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第195回 『炎上社会を考える』

「風」編集部

NEW 2024/02/29

 日本テレビでテレビドラマ化された「セクシー田中さん」原作者の漫画家・芦原妃名子さんの急死からひと月がたった。
 ドラマ化の条件として、「原作に忠実に」という当初からの作者の意向が制作側に伝わらず、数回分の脚本を作者自らが担当することになった。異例となったその経緯についてドラマ制作関係者がSNSで発信し、芦原さんは原作者側からの見解を説明したところ、「炎上」する事態となった。
 芦原さんは、自身のSNSに『攻撃したかったわけじゃなくて。ごめんなさい。』と投稿した後、亡くなっていたことがわかった。SNS「炎上」がきっかけで一人の命が失われるという、誰も望んでいない、あってはならない結末となってしまった。

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日テレ、社内特別調査チーム設置へ 「セクシー田中さん」原作者死去

 日本テレビ系の連続ドラマ「セクシー田中さん」の原作者で漫画家、芦原妃名子(ひなこ)さんが死去したことを受け、日テレは15日、出版元の小学館や外部の有識者の協力を得た社内特別調査チームを設置すると発表した。

毎日新聞電子版 2024/2/15 22:24(最終更新 2/15 23:44)より
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 もちろん、今回ドラマ制作を企画した日本テレビと、原作の出版元である小学館は、原因解明に協力し、再発防止策を検討する義務があるのは間違いないだろう。しかし、当事者は、その2者だけだろうか。
 今回、自分の作品を守りたい、という思いで発言を続けてきただけの芦原さんに、糾弾される落ち度があったようには見えないが、実際どのようなことがあったのかは当事者以外には知り得ないことである。
 原作者の芦原さんを支持する気持ちから出てきた「善意」の声が、ドラマの制作チームや脚本家への強い誹謗中傷の声となり、まわり回って芦原さんを追い詰め、命を奪うまでになってしまった。こんな悲しいことがあるだろうか。

「炎上」が起きる社会背景

 SNS上の誹謗中傷という現象が深刻化する昨今、『炎上社会を考える/自粛警察からキャンセルカルチャーまで』(伊藤昌亮著、中公新書ラクレ、2022年)では、昨今の様々なケースをもとに、「炎上」が起きる社会背景に着目している。
 ネットでの誹謗中傷という現象は、インターネットの普及当初から問題視されてきた。その多くは主として一対一の当事者間、それもネット上の知り合い同士で、論争が激化して言い争いになる、といったことが起きていた。ネット上のコミュニケーションでは、相手の名前や身分、口調・表情などがわからないため、ちょっとしたことから激しい諍いが起きてしまう。
 その後、SNSの時代になると、誹謗中傷の形態は、一対一の当事者間のものから、多対一によるものへと変化していく。特に著名人はブログなどを通じて自分の言動が誰からも見られるようになったため何をやってもネタにされ、批判されるようになってきた。一方で匿名掲示板などで発言の匿名性が高くなったため、中傷する側は何を言っても許されるかのように勘違いしやすくなった。

「共感」が可視化されることの副作用

 誹謗中傷の形態は、そしてまた変化してきている。誹謗中傷の矛先が、必ずしも敵対する相手ではないことだ。
 著者は、2010年代半ば以降の若者の特徴として「SNSを通じて自己アピールを繰り広げることで、友達からの共感をいかに得るか、一方で反感をいかに避けるかという命題に必死に取り組んできたように思われる」と記している。フォロワー数や「いいね」の数などで、こうした共感の広がりを正確に数値化されるようになってしまっている。
 強い共感があればあるほど、反感へと一気に転じることになる。共感と反感は絶えず変わりやすいものであり、ちょっとしたことで炎上が起き、誹謗中傷が起きるような事態になってしまう。共感と反感とが交錯するSNSのような場で、インフルエンサーと呼ばれるような芸能人は、ファンの気をひき、日々自己アピールをすることで人気を獲得している。そうした中、熱心なファンだからこそ、ちょっとしたことで誹謗中傷を行うこともあるという。
 芦原さんは、自身の味方と思っていた熱心なファンからの「強い共感」が、形を変えて、ドラマ制作関係者への「反感」となって攻撃的に「炎上」を引き起こし、それが数値化され、可視化されたことに責任を感じ大きなショックを受けたのではないだろうか。もちろん、今となっては本当の気持ちは知る由もないのだが。
 今回の悲劇を引き起こした当事者は、出版社とテレビ局だけでない、私たち一人ひとりでもある。そう思えてならない。

(編集部 湯原葉子)

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