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新書の「時の人」にきく
04 児童虐待と暴力の連鎖
山梨大学助教授 玉井 邦夫 氏 VS ジャーナリスト 梶山 寿子
子どもへの虐待事件が連日のように報道されている。「いったいどうして我が子を?」「どうしたら防げるのか、何が問題なのか」。専門家としてまた現場のカウンセラーとして長年この問題に関わってきた山梨大学助教授の玉井邦夫氏と、ジャーナリストとして家庭内の暴力を追ってきた梶山寿子氏がその背景や現場の苦悩について語り合った。
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1.性的虐待が増える!
2.虐待でしか家族の関係を維持できない?
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性的虐待が増える!
■梶山
 最近、連日のように子どもの虐待事件が報道されます。これを受けて、「バカな母親が多くなったから、虐待が増えている」などと誤解をしている人もいるようです。私は虐待の実数が急に増えたわけではなく、表面化するケースが増えただけだと考えているのですが。
■玉井
 私もそう思います。統計上の分類として「虐待」という新しいカテゴリーができたので、数値が増えているだけでしょう。でも、虐待に対するキャンペーンが浸透した結果、育児不安が広がった側面はあると思います。ここ数年、「このままでは虐待してしまいます」という相談が明らかに多くなりました。
■梶山
 これは虐待じゃないか、と過敏になっている、と。でも、そういう場合はたとえ虐待であっても軽度ですよね。ドメスティック・バイオレンス(DV)でも同様ですが、加害者や被害者が「これは虐待だ」と自覚していない場合のほうがよっぽど深刻です。
■玉井
 そうですね。乳幼児相談にも来なかったり、学校の家庭訪問を断る家庭にこそ、問題が隠れていることが多い。
■梶山
 玉井先生は、保健所や保育所で相談にあたっておられますが、虐待の内容が変わってきたと実感されることはありますか。
■玉井
 確実に言えるのは性的虐待が増えてきたことでしょう。つまり、見えなかったことが見えてきた。
■梶山
 今までは「日本では決して起こらない」と、社会がこの問題から目を背けていましたからね。
■玉井
 つい20年前までは「わが国の母親は世界一慈愛にあふれているから、日本では虐待は起こらない」なんて平気で言っていた(笑)。それを考えれば、性的虐待が表面化しなかったのも当然です。
■梶山
『子どもをいじめるな』の中でも書きましたが、意図して探したわけではないのに、取材中「性的虐待を受けた」という女性に何人も出会ったんです。世間が思っている以上に被害者は多いし、その心の傷がその人の生き方に影響を与えてしまっていると感じました。
■玉井
 性的虐待の被害者は、その人が成長して自分で家庭を持つときにフラッシュバックが起こったりする。ものすごく長期のケアが必要ですね。
■梶山
 本書で訴えた「親のDVを子どもに見せるのは虐待である」という概念も、ようやく広がってきたようです。
■玉井
 今年の児童虐待防止法の改正で、DVを目撃させることは虐待だと認められましたね。身体的、精神的、性的虐待、それにネグレクトの4種類だけで虐待が分類できるなんて幻想だと、やっと行政もわかってきたんじゃないかな。
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虐待でしか家族の関係を維持できない?
■梶山
 虐待って、ほんとうに複合的な問題ですから。しかも暴力の矛先は家族の誰に向かうかわからない。子どもを虐待する母親が、夫のDVの被害者であったり、父から暴力を受けている子どもが妹を殴っていたりする。DVも子ども虐待も兄弟間の暴力も切り離して考えることはできないのに、行政や援助機関は一面的な捉え方しかできないのがはがゆいです。横の連携もありませんし。
■玉井
 行政は伝統的に縦割りだし、加害者と被害者を二分法で考えているんですよ。虐待は一方的にこっちが悪いというものではなく、そういう関係性でしか家族を維持できない相互の依存関係。懸命に“家族”であろうとした結果、問題が出ていることを前提に考えないといけない。
■梶山
 親から虐待を受けるなど機能不全の家庭で育った人は、「自分は子どもの頃に辛い思いをした。だから大人になったら理想の家族を作りたい」という思いが強いでしょう?その分、理想と現実のギャップに苛立つし、追いつめられてもいる。“家族神話”に縛られているのかもしれません。
■玉井
 ええ。それがもっとも顕著に表れるのが再婚のケース。なつかない相手の連れ子を殴るのは男親で、実子を虐待するのが女親。やはり、父親・母親の役割神話に縛られているのでしょう。
■梶山
 なるほど興味深いですね。
■玉井
 それに「やっと巡り会えた家族と離れたくない」という切羽詰まった想いも無視できません。
■梶山
 DVの加害者なぞ、「妻を愛しているんだ。絶対に離婚しない!」と言い張りますからね。
■玉井
 子どもの虐待の場合でも、加害者である親と分離すればそれで解決、というものではない。子どもは虐待されることで自己評価を下げ、殴られるのは自分のせいだと思っています。だから「家族から引き離されたのは自分のせいだ。僕が助けを求めなければ、お母さんも周囲の人に責められずにすんだのに」と感じ、心に深い傷を残してしまうことがあるんです。
■梶山
 安心できる環境で継続的なセラピーを行うなど、長期のきめ細かいケアがなければ傷は癒えないのですが、日本の現状では望むべくもないし……。
■玉井
 神話ということで言えば、実は、対応している我々も「虐待とはこういうものだ」という神話を持っているのかもしれません。それが崩れたのが、大阪府岸和田市の事件。中学3年にもなれば一人で逃げられるだろう、学校もさすがに気付くはずだろう、という思い込みがあった。
■梶山
 長い間虐待を受け続けていると逃げる気力もなくなる。ドアに鍵がかかっていなくても逃げられないという、典型的な被虐待者心理を援助する側が理解していなかったということですか? 新潟で起きた少女監禁事件でも同じことが議論されましたが……。
■玉井
 虐待問題に非常に熱心に取り組んでいる大阪でさえ、そうだった。「大阪なんだから、そんなことは……」というのも神話のひとつですよね。
■梶山
 つまり、研修が行き届いていなかった、ということになるのでしょうか。
■玉井
 そうかもしれません。個々のケースに即して研修を行うことのできる人材も不足しているのが現状だと思います。
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PROFILE

玉井 邦夫

山梨大学教育人間科学部助教授
専攻は障害児者心理学

1959年生まれ。東北大学大学院 教育学研究科修士課程修了。児童福祉施設での心理治療などを通じ、虐待の問題に関わる。現在、保健所・保育所での相談や、小・中学校でのスクールカウンセラーとしても活躍。
主な著作:
『〈子どもの虐待〉を考える』
(講談社現代新書)
『瞬間(とき)をかさねて』
(ひとなる書房)
〈子どもの虐待〉を考える
PROFILE

梶山 寿子

ジャーナリスト

1987年、神戸大学文学部卒業。92年、ニューヨーク大学大学院で修士号取得。(専攻はメディア環境学)テレビ局勤務、新聞記者を経て、フリーに。ドメスティック・バイオレンス報道の先駆けとして、講演活動も行う。
主な著作:
子どもをいじめるな
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