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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
新書の「時の人」にきく
02 音楽の聴き方、ジャズの読み方
3
5.過去にいいものを聴き過ぎた
6.読者は難解さを求める?
7.音楽を書くには、考えたらダメ
5
過去にいいものを聴き過ぎた
――
いまのジャズについては、どう評価されますか。
中山
(本で言えば)新しいアーティストのものは、これが売れないんですよ。個人的にも全く興味ないですね。
――
どうしてですか?
中山
 やっぱり、いいものを聴きすぎているんです。ロックでいうと、ビートルズをリアルタイムで聴いてきた体験は何物にも換え難い経験として自分の中に残っています。常に新しいものとを比較しているわけではないのですが、どうしても新しいものに体が反応しないんです。もう一つは、当時聴いていた音楽が、自分にとって古くならないので余計やっかいです。例えばビートルズのネイキッド(『レット・イット・ビー...ネイキッド』)が出ましたけれど、ぼくにとってはU2の新譜が出るのと同じような感覚で買ったり聴いたりしています。マイルスについても同じですけれど。
――
それでは今のジャズを聴こうとする人に対して、中山さんご自身としては同じ聴くならやっぱり歴史の中にあるものと、ということでしょうか。
中山
 そうです。過去は未来にある、という説です。
――
そうなると今現役のジャズのミュージシャンは、いったい何なんでしょうか?
中山
 もちろんやっていていいんですよ。でもやはり昔の人の焼き直しであったり、どこかからの影響をうまくパッチワークのようにくっつけて、器用なことをやっている。今の若い人たちの生き方がそうなのかもしれないですけどね。面白くない。
――
一方でジャズや、「ジャズ的なもの」に関しての市場は増えていますよね。マーケットが高齢化しているということもあると思いますが。そういうジャズ的なものから入った人たちが、物足りなくなってマイルスなどへ行くということはありますか。
中山
 それは行きっこないです。1000人のうち1人ぐらいはいると思いますけど。そういうものを求めないんですよ。全世界でノラ・ジョーンズのデビューアルバムが1600万枚売れたんです。そのうちの1割でもジャズに入っていくかというと、そうじゃないんです。それはあり得ないと思います。ぼくらの時代は、ジャズでもロックでも、本物から聴き始めていて、周辺からは入っていないんです。ジャズがなんにもわからない人でも、例えば、ビル・エヴァンスから入った人のほうが素直にジャズファンになるでしょうね。「ジャズ的」なものから入った人はジャズに行くわけがないんです。ノラ・ジョーンズの次に、過去のアーティストの方にもし行くとすれば、ジョニ・ミッチェルとか、カーリー・サイモンなどでしょうね。
――
それは数少ない聴く耳のある人ですね。ジョニ・ミッチェルに行く人は、ステップを踏んでそこからビリー・ホリデイに行くかもしれない?
中山
 普通はビリー・ホリデイには行かないと思いますよ。その「ステップ聴き」、というものがもうないんですよ。例えば浜崎あゆみを聴いている人やサザンを聴いている人がノラ・ジョーンズを買っているんです。そうじゃないとああいう数字にはならない。彼らの生活にジャズという言葉はないので、ジャズファンになることもないし、なる必要もない。ジャズファンになるという人は最初から本物のジャズを聴いているわけです。
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6
読者は難解さを求める?
――
本の書き方に戻りますが、中には啓蒙的な書き方をする方もいますが中山さんは?
中山
 活字で音楽の魅力を表現したいので、書いてあることに賛同してくれてもいいし、逆に「こいつ、何言ってるんだ?」と思われてもいいんです。新書は1時間ぐらいで読めてしまうものですから、そのなかでもう一つの音楽の聴き方が提示できればいいなと思って書いています。啓蒙というよりも、これを聴かないとバカだ、もったいないという意識で書いています。同じ値段を出して買うなら一生聴けるものをどうして買わないの?という気持ちです。
 例えば、もしジャズ初心者という人たちがいると想定すると、彼らもかなりわがままなんです。初心者ならまず名前を知っているミュージシャンから、名前を知っている曲から聴いていくというのが常套だと思うんですが、そうすると渡辺貞夫のCDは100万枚売れてもいいはずです。日本ではマイルスやビル・エヴァンスよりよっぽど有名ですから。しかし、彼らはジャズに求めているものがそこにはないと感じているんです。ジャズの何たるかは知らないくせに、無意識に選別しているのです。だから、自分が知っているミュージシャンから聴け、というのは意外に通用しない。
――
彼らがビル・エヴァンスを知るきっかけというのはどこでしょうか?
