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第166回 『グリーン・ジャイアント』

「風」編集部

NEW 2021/09/30

『グリーン・ジャイアント/脱炭素ビジネスが世界経済を動かす』
(森川 潤著、文春新書)

菅首相が示した「2050年カーボンニュートラル」への本気

 9月末、菅義偉首相は、約1年となった総理大臣の職を退く。その菅政権での「成果」として、首相就任直後の2020年10月26日、所信表明演説で、「脱炭素宣言」を打ち出し、「カーボンニュートラル」という言葉を大きく掲げたことを評価する声がある。「積極的に温暖化対策を行うことが、新たな経済成長の芽となる」という発想の転換も明確に表明した。
 菅首相の突然にも思えた「カーボンニュートラル」発言は、これまで「気候変動対策」に懐疑的であり、消極的だった中国・米国を含め、世界がこぞって「カーボンニュートラル」へ突き進もうとしている中、日本がこの潮流に乗り遅れないための、ギリギリのタイミングだったという。
『グリーン・ジャイアント/脱炭素ビジネスが世界経済を動かす』(森川 潤著、文春新書)では、2020年10月までに世界各国で起きていた脱炭素宣言ラッシュを「カーボンニュートラル狂騒曲」と評し、気候変動をめぐる議論について、パリ協定の内容を中心に、これまでの経緯を解説している。
 カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出量を、植物などによる吸収との相殺で「実質ゼロ」にすることである。その結果、「地球温暖化を産業革命前と比較して1.5℃までに抑える」ことを、今世紀半ば、つまり2050年をめどに達成するというのが、現在世界のリーダーたちが共有している目標であり、政治、ビジネス、テクノロジー、そしてお金が、この目標をめがけて動いているという。

気候変動対策は新たな技術とビジネスのフロンティア

 本書のタイトルにもある「グリーン・ジャイアント」とは、何なのか。2020年、米国の石油メジャー最大手のエクソンモービル社の時価総額を一時抜いたことで話題となった、米国「ネクステラ社」に代表される、再生エネルギー(再エネ)で成長する各国の巨大企業のことである。
 ネクステラ社は、地方電力会社としてスタートして以後、全米各地の既存の原発や石油の発電所を買い漁り規模を拡大し、再エネをめぐる連邦や州政府の規制が変わるタイミングを的確にとらえ、風力発電や太陽光発電への転身を図って台頭してきたのだという。
 それらの多くは、旧来のエネルギー企業だったのが、再エネのコストがまだ高く、代替手段としてしか考えられてこなかったころから、その可能性を見抜き、投資を続けてきた企業だという。「地球を救う」という使命ではなく、ビジネスのフロンティアとして、再エネの可能性にかけ、国際展開をしかけてきた、というのが現在世界を席捲している「グリーン・ジャイアント」の共通点だという。

日本に「グリーン・ジャイアント」は生まれるか

 新聞社の記者出身である著者の森川氏は、現在はオンラインニュースメディアのニューヨーク支局長という肩書きで、エネルギー業界、テクノロジーに詳しい。日本がなぜ、脱炭素後進国になったのか、このまま負け続けていくのか、外から見える日本の立ち位置を分析し、巻き返しの策を検討している。
 日本に10社以上ある大手電力・ガス会社に、再エネへの転身を遂げた「グリーン・ジャイアント」が生まれなかった理由はいくつかあるという。
 日本の石炭火力依存がこの10年進んだのは、2011年の福島第一原発事故が原因である。全国の原発が停止され、安定供給のため火力発電へとシフトしたことは、現実的に唯一の選択肢であり、やむを得なかったかもしれないが、世界的な潮流からはかなり後れを取ったことは間違いない。
 さらに、2012年に施行された「再生エネルギー特措法」により高く設定された太陽光発電の買い取り価格は、再エネ業界への新規参入を一気に増やす「太陽光バブル」をもたらした。しかし、新規参入した企業が発電する不安定な太陽光の電力を制御するのは、送配電を担う既存の電力会社だった。こうした負のイメージもあったのか、再エネに対してもともと前向きではなかった既存の大手電力・ガス会社から、「グリーン・ジャイアント」は生まれなかった。
 現在の再エネ産業を支えている太陽光発電も、風力発電も、産業化の当初は日本が技術面でリードする立場にあった。しかし、そのテクノロジーが確立し、低価格化が進むと、中国メーカーが圧倒的な製造攻勢で一気に参入してくる。圧倒的に単価を下げた中国メーカーに国内メーカーは太刀打ちできない。現在は太陽光パネルのシェアはすべて中国に奪われている。
 著者は、これからの再エネの「本丸」は風力発電と予測している。なかでも、これまで「風の強さや安定度が欧州ほどよくない」「遠浅の海が少ない」などの理由で日本には向いていないとされていた洋上風力発電の時代が来るのでは、としている。洋上風力の分野では国内企業が数年前に撤退し、1社も国産メーカーが育っていないという現状である。欧州の産業化の流れからは10年以上遅れを取っていても、分散型の太陽光発電と並行して、洋上風力への開発・投資に集中投入していくべきではないかと示唆する。

日本は切り札を持っているか

 今、電気自動車をはじめ、さまざまな分野で需要が高まっているのが水素である。日本では水素の安定供給のためには輸入が不可欠であり、遠いノルウェーやオーストラリアなどから大量輸送が難しい水素を運ぶには、「窒素と化合させてアンモニアに変える(液化する)」方法が有力だという。
 水素を運ぶ媒体として役立つアンモニアの、新しい用途も開発されている。本書では、日本政府とエネルギー業界が期待をかける日本独自の技術「アンモニア」発電を紹介している。アンモニアは燃焼しても二酸化炭素が出ないことで、火力発電で石炭に変わる燃料として注目を集めている。水素を取り出す際に、直接燃やしたほうがロスが少なく、環境にも良いという。
 水素を自国で調達できる国では、アンモニアの有効利用を検討する必要がないのでこの技術はまだ日本以外であまり重視されていない。「ガラパゴス技術」に終わるのではという指摘もあるという。しかし、石炭火力への依存度が高く、再エネの適地が少ない東南アジア諸国で、共有する技術としての可能性はある、と開発者は期待をかけているという。
 アンモニア発電の実用化がどこまで進むのか、まだ不透明な部分も大きい。しかし、「カーボン・ニュートラル」ビジネスを牽引するには、ゲームのルールを作っていく存在にならなければいけない。再エネというフロンティアで、日本が戦えるビジネスモデルを獲得できるか。
 気候変動対策は倫理でもファッションでもない。どのような気候変動対策「ビジネス」で、世界を制することができるかだ。今、世界のリーダーたちが共有している目標に向け、次期の日本のリーダーがどんな切り札を見せてくるか、注目したい。


(編集部 湯原葉子)

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