風
 
 
 
 
 
 
[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン

新刊月並み寸評

毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

2022年10月刊行から 編集部

NEW

2022/11/15

陰謀を信じているのは誰か

「陰謀論」が世界各国で話題となっている。アメリカでは、新型コロナウイルスに対するワクチン接種が始まった当初、「コロナワクチンには、実はマイクロチップが埋められている」「ビル・ゲイツがワクチンにマイクロチップを埋め込んで、人々の行動を捕捉しようとしている」などといった陰謀論がSNSを通じて急速に広まったことがあった。
陰謀論/民主主義を揺るがすメカニズム』(秦 正樹著、中公新書)は、人々の「本音」の意識や態度を観察する日本での調査・実験を経て、「陰謀論とは何か」「誰が陰謀論を信じているのか」という問いに迫る。
 コロナ禍、ロシアによるウクライナ侵攻など、政治的・社会的に大きな変動があると、荒唐無稽な陰謀論も数多く生まれることになる、という。何をもって「陰謀論」とするかはさまざまな議論があるが、本書では、「重要な出来事の裏では、一般人には見えない力がうごめいている」と考える思考様式を「陰謀論」と定義している。

 通常のアンケート調査などでは聞き出せない「本音」をいかに引き出すか。政治的な意見を持つ人に注目して、社会におけるさまざまな「層」ごとに、陰謀論をどの程度受け入れているか、著者が実施した世論調査データを用いて検証する。本書では「サーベイ実験」という、より高度で特殊な方法を用いている。その意義や結果の分析についても、できる限り細かく解説している。
 調査結果からは、「陰謀論」に吸い寄せられるのは、必ずしも「知識がない」「世の中のことをよく知らない」人ではなく、むしろ、政治などの情報に、(著者曰く)「過度に」関心を持ち、現在起きている状況には「原因」があるはずだ、と深く追究しようとする人が多い、と指摘する。
 陰謀論にハマるのは、「常識や知識がない人」「政治に興味・関心がない人」「偏った思想の人」であり、自分には関係ない、と思う人は多いだろう。しかし、そのような「自分は陰謀論には騙されない」と自負する人こそ読んだ方がよさそうだ。

 科学やそれに基づく合理的な判断を信じる人たちと、一方で科学に対する不信感、あるいは科学を「錦の御旗」に掲げるような人々への不信感を抱く人たちとの断絶が深刻な状況となっている。アメリカのそうした現状を報告するのが『非科学主義信仰/揺れるアメリカ社会の現場から』(及川 順著、集英社新書)である。
 NHK記者として2019年以来アメリカでの取材を続けてきた著者は、分断を深めるアメリカ社会を考えるキーワードとして、「科学」に注目し、「非科学主義信仰」という言葉を編み出した。「非科学主義者」たちは、米国憲法で規定された「言論の自由」を自分たちの行動を正当化する「錦の御旗」にしている。
 著者はまた、Qアノンの陰謀論にいわば「お墨付きを与えた」トランプ前大統領をはじめ、政治家たちが「非科学主義者」へ接近している現状を報告する。なぜ政治家は「非科学主義者」からの支持を得ようとするのか。「非科学主義者」にとって政治との接近には何のメリットがあるのか。

