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第161回 『大学は何処へ』

「風」編集部

NEW 2021/04/30

『大学は何処へ/未来への設計』
(吉見俊哉著、岩波新書)

 新型コロナウイルス感染症対策として、4月25日から5月11日までの約2週間、東京都、京都府、大阪府、兵庫県の4都府県は3回目の緊急事態宣言の対象となった。この4月、多くの大学生にとって待ちに待った「対面授業の再開」で、キャンパスやその周辺に若者が戻り始めた矢先の措置となる。文科相は、「緊急事態宣言期間が終わったら、感染防止対策を徹底した上で、対面・オンライン授業のハイブリッドで進めて、学習機会の確保に努めてほしい」と、感染状況に応じて柔軟に対応することを求めている。先の見えないコロナ禍、そしてその先にあるポスト・コロナ時代にあって、「大学」というものはどう変化していくのだろうか。

ポスト・コロナ時代の大学像

 4月に刊行された『大学は何処へ/未来への設計』(吉見俊哉著、岩波新書)では、コロナ危機が「浮かび上がらせた」、日本の大学が直面する窮状についてとりあげる。
 著者は社会学者として長く東京大学で教え、元副学長という肩書きももつ。2017年から18年には、客員教授としてハーバード大学で教えた経験もあり、日米双方の「トップ大学」の教育システムを熟知する人物である。東大をトップとする日本の大学の入試、学位、教授会、文科省の仕組みなどが抱える課題や矛盾は、コロナ危機で「露わになった」だけで、以前から何度も指摘されていたことである。その背景を振り返り、なぜそのような課題がこれまで放置されていたかを論じている。

オンライン授業の強みと弱み

 2020年春、全国800近くの大学等では、オンライン対応が急遽手探りで開始された。突然のコロナ禍で、各大学の教師たちはオンデマンド配信用の授業コンテンツを録画するように要請された。大学からの十分な支援も戦略もなく、一人自宅のパソコンに向かい、「緊急的」に授業の収録をした。文科省の調査では5月20日時点で90%以上の大学でオンライン授業が実施されていたという。
 緊急的に始まったオンライン授業だが、教師側と学生側が慣れるにつれ、その強みと弱みも次第にはっきりしていった。少人数で同時双方型の授業は、システムの操作に慣れていけば、教室と変わらない双方向の応答を可能にすることもできる。対面授業よりきめ細かく学生と議論ができ、高い教育効果も得られる場合もある。
 一方、大人数の学生に一方通行でオンデマンド配信する形式の大規模授業は、先生からの即時フィードバックもなく、学生の意欲が低下して「質」に対する批判も大きい。
 大学経営の観点からみれば、質の高い少人数制の授業を維持するために、大規模授業は何人かの有名人教授による配信で学生集めの目玉とし、人件費など大幅なコスト削減を進めることも考えられる。そうしていずれ、大学の授業の多くが、オンライン化してコンテンツビジネスとなっていく。
 大学のオンライン化それ自体には「大きな可能性」がある。しかし、オンライン化を経営合理化やコンテンツビジネスへの展開「のみ」に役立てようとすれば、それはいずれ大学の自己否定につながる。著者はそう警告している。

4月入学でも可能 国際的な学事暦との整合性

 また、この30年間議論が繰り返し起こっては消え、つい昨年も一瞬持ち上がった「九月入学案」について留意しておくべきポイントを指摘している。
 2020年春、休校が続く中で、大阪の二人の公立高校生が始めた署名運動を機に、「小中高大すべての教育課程を九月入学へ移行すべき」という九月入学案が盛り上がった。当初は安倍前首相や、萩生田文科省も「前向き」に検討する意思を見せ、メディアも一瞬前向きな論調を伝えた。しかし、「拙速な変更は社会に大きな混乱をもたらす」という大反対の声が高まり、これまで繰り返されたようにすぐに立ち消えとなった。
 著者は、大学の九月入学(秋季入学制)のメリットとされる「国際標準」を考える際に重要なのは、「学期のスタートをいつにするか」ではなく、夏休みなどの長期休暇、「休み」から考えていくべきではないか、と提案する。
 1年のサイクルのなかで、8ヵ月が授業期間で、残りの4ヵ月が「休み」というのは世界どこでも大差がない。この4ヵ月の「休み」をどう配置するかが重要だ、としている。現状では日本の大学では年間の「休み」を夏と春に分散させるが、世界の多くの大学では大半を集中させ、6月から8月の3ヵ月を「夏休み」としている。これは「休み」とはいえ、単なる休息ではない。新しい経験や思考の基盤を形作るための、知的創造の源泉と考えられている。さまざまなサマープログラムが展開されているため、海外との交流が格段にできる期間でもある。しかし、日本の大学では7月末に期末試験を課すところが多く、この時期に数週間、海外に出て行くという選択肢は取りづらい。
 著者は、入学時期を動かすことなく、「クオーター制」(4つの開講学期と長期夏休み)を設置することで、九月入学に変えずとも、6月から8月の3ヵ月を「夏休み」とすることで国際的な学事暦に対応できる案を示している。ただし、この「クオーター制」でネックとなるのは、第5クオーターにあたる1月から3月にかけての時期である。この期間を、正規の学期にするためには、入試業務での大学教員の業務負担を軽減し、海外の大学のように、入試は専門部門で独立して行えるように分業化することが大前提ではあるのでなかなか簡単ではない。
 高校卒業時から大学始業時の数ヶ月の空白期間(「ギャップターム」)や就活・資格試験の時期と卒業時期の不整合を「不利益」と考えることも、日本社会で「九月入学」を受け入れられない理由だと指摘する。

「入試」や「就活」だけではない大学の価値

 教育に「グローバル人材の育成」や「多様性」への対応を求めながら、さまざまな「できない理由」を述べ、「国際標準の学事暦」との整合性をとろうとしない。日本社会は、結局のところ、大学を「入試」と「就活」をつなぐものとしか見ていない。
 昨今、日本の若者が海外留学に消極的といわれるが彼らに向上心がないからではない。優秀で真面目な学生ほど、海外経験を積むという選択肢がリスクにしかならないことをよくわかっているからである。
 以前から、若年人口の減少により深刻な危機にあった日本の大学は、コロナ危機でさらに疲弊することになった。その背景には、大学が企業と同じような論理で、「経営」面を優先せざるを得ない状況がある。しかし、数十年かけて陥った大学の深刻な状況に、当事者以外の日本社会はほとんど関心をもってこなかった。日本社会は「入試」のその先、大学での「学び」に無関心だった。著者は、その状況がたまたまコロナ禍で明らかになった、としている。
 大学での学びとは何か、キャンパスはなぜ必要か。社会の大多数が大学「入試」にしか関心がない状況を変え、未来の大学へのビジョンが社会で共有されるようにならなければ、国際的な交流が再開するポスト・コロナ時代、日本の大学は「死」を迎える。著者はそう警鐘を鳴らす。

(編集部 湯原葉子)

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