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第178回 『エリザベス女王』

「風」編集部

NEW 2022/09/30

「リアル」葬送行進曲

 今年6月、在位70周年を祝賀する「プラチナ・ジュビリー」を無事終え、イギリス3人目の女性首相となったリズ・トラスの任命式を執り行ってから翌々日、エリザベス2世は96歳の生涯を閉じた。
 9月19日にウェストミンスター寺院で取り行われた国葬の様子は、その一部始終がリアルタイムで世界に発信された。女王の柩が運ばれる葬列では軍楽隊による演奏が絶え間なく続く。その中には、ショパン、ベートーヴェン、メンデルスゾーンなど、クラシック音楽で馴染み深い作曲家の作品もあった。
  葬送行進曲といえば、これ、というくらい日本人にも知られているのが「ショパンのピアノソナタ第2番の第3楽章(「葬送行進曲付き」という副題がついている)。ほかにも、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」の第2楽章など、「葬送行進曲」は、多くの作曲家がピアノソナタや交響曲の一部の楽章として採用していることもあり、演奏される機会は実は少なくないが、柩を運ぶ本当の葬列の音楽として使われている様子を見るのは初めてだ。
 訓練を受けた軍楽隊が、速すぎず、遅すぎず、一定のテンポを保ち、延々と演奏を続け厳粛な雰囲気を演出する。悲しみの中にも歩みを止めてはならない、葬送行進曲の「実用」例を目の当たりにし、私はしばらくテレビの前に釘付けになっていた。

自身も企画した最後の儀式

 生涯をその職に捧げると誓ったエリザベス2世は、「プラチナ・ジュビリー」など周年行事と同様に、自身が関わる最後の儀式についても何十年も前から準備をしていただろう。国葬で演奏された音楽(全て生演奏)は、教会のパイプオルガン、バグパイプ独奏、合唱、いずれも英国国教会や英王室の伝統にならいながら、結婚式などでの思い出深い曲を入れるなど、女王のリクエストが反映されたものだったという。英国を代表する作曲家による、この日のための新曲(10年前に委嘱された)もあったというから驚く。屋外を進む葬列は計算され尽くしたカメラワークで映し出され、次第に映画でも見せられているような気分になっていた。
エリザベス女王/史上最長・最強のイギリス君主』(君塚直隆著、中公新書、2020年)は、1952年に25歳で即位し、幾多の試練を乗り越えた女王の人生を描いている。最期だけではなく、在位70年、女王として生きた時代全てが、映画のように波瀾万丈だったといえる。
 戦後も長くイギリス上層部に根強く残る「帝国意識」を女王自身がいち早く脱し、コモンウェルス(旧英連邦)の国々とどう接していくべきかも、率先して平等な外交的態度を示してきた。

「女王役」を演じた女王

 本書では、ダイアナの衝撃的な死を機に王室支持率が急落し、危機に瀕した時代をどう乗り越えるべきか。時代と共に変化を模索する王室や、21世紀にあるべき王室の姿を、女王自身が率先してメディアを通じて発信しようとする姿勢にもふれている。2012年ロンドン五輪開会式ではジェームズ・ボンド役のダニエル・クレイグと女王が「本人役」で共演する演出も観客を驚かせたが、幾多の危機を乗り越え、国民に愛される王室を常に意識してきた女王だからこそ、観客に熱狂的に受け入れられたのかもしれない。
 著者はイギリス史や王室に関する著作を数多く書いている専門家。「棺を蓋いてこと定まる」の格言にあるように、本来は評伝は死後ではないと冷静な判断ができないのではないか、と存命中にエリザベス女王の評伝を書くのをためらっていたという。しかし、女王がつけているとされる日記など、重要な史料は通常では没後50年は公開されない、という制約があることなどから、これ以上時間をおいても、著者自身の目に触れることはないかもしれない、と評伝の執筆に思いたったという。おかげで、この機会を逃さずにまとまった評伝が読めることになった。
 政治に関与することはない、とされながらも「お飾りではない」と評されるエリザベス女王。英国議会会期中には歴代の首相と毎週一度は会見し、その時々の政治課題について話し合ってきたという。ボリス・ジョンソンに次いで、15人目に任命されたリズ・テラス氏と女王が、毎週どのような会話をするのか期待していただけに、その面会が一度で終わってしまったのが残念だ。

(編集部 湯原葉子)

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