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新刊月並み寸評

毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

2017年3月刊行から 編集部

NEW

17/04/15

世界危機は中東からか

シリア情勢/終わらない人道危機』(青山弘之著、岩波新書)では、「今世紀最悪の人道危機」といわれるシリア内戦について、なぜここまで長期化し、解決が遅れているのか、という背景を解説している。長年シリア政治研究を続けて来た著者によれば、「内戦」だったはずのシリア内戦は、「テロとの戦い」、「人権」や「正義」という概念を振りかざす外国政府やメディア、外国人戦闘員という「部外者」たちによって混乱させられてきたとしている。
 また著者は、情報戦と化したシリア内戦では、犠牲者数に関する統計すら、外国に干渉する根拠となるなど、政治的に利用されている側面を無視できないとしている。いくつかある調査結果のうち、欧米諸国や日本が典拠としていた反体制系NGOが集計した数字は「武装した民間人」を民間人に計上するかどうかなど、恣意的な操作や政治的「配慮」がなされている、と批判している。
 今月始め、トランプ政権は「シリアのアサド政権が化学兵器を使用し、多数の民間人を殺害した」と主張し、米軍はシリアの軍事施設をミサイル攻撃した。世界が注視するなか「部外者」が乱入し緊迫するシリア情勢をどう理解したらよいのか。今すぐ読みたい重要な一冊といえる。

トランプが戦争を起こす日/悪夢は中東から始まる』(宮田 律著、光文社新書)では、イスラム地域の専門家である著者が、トランプやその側近たちが繰り返す「反・嫌イスラム」的発言、イスラムに対する礼節の欠如が、いかに世界に緊張をもたらしていくかを指摘する。「強いアメリカ」をめざし、軍需産業の保護を重要視するアメリカは、その「戦争体質」をより強めていき、日本にも中東政策に同調を迫ると予想される。しかし著者は、日本はこのような手法に追従すべきではない、と強くうったえる。

「移民は敵だ、異教徒は敵だ、異人種は敵だ、公務員は敵だ、文化人や知識人は敵だ……」世の中に分断と対立を持ち込んで行くのが21世紀のポピュリズムだ、としているのが『ポピュリズム/世界を覆い尽くす「魔物」の正体』(薬師院仁志著、新潮新書)。世界を覆う「ポピュリズム」の本質とは何なのか。社会学者である著者は、ポピュリズムに毒された政治空間の事例として、各国の事例とともに日本では大阪の事例をあげ、政策に対する支持を集めるのではなく、民衆のもつ「雑多な不満」の受け皿になることで支持を集めた橋下徹氏の手法を分析している。

中国経済の最前線、日本経済の処方箋

中国のフロンティア/揺れ動く境界から考える』(川島 真著、岩波新書)は、2008年から2013年にかけて、アフリカ諸国(マラウイ、スワジランド、南アフリカ、ザンビア、南スーダン)、東南アジアとの国境地域などを訪れ、世界進出の最先端で中国人はどんな動きをしているのか、現地住民が中国経済に抱く期待と警戒心はどんなものだったのかを見聞きしてまとめた調査報告である。世界第2位の経済大国へと躍進しつつあり、各国にその勢力を拡大させていた時期、中国は何を求め、なぜその地域へ進出したのか、そして何が起きていたのか。中国が進出していく地域には、「中国に行けば稼げる」という「チャイナ・ドリーム」のイメージも広がっている。広東省広州市には西アフリカ出身者を中心としたアフリカ人街も形成されたという。アフリカにさかんに人を送り込み「進出」する中国だが、中国国内に流入するアフリカ人との間では住民同士の軋轢や誤解、偏見等さまざまな問題も抱えているという。

日本経済入門』(野口悠紀雄著、講談社現代新書)は、日本経済の現状と問題点を、最新のデータに基づき具体的に説明していく。多くの日本経済入門書は、さまざまな制度や現状を常識的にまんべんなく解説しているものがほとんどだが、本書は、「強い問題意識を持って重要なことを重点的に説明する」というスタンスで書かれている。
 著者は、世界が大きく変わったのに日本がそれに取り残されている、という状況が、日本がいま抱える問題の多くにつながっていると指摘する。長らく技術大国だといわれてきた日本だが、「技術革新力ランキング」、「世界競争力ランキング」等で日本は近年軒並み順位を下げている。日本が強かったのは製造業などの古いタイプの技術であり、競争力を評価する世界基準が変わった今ではその技術は通用しない。政府の後押しする製造業復活路線は捨て、サービス業の生産を高めることが急務である、としている。

財政から読みとく日本社会/君たちの未来のために』(井手英策著、岩波ジュニア新書)は、日本の財政と社会のしくみを、「勤労国家」というキーワードで読み解く。日本が高度成長期に作り上げた、勤労という自己責任・自助努力を重んじる方針による福祉国家のありかたは、システムとして限界を迎えつつあると指摘する。だれもが納得でき、不公平感のない税負担のありかたについて模索する。

