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第197回 『なぜ東大は男だらけなのか』

「風」編集部

NEW 2024/04/30

『なぜ東大は男だらけなのか』
(矢口祐人著、集英社新書)

「私たちは特別扱いされたいんじゃない」

 4月からスタートしたNHK朝ドラ『虎に翼』を面白く見ている。
「日本史上初めて法曹の世界に飛び込んだ、一人の女性の実話に基づくオリジナルストーリー。」とあるように、本作の主人公猪爪寅子のモデルは、1940年に女性で初めて弁護士になったうちの一人であり、戦後は裁判官にもなった三淵嘉子さん(1914−1984)。
 女性は年頃になれば結婚して家庭に入ることがのぞましく、学問を究めたり専門の職業に就くことは女性の幸せにつながらない、とされていた時代。法律の知識という「武器」を手にするために、当時法学部としては唯一、女性に門戸を開いていた私学の女子部に入学し、さまざまな境遇の「共に地獄をいくことを決意した同志」たちと学んでいく。男性と肩を並べ、法曹という極めて厳しい世界に飛び込んだ、およそ100年前の女性を描いている。
 ドラマの主人公は、「はて?」が口癖で、おかしいと思ったことを口に出さずにいられない。そのたびに「女はもっとわきまえろ」「特別扱いしているんだからありがたく思え」というようなセリフが男から返ってくる。
 100年前の女性の奮闘のおかげで今がある、というストーリーになるかと思いきや、「女にも、法律を(特別に)学ばせてやっている」「女のくせに出しゃばるな」というような声や、女子学生たちの「私たちは特別扱いされたいんじゃない」といったセリフが、今を生きる私たちにも刺さる。
「はて?100年たった今でも、あまり変わってないのでは」と、現実に引き戻される。

女性の“いない”東大

 三淵嘉子さんたちが学んでいた当時、東京大学(当時の東京帝国大学)は女子学生に門戸を開いていなかった。東京大学に、初めて女子学生の入学が正式に認められたのが1946年。1877(明治10)年の創設から70年近く、東大には女性の学部学生が存在しなかった。その後70年以上たった現在も、学部学生の男女比は8対2で圧倒的に男性優位となっている。日本のジェンダーギャップ指数が世界最下位レベルとはいえ、東大がここまで「男だらけ」なのは異様ではないか。
 現役の副学長でもある東大教授が、男性ばかりに偏った東大の現状を懺悔し、改革に声を上げたのが『なぜ東大は男だらけなのか』(矢口祐人著、集英社新書) である。
 女子の入学が許されず、文字通り「女性がいない」時代をへて、戦後、アメリカの圧力のもとで突如として女性の入学を認めた東大だが、「男性中心の学生環境を変える意思も余裕もなかった」ようである、と指摘する。女性専用トイレの整備もろくにされなかったことが卒業生の思い出話で繰り返されている。
 女性は男性と同じ土俵で勝負し、入試に合格すれば入学することは認められたが、それはこれまでの「男の東大」の中に入ることを許されたに過ぎなかった。日本社会全体で大学進学率が上昇し、女子学生の四年制大学への進学率も着実に上昇していったが、東大の女子学生は同じペースでは増えていかない。
 東大でジェンダー問題が意識され、女性の学生や教職員を支援する施策が推進されるようになったのは21世紀になってからである。女性の学生と教員を増やすことで、ダイバーシティを重視するキャンパスを作ろうとする努力が本格的に始められたのは、「まだ10年程度」だという。日本の他の大学と比べても東大が特に遅れているのはなぜかを考察する。

女子学生の支援は「特別扱い」ではない

 女子学生や女性教員を適切に増やしていく「女性枠」を打ち出すと、「特別扱い」という声もあがるが、こうした施策は「特別扱い」ではないと断言する。女性に限らず、経済的に厳しい、障がいがある、地方に住んでいる、などさまざまな理由から東大などへのアクセスが難しかった学生たちに、大学が積極的に手を差し伸べ、学ぶ環境を提供することの重要性をうったえる。
 著者の矢口氏は、東大の今の男女比は、東大のみならず、日本の高等教育の現状と未来にとってどれだけ問題であるか、その認識がまず共有されていないのでは、と強くうったえる。いびつな男女比を問題視しない姿勢は、日本人男性の価値観で偏った状態のままのキャンパスを解決しようという意識がない、多様な価値観を尊重する意思がない。外からはそう受け止められかねない。
 また、いびつな男女比で構成されたキャンパスを黙認し、女性から、東大で学ぶ機会を奪ってきたのは、東大関係者だけ、あるいは男性だけではないだろう。
「女の子はそんなに勉強しなくていい」「女子なのに東大なんて」「東大に行ったら結婚できなくなる」……。周囲はそんな「呪い」をかけてこなかったか。家族、教員、コミュニティ全体からそうした言葉をなくすことができてようやく、「100年前の女性は大変だったね」と言えるようになる。まだまだではないか、という気がしている。

(編集部 湯原葉子)

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