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第157回 『音楽の危機』

「風」編集部

NEW 2020/12/31

「ベートーヴェン・イヤー」に響かなかった《第九》

 混乱をきわめた2020年が暮れようとしている。新型コロナウイルス感染の深刻な状況は依然変わらず、クリスマスパーティーも、忘年会も、故郷への帰省までも「自粛」または「オンラインを推奨」となっている。地域に根付いた行事や大規模な集会もことごとく「中止」「縮小」が求められている。人が集い、楽しく飲み食いし、密接な空間で歌い踊ることが許されなくなってしまった、さびしい年の瀬である。

 今年2月26日からの政府による「大規模イベント自粛の要請」および4月7日の「緊急事態宣言発令」により、ライブ・コンサートが軒並み中止となった。その後、さまざまな試験的取り組みを経て、ライブ・コンサートは再開されているが、収容人数を大幅に減らし、奏者間の距離を確保、客席からの声援(「ブラボー!」)は禁止、公演時間の短縮など制約は多く、「これまでと同じように」という開催はほぼ不可能になっている。
音楽の危機/《第九》が歌えなくなった日』 (岡田暁生著、中公新書)は、コロナ禍により世界中でライブ・コンサートが中止になり、音楽が消えた数ヵ月の「非常時」に起きたこと、感じたことを「書き留めておかねば」と、音楽学者である著者が急ぎ出版したものである。

 クラシック音楽愛好家にとっては、2020年はベートーヴェン生誕250年という、特別な年になるはずだった。世界中で、ベートーヴェンにちなんだ楽曲の演奏が予定され、プロもアマチュアも、「ベートーヴェン三昧」の一年になるはずだった。特に、ベートーヴェン最後の交響曲第9番は、交響曲に「声楽」を取り入れたことで画期的な作品であり、声楽ソリスト4名と合唱がオーケストラとフィナーレを盛り上げる第4楽章が特に人気である。
 日本では年の瀬に《第九》というのが恒例になっているが、ドイツをはじめ、世界各国では年の瀬に限らず、祝祭的な場で演奏されることが多い。世界で、日本で、例年以上に数え切れないほど予定されていたであろう《第九》だが、ほとんどが中止や、曲目の変更を余儀なくされた。合唱はそれ自体が飛沫感染の危険性が高く、アマチュア愛好家が参加する場合は、長期にわたる練習回数の確保も難しくなったからだ。そのため、今年可能になった数少ない《第九》は、数回のリハーサルで演奏が可能な、20人ほどの少数精鋭のプロ合唱団による公演だけとなっている。

アフター・コロナ時代の「音楽」は

 舞台に奏者をぎっしり並べ、客席を満員にすることが難しくなった今、音楽家たちは、オンラインでの発信など、「新しい」表現方法を模索している。聴衆も、そうした活動を受け入れ始めている。そもそも、「生」の音楽にふれるよりも、録音され、パッケージとなった「音楽」や「配信」される音楽にふれる機会のほうが身近になって久しい。アフター・コロナで、音楽はどうなるのか。本書の著者が、「《第九》が歌えなくなった」と危惧するのは、コロナ禍の今だけのことではない。
 まばらな客席で、距離を保った奏者による少人数の《第九》を聴くくらいならば、ネット上の「過去の名演」の動画を視聴するほうがまし、と感じる人が大多数になれば、本当に《第九》を生演奏で聴く機会は失われてしまうのではないか。著者はそう危惧している。
 こんにち私たちが「クラシック音楽」と呼んでいる西洋音楽のレパートリーの多くは、19世紀に作曲されたものが多い。それまで教会が主な公開演奏の場だった音楽は、近代市民社会の発展とともに「コンサートホール」という公的空間が誕生したことで新たな作品が生まれ、200余年愛されてきた。
 著者は、19世紀が生んだこの「コンサートホール」という空間にいつまでもとらわれ、従来通りの上演が可能になる日をただ待つよりも、現在求められる「新しい生活様式」で可能な新たな「箱」や演奏様式による実験的な上演を聴いてみたい、としている。
 人が集まり、時間と空間を共有することで初めて体験できる生の「音楽」の良さを、制限だらけの「新しい生活様式」のなかでどう引き継ぎ、生み出していくか。誰もが「居ながらにして」聴くことができる録音/配信された「音楽」と、「その場・その時にいる人しか聴けない」生の「音楽」、両方の新たな可能性を考えることが、アフター・コロナの時代に求められるのではないだろうか。

(編集部 湯原葉子)

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