企業不祥事の背景にある「企業風土」

 3年間で400億円規模という「戦後最大級」の粉飾決算が発覚した東芝は、ついにその存続が危ぶまれる段階にまで追い込まれている。三菱自動車工業、オリンパスなど日本を代表する企業による、社会を揺るがす不祥事が続いている。『企業不祥事はなぜ起きるのか/ソーシャル・キャピタルから読み解く組織風土』(稲葉陽二著、中公新書)の著者は、企業不祥事の事例を経営者層を中心に分析し、不祥事が発覚するたびに登場する「企業風土」という言葉に着目している。
 企業不祥事を引き起こすのは、トップの暴走という場合もあるが、それを止められない背景には、経営者の意向を常に気にする「とりまき」の存在、コンプライアンスに違反するような命令でも「上司の意向には異を唱えない」慣例など、さまざまな要因がある。また、「会社への強い絆」など日本企業の美点と思われていた部分が不祥事の温床、隠蔽体質を生む場合もある。「働きやすい職場とは」という観点から企業不祥事を考えるという見方も紹介する。

理化学研究所/100年目の巨大研究機関』(山根一眞著、ブルーバックス)は1917年に設立、今年100年目を迎える理化学研究所の歴史を振り返り、さまざまな分野で世界の最先端科学を研究している70人以上の研究者にインタビューをしてまとめられたもの。
 日本中を大きく揺るがせた「STAP細胞事件」については、著者の意向か、取材に「多大に協力した」という理研の意向かは不明だが、本書では、「STAP細胞をめぐる不幸な事件に突き落とされる」としか書かれていない。一連の事件について事実関係を簡潔に記すこともなく、まるで理研は一被害者であるかのような記載に止まっているのは、著名なノンフィクション作家による、理研100年の歴史を振り返る本にしては残念としか言いようがない。

ビッグデータの支配とプライバシー危機』(宮下 紘著、集英社新書)では、IT技術の発展により未曾有の危機にさらされている「プライバシー」についての現状と問題点を整理して解説する。プライバシーのリスクとして、個人情報の漏洩だけではなく、プロファイリングが生み出す差別的取り扱いの方を現実的なものとして警戒すべきではないかと指摘する。一見すると特定の個人を識別することができない「匿名化」された情報であっても、後に別の情報と結びつくことで特定の個人が再識別されてしまうリスクについては特に知っておいたほうがよいだろう。
 プライバシーをめぐる問題は奥が深く難しいが、難しいということを理由に考えることをあきらめてはならないと著者は強くうったえる。データの利活用や監視のあり方とプライバシー保護をいかに両立させていくかが非常に重要ということを考えさせられる。

コピペ時代に考える「模倣」と「創造」

 スマホ時代、写真やテキストをコピーするのは仕事でも日常生活でも当たり前となっている。著作権上許されるコピペと許されないコピペの境界はどこにあるのか。『正しいコピペのすすめ/模倣,創造,著作権と私たち』(宮武久佳著、岩波ジュニア新書)では、コンテンツを利用する立場でも、コンテンツを作る立場でも無視できない著作権ルールの基本を解説する。そのうえで、古今東西の文化は「模倣」と「創造」を繰り返しながら発展してきたことを改めて考え、「著作権上問題がある」と必要以上に避けて通ることで創造性や表現が萎縮してしまうことの弊害についてもふれる。

LGBTを読みとく/クィア・スタディーズ入門』(森山至貴著、ちくま新書)では、最近よく目にする言葉となった「LGBT」という言葉を手がかりに、多様な性のありかたを扱う「クィア・スタディーズ」という比較的新しい学問領域をとりあげる。「LGBT」とはセクシャルマイノリティである、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字でそれらをまとめて指す表現である。
「LGBT」という言葉が浸透しはじめ、同性愛者に対する否定的なイメージが以前よりは減ったように感じられる昨今でも、セクシャルマイノリティの人々に対して「普通」の性を生きろ、という圧力や差別は社会に根強く残っている。「私はセクシュアルマイノリティに対する偏見を持っていませんが……」と語る人々に、セクシュアルマイノリティを見下す心が見え隠れする、と著者は指摘する。重要なのは、「自分には傷つける意図がない」ことをアピールしたり、上から目線で「共感」することではなく、「知っていれば他者を傷つけずにすむ知識があれば知っておきたい」という前向きの姿勢ではないか、としている。

(編集部 湯原葉子)

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『シリア情勢/終わらない人道危機』
青山弘之著
(岩波新書)

『トランプが戦争を起こす日/悪夢は中東から始まる』
宮田 律著
(光文社新書)

『ポピュリズム/世界を覆い尽くす「魔物」の正体』
薬師院仁志著
(新潮新書)

『中国のフロンティア/揺れ動く境界から考える』
川島 真著
(岩波新書)

『日本経済入門』
野口悠紀雄著
(講談社現代新書)

『財政から読みとく日本社会/君たちの未来のために』
井手英策著
(岩波ジュニア新書)

『企業不祥事はなぜ起きるのか/ソーシャル・キャピタルから読み解く組織風土』
稲葉陽二著
(中公新書)

『理化学研究所/100年目の巨大研究機関』
山根一眞著
(ブルーバックス)

『ビッグデータの支配とプライバシー危機』
宮下 紘著
(集英社新書)

『正しいコピペのすすめ/模倣,創造,著作権と私たち』
宮武久佳著
(岩波ジュニア新書)

『LGBTを読みとく/クィア・スタディーズ入門』
森山至貴著
(ちくま新書)

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