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第152回 『安楽死・尊厳死の現在』

「風」編集部

NEW 2020/07/31

ALS患者「嘱託殺人」事件

 難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性患者の依頼に対し、医師による「嘱託殺人」が行われたという衝撃的な事件が報じられた。

>>ALS患者、嘱託殺人 医師2名逮捕

 これを機に「安楽死・尊厳死」について法的な議論を、というコメントもさまざまなメディアで目にした。そもそも、「法的に認められる安楽死・尊厳死」とは何か、まず理解するのがたいへん難しい。
『安楽死・尊厳死の現在/最終段階の医療と自己決定』(松田 純著、中公新書、2018)では、最終段階の「医療」とはなにか、自死を含めた「死の自己決定」をどこまで認めるべきか、各国の実態をふまえて深く掘り下げている。
 本書によれば、「現代では、「安楽死」は、助かる見込みのない病人を、本人の希望に従って、苦痛の少ない方法で死に至らせることを意味する」とある。
 現在、「医師が患者に致死薬を注射して死なせる安楽死」が合法化されている国は、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、カナダ、オーストラリア(ヴィクトリア州)となっている。米国のいくつかの州とスイスでは、医師が患者に致死薬を処方し、患者自らが服用するなどして自死する「医師介助自殺」が合法化されている。
 法制化された国では、その運用について法の下で必要条件を厳格にチェックする体制があり、事後の審査・報告も義務づけられている。一方、スイスでは自殺介助は合法的ではあるが、特別な法を制定せず、民間団体による独自ルールのもとに行っている。外国人に対しても門戸を開いているため、毎年多くの外国人がスイスを訪れ介助自殺を遂げる「自殺ツーリズム」と呼ばれる状況も生まれている。

医療の最終段階としての「安楽死」

 法制化された国の多くは、医師による安楽死を、「医学的に解決の見込みがなく持続的で耐え難い苦しみをもつ患者」に対しての「最終段階の医療」とみなす考え方だ。日本では、医師による安楽死や介助自殺について議論する前に、人工呼吸器をはじめとする生命維持措置などを使用している「医学的に解決の見込みがない状態」の患者に対して、「治療(延命)の中止」を決めるのは誰か、という議論さえまだ進んでいないのではないだろうか。
 本人が意思決定能力を失った場合の生命維持治療の中止、またはこうした処置を最初から行わない選択肢について示す場合、患者の意識、判断能力、コミュニケーション力に支障がない段階で、事前に書類で残しておく必要がある。
 こうした「事前指示書」は、本来人生の最終段階における自己決定を実現するためのものだが、その管理方法、気が変わった場合修正ができるかどうかなど、さまざまな課題があることがわかっている。
 また、こうした「治療を断るための事前指示書」が法的に効力を持つようなことになれば、ALS等の難病患者は事前指示書の作成を事実上強いられるようになり、作成した後に治療を望む気持ちになったとしてもそれを伝えることが困難になる。本人は生きたいと考えても、経済的負担や家族の介護の負担から、「生存を断念する」方向に向けた無言の圧力を受け続けることが予想される、という懸念が既に難病者や障害者の団体などから表明されている。
 本書の著者は、難病患者などの現状を考えたとき、日本では「死ぬ権利」が「死ぬ義務」へと転換するという危機感がある、としている。患者の「生きる権利」が保障されていないなかで、なぜ「死ぬ権利を保障する法律」の制定を急ぐのかという疑問だ。
 患者本人が意思決定能力を失うという点では、難病に限らず、事故や認知症も同様である。これを書いている私自身も含め、誰にでも起こりうる事態を、どう検討すべきか。
 生命維持装置につながれたベッドに横たわる患者(お笑い芸人)が「こうなる前に『人生会議』しとこ」うったえかけた厚労省作成の啓発ポスターが、各患者団体などからの抗議を受けて取り下げになったことも記憶に新しい。生命維持装置をいつ、誰が外す権利があるのかというような議論に、正面から向き合っているとはいえない。日本が、「安楽死についての合法化を議論」という段階ではないことは明らかだ。

"安楽死"への理解を認める世論に懸念

 この事件について、昨年7月の参院選で初当選した「れいわ新選組」の舩後靖彦参議院議員は(現時点での)「事件の報道を受けての見解」として自身のオフィシャルサイトに下記のようなコメントを寄せている。
「インターネット上などで、『自分だったら同じように考える』『安楽死を法的に認めて欲しい』『苦しみながら生かされるのは本当につらいと思う』という反応が出ていることについて、同じ難病を抱える当事者として強い懸念を抱いている。なぜならこうした考え方が、難病患者や重度障害者に「生きたい」と言いにくくさせ、当事者を生きづらくさせる社会的圧力を形成していくことを危惧するからです。」

「『死ぬ権利』よりも、『生きる権利』を守る社会に」

 舩後氏らの当選を機に、参議院本会議場に車いすでも登壇できるよう、スロープが設置するなどの「バリアフリー化」も進められた。コロナ禍のなか、感染の懸念から本会議や委員会に遠隔で出席し、「オンライン国会」についての提案もしている。ALS患者をはじめとする人工呼吸器の利用者への配慮、障害児・障害者への理解など、新型コロナによる緊急事態宣言下で、困難な状態にある障害者への支援についてなどの予算措置など、関係省庁への要望を積極的に行っている。
 舩後氏は「『死ぬ権利』よりも、『生きる権利』を守る社会にしていくことが、何よりも大切です。」と強くうったえかける。この事件に関して、このタイミングで、これだけ説得力のあるコメントを発信できる人が、他にいるだろうか。
 昨年、人工呼吸器を装着した国会議員の初登場は大きな注目を集めた。2020年にALS当事者が参議院議員に在籍する、ということがこれほど重要な局面になるとは、2019年の夏には思い至らなかった。

(編集部 湯原葉子)

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