世界から取り残される日本

 2022年7月に公表された世界のジェンダーギャップ指数ランキングで、日本の順位は146カ国中116位となった。調査が始まった2006年の日本の順位は76位だったが、2015年には101位、2018年には121位、とずるずると後退し続けている。
 特にこの10年、「女性活躍」や「多様性」、「D&I(Diversity&Inclusion)」等々の言葉が話題になったように、女性の地位向上や働きやすさへの支援などが議論されてきたのにもかかわらず、なぜ、日本はジェンダー後進国と呼ばれるまでになってしまったのか。
男性中心企業の終焉』(浜田敬子著、文春新書)の著者は、日本の状況が悪くなったというより、一向に変化しない日本と比べて、他国(欧米、アジア、アフリカ諸国とも)の変化が加速度的に進んでいるからではないか、と指摘する。コロナ禍を機にリモートワークが浸透するなど、日本人の働き方にもようやく変化が見え始めている。この機会に、スピードを上げて変革を起こしていかなければ、ジェンダーギャップ解消は遠のき、ジェンダーギャップ指標のランクはさらに後退し続けるだろう、と著者は指摘する。ジェンダーギャップ解消だけでなく、外国人社員や障害を持つ社員を含む多様な人材の登用を始めるなど、戦略的に、「変わり始めた」企業の事例を紹介する。男性中心という同質性の高い組織をいかに変えていくことができるか、その本気度が問われている。
 本書は、取材で得た証言や事例だけではなく、1989年(平成元年)、男女雇用機会均等法施行の3年後に新聞記者となった自らの体験談も多く盛り込んでいる。
 著者世代や、その少し上の均等法世代の女性が「育児と仕事の両立」を語る経験談は、「とても真似できない」「仕事第一という考え方が男性化している」と、今の若い世代からは反感を買うほどにもなっている。世代間の価値観のギャップはもとより、均等法世代の「強い意思で(男性並に)働くことを選んだ」女性たちと、それ以降の世代、育休や時短などの制度が整ってきたおかげで「結果的に辞めなかった」女性たちとでは、仕事に対する意識に温度差がかなりあることに注意が必要だと指摘する。

 2022年夏、日本ではモノやサービスの値上げが相次ぎ、メディアもさかんに報道し、国会においても「物価対策」が重要な議題となっている。『世界インフレの謎』(渡辺 努著、講談社現代新書)では、毎月の数値をもとにIMFが予測する「インフレ率ランキング」(2022年4月のデータ)を紹介している。「物価高」が叫ばれる日本だが、IMFの予測ではその物価上昇率は1%にもみたない0.984%であり、IMF加盟国192ヵ国中最下位という驚きの結果となっている。国内の論調では「値上げの波」「物価高が喫緊の課題」と騒がれる一方、少なくとも他国との比較では圧倒的に低いインフレ率である。
「低インフレがさらに悪化して日本のように長期にわたるデフレに突入すること」を、日本化(ジャパニフィケーション)と呼ぶ言葉があるという。先進国の中央銀行はこぞって「日本のようにならないように」とさまざまな金融政策を打ち出してきた。著者は、日本は「物価高」と騒ぐだけでなく、世界各国から「取り残されている」ことにもっと危機感を持つべきではないかと警告する。

 2022年9月、海外からの入国者数の上限を撤廃する水際対策が大幅に緩和され、観光目的のインバウンド(訪日外国人客)も少しずつ戻ってきている。国内観光客向けにも、旅行代金の割引を受けられる「全国旅行支援」が始まり、観光業「復興」への期待は高まりつつある。
観光立国・日本/ポストコロナ時代の戦略』(箱谷真司著、光文社新書)は、経済分野を専門とする新聞記者が、「コロナ禍で最大の被害を受けた産業」ともいえる観光業界の窮状と、ポストコロナに向けた戦略的な取り組みを紹介する。
 コロナ前は訪日客が増え続け、観光業は日本経済を支える重要な産業になりつつあったが、一部の観光地でゴミのポイ捨てや騒音、交通渋滞など、地域に負担がかかる「観光公害(オーバーツーリズム)」と呼ばれる問題が深刻化していた。著者はポストコロナの戦略として重要視するものの一つに、「観光公害への対策」をあげ、観光客の「数」や「質」の適切化を模索して各地で始まっている、マナー啓発の取り組みや、観光地の「有料化」の実証実験を紹介する。
 経済・社会の立て直しと感染対策の両立を図る「ウィズコロナ」の流れが加速するこれから、観光業を「稼げる」かつ「持続可能な産業」として発展させていくためには、「観光公害」など、負の側面を「コロナ前」の状況に戻してはいけない、と強くうったえる。

