風
 
 
 
 
 
 
[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
新書で考える「いま」 旬の話題や気になっている問題。もっと知りたいとおもったとき、まずは新書にあたってみる。そこで出合うだろうおすすめの1冊を中心に「いま」を考えてみる。
第110回 『ルポ 貧困女子』

「風」編集部

NEW 16/12/26

『ルポ 貧困女子』
(飯島裕子著 岩波新)

飯島裕子 (いいじま ゆうこ)

東京都生まれ。ノンフィクションライター。
一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。大学卒業後、専門紙記者、雑誌編集を経てフリーランスに。人物インタビュー、ルポルタージュを中心に『ビッグイシュー日本版』『婦人公論』等で取材・執筆を行っているほか、大学で非常勤講師を務めている。著書に『ルポ 若者ホームレス』(ちくま新書2011年)、インタビュー集に『99人の小さな転機のつくりかた』(『ビッグイシュー日本版』編集部編、大和書房、2010年)、『ルポ 貧困女子』(ちくま新書)などがある。

「お茶ナビ サロン」のご案内

2013年にオープンした「お茶ナビゲート」では毎月1回、各分野で先駆的でユニークな、そして本質的な活動をしている方を講師にお招きして、大人が知的に愉しめる学びの場「 お茶ナビサロン」を開催しています。

第5回 「久木元拓さん:思いがけない世界の気づき~街中に散逸する発見装置」


「女性の貧困」は、「人ごと」ではない

「日本の雇用が不安定になっていくなかで、昔は遠くで燃えていたはずの火が、気がつけば近くで燃えていた。フリーランスで仕事をしている私は、来月、仕事がなくなってもおかしくないという当事者意識を強く持っています。これは私に限らず、多くの人たちが感じていることではないでしょうか?」

 お茶ナビサロン(主催:NPO法人連想出版)にて開催された『ルポ 貧困女子』(岩波新書)の出版記念トークセッション「日本の"貧困"─現実と展望、そして誰一人として生きづらさを感じない社会を目指して」のなかで、著者の飯島裕子さんはこう話した。

 大学卒業後、専門紙記者、雑誌編集を経てフリーランスのジャーナリストとなった飯島さんは、雑誌販売を通してホームレスの自立を支援する雑誌『ビッグイシュー』に創刊間もないころからライターとして参画。リーマンショック前後からビッグイシューを販売するホームレスのうち、20代、30代の若年層が増え始める状況に遭遇することになる。支援活動に頼らない若者たちは何を考えて"いるのか、どう支援すればよいのか。
 そこでNPO法人ビッグイシュー基金とともにホームレス状態にある若者50人に取材し、『ルポ 若者ホームレス』(ちくま新書、2011年)として出版した。
 聞き取り調査を開始したのは、リーマン・ショックが起こった2008年。日比谷公園の「年越し派遣村」が社会問題となり、メディアでは「ワーキングプア」「ネットカフェ難民」など若年層の貧困が取り上げられるようになった時期だった。飯島さんは、派遣村や都内で行われる炊き出しに出かけて若者ホームレスの取材をしたが、全員が男性。女性のホームレスを見かけることは少なかった。
「女性ホームレスはいないのか?」「女性は男性に比べ貧困に陥りにくいということか?」「性産業がセーフティネットになっているのではないか?」という質問を『ルポ 若者ホームレス』刊行後に多く受けた。

「15~34歳の女性の2人に1人は非正規雇用である」という状況があるにもかかわらず、メディアで「貧困」として取り上げられるのは若年男性がほとんどだった。
 そこで、16歳から47歳までの女性47人を対象に、女性の貧困の実態を取材することにした。『ルポ 若者ホームレス』で男性に取材した経験から、多くの女性に話を聞くことで彼女たちの貧困の傾向がつかめると思った。しかし、予想に反してその実態はなかなか見えてこなかったという。
 なぜ女性の「貧困」は見えづらいのか。そこにはどのような状況があるのだろうか。

顕在化しない「家事手伝い」

 女性にとって、そもそも「貧困」と「不安定雇用」はデフォルトである──女性たちに取材を続けるなかで、飯島さんはこのことに気がついた。

 戦後日本は、「男性が主な稼ぎ手として外で働き、女性が不払いの家事、育児、介護など、家庭内の労働を担う、男性稼ぎ主モデル」によって、雇用システムと家族のかたちをつくってきた。1992年には働く女性の数が専業主婦を上回ったとはいえ、その大半はいわゆる"主婦パート"と呼ばれる非正規雇用であったため、自立に足りる賃金や待遇は得られなかった。ほかに、シングルマザーや単身女性のなかにも非正規で働く人は多くいたが、彼女たちは「例外」であり「残余」であるとして、その貧困は問題視されてこなかったと飯島さんは分析する。

