴き方が求められているわけですよ。60歳のポール・マッカートニーの音楽を聴く耳をぼくたちは今まで持っていないわけですよ。これから養っていかなければ。
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ロックは生まれてから常に時代を更新してきたから、初めての体験ですよね。
中山
 そうです。だからぼくたち聴き手の感覚が追いついていないんです。ロックが成長して新しい聴き方を求められているのに、われわれの聴き方はエルヴィス世代の人たちから全く進歩していない。ロックオヤジが胸をはれるような聴き方をしないと。この間サイモンとガーファンクルのライブでの「明日に架ける橋」を聴いてすばらしいと思った。20代では表現できない「明日に架ける橋」があるわけです。ヒット曲の焼き直しとかノスタルジックなショーではなくて、本当に本人たちがやりたいからやっている。でも、ぼくらはどうしても比べるじゃないですか。で、当然「昔の方がいい」というふうになっていくわけです。
 彼らの今の姿を常に見ているわけではないですからね。ロックももうジャズみたいに歴史を持つ訳ですから、聴き手が成長していかないとダメかなあと思っています。
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ロックオヤジはずっと続いて存在しているのか、それとも一度途切れてまた復活しているのかどっちでしょうか?
中山
 たぶん途切れていると思いますね。結婚して子どもができて仕事が忙しくなって。自分の中で「ロックをいつまでも聴いているオレはバカじゃないか」っていう意識もあったわけですよ。また、世間の目は、なぜかジャズやクラシックだとそれがない。
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繰り返し聴いて何かを発見する過程が「音楽を聴く」こと
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中山さんが勧める聴き方のポイントっていうのはどういうところにあるんでしょうか?50、60歳になっても新鮮に聴くことができる姿勢とはどういうものでしょう。
中山
 これはジャズもクラシックも一緒ですけどね。音楽は、繰り返し聴ける唯一の趣味だと思っています。例えば本にせよ、映画にせよ、現実問題として繰り返し読むとか、見るとかはちょっと不可能じゃないですか。ただ、音楽だけは気楽に1日3回聴いたりできる。でも、それをしないと、音楽は絶対によくわからないと思うんですよ。繰り返し聴いて何か発見していく、その過程が音楽を聴くということだと思います。今の若い人たちはその楽しみを放棄していると思います。ちょっと聴いて、好きか嫌いかだけで投げるわけです。それは非常にもったいない。まず、音楽に対して聴く時間を作る工夫をしなければいけないんです。そのためには例えばパソコンのスイッチを切らなければいけないかもしれない。自分の生活環境の中から音楽に費やせる時間を30分でも見つける努力をしていかないと、音楽はどんどん家庭から消えていくんです。もちろん、子どもたちが聴いたり、自分も聴いたりしているんですけれど、それは音楽ではなくて、ある種の騒音だと思えばいいんですよ。
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BGMとして聴くような聴き方ではなく…。
中山
 もったいないと思います。こういう話をするとね、何を、何枚買えばいいんだという具体論になりますけどね、ぼくは新たに買うCDの枚数は月2枚でいいと思っているんです。どう考えてもそれ以上は物理的に聴けない。毎日聴ける人はよっぽどの人で、普通は週末とか、土曜日の午後の2時間とか、そんなものだと思うんですよ。ただその中でその時間だけはまじめに聴くという姿勢がないと続かないと思います。そういう意味で2枚が限界だと思います。それを繰り返し聴く。だから、年間にして20枚ぐらいでもつわけです、音楽人生は。
 繰り返し聴いて発見したり、失望したり、感動したり、といろいろあるじゃないですか。それが、音楽を聴くということで、その一助に新書がなっている気がするんです。あるいはそうなってほしいと思うんです。
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過去に音楽体験はあるけれど、仕事が忙しかったり家庭に取り込まれて音楽を聴かなくなってしまった人が、何かを聴きたいかと思った時にガイドとして新書(本)が役に立つといいですよね。
中山
 そういう人たち、つまり入り口に立った人たちのなかには「今更ロックでもないなあ」と思う人も結構いるんです。それで「ジャズかクラシックだろう、オレの歳からいくと」と。さっき言ったロックを聴くのが恥ずかしい、と感じる世代の人なんです。娘にバカにされるし。ジャズやクラシックを聴くとなると、家族に対して知的な説得力があるんですよね。
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よく経済紙(誌)の文化論とか見ると、企業経営者とかがオペラやクラシックを語り出しますよね。今までろくに文化的なものに接してこなかったのが、壮年になって文化的な趣味をもたなくてはいけないと感じるのか、とたんにクラシック・ファンになったりして。経済界とクラシックは相性がいいんでしょうかね。経済界でロック、っていうのはあまりいませんね。
中山
 そこが不自然なんです。大企業の社長が「趣味は音楽、ローリング・ストーンズです」っていうとまわりがバカにするじゃないですか。これがおかしいんですよ。アメリカでは当たり前のことですよ。日本だけじゃないですかね。例えば銀行の頭取が、「普段はローリング・ストーンズを聴いています」と言うと、この銀行大丈夫かなって思う、そういう空気がありますよね。新書の世界もジャズやクラシックの世界そのもの、っていう感じがするんですよね。これから自分の年齢や地位にふさわしい音楽を聴こうと思ったときにジャズやクラシックがまず来て、じゃあその案内人として新書、というのが流れとしては自然かな、という気がします。
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PROFILE

中山 康樹

音楽評論家

1952年大阪府生まれ。
「スイング・ジャーナル」編集長などを経て独立、文筆業として音楽評論に携わる。ジャズをはじめ、ビートルズ、ビーチボーイズ、ボブ・ディランなどにも詳しい。
主な著作:
『超ビートルズ入門』
(音楽之友社)
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超ジャズ入門

『超ジャズ入門』
中山康樹著
集英社新書

これがビートルズだ

『これがビートルズだ』
中山康樹
講談社現代新書

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