見えないものを見る目

 20世紀までの日本は、自動車や電機製品といった、「目に見える」製造業の強さにより、経済的競争力を発揮していた。21世紀以降の時代では世界の競争力はデジタル技術にその中心が移行し、そこで求められる能力も価値観も20世紀までとは大きく変化している。日常生活でもデジタル化が進む時代、目には見えない、「抽象概念」を扱うことの重要性が増している。
見えないものを見る「抽象の目」/「具体の谷」からの脱出』(細谷 功著、中公新書ラクレ)の著者は、デジタル技術の進展とともに「見えない世界」への依存度が高まっている一方、物理的にも、抽象的にも視野が狭まっていて、それらのギャップがさまざまな問題を引き起こしている現状を「具体と抽象」というキーワードを中心に解説する。
 本書では、抽象度の高い概念の理解がなぜ不可欠になったのか、一方で「視野が狭まっている」とは、どのような現象なのかを、「具体と抽象」というキーワードを用いて可視化を試み、デジタル技術による「世界の拡大」と「視野の狭小化」という相反する変化を解説し、対応する方法を指南する。

『分子をはかる/がん検診から宇宙探査まで』(藤井敏博著、文春新書)は、質量分析法(マススペクトロメトリー)という、医療分野から宇宙探査まで応用される最先端の測定技術を紹介する。分子はそれぞれ固有の重さを持っているので、質量を測定することで、そのものが何であるかを知ることができる。新型コロナウイルスの特定、ワクチンや治療薬の開発にも、ドーピング検査にもこの技術は使われている。この他さまざまな分野で応用されているこの技術は、近年、医療分野で特に飛躍的な進化を遂げているという。
 この技術が発展すれば、血液1滴や唾液、尿、呼気などからさまざまな病気の特定・診断ができるようになる。患者の尿からがんの有無や種類を識別する研究も進められているという。こうした微量の生体成分から病気の特定・診断をする指標となる「バイオマーカー」の開発・探索は世界中で大競争時代となっていて、小型で安価な質量分析装置の開発もあわせ、この分野に関わる市場は今後急成長が見込まれているという。

聞く技術 聞いてもらう技術』(東畑開人著、ちくま新書)は、臨床心理士としてカウンセリングルームを主宰する著者による、コミュニケーションを成立させるには、「聞く」のにも「聞いてもらう」のにも、実は技術が必要、ということを具体的に示す、目から鱗の一冊である。
 社会全体でコミュニケーション不全が問題となっている現代日本。普段は意識に上ることは少ないが、伝えたいことがあるのに聞いてもらえないとき、聞いているつもりなのに「本当に聞いている?」と問い質されるようなとき、「聞くこと」の難しさを痛感する。なぜ人は話を「聞く」ことができないのか、「聞いてもらう」ことができないのか、専門家である著者が持つ「聞く技術」を、誰にでもできることから具体的に指南する。
「聞く技術 小手先編」「聞いてもらう技術 小手先編」とあるが、「平時」に使えるのはここまで。その先に「聞く技術 聞いてもらう技術 本質編」も用意されている。深刻な問題が生じて、カウンセリングの必要があるような事態では、話を聞こうと思い、聞かなきゃいけないと思っているが、悩みを抱える側は心が狭まり、耳が塞がれて聞くことができなくなっている。なぜ、聞くことが「不全」に陥るのか、いかにして「聞く」ことを回復することができるのか、心理学の知見を紹介しながら易しい言葉で解説していく。

