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新刊月並み寸評

毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

2024年2月刊行から 編集部

NEW

2024/03/15

今どきの結婚は難易度が高い

 今、結婚はなぜこんなにも難しくなっているのか。
パラサイト難婚社会 』(山田昌弘著、朝日新書)では、人々のイメージ上の「結婚」と、「個人の努力と選択」が常に求められる現実の「結婚」との乖離が、年々結婚を難しくしている、と指摘する。マッチング・サイトで「お相手」を選ぶ自由はあるが、「選び続けることに疲れる」ストレスや、自分が「選ばれない」ことへの悩みは、昭和生まれの親世代には理解しづらいかもしれない。
 恋愛も結婚も未婚も離婚も、今は個人が選ばなくてはならない時代となっている。結婚する・しない、子をもつ・もたない、「すべて個人の自由」とされ「選択の自由」という権利を手に入れた結果、「複数の選択を同時に考慮する」という、人間にとって実は難易度の高いことを求められるようになってしまった。
 さらに、単身世帯がマジョリティになってきたにも関わらず、人々の結婚観は「昭和」からアップデートされないまま、きわめて日本的なイメージが残っている。親世代とは異なり、格差社会の縮図、となってしまった「難婚」の実情を分析している。
 著者は、長年「家族社会学」という分野で日本の家族ありかたや夫婦の実態、家庭について研究を続けてきた。1999年に『パラサイト・シングルの時代』(ちくま新書)を刊行した。成人後も親と同居し、経済的にも家事労働も親に「寄生(パラサイト)」して自由気ままに生きる未婚者たちのライフスタイルを表した。その頃に既に著者が予見しいた、高齢化した未婚者たちの経済的な問題もいままさに顕在化している。

「叱らない」が子どもを苦しめる』(藪下 遊著 ; 高坂康雅著、ちくまプリマー新書)では、「叱らない」「褒めて伸ばす」という、現代において良いとされる価値観によって、かえって子どもが苦しんでいるという状況があることを紹介する。カウンセラーの著者(藪下氏)が出会うケースでは、「褒めて伸ばして」いるつもりが、ネガティブなところが無かったかのように振る舞うことになっている家庭も多いという。著者は、「褒めて伸びるものもあればそれでは伸びないものもある」「適切に叱ることで、子どもの成長を促すことができる」と親たちに伝えている。
 学校に適応できない子どもの特徴も時代により変化している。社会・家庭・本人が「学校には行くべき」という認識を共有していた時代の不登校の子たちに対しては、「やみくもに登校刺激を与えず(登校を強制せず)、ゆっくり休ませる」という支援の方針が有効だったという。しかし、現代において「学校には行くべき」という価値観を持つ人はかつてより大幅に減っている。「無理させず、ゆっくり休ませる」という従来のアプローチだけでは改善しない例が増えてきているという。
 学校は集団生活を行うため、子どもたちにとって「思い通りにはならない場所」だが、「思い通りにならない場面」を受け容れ、外の世界に合わせて自分の不快感を関係性の中で納めていくことは成長する上で重要である。そうした場面で、「不快にさせてはならない」と親が問題をすべて解消してきてしまった家庭の子どもは、経験が不足しているため、「思い通りでないと耐えられない」という心になり、不適応がおきやすいという。叱られる経験が不足しているため、他の子が叱られているを見るのも怖い、という子どもも増えていて、叱ることを躊躇する大人も多い。適切に「叱る」とはどういうことか、実例をあげながらていねいに解説していく。

情報が生死を分けることもある

死なないノウハウ/独り身の「金欠」から「散骨」まで』(雨宮処凛著、光文社新書)の著者は1975年生まれ、就職氷河期世代。高校卒業後、フリーターだった自らの体験も重ね合わせながら、「普通に生きる」ことが難しい「若者の生きづらさ」について取材・執筆活動をしていた。その後約20年間にわたり、貧困問題をメインに取材・執筆活動をしながら、困窮者支援の現場にも関わってきた。生活保護申請に同行する支援では、法律などの「情報」が生死を分けることを、実感することが多々あったという。
 本書は、フリーランス・単身である著者が、「これから先が不安すぎる」という自分のためにも、さまざまな分野の専門家に取材し、「死なない」ための情報、サバイバル術を獲得してまとめた一冊。
 仕事上のトラブルへの対処、親族の借金や相続トラブルの相談先、親の介護や親亡き後の実家の始末、自分の健康問題、死後の備えなど、多くの独り身の人が日々感じる、漠然とした「この先への不安」を専門家と話しながら、少しずつ具体的につぶしていく。いざ困りごとが起きた時に、「どこに相談したらよいかわからない」ことは多い。本書では、どのような相談窓口があるかを一通り紹介している。一方で、専門家は自分の専門分野しか知らない。支援制度の狭間に陥らないためにも、社会保障全体を扱う相談窓口の重要性をとく。

 日本経済の停滞が続き、性風俗業界でも海外へ「出稼ぎ」に行く動きが見られている。観光のためにハワイへ渡航した日本人女性が、そうしたケースに間