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  第145回 『国語教育の危機』

「風」編集部

NEW 19/12/31

迷走する「大学入学共通テスト」

 2020年1月実施を最後に「大学入試センター試験」は廃止され、代わって「大学入学共通テスト」が新しく導入される。再来年冬、大幅に変更される新しい試験制度に挑むのは、現役生では今の高校2年生からである。
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【共通テスト記述式、文科相が見送り表明 今後は白紙】
萩生田光一文部科学相は17日の閣議後記者会見で、2020年度開始の大学入学共通テストで導入予定だった国語と数学の記述式問題について、同年度の実施を見送ると正式に表明した。今後、共通テストに記述式を導入するかは「期限を区切った延期ではない。まっさらな状態で対応したい」と説明。導入断念も含めて再検討する方針だ。

日経新聞電子版 2019/12/17
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 文部科学省は、この11月にも英語民間試験活用のための「大学入試英語成績提供システム」の導入を見送ることを発表したばかりである。英語4技能「読む・聞く・話す・書く」を測定するため、ということで導入されようとしていた英語の民間試験活用だが、現状では、経済的な状況や居住する地域によって公平性が保たれない、等の理由で批判が起き、文科省は導入延期を決定した。
 これを機に、「記述式」導入という新しい形式が予定されていた「国語」と「数学」にも注目が集まった。膨大な人数分の答案を、短時間で公平に採点する人材を確保することができるのか、など運営面の課題がにわかにクローズアップされ、こちらも導入が見送られた。
「国語」の記述式導入などの新しい方式は、2年以上前の2017年5月には発表されている。一部の高校を対象に「試行調査(プレテスト)」も行わていれる。実施まで2年を切る、というこのタイミングで大きな変更となったのはなぜなのだろうか。

「2020年」のために改革を急ぐ?

 記述式問題の導入に対して、教育専門家から懸念する声は以前から上がっていた。『国語教育の危機/大学入学共通テストと新学習指導要領』(紅野謙介著、ちくま新書)が刊行されたのは2018年9月。著者は大学で日本近代文学を教えているが、若い頃の6年間に私立麻布中学・高校で国語科の教師を務めたこともある。記述式試験は、200人や300人程度の学生に数人の教員が採点する中・高などの試験と、50万人規模を対象とした試験では、問いの立て方や採点の仕方がまったく違ってくる。その物理的な条件の差が問題の内容を一変してしまうことが全く考慮されていない。そう著者は懸念していた。膨大な数の記述式答案を採点できる優秀な人材を「一時的に」確保することの困難さについても指摘する。その指摘通りの課題がネックとなり、今回の見送りが決まった。
 学習指導要領は、これまで影響の大きさを考慮して小学校から中学校、高等学校に至るまで順を追って公表されている。それぞれ「周知・徹底」に必要な時間をとり、新旧両方の指導内容をふまえた移行期間を経た上で小・中・高と年次をずらして実施されてきた。その間に教科書検定を行う必要もあり、ただでさえ大変複雑なシステムとなっている。
 義務教育のスタートである小学校については、2020年度から新・学習指導要領が導入されることになる。この年号に、文科省は「とりわけこだわっている」のではないか、と著者は指摘している。前回1964年の東京オリンピックの時と同様、2020年のオリンピック・パラリンピックを機に、「国家の基盤を大きく切り替える」「国策」としての意気込みが感じられるという。
 本書では、2017年5月に発表された「大学入学共通テスト」国語記述式問題例、及び2017年7月に発表されたマークシート式のモデル問題について詳しく分析している。これらが公表されていた時点では、文科省は新しく改訂される学習指導要領(高校)を公表していなかった(その後2018年2月に公表)。しかし、「モデル問題」はその新学習指導要領を先取りした内容になっている。
 通常であれば、高校は2022年度から新指導要領の実施となるので、学年進行にあわせれば、2025年度の入試制度から変わることになるはずだ。それを2021年度から新しい大学入試制度にする、というのは文科省がいかに無理で性急な改変を現場に要求しているかがわかる。2020年という教育改革とは全く関係のない「節目」にこだわり、動き出した工程表を誰も止めることができなかったのではないか。本書は既にそう警告していた。

試験問題を変えれば「国語」力は向上するか

 一方で、マークシート式に取り入られた問題は適切なのか。著者は、マークシート式に取り入れられた新しい能力判定の出題方法も、これまでの大学入試センター試験と比較して、大きな問題があると指摘する。本書で紹介されている「プレテスト」では、膨大な量のテクスト(資料)を瞬時に「情報」として「処理」していかなければ解答できないような事例を紹介している。
 昨今の子どもたちについて、従来から国語科の大きな目標である「基礎的な読解力」が「低下」しているということがさまざまな調査結果から示され、教育界だけでなく、社会的に問題となりつつある。一方で、新しい時代に対応していくために「論理的思考力」や「表現力」の必要性も叫ばれている。
 記述式問題を導入し、マーク式問題の試験でも膨大な情報を提示すれば、こうした能力の育成につながる、と考えるのは「大きな錯覚」だと著者は警鐘を鳴らす。思考力・判断力・表現力は、手間暇をかけ、じっくり時間をかけなければ簡単には身につかない。著者のような専門家たちの言葉を、文科省は今からでもしっかりと受け止めていくべきではないだろうか。

(編集部 湯原葉子)

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