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第162回 『DXとは何か』

「風」編集部

NEW 2021/05/31

 政府が設置した新型コロナウイルスワクチンの大規模接種センターの予約システムについて、不具合が発見された。防衛省はシステムの一部改修を表明した。
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大規模接種予約システム 誤入力修正で予約不可能のケースも
新型コロナウイルスワクチンの大規模接種をめぐり、予約システムで、生年月日を誤って入力し、修正しようとすると、予約ができなくなるケースが起きていたことがわかり、防衛省は、システムに問題があったとして、21日中に改修を完了させるとしています。
NHK NEWS WEB 2021年5月21日 19時10分版 より)
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 防衛省の岸大臣によれば、防衛省はシステム上に不備があることを事前に把握していたが、高齢者向け接種の早期予約開始を優先し、改修を見送っていたという。確かに、システムに完璧さを求めるあまり、ただでさえ遅れているワクチン接種スケジュールがどんどん遅くなるようでは困る。しかし、「存在しない年月日」「架空の番号」などの誤入力がチェックできないというようなレベルの「システム」がリリースされてしまうという状態に心底驚いた。
 そもそも、各自治体で進められている高齢者向けワクチン接種がなかなか進まないため、首相からの急な指示で自衛隊による大規模接種会場が設置されることになったという。
 自治体主導で進められているワクチン接種予約も、個人情報や医療にかかわる情報を扱う難しい業務だが、システムは各自治体に丸投げ。インターネットによる予約、コールセンターでの電話予約、各医療機関への直接申し込みなどさまざまで、自治体によって進捗状況の差が出始めている。
「ただでさえ、コロナで仕事や商売に支障をきたし、多くの人が時間に追われ、精神的にもいっぱいいっぱいという状況が続いているのに、一日中ワクチン予約で電話をかけつづけなければいないといった仕組みをどうしてつくるのか」といった怒りの声も市中から聞こえてくる。
 昨年から続くコロナ禍で、給付金の配布、事業の持続化補助金の申請などあらゆる場面で行政サービスにおけるIT化の遅れが表面化していたところである。日本の電子行政はどうなっているのだろうか。「デジタル庁」が設置されれば、解決に向かうのだろうか。

DXに必要なのはユーザー側の意識改革

 最近日本でもDX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が、いわゆる「バズワード」として流行し、よく耳に入ってくる。2010年頃から世界的なブームとなっている、「DX」という理念について解説をするのが、『DXとは何か/意識改革からニューノーマルへ』(坂村 健著、角川新書)である。
 著者の坂村氏は、1984に開始された「TRON(トロン)」という国産OSの開発プロジェクトを牽引したことで知られている。TRONは、OSといってもPCに使われるWindowsやスマートフォンのiOSなどとは用途が違う。機械の中に入れる「リアルタイム組込OS」と呼ばれるもので、ユーザーがOSを意識することがないので、一般の人にはその存在はあまり知られていない。車のエンジン制御や産業機械の制御として利用され、最近ではスマートフォンやIoTのための組込OSとして世界中で使われている。5G時代を迎える今、その重要性に改めて注目が集まっているOSだ。本書は、ここ数十年、情報通信技術の変遷を最前線で知りつくしてきた学者の提言である。

「デジタル化」はDXではない

 DXとは、単なる「デジタル化」「情報化」ではない。その背景の技術動向についてふれ、日本がDXでなぜ出遅れているか、ユーザー側の意識改革がいかに重要かを本書では詳しく解説する。従来型の「デジタル化」や「情報化」「電子化」では、手書きをワープロにする、FAXの変わりに電子メールを使うようなものであり、「やり方の根本的改革」をめざすDXとは根本的に違う。
 何より重要なのが、「意識改革」である。情報通信技術やIoTを活かし、産業プロセスはもちろん、生活、社会、企業、国家、などすべてに変革を起こそうとする動き……そうしたものをDXと定義している。例えば、「業務へのコンピュータの導入」といった、人間が手作業で行う単純労働を「効率化」するための単なる「便利ソフト」の開発は、DXではない。先端テクノロジーを導入することで、仕事や、社会制度を変えていくのがDXであるが、従来のやり方を守りたい層から反対の声も上がるのでなかなか進まない。これまでのやり方を社会全体で捨て、変えていくのは勇気がいるが、必ずやるべきである、と指摘している。

「Eジャパン」時代から前進しない日本の電子行政

 菅首相の提言による「デジタル庁」の新設が話題になっているが、実は日本のデジタル化政策は、2000年から始まっていた。当時の森喜朗首相が示した「Eジャパン構想」で高速インターネット普及の推進を進めていた。しかし、高速インターネットの普及が達成されたことで、日本社会のデジタル化が達成されたようになってしまっている。今、電子行政を進めるうえで重要な課題は、ネットを使う世代と使えない世代の世代間格差である、と坂村氏は指摘する。
 高齢化が進む日本で、お年寄りがわざわざ窓口に行ってさまざまな行政の手続きをするのは大変になってきている。何度も同じ内容を手書きで書かされるようなことを減らせば、その分、行政コストも減る。行政事務のすべてを、市民がネットで手続きできるようにすることは、コロナ禍の今、一刻も早くやった方がいい制度改革である、と著者は指摘する。しかし、そういう提案をすると、「コンピュータを使えない人はどうする」「高齢者はどうする」と反対の声があがる。
 義務教育でもプログラミング教育が導入されるようになり、ICT機器にふれる機会もネットリテラシー教育の機会も保障され始めている。ネットを使い、必要な手続きを電子媒体でできるようになることは、「新時代の一般教養」であると社会で認識されているからだろう。
 それなのに、いつまでも「高齢者はデジタルは使えない」とデジタル化の恩恵から外し、教育や練習の機会を与えずに「ネットはわからないから怖い」というマインドの人を残しておくのだろうか。著者は、「知らないから怖い」ネットの世界を、安心して「練習」できるような環境を社会として用意する、教習費用を補助するなどの方策を考えるべきときに来ているのではないか、としている。

マインドセットを「アップデート」して

 コロナ禍で、日本の電子行政が相当遅れていることが表面化した。しかし、「国のデジタル化」が成功している他国の例をそのまま導入できるわけではない。国の規模も、元になる制度も、国民性も、商習慣もすべてが違う。私権の制限とプライバシー保護との兼ね合いも、他国でうまくいっているからと、そのまま日本でできることではない。
 ワクチン予約の混乱でも明らかになったように、同じ内容なのに、自治体や官庁ごとに書式が違う、同様のシステムを自治体ごとに別個に開発する。同じような内容を何度も書かされ、印鑑や印紙が求められ、システム間も「紙やFAXでやりとりし、システムに再入力する」……。社会のあらゆる場所で、壮大なムダが存在している。そのようなムダは削減すべき、というよりも、少子高齢化で経済も萎縮する中、そのような浪費をする余裕は日本にはない、と坂村氏は断言する。
 電子行政の推進には、入力のムダやミスを減らす「データ標準化」と多重開発を防ぐ、「行政プラットフォームの確立」が重要なポイントだ、としている。行政のデジタル化でいえば、利用する側も、「マイナンバー」を「行政が国民を管理する番号」として厳重に管理するのではなく、「国民が行政システムを利用するためのID」として活用する、などの意識改革も必要だとしている。
 重要なのは、日本は今や世界の最先端から大きく遅れた、と自覚することだという。今から追いつけるかわからないが、今やらなければいつまでたっても変わらない。長年世界のトップを走り続けて来たコンピュータ学者として、国民のマインドセットを「アップデート」することが必要だ、とうったえかける。

(編集部 湯原葉子)

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