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第130回 『薬物依存症』

「風」編集部

NEW 18/09/30

『薬物依存症』
(松本俊彦著、ちくま新書)

薬物乱用防止教育の与える偏った「イメージ」

 芸能人、元スポーツ選手などの著名人が覚せい剤使用などの薬物事件で逮捕されるとなると、テレビのニュース番組やワイドショーなどで大きく取り上げられ、週刊誌の記事などでもセンセーショナルな特集が組まれる。世間で「成功者」として活躍していた人物が、「犯罪者」となり、仕事を失い、社会的信用を失い、家族を失うことが報じられる。快楽におぼれ、誘惑に弱く、反社会的な人々とのつながりがある人、といったステレオタイプで語られる報道も多い。
 薬物乱用は違法であり、健康を著しく損ない、当事者はもちろん家族の人生を台無しにしかねない。そうした薬物の危険から一般の人を守っていくためには、教育の重要性はどれほど強調しても足りないだろう。
 しかし、従来の薬物乱用防止教育が与える薬物依存症患者の「イメージ」は、実際の姿とは違うのではないか、これまでの薬物乱用防止教育が、逆効果にはたらくこともありえるのではないか。薬物依存症治療にあたる専門家の視点から、そのような疑問を示しているのが『薬物依存症』(松本俊彦著、ちくま新書)である。
 違法薬物、とくに覚せい剤の使用から若者を守るために、これまでさまざまなキャンペーンが行われてきている。数十年前にCMでもよく流された「覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか」という衝撃的なキャッチコピーを記憶している人は多いだろう。最近でいうと、中高生向けに行われている薬物乱用防止教育の「ダメ。ゼッタイ。」というコピーが有名だ。薬物問題を解決するためのこれまでの対策をふりかえり、罰則強化や規制強化の変遷とその効果の限界にもふれている。

「ダメ。ゼッタイ。」ではなぜダメか

 違法薬物と無縁に過ごし、身近に「生の」薬物依存症患者を見たことがない、多くのごく一般的な人々がもつ「薬物依存症患者」のイメージといえば、次のようなものだろう。目が落ちくぼみ、頬がこけた、ゾンビのようなみすぼらしい姿で、手には注射器が握られている……。著者が以前文部科学省から依頼され、「全国高校生薬物乱用防止ポスターコンクール」の審査員を引き受けていたころ、ほとんどの作品が、こうした「ゾンビのような姿」の薬物乱用者を描く、画一的な絵柄だったという。
 しかし、実際に若者たちに薬物を勧めるくらい元気のある薬物乱用者たちは、このようなゾンビのような外見ではない、と著者は断言する。例えば、若者に人気のダンス&ボーカルグループのメンバーに混じっていても不思議ではないくらい、かっこ良くて、健康的な、イケてる先輩。そうした「アニキ」のような雰囲気で、優しく、周りの大人たちよりもずっと自分の話を聞いてくれ、存在を認めてくれる人たちであることが多い。だからこそ若者たちは油断して近づいてしまうのだという。
 著者が薬物乱用防止の講演に出かけた先で、参加した生徒にアンケート調査を行うと、生徒の中には既にリストカットなどの自傷行為や、市販の鎮静薬を乱用した経験をもつ者もいたという。彼らは決まって、講演の感想として「薬物を使用したとしても、自分の身体を傷つけているだけで、人を傷つけているわけではないから、使いたい人は勝手にやればいいのでは」という言葉を残している。
 既にさまざまなつらい経験をもって孤立している子どもたち、大人は信用できないと思っている子どもたち、市販薬の乱用など「気分を変える薬物」に対する心のハードルが下がっている子どもたちは、特に薬物に手を出すリスクが高い層だといえる。彼らを薬物から遠ざけるのに、従来型の「ダメ。ゼッタイ。」的な乱用防止教育では効果がないばかりか、かえって孤立させ、リスクを高める危険性があるのではないか、と著者は感じているという。
 啓蒙的観点とはいえ「覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか」という言葉が繰り返された結果、薬物依存症患者への偏見や差別意識を植え付け、依存症患者の回復を妨げているとなれば、非常に皮肉なことだ。学校における薬物乱用防止教育については、薬物依存症の危険性を十分に周知させるだけでなく、「万一、依存症患者になった場合には、こうした回復の手だてがある」ということを伝える観点も重要ではないかと指摘している。

睡眠薬・抗精神薬の乱用という新たな問題

 我が国における薬物乱用問題といえば、もっとも重要視されてきているのが覚せい剤の使用であることは間違いない。覚せい剤が引き起こす幻聴や被害妄想などの精神病症状により、暴力や自殺といった、自分や他人を傷つけるという行動につながりかねない。著者が、これまでの日本での薬物乱用の実態と傾向を振り返ると、不況の時期にあわせて使用の拡大がみられるという。自殺者数の増加も、その時期と重なっているという。
 覚せい剤以外に問題となる薬剤には、「はやり廃り」があり、かつて問題になった非行少年たちの「シンナー乱用」は、現代ではほとんど見かけないという。そのかわり、じわじわと増えてきているのが、精神科の治療薬として使用されている、睡眠薬や抗精神薬の乱用例だという。こうした「捕まらない薬物」「取り締まりにくい薬物」の乱用も無視できないようになってきている、と実際に臨床現場にたつ著者は警鐘を鳴らす。
 睡眠薬や抗精神薬の乱用者は、覚せい剤の依存症患者層と比べるといくつか違いがみられる。覚せい剤乱用者と比べると女性が多いこと、学歴が高いこと、非行歴や犯罪歴が少ない、また過量服薬により自殺をはかった経験者が多い、といった特徴があるという。刺激や快楽を求めて使用を始める人が多い覚せい剤に比べて、「不眠や不安を軽減するために」「抑うつ気分を改善するために」と、苦痛を緩和する目的から使用する人がほとんどだという。
 自分にはどこにも居場所がない、誰からも必要とされていない、そう感じている人が「つながり」を求めて薬物を手にするのではないか、と著者は指摘する。リスクの高い人を孤立させ、薬物に近づけない、予防にはそうした視点が不可欠だが、まだ「薬物乱用者=犯罪者」というレッテルでの教育方針から、なかなか抜け出せないのが現状だ。
 ゼッタイにやってはいけない、と「最初の一回に手を出さない」ことだけを重要視する教育方針だと、「薬物依存症から回復し、社会復帰した人」という、他の人にはできない貴重な体験談を語ってもらうことにも躊躇する。(回復できるなら)油断して手を出す子どもが出てくるかもしれない、と考える大人が多いからだ。
 痛みや苦痛を抱えて孤立する人々に対して「ダメ。ゼッタイ。」と繰り返すだけではなく、薬物問題には解決策があること、治療や回復支援の手だてがあることを根気づよく伝えていく必要があるのではないか、そういう時代に変えていくべきではないかと、著者はうったえかけている。

(編集部 湯原葉子)

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