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第128回 『ブラックボランティア』

「風」編集部

NEW 18/07/31

『ブラックボランティア』
(本間 龍著、角川新書)

五輪ボランティアは「学徒動員」

 2020年7月24に幕を開ける東京五輪まで残すところ2年を切った。さまざまな準備が急ピッチで進められているなか、文科省が下記のような通知を出している。


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「授業避けて」国通知、ボランティア促す

 スポーツ庁と文部科学省は26日、2020年東京五輪・パラリンピックの期間中にボランティアに参加しやすいように全国の大学と高等専門学校に授業や試験期間を繰り上げるなど柔軟な対応を求める通知を出した。
2018年7月27日 毎日新聞web版より
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 記事の続きでは、「大会期間中は授業や試験を避けることを促した」とあり、大学生にとって本分である授業や試験よりも、五輪ボランティアを優先させるように、と文部科学省が公式に通知を出したのだ。試験期間を前倒しに変更するなど、大会期間中に原則、授業や試験を行わないことをすでに決めている首都大学東京をはじめ、積極的に五輪への協力体制を表明している大学はあるが、文部科学省から直々の「依頼」が来たとあっては、大学として、従うほかに選択肢があるだろうか。
 今月刊行されたばかりの『ブラックボランティア』(本間 龍著、角川新書)では、多数の「無償」ボランティア動員が予定されているオリンピック・パラリンピックの問題点を告発する。著者は、元博報堂の営業畑出身で、退職後、広告が政治や社会に与える影響、メディアと広告業界との癒着などを告発する書籍を多数書いている。オリンピックという巨大イベントの「カネの動き」を解説し、推定4000億円以上という巨額のスポンサー収入を集める開催国が、なぜ11万人もの「無償」ボランティアを招集しようとしているのか、その欺瞞の構図を明らかにしていく。

さまざまなスキル、意欲が要求されるハードなボランティア

 著者はまず、今回の東京五輪で強調されている「無償ボランティア」での大量募集がいかに異例かを解説している。さらに、今回募集されているボランティアの要項を見ると、応募条件として「1日拘束時間が約8時間程度、合計10日以上の活動に参加できること、組織委が指定するすべての研修に参加すること」などを定めている。活動時の交通費、宿泊費は自己負担、研修については受講料は無料だが、その際の交通費や宿泊費も自己負担とされている。それでいて、「オリンピック・パラリンピック競技に関する基本的な知識」「英語やその他言語のスキル」などを求めてもいる。「東京2020大会の成功に向けて情熱を持って最後まで役割を全うできる方」「お互いを思いやる心を持ちチームとして活動したい方」という項目もあり、かなりハードルが高い。
 この夏、すでに多くの人が実感している通り、大会期間中は猛暑を超えて「酷暑」ともいえるほどの暑さが予想される。すでに退職して時間に余裕があり、意欲があるとしても、シニア層には体力的な負担が大きい。要するに、首都圏周辺の大学生がボランティアのメインターゲットといってもよいだろう。
 災害時ではなくイベントのボランティアに11万人も集まった例はないと著者はいう。組織委員会は、すでに2014年に全国800以上の大学と連携し、ボランティア集めに協力できるような体制をとっている。「これはなりふり構わぬ学徒動員ではないか」と著者は厳しく批判している。さらに今回の文科省からの通知である。自主的な応募だけではとても足りていないということであり、国をあげての「学徒動員」状態であることが明確になった。

メディア大手がすべてスポンサーに

 本書では、招致委員会の「無償」ボランティア計画についてふれ、それがこれまでの大会と比べていかに異常であるかを紹介し、「無償ボランティア労働搾取」の実態を告発している。著者が「無償ボランティア」というあり方を批判する最大のポイントは、このオリンピック・パラリンピックというものが、そもそも巨大な商業イベントであるという点にある。スポンサー料、テレビ放映権料や税金など、巨額の費用が動いているなかで、重要な役割を果たすべき大会運営や観客の誘導などに「タダ働き」をさせようとしているところである。
 今回の東京大会では史上空前の数の企業がスポンサーとなっている。なぜなら、リオ大会まで「協賛企業は1業種1社まで」と厳格に決められていた制約が、スポンサー収入を増やしたいために撤廃されたからである。過度の商業主義を戒めるための規制も撤廃され、多くの協賛金を集める方向にIOC自体が方向転換している。そして今回、新聞社のうち全国紙5紙(朝日・毎日・読売・日経がオフィシャルスポンサー、産経はサポーター)となっている。ロンドン大会の協賛社に、報道関連企業は入っていない。これを著者は「極めて異例、異様である」としている。

オリンピックは公共事業ではない

 ボランティアにはそもそも無償であるべき、という定義はない。組織委はその論点を巧みに回避して、「一生に一度のイベント」という「やりがい」のみで労働力を搾取しようとしている。
 スポンサー企業になってしまったメディアは組織委と「運命共同体になったも同様」と著者はいう。巨額の税金を投入して開催される五輪だが、組織委を監視し、批判的報道ができる立場のメディアはほとんどないといってもよいだろう。
 東京オリンピック・パラリンピックは公共事業ではなく、巨大な商業イベントである。必要なスタッフは「五輪精神に共鳴した」スポンサー企業が、社員を派遣すればすむはずではないか、と著者は指摘する。
 そのうえで、一生に一度のイベントとして、その理念に共鳴し、ボランティアに参加したい人は参加し、活動に関わりたい人は多いにやればいいと思う。若者も、ボランティアをすれば単位がもらえるから、就活のアピールになるから、という動機で参加する人も多いかもしれない。
 それを、たまたまその時期に「学生である」というだけで、「学生なら時間があるはず。試験や授業は後回しにして無償ボランティアに参加せよ」というのは学生に対して、失礼な話ではないかと思う。本人が希望しない「ボランティア活動」に対して、断りにくい空気を作ったり、ましてや立場が上の人から強制するようなことがあってはならない。そうした事態が起きないように指導・監視するのが、本来の文部科学省の役割ではないのだろうか?

(編集部 湯原葉子)

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