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第129回 『睡眠負債』

「風」編集部

NEW 18/08/31

「睡眠負債」とは何か

 寝る前のスマホについ熱中してしまう。熱帯夜が続いて眠れない。通勤電車の中や仕事中にうとうとしてしまう。休日、いつもより遅くまで寝ている割には疲れが取れない。何かと忙しい日々、「ちょっとした寝不足」は仕方がない、そう思いつつやり過ごしている人も多いのではないだろうか。
 しかし、『睡眠負債 /“ちょっと寝不足”が命を縮める』(NHKスペシャル取材班著、朝日新書)では、多くの人が「ちょっとした寝不足」と考えている日々の睡眠不足の蓄積が、どれほど危険かを警告している。2017年6月に放送され大反響を呼んだNHKの番組「睡眠負債が危ないー“ちょっと寝不足”が命を縮める」の内容をもとに、番組取材チームがまとめたのが本書だ。
「睡眠負債」とは英語の「Sleep Debt」をそのまま日本語訳したもの。毎日1、2時間程度のちょっとした睡眠不足が「借金(負債)」のように溜まり、健康にさまざまな悪影響を及ぼすことだという。今、睡眠の研究の分野では、世界中の研究者がこの「睡眠負債」の危険について警鐘を鳴らし始めている。「睡眠負債」は、脳のパフォーマンスを知らず知らずのうちに低下させるだけではない。がんや認知症など、命にかかわる病気のリスクを高めていくことも最新の研究でわかってきたという。
 現代日本人の健康に「睡眠負債」がどれだけ悪影響をおよぼしているのか。睡眠負債の恐ろしさは、自分では眠気を感じないのに、注意力が確実に低下する状況が発生する点にある。番組では、自分では気づきにくい睡眠負債を見つけ出すための調査を実施し、さまざまな実験を行っている。番組では生放送中に視聴者を通じて、パソコンやスマートフォンを利用した「睡眠負債リスクチェック」も行ったところ、その回答は25万人を超える大規模な調査となったという。慢性化する睡眠不足の危険性について、多くの人々が関心を持っていることがうかがえる。

睡眠負債は将来の健康リスクにも

 睡眠不足が起きると、脳のパフォーマンスが下がり、居眠りが起きることで運転中などの事故の危険も高まる。これまで起きた重大事故や事件の背景に、睡眠不足が関連していることも多々ある。一日二日の徹夜や寝不足で直ちにということはないが、重大な健康リスクが高まることも最新の研究で明らかになりつつあるという。慢性化する睡眠不足を個人の問題ではなく、社会でもっと深刻に考えるべきだ、と本書では警告している。
 睡眠時間がどれくらい必要かは、もちろん個人差、性差があり、年齢によっても違ってくる。1日8時間以上眠らないとやっていけない人もいれば、4時間で問題ない、と主張する人もいる。番組を監修している医師によれば、理想的な睡眠時間は、「もっとも健康被害がないのは7時間前後。どんな人でも5時間を切らない方がいいのは確か」という。ただし、育児・介護や夜勤を含むシフト制勤務など、さまざまな理由で日常的に睡眠不足の状態を強いられる人も少なくない。そうした人々に向け、「健康のために7、8時間睡眠を」と理想ばかり繰り返しても、実現できなければ意味がないだろう。
 現代社会では多くの人が睡眠不足になりがち、という前提にたち、それでも取り返しのつかないほどの「睡眠負債」の状態にならないため、できる範囲で質のよい睡眠を得るためにはどうすればよいか、Q&A形式で紹介している。睡眠時間が確保できない場合に効果的に仮眠をとるにはどうしたらよいか。休日の寝だめは睡眠不足の解消となりうるか。また、質のよい睡眠のための寝室の環境(音、光、室温の調整)など、今すぐ改善できそうな方法を細かくアドバイスしている。
 また、成長期にある子どもたちにとって睡眠負債がもたらす影響は、大人よりも深刻なことは言うまでもない。24時間眠らない、刺激の多い大人社会に子どもを巻き込まないよう、睡眠時間を確保することは、周囲の大人の重要な役割だと指摘している。
「睡眠負債」は眠ることでしか解消できない。そして、「睡眠貯蓄」はできない。本書では、眠りの「質」も確かに重要だが「量」の確保の重要性が高い、と再三強調している。

睡眠について学ぶ機会を

 2年後に迫るオリンピックに向け、「暑さを避けるため」に2時間前倒しをするサマータイムの導入を、という声が出てきている。サマータイムの導入は、複雑なコンピュータシステムへの対応など、何年もかけて準備してもなお、切り替え時の混乱が生じることが予想されている。すでに長年実施している国でも、毎年サマータイム切り替えの日には、各種の事故が多発することが知られている。
 さらに懸念されるのは、北海道から沖縄まで、オリンピックとは直接関係のない国民全員に「2時間の早起き」を強いるところだ。『睡眠負債』では、先進諸国の中でも日本人は平均睡眠時間が短いことがデータで明らかになっている、と指摘している。すでに慢性的に睡眠が不足している国民に、2時間の早起きを強制することの危険性を、サマータイム推進派は理解しているのだろうか。
 日本では、教育の場で睡眠の重要性と睡眠不足の危険性について学ぶ機会がない、とも本書では指摘している。慢性的な睡眠不足「睡眠負債」の脅威について、個人が対策できることは限られている。社会問題としてもっと深刻に受け止めるべきではないだろうか。

(編集部 湯原葉子)

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