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第169回 『宇宙に行くことは地球を知ること』

「風」編集部

NEW 2021/12/31

「宇宙でしたいこと」とは?

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【前澤友作さん 地球に帰還 ISSでの12日間の宇宙旅行終える】

日本の民間人としては初めて国際宇宙ステーションに滞在する宇宙旅行をしていた実業家の前澤友作さんなど日本の民間人2人が乗ったロシアの宇宙船は、日本時間の20日正午すぎに地球に戻りました。

(NHK NEWSWEB 2021年12月20日 13時19分版より)
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 前澤氏は、「アシスタント」として同行した平野陽三氏とともに無事カザフスタンに帰還した。まずは、無重力状態で浮いている自分の写真に「宇宙なう」とコメントをつけてSNSで発信した。宇宙船ソユーズの窓から地球をスマホで撮影し、「やばくない!?リアルだよ!?」ともつぶやいた。
 この「夢の宇宙旅行」の費用は2人で100億円、とされるが、これが高過ぎるのか適正価格なのか、もはや理解を超えている。しかし、実業家として成功して得た莫大なお金の使い途に「宇宙旅行」を入れ、それを実現した力には感服させられる。資金は別としても、長期間にわたる過酷なテストや訓練に耐え、心身の健康を維持するのは並大抵のことではない。一方で、「研究目的ではない宇宙旅行など金持ちの道楽でしかない」というやっかみや批判の声もある。
 技術的には、「誰もが宇宙に行ける日」が近づいてきているという。何のために宇宙に行くのか?という問いも、もはや「研究のため」ということでは答えにならないのかもしれない。

「大人の女性だって宇宙が知りたい」

宇宙に行くことは地球を知ること/「宇宙新時代」を生きる』(野口聡一 ; 矢野顕子著、光文社新書)の著者ふたりは、一見異色の組み合わせのように思える。宇宙飛行士の野口聡一さんはともかく、ミュージシャンの矢野さんが「なぜ宇宙の本を?」と誰もが思うだろう。矢野さんは、「うんと歳を取ってから」宇宙に興味を持ったという。
 本書は、野口さんが、2020年、アメリカ・スペースX社の民間宇宙船「クルードラゴン」に、アメリカ人以外で初めて搭乗することが決まったのを機に実現した、ヒューストンでの対談をもとにしたものである。
 野口さんの、プロの宇宙飛行士ならではの情報発信に注目してきた矢野さんだが、初めて会った野口さんにまずうったえたのは、「なぜ宇宙に関する教育は子どもたちが主な対象なの?自分のような大人の女性はなぜ対象外なの?」という"不満"だったという。
 本書を読むと、「いまなぜ宇宙に行く必要があるのか」というテーマを掘り下げる聞き手として、「数学も物理も詳しくない、宇宙に対する知識は独学で集めたものしかない」という矢野さんが意外なほど適役であることがわかる。
 宇宙空間ではさまざまな感覚が地球とは異なる。例えば音は聞こえない。音楽家である矢野さんは、幼いころから聴覚が卓越していて、音楽以外でも、例えば、クルマのエンジンを音で聞き分けるように、「耳」でいろいろなことを判断していたという。音が聞こえないということは、目が見えなくなる以上に恐怖だ、という矢野さんだが、「無音の宇宙空間でどんな音を感じることができるか楽しみでもある」と語っている。


「宇宙は技術的には近くなっているけど心理的には遠くなっている」

 そして、宇宙に行く、ということは「死」と隣り合わせである、という厳しい現実を、野口氏のやわらかい語り口ながら改めて思い知らされる。対談に先だち、NASAを見学した矢野さんに、野口さんは「宇宙船の事故などで亡くなった宇宙飛行士たちを追悼する場所を訪れてほしい」と伝えたという。
 2002年のコロンビア号事故では、同時期に仕事をしてきた7人の仲間を失ったという野口さんの「痛み」ともいうべき体験談もある。どんなに技術が進んでも、「死と隣り合わせ」の宇宙になぜ行くのか、なぜ行かなければいけないのか、感受性豊かで「かなり大人」の矢野さんだからこそ引き出せている言葉が本書には多々ある。
 年齢など体力的な面からも、失礼ながらこれから宇宙に行くのは難しいだろうと思われる矢野さんだが、宇宙飛行士の体験談を聞いて、「自分が行ったらどうなるか」を想像して、自分の言葉で語っているところが、非常に興味深い。宇宙に行くためには(着水するため)泳げなくてはいけないと知り、水泳の訓練はしているというのもほほえましい。
 野口さんは、宇宙旅行の費用や大変さが報道されるにつけ、「宇宙へ行きたい」ということを口にすること自体、恥ずかしいような風潮になっている気がする、という。宇宙は、技術的には近くなっているけれど、心理的には遠くなっているのではないか。そう指摘している。矢野さんのように、何歳になっても「宇宙に行ってみたい」と、子どものようにストレートに発信する、心理的な壁がないことの重要性に注目している。
 前澤さんのように、資金があるだけでなく「宇宙に行ってみたい」と周囲に言える、言い続けられる、そういう人に宇宙旅行のチャンスが回ってくるのかもしれない。

(編集部 湯原葉子)

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