 近年、ニートやひきこもりなど、働きたくても働けない若者の存在が知られるようになり、彼らに対する支援が進められている。一方、女性の場合、ニート状態であっても、いわゆる「家事手伝い」として認識されてしまうことが少なくないため、その存在が顕在化しづらい。厚生労働省の定義するニートには、家事手伝いが含まれていないことからも明らかだ。いわゆる家事手伝いとしてカウントされる実家住まいの女性たちはいったいどのような困難に陥っているのか。トークセッションのなかで飯島さんが取り上げたケースを見てみたい。

「非正規」という負の連鎖

"A子さん(36歳)は理系の大学を卒業し、設計事務所に総合職として入社。総合職として働くことに躊躇はなかったが、仕事が忙しく、締め切り間近になると終電が当たり前。親が一人暮らしに反対だったため、実家から2時間かけて通勤し続け、1年ほどでメニエール病を発症、退職することになった。
 初めての挫折で完全に自信を失ってしまい、その後は体力的にも不安があったので、あえて非正規の仕事を探した。事務やコールセンターなどの派遣としてさまざまな職場で働いたが、契約期間も短く不安定な雇用状況にある。
 35歳をすぎたころから正規で働きたいと思い転職活動をしているが、一度非正規になると、簡単には正規には戻れないことを実感している。家族との関係が良好ではないにもかかわらず、経済的・精神的な理由で家を出られないでいる。


 飯島さんによると、正社員経験がある場合でも、一度、非正規のレールに乗ってしまうと、A子さんのように抜け出すことが困難になるという。また近年、女性が就くことの多い職種において非正規への置き換えが進んでいるため、正規雇用の数も少なく労働環境も厳しい。

正規雇用でも貧困と隣り合わせ

 さらに飯島さんは、過重な労働を強いて労働者の心身を危険にさらすいわゆる「ブラック企業」で働いた経験のある20代~30代の女性の割合が高いことに驚いたという。実際に『ルポ 貧困女子』で取材した「非正規職あるいは無業で、年収200万円未満の就職氷河期世代30人」のなかで、正社員経験がある人は14人、そのうち11人が過労にともなう心身疾患、パワハラやいじめなどが理由で正社員を辞めるに至っている。

 1999年に改正男女雇用機会均等法を受けて労働基準法の女子保護規定が撤廃され、男女ともに長時間労働と深夜業が可能となった。その後、景気が後退するなか、非正規雇用が増加し、職場は雇用形態による分断が進んだ。誰もが目に見える成果を求められ、余裕をなくしていくなかでパワハラやいじめなどが蔓延していったのではないかと飯島さんは分析する。
「会社でのパワハラ、病気、人間関係の行き詰まりなど、ちょっとした出来事が引き金となり、一気に貧困へと急降下し、生活保護しか残されていない現実がある」
たとえ正規雇用だったとしても、仕事を辞めざるを得なくなったときに経済的に頼ることができる実家や家族、貯金などのセーフティネットがなければ、あっという間に貧困に陥ってしまうと指摘する。

「働きづらさ、生きづらさ」を抱える女性を可視化する

 本書に登場する女性たちの苦しい状況を見ると、「貧困」というタームではくくりきれない、さまざまな現実があることがわかる。
 飯島さんは本書のタイトルを『貧困女子』とすることについて最後まで躊躇したという。「貧困」という言葉を使うことによって、周辺層を排除してしまう可能性を危惧してのことだ。それでも最終的に『貧困女子』としたのは、やはり"貧困にすらなれない女性たち"を可視化させることから始めなければならないと考えたからだ。
 それは「働きづらさ、生きづらさ」を抱え貧困に陥る彼女たちの状況を、就職氷河期による就職難、雇用の非正規化、過重労働の拡がり、そうした状況ゆえに家族に依存せざるを得ないことによって巻き起こる問題など、社会構造上の問題として描き出すことでもある。

 女性が置かれている「貧困」への万能の処方箋はないとしながらも、飯島さんは、男女の賃金格差の縮小や同一労働同一賃金の実現、就労によって自立が可能な社会を目指す一方で、就労が困難な状況にあっても、非正規、シングル、子どもなしであっても、不安や負い目を感じることなく生きていくことができる社会への実現を訴える。そして、「いったい誰にとって生きやすい、働きやすい世の中なのか?ということをこれからも問い続けていきたい」とトークセッションを締めくくった。

(編集部 清水 有子)

関連する新書マップテーマ
PAGE TOP
Copyright(C) Association Press. All Rights Reserved.
著作権及びリンクについて