学術的なこととか、資料的なことは別にして、音楽に対して「何を書こうかと考える」ということ自体が矛盾している。「こういうことを書きたい」という欲求は誰にでもあると思いますが、「何を書こう」ということは、何も書くことがない人が悩んだ結果の言葉だと思います。ぼくが書く対象が非常に狭く限られているのは、そうじゃないと書けないからです。例えば今はやりのものを一週間後に何枚、といわれたらプロだから書きますけれど、その程度のものしかでき上がらない。音楽は自分の体の中に何年もかけて入れたものしか書けないと思います。
音楽的なよさというか、ここがいい、とかいうことはたぶん、聴けば分かるんですよ。10人いたら10の価値観があるにせよ、いいと思う部分にさほどの落差はないと思うんです。聴けば分かることを書くことないんじゃないかと。それよりも、もっと楽しく、もっと深く聴けるような方法を提案することがぼくらの仕事だと思います。それが面白い文章で、お金を払った価値以上のものを感じてもらえれば最高ですよね。
『超ブルーノート入門』(集英社新書)で初めてそういうことをやろうと意識してやりましたね。名門レーベルのブルーノートのなかの歴史的名盤についてですから悪いわけがないんです。その前提から、じゃあ何が書けるかと。もう一つ突っ込んだ聴き方を提案しようと。
誰も聴いたことのない幻の名盤についてなら書くのは楽ですよね。でもみんなが知っている音楽について、読ませる文章で書くことほど難しいことはない。今までみんな、この曲がいいとか悪いとか、言い過ぎてきたわけですから。