動画配信時代の国際ピアノ・コンクール

 2021年10月、ワルシャワで開催された第18回ショパン国際ピアノコンクールは、反田恭平が2位、小林愛実が4位に入賞し、日本人ピアニストの存在感が光った。今月開催されたロン・ティボー国際コンクールのピアノ部門でも、亀井聖矢が優勝するなど、日本の若手ピアニストの躍進が続く。
ショパン・コンクール見聞録/革命を起こした若きピアニストたち』(青柳いづみこ著、集英社新書)は、演奏と執筆の両面で活躍するピアニストが、「これまでとは大きく変わった」第18回大会を振り返る。国際的に権威のあるピアノ・コンクールの中でも、5年に一度開催されるショパン・コンクールは、「オールショパン」「ピアノ部門のみ」という、特殊なコンクールと言える。
 コロナにより1年延期された第18回大会は、準備期間が長くなったためか、かつてない完成度とレヴェルの高さだったという。出演者も個性派揃いで、著者曰く「稀に見る激戦」だった。以前は「生演奏至上主義」だったクラシックファンも、コロナ禍を機にコンサートの動画配信やライブ配信が当たり前となり、コロナ前では考えられないほど多くの聴衆が、オリンピックやワールドカップを観戦するように、リアルタイムでコンクールの演奏を楽しむような時代が来ている。
 既に世界中から絶大な人気を集める東大卒YouTuber「かてぃん」こと角野隼人がセミファイナリストとなった一方、反田・小林同様に優勝候補とされ、日本で動画配信を聴いている分には端正で完璧な演奏だった牛田智大が、第二次予選で敗退するという波乱もあった。現地のホールで聴いていた著者は、動画配信とライブで異なる音響の印象の「ギャップ」について述べ、演奏者ならではの視点で牛田氏の「敗退」原因に関してコメントしている。これまでのショパン・コンクールで重視された「ショパンらしさ」より、それぞれの演奏者の個性が際立った回だったと著者はいう。プロの視点から、コンクールの最前線とこれからを分析している。

日本のピアニスト/その軌跡と現在地』(本間ひろむ著、光文社新書)でも同様に、権威あるコンクールでも個性を放つ、日本の若手ピアニストたちを紹介する。彼らを生み出した日本人ピアニストの系列と、日本のエリートピアニスト教育の歴史も興味深い。
 ヤマハ・カワイという2大ピアノメーカーを擁する浜松市が、市制80周年を記念して1991年に創設された「浜松国際ピアノコンクール(開催は3年に一度)」は、第2回大会(1994年)から中村紘子が審査員に加わり、その後晩年まで、国内外の広い人脈を駆使して、「浜松」を名実ともに国際的に権威あるコンクールとして認められるべく磨き上げたという。今や「浜松はワルシャワ(ショパン・コンクール)への試金石」となっていることも、歴代入賞者の名前を見れば明らかだという。

家康の正妻 築山殿/悲劇の生涯をたどる』(黒田基樹著、平凡社新書)や『徳川家康の決断/桶狭間から関ヶ原、大坂の陣まで10の選択』(本多隆成著、中公新書)など、2023年の大河ドラマの主人公、徳川家康に関連した書籍も続々刊行されそうである。

(編集部 湯原葉子)

BACK NUMBER

『陰謀論/民主主義を揺るがすメカニズム』
秦 正樹著
(中公新書)

『非科学主義信仰/揺れるアメリカ社会の現場から』
及川 順著
(集英社新書)

『男性中心企業の終焉』
浜田敬子著
(文春新書)

『世界インフレの謎』
渡辺 努著
(講談社現代新書)

『観光立国・日本/ポストコロナ時代の戦略』
箱谷真司著
(光文社新書)

『見えないものを見る「抽象の目」/「具体の谷」からの脱出』
細谷 功著
(中公新書ラクレ)

『分子をはかる/がん検診から宇宙探査まで』
藤井敏博著
(文春新書)

『聞く技術 聞いてもらう技術』
東畑開人著
(ちくま新書)

『ショパン・コンクール見聞録/革命を起こした若きピアニストたち』
青柳いづみこ著
(集英社新書)

『日本のピアニスト/その軌跡と現在地』
本間ひろむ著
(光文社新書)

『家康の正妻 築山殿/悲劇の生涯をたどる』
黒田基樹著
(平凡社新書)

『徳川家康の決断/桶狭間から関ヶ原、大坂の陣まで10の選択』
本多隆成著
(中公新書)

PAGE TOP
Copyright(C) Association Press. All Rights Reserved.
著作権及びリンクについて