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第135回 『キャッシュレス覇権戦争』

「風」編集部

NEW 19/02/28

『キャッシュレス覇権戦争』
(岩田昭男著、NHK出版新書)

キャッシュレス決済「後進国」の日本

 ネットショッピングではクレジットカード決済が当たり前。SuicaやPASMOなど交通系の電子マネーで切符を買わずに改札を通るのも当たり前、コンビニなどでの支払いも電子マネーを「ピッ」とかざすだけで済む。日常生活で現金を扱う場面は、年々確実に減ってきているな、と感じる。それでも、日本は外国と比較してまだまだ「現金決済が主流」でまわっている。それどころか、圧倒的な「キャッシュレス決済後進国」なのだという。
『キャッシュレス覇権戦争』(岩田昭男著、NHK出版新書)によれば、2015年時点での日本のキャッシュレス決済比率は、18.4%。これに対して韓国は89.1%、中国は60.0%、アメリカは45.0%だというから、「圧倒的なキャッシュレス決済後進国」と言われても仕方がない気がする。
 実際、毎月15日(年金の支払い日)や、多くの企業が給料日とする25日にはATMでは長蛇の列ができている。銀行の支店が統廃合により減らされて街中のATMの数が減ったから、という面も少なくはないが、それだけではない。
 今、毎月の給料や年金などの収入を「現金」で受け取っている人は少ないだろう。家賃や光熱費などの固定費、新聞の購読料、ケータイ利用料など、口座からの自動引き落としで支払えるものがほとんどといっていいほどだ。レジで電子マネーなどに慣れると現金払いは時間がかかり、手間もかかるように感じるようになった。それでも、自分の口座に入ったお金を、ATMからわざわざ引き出し、現金という形でサイフに入れておかないと気がすまないのはどういう心理なのだろうか。私たち消費者がキャッシュレス化に踏み切れないのはなぜだろう。『キャッシュレス覇権戦争』の著者によると「日本社会はまだまだ現金信仰が強い」という。本書ではその背景と、「現金信仰」を続けることのデメリットについてふれている。

現金の扱いは「コスト」という時代に

 日本ではなぜ現金決済が減らないか。まずは紙幣の「信用度」が外国に比べて非常に高いことがあるという。治安がよく、きれいな紙幣が流通し、入手が容易。もちろん偽札の流通は非常に少ない。つまり現金に対する信用度が高い、ということだ。逆に偽札が横行するなど「紙幣の信用度が低い」と言われていた中国では、そのデメリットが逆に急激なキャッシュレス化を生んだともいえる。
 日本では、普段から状態のよい紙幣が流通し、ぼろぼろのお札をおつりで渡されることはめったにない。お祝儀などを渡す時にはマナーとして銀行でわざわざ「新券」を用意することもある。モノとしての紙幣に対する思い入れが、日本は他国より強いような印象がある。
 硬貨の利用を考えると、また別の理由が考えられる。日本では、高額な買い物はクレジットカードで、という感覚をもつ人は多く、少額決済をカードで行うと断られた時代もあった。しかし、キャッシュレス化のシステムやインフラが普及すればどうだろうか。少額決済のために現金を出すほうが店や他の客にとって「迷惑」という感覚に少しずつ変わっていくかもしれない。

来る「信用格差社会」に備えるには

 日本政府も、「キャッシュレス決済後進国」という不名誉をそのままにしているわけではなく、今や国をあげてのキャッシュレス化を推し進めようとしている。本書の著者によるとその目的は「インバウンド消費の拡大」(外国人観光客にとってはキャッシュレス化が便利)、「現金のハンドリングコストの削減」(貨幣・紙幣の製造および流通コスト、ATMなどの維持管理コストなど)、そして「徴税の徹底」という大きな三つがあげられる。著者は、消費税増税を機に、政府はキャッシュレス化を一気に進めようと狙っているのではないか、と指摘している。
 キャッシュレス決済に不安を感じる要因に「個人情報の流出」がある。クレジットカードの番号が流出して悪用されないか。支払い履歴が悪用されないか。こちらのほうが、根強い現金派の現金決済を支持する理由に近いかもしれない。自分の資産や日々の経済行動を、国家や一企業にすべて把握されるのではないか、と漠然と不安に感じるのは当然だろう。
 多くの人が利用しているクレジットカードには個人情報が蓄積されている。生年月日、居住地、勤務先、勤続年数など返済能力に関わるもの、クレジットカードの利用履歴と返済実績など多岐にわたるもので、ローンの融資額が決められるなど、かなりセンシティブな情報だ。
 そうしたデータに基づきAIが人々の信用度を格付けするビジネスも始まりつつある。巨大なユーザーデータを手にした大手携帯会社が信用スコア事業に参入し、この分野のビジネスが日本でも立ち上がり始めている。格付けされたスコアで個人間に格差が生じる「信用格差」の問題もこれから深刻になっていくだろう。

 キャッシュレス決済へ、さまざまな企業が参入しようとしている。市場の大きさから、外資もその覇権を握ろうと狙っている。キャッシュレス化への流れを止めることができないならば、せめてキャッシュレス決済がもつ負の側面も十分に把握したうえで、対策を講じられるようにしておきたい。著者は、個人情報はその重要度にも差があるので、どの範囲の情報なら企業に提供してもいいか、情報を自分で守り、自分で制御できるようになるべきだと提案している。ポイントやサービスと引き替えに提供してもいい情報(購買履歴など)と、安易に出してはいけない情報(家計や健康情報など)との線引きを自分でコントロールできるかどうか。ポイントがお得、というそのポイントの見返りに企業が何を得ているのか、慎重に考えておきたいものだ。
(編集部 湯原葉子)

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