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第153回 『パンデミックが露わにした「国のかたち」』

「風」編集部

NEW 2020/08/31

『パンデミックが露わにした「国のかたち」: 欧州コロナ150日間の攻防』
(熊谷 徹著、NHK出版新書)

欧州コロナ危機・「最初の150日間」

 新型コロナウイルス感染症の流行が収束しないまま、今年の夏が終わろうとしている。切り札となるワクチンの開発を各国が進めるなか、政府はワクチン接種の「優先順位」について早くも検討を始めている。
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『コロナワクチン、医療従事者や高齢者優先 政府分科会』

政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会は21日、会合を開き、ワクチンが実用化された場合、医療従事者や重症化しやすい高齢者や持病を抱える人などに優先的に接種することで合意した。尾身茂会長が分科会終了後に明らかにした。
(>> 日本経済新聞 2020/8/21 14:17 (2020/8/21 21:25更新)
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 政府は、熾烈なワクチン獲得競争に備え、既に米国製薬企業及び英国製薬企業とワクチン供給について提携している。さらに、国内の製薬会社のワクチン開発も支援している。開発中のワクチンが接種可能になるのは早くても「2021年前半」という報道だが、いずれもまだ治験の段階であり、世界各国の需要を満たすほどの量産体制がとれるようになるのはいつのことか、未確定なことばかりである。

 ワクチン供給への道筋ももちろん必要だが、これから冬に向け、感染爆発を防ぐためにも、気を引き締めていく必要がある。
『パンデミックが露わにした「国のかたち」: 欧州コロナ150日間の攻防』(熊谷 徹著、NHK出版新書)は、30年来ドイツに在住するフリー・ジャーナリストが、欧州での1月の集団感染発生から6月末までの「最初の150日間」に起きたことを克明に記している。
 欧州の大半の人々が「新型コロナはアジアの出来事」ととらえ、病原体の危険をまだ「過小評価」していた2月。イタリア・ミラノ近郊で行われた欧州チャンピオンズリーグの決勝戦(ベルガモ‐バレンシア戦)で、スタジアムには4万人を超える観衆が詰めかけ、熱狂的な声援を送った。試合後、ミラノやチームの本拠地であるベルガモを中心に北イタリアで感染者が激増、バレンシア(スペイン)チームの観客も、帰国後ウイルス拡大を加速させた。この試合が、欧州での感染爆発のきっかけになったことは間違いないという。
 本書では北イタリアの感染爆発と、それによる深刻な医療崩壊の経過を刻々と記している。医療スタッフや人工呼吸器が全く足りず、回復の見込みが高い患者を優先的に治療する「トリアージ」を余儀なくされた。日本では重症化の危険がある「高齢者、基礎疾患を持つ患者」を優先して治療することができたが、北イタリアでは「高齢者、基礎疾患を持つ患者」たちは、「回復する見込みが低い」として後回しにせざるを得ないというシビアな状況にあった。

準備ができていたドイツの検査態勢

 著者が在住するドイツでは、1月に最初の感染者が見つかった後迅速に対応し、現在のところ西欧主要国では最も低い感染者死亡率となっている。
 2月中旬までには、全国の大学病院で新型コロナウイルスのPCR検査が実施できるようになり、その検査方法を民間の検査機関にも伝達した。韓国でいち早く行われていた「ドライブスルー方式」のアイデアも参考にし、採用した。日本では「PCR検査を増やすと医療崩壊が起きるので検査数を抑えるべき」という見解で「クラスター対策」に重点をおいていた時期である。
 本書によると、「ドイツでは認証済みの検査会社が250社あり、そこでは900人の専門員と2万5000人の検査員が働いている」という。検査には、スイスのロシュ社、米国のホロジック社、アボット/ラボラトリーズ社など数種の検査キットが使われている。判定作業を外注できる分散的な態勢を当初から整えられていたから、「検査の拡充」が一気に進んだのである。パンデミックへの備えができていた上に、他国での新しいアイデアを取り入れる柔軟性もあったのだ。

数値化を好むドイツ人らしいやり方

 ドイツが死亡率を低く抑えられた要因は検査の他にもあった。人工呼吸器を備えたICUベッドの数が欧州で最多の数保有していたこと、イタリアと比べ個人主義が強く、複数の世代が同居する大家族世帯が好まれないことなどである。
 ドイツ政府は5月にロックダウンを緩和した際に、「非常ブレーキ」となる目安を設定した。地域ごとの感染者数の増加数という具体的な数値に基づき、地域ごとにロックダウン再開の基準を設定し、公開している。
 例えばベルリン市の場合、一人の患者が何人に感染させるかという数値の「実効再生産数(R)」「一週間の10万人あたりの新感染者数」、「病院のICUのベッドの稼働率」という3つの基準を使い、緑(安全)、黄色(注意)、赤(危険)という信号機のような色分けの表示で危険度をあらわしている。
 3つの「信号」のうち2つが赤になった場合、市議会はロックダウンの内容を決定しなくてはならない。ロックダウンの緩和や再開の基準を決め、国民に注意喚起をするために透明性と客観性をもつ、「数値化を好むドイツ人らしいやり方」だ、と著者は指摘する。また、「冷静」なドイツ人が、なぜトリアージをしないのか、「命の選別」ということに際してのドイツ人の深いこだわりについてもふれている。
 日本人も注意喚起の「信号」は好きだし、数値にも敏感だ。橋やビルをライトアップして「注意喚起」をするというアイデアはいくつか行われたが、「東京アラート」が点灯した基準は何だったのか、今はどうなっているのか、誰も興味がないように見える。その割には、「新患者数」の数値は日々報道され、「誰が感染した」「○○で○人クラスター発生」という情報が錯綜する。
 期待すべき「ワクチン」の優先度も重要だが、検査機関がいくつ増えたか、検査員を新しく何人養成できたか、長い戦いになるからには、他にも目を向けることがあるはずだ。

(編集部 湯原葉子)

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