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第189回 『徹底解説 エネルギー危機と原発回帰』『汚染水との闘い』

「風」編集部

NEW 2023/08/31

『徹底解説 エネルギー危機と原発回帰』
(水野倫之; 山崎 淑行著、NHK出版新書)

「ALPS処理水」の海洋放出開始

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中国 日本の水産物の輸入全面停止 処理水放出受け

 福島第一原子力発電所にたまるトリチウムなどの放射性物質を含む処理水について、東京電力が基準を下回る濃度に薄めた上で海への放出を始めたことを受けて、中国の税関当局は、日本を原産地とする水産物の輸入を24日から全面的に停止すると発表しました。
NHK NEWS WEB 2023年8月24日 19時00分

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 8月24日に政府が
 NHK NEWS WEBでは、「処理水Q&A」と題した特集ウェブページで、「処理水」とはどんな水のことなのか、人や環境への影響はどうなっているのか、風評被害対策はどうなっているのか、詳細に解説している。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230824/k10014172541000.html

 経済産業省では、安全対策と風評被害対策の取り組みについて、専用ウェブサイトを作成し、情報を発信している。
「みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと」と、西村経産相からの動画メッセージも掲載している。
https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/shirou_alps/no4/

 環境省は、「ALPS処理水に係る海域モニタリング情報」を中心に、外務省は国際原子力機関(IAEA)との協力体制を全面に打ち出し、内閣府は、河野特命担当大臣(消費者及び食品安全担当)が日本の食の安全性をうったえるメッセージをYoutubeで発信している。

 また、当事者である東京電力の専用サイトもある。「処理水ポータルサイト」と題した専用ページを設け、「廃炉作業の一環であるALPS処理水等に関する取組み」についての理解を求めるための情報発信をしている。ここでは、24日に海洋放出が開始された後、各機関による海水、海産物の放射性物質測定結果を随時公開し、安全についての情報発信をおこなっている。日本語、英語、韓国語のほか、中国語に関しては、主に中国本土で標準的とされる中国語(簡体字)、主に台湾で使用される中国語(繁体字)、主に香港で使用される中国語(繁体字)の三通りが用意されている。特に近隣諸地域に向けた、きめ細かな情報発信の姿勢がうかがえる。

https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/

 各省庁のページを見ていると、「ALPS処理水」の海外放出について、あらゆる角度から、安全性に問題ないという内容の情報発信は十分にされており、説明責任は果たした、とアピールしているように思える。しかし現実として、中国は、福島県近海だけでなく、日本すべての水産物の輸入全面停止措置をとった。なぜこのようなことが起こっているのだろうか。情報発信やその他の面で、何が足りなかったのだろうか。

一般消費者にこそ必要 「ALPS処理水」に関する説明

 福島第一原発事故後、縮小方向だった原子力発電の利用は、2022年12月に発表された政府の基本方針により、「原発回帰」へと大きく転換することになった。
 『徹底解説 エネルギー危機と原発回帰』(水野倫之; 山崎 淑行著、NHK出版新書)では、事故当時に連日解説を担当していたNHK解説員の水野氏と、同ニュースデスク山崎氏が、原子力政策大転換の背景や今後の課題、事故後12年取材を続けてきた原子力業界の現状を解説する。
 政府は、海洋放出の方針を決めて以降、「説明会を1000回以上開いている」というが、その対象が、漁業者や流通関係など関係者対象がほとんど、ということに著者は疑問を呈している。
  政府や東京電力が、処理水について説明し、理解を求めることが必要だった対象は、福島の漁業関係者や流通業者だけではなく、全国の消費者に対してではないか。より多くの消費者に、処理水問題を知ってもらい、関心を持ってもらうことが必要だったのではないか、と指摘する。
 今回、中国の輸入禁止措置に対しての反応を見ていると、もっとも大きなショックを受けているのは、国内の、福島から離れた地域の漁業関係者ではないかと思われる。
 国内でも離れた地域の漁業関係者や、漁業に直接関係ない消費者も、自分のこととして関心を持ち、海外への効果的な情報発信の必要性を、政府や東京電力に強くうったえるべきだったのかもしれない。

安全に対する「効果的」な情報発信を

 この「処理水」対策について、「抜本的な対策は先送りされ、後手後手の応急対策を重ねるうちに、事態は深刻化してしまった」と記している新書がある。それも、最近のことではなく、今から9年前の2014年に刊行された『汚染水との闘い/福島第一原発・危機の深層』(空本誠喜著、ちくま新書)である。著者は、原発事故後、「官邸助言チーム」の事務局長として最前線で対策にあたっていた、元原子力エンジニアである。本書刊行の時点で既に、「後手後手」であった「処理水問題」は、2023年の今、近隣諸地域との関係に影響がでるほどの事態となりつつある。
 もう忘れかけている人がいるかもしれないが、事故発生直後大きな問題となったのが、放射性物質を高濃度に含む「高濃度汚染水」が、近隣の海域に直接漏出していた事件である。この問題を解決するために、トリチウム以外の62種の放射性物質を除去するために「ALPS」が開発された。2014年に刊行された本書で、その技術的な面が詳しく解説されている。処理水を海洋放出した場合、「ALPS」では除去しきれない「トリチウム」についてのリスクをどの程度許容するかということについても詳しく解説する。
 事故後、実際に周辺海洋を汚染してしまった「高濃度汚染水」と、このたび海洋放出することになった「ALPS処理水」とを混同してしまっている人はまさかいないとは思うが、リスクへの許容度に関しては人によって幅がある。
 国内外の反応を見ていると、科学的な情報の質や量ではなく、「そこから?」と思われるほど初歩的な説明でも丁寧に繰り返す姿勢や、廃炉に向け、必要なステップであるとへの理解を求めるメッセージ力が不足しているのではないかと思わされる。
また、この先長い闘いとなる廃炉に向けては、著者の空本氏が提言している、「現場作業員を長期的に安定雇用する仕組み」や「原子力人材を計画的に育成する」等の人材面での取り組みがなされているのか、ひじょうに気がかりである。
 トリチウムなどを含む大量の「処理水」海洋放出は、長い長い廃炉への第一歩である。「ALPS処理水」の安全性について、データ等で一方的にアピールするだけでなく、不安に感じる人々への「説明」や「対話」の機会を持てなかったのか、考えてしまう。

(編集部 湯原葉子)

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