中山
 CDショップでしょうね。「歴史的名盤」というディスプレイとか。雰囲気もいいし「ワルツ・フォー・デビー」という曲の名前もいいし。ジャズじゃなくて「ワルツ」という響きなんですよ。マイルスの「カインド・オブ・ブルー」にしても「ブルー」なんですよ、引っ掛かりは。初心者にしては贅沢なんですよ。自分が知っている渡辺貞夫でも聴けばいいんですよ。自分の聴きたいものを聴けばいい。ジャズは難しい、というけれど、その難しさを求めているのは彼らなんです。難解じゃないと彼らが困るのです。
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7
音楽を書くには、考えたらダメ
――
音楽について書かれたものは、題材は音楽とはいえ本である限り、読んでおもしろくなければ意味がないですね。極端な話、ジャズの新書を読んでも、ジャズのCDを聴かないかもしれない。でも本としてすごく面白かった、ということもあるかもしれない。
中山
 音がないところで読んでいることのほうが多いんだから、活字だけで楽しませないとだめですね。音楽のことを書く、ということは考えたら負けだと思います。音楽に対しても、読者に対しても考えたら筆者が負けです。机に向かって、パソコンに向かってだーっと一気に書いてもだめなものは、自分で読み返してもだめなことが多い。勢いで書くしかないジャンルだと思います。
――
考えて書くようなものは、無理があるということですね。
中山
 学術的なこととか、資料的なことは別にして、音楽に対して「何を書こうかと考える」ということ自体が矛盾している。「こういうことを書きたい」という欲求は誰にでもあると思いますが、「何を書こう」ということは、何も書くことがない人が悩んだ結果の言葉だと思います。ぼくが書く対象が非常に狭く限られているのは、そうじゃないと書けないからです。例えば今はやりのものを一週間後に何枚、といわれたらプロだから書きますけれど、その程度のものしかでき上がらない。音楽は自分の体の中に何年もかけて入れたものしか書けないと思います。
 音楽的なよさというか、ここがいい、とかいうことはたぶん、聴けば分かるんですよ。10人いたら10の価値観があるにせよ、いいと思う部分にさほどの落差はないと思うんです。聴けば分かることを書くことないんじゃないかと。それよりも、もっと楽しく、もっと深く聴けるような方法を提案することがぼくらの仕事だと思います。それが面白い文章で、お金を払った価値以上のものを感じてもらえれば最高ですよね。『超ブルーノート入門』(集英社新書)で初めてそういうことをやろうと意識してやりましたね。名門レーベルのブルーノートのなかの歴史的名盤についてですから悪いわけがないんです。その前提から、じゃあ何が書けるかと。もう一つ突っ込んだ聴き方を提案しようと。
 誰も聴いたことのない幻の名盤についてなら書くのは楽ですよね。でもみんなが知っている音楽について、読ませる文章で書くことほど難しいことはない。今までみんな、この曲がいいとか悪いとか、言い過ぎてきたわけですから。
――
『これがビートルズだ』でねらったことは?
中山
 ビートルズを今なお新鮮に聴ける、という理由はどこにあるのか、というのを具体的に探ろうとしたんです。例えば、このコーラス部分は30年聴いて飽きなかったけど、それは何でかな、と自分に問いかけてみて、ああ、中音域にジョージ・ハリスンの声があったからだ、と気づくとかね。再確認して、それをもとに1冊書いたようなものです。自分が魅かれ続けているものには何か理由があるはずで、普段はいちいち振り返らないんですけれど、それをビートルズについては振り返ってみたのです。言葉にすると結局好きか嫌いかないんですけれど。
 音楽の副読本みたいなものになればいいと思います。ぼくらは、この曲が何度聴いても飽きない理由を、音楽理論じゃなくて、解明していくことが必要だと思います。読者は普段そういう耳で聴いていないけれど、じゃ、今度そうやって聴いてみよう、となるわけです。1枚のCDで1000回聴けるのに8回で終わったり。本物の音楽に出会う機会がないからかな、と思ったりします。
――
聴きこみ、っていうのは大事なんですね。
中山
 そうです。自分でそういう時間を作って、ある程度の姿勢をもたないとできないですよね。そういう意味で言うと、J-POPの担い手たちはかわいそうですね。桑田佳祐にしても、相当な作り込みをしていると思うんです。でも、大衆の聴き方は非常に薄いですよね。それで100万枚売れた、といってもミュージシャン冥利につきない売れ方ですよね。誰かのパロディを入れたりしても、誰も気づかない。ミスチルの桜井の声に感情をかきむしられたりすることがあったりしても、そういうことを言うのはダサくって、もっとふわっと100万枚、っていう世界なんでしょうね。
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