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第126回 『高齢ドライバー』

「風」編集部

NEW 18/05/31

「超高齢」90歳のドライバーによる交通事故

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90歳運転の乗用車、歩行者4人はね1人死亡 茅ケ崎

28日午前10時55分ごろ、神奈川県茅ケ崎市元町の国道1号で、90歳の女性が運転する乗用車が4人をはねた。4人は病院に運ばれたが、50代の女性1人が死亡し、3人が軽傷。運転をしていた女性も軽いけがをした。ほかに現場にいた2人が気分が悪いと訴え、病院に搬送された。県警は自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死傷)の疑いで詳しい状況を調べている。
朝日新聞デジタル 2018年5月28日
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 高速道路の逆走など、高齢ドライバーによる交通事故に関する報道が増えている。先日起きた90歳女性による死亡事故のニュースは、街中で歩行者を巻き込む死亡事故となり、衝撃的なものだった。
高齢ドライバー』(所 正文, 小長谷陽子, 伊藤安海著、文春新書)では、高齢ドライバーの安全対策は、いま一刻の猶予も許されない緊急性の高い問題であると警告する。免許保有率の高い団塊世代が高齢者となり、膨大な数の高齢ドライバーを抱える日本で、高齢ドライバーの自動車運転にどう対応していけばよいか。産業・交通心理学の所氏、認知症専門医の小長谷氏、交通科学・医工学の伊藤氏、という3人の専門家が、さまざまな角度からその改善策について考察している。

認知機能検査の限界

 高齢者が関わる重大な交通事故が起きると、まず問われるのが「認知症かどうか」についてである。今回加害者となってしまった90代女性の場合はどうだったのか。報道によればこの女性は、今年3月に運転免許の更新を行っており、75歳以上のドライバーに課せられる認知機能検査も問題なかったという。「赤信号と分かっていたが、誰も横断歩道を渡り始めていなかったので行けると思った」と供述していると報道されたが、こうした自分勝手な判断は「認知機能の低下」とはみなされないのだろうか。
『高齢ドライバー』では、70歳以上の免許更新希望者全員に対して義務づけられるようになった「高齢者講習」と呼ばれる特別講習、75歳以上について義務づけられる「認知機能検査」(認知症の簡易検査)について、その限界や課題にふれている。
 2017年以降、認知機能検査の導入によって、運転免許取り消しや制限が行われることになった。この認知機能検査で「軽度認知症」と判定されても、運転技術の検査は全く問題ないという人が多数存在するため、講習現場で混乱が生じているという。自動車の運転は、自転車の乗り方、水泳、ダンスなどと同様、若いころに身体で覚えた記憶として生涯残ることが多い。著者自身が視察したケースでも、「同居人の名前が分からない、という81歳女性が、自動車教習所内の道路をマニュアル車で器用に運転していた例」という驚くべき例があったという。
 このような、認知症であっても運転技術に問題がない人が運転を断念するのは、事故の発生が大きなきっかけになることが多いという。
 検査の時点では優秀なレベルであったとしても、その半年後、1年後に同様なレベルで運転できるかについての保証はない、このことを強調しなければならないと著者は指摘している。

高齢者による事故の特徴

 そもそも、どの年齢層にも危険な運転をし、重大な事故を起こす人はいる。高齢者の運転が特別危険ということはあるのだろうか。
 本書では、若年者と高齢者の交通事故の分析をもとに、年齢特性を考慮した安全対策の必要性をうったえている。若年者の事故の多くは、最高速度違反、徐行違反、脇見運転(スマホなど)を原因とする事故が多く大惨事になることも多い。
 これに対し、高齢者の事故の多くは「出合い頭事故」と「右折事故」で、交差点で起きることが多いという。どちらも、目測と自車のスピードとの判断を見誤った事故や、相手に気づいていてもアクセルやブレーキ操作が間に合わなかったために生じる。若い頃に身体で覚えた運転動作を高齢になっても続けることができたとしても、実際に運転する場面は教習所内とは違い、複雑な状況が刻々と変化する。加齢に伴い、迅速に適切な反応を行うことがどうしても不得手になってくるため、交差点は対応が特に難しく、事故も起きやすくなるということだ。また、加齢により「反応が遅くなる」と思われがちだが、事故歴のある高齢ドライバーの特徴に、反応時間に速いときと遅いときのバラツキが多いことがあるという。
 本書では、交通事故を起こす高齢者の特徴に「自らの運転能力に対する過信」と「交通規則よりも自らの経験則を重視する傾向」をあげている。今回の90歳女性の「赤信号だが行けると思った」という発言は、指摘されていたそれらの特徴とまさに一致している。

自主的な免許返納制度の限界

 高齢ドライバーの事故が起きると、「家族は運転をやめさせたがっていた」という報道が出ることが多い。なぜ、家族や周囲の人間が「危ないから」と言っても運転をやめない人が多いのか。「運転は自立の象徴」でもあり、運転が可能である以上、運転免許を手放すことを受け容れられない高齢ドライバーが圧倒的に多い、と本書でも指摘している。
 また、高齢ドライバーの運転免許返上に関する議論では、「クルマがないと生活が成り立たない」という地域への配慮が必要、交通弱者への配慮が必要という意見がある。通院等に自家用車が欠かせないという人も多いだろう。居住する地域によって公共交通の事情も異なり、サポートシステムも整備されていない以上、一律に「高齢者は運転をやめろ」というのは酷に聞こえるかもしれない。
 しかし、それまでずっと安全運転を続けていても、たった一度の重大な事故で他人を巻き込んで死亡させてしまうようなこともある。運転者本人が死亡してしまう場合もある。そうした万が一の補償のことを考えれば、経済的な面からクルマを手放せない、ということはもはやあり得ないのではないか。
 現在の高齢者よりもさらにクルマ社会の恩恵を受けている若い世代も、いずれ自分たちがハンドルを持てなくなる時にどう生活するかを考えておかなければいけない。最近話題になることが多い、自動運転技術が安全対策の切り札となりうるのかも含め、誰にとっても身近に考えなくてはならない問題だ。

人生100年時代の負の側面

 人生100年時代がやってきた、とさかんに言われている。健康に長生きできる人が増えるというと喜ばしい限りのようだが、これまでの常識で考えられてきた人生設計では成り立たない、新たな社会問題が生じてくることも多々ある。いつまでも若いときと同じように暮らしたい、運転免許を手放したくない、という個人の意志を尊重することが、社会にとってマイナスの影響を与えることもある。それは放置していてよいことなのか。
 自動車の免許取得制度一つをとっても、急激な超高齢化に日本の法制度が追いついていないことは明らかだ。危険を伴う自動車の運転には18歳以上という年齢制限があることには誰も異存がないだろう。現状では強制力があるとは言い難い免許自主返納制度ではなく、運転免許証更新について年齢制限の「上限」を設定することについて、緊急に検討すべき時が来ているのではないか。
(編集部 湯原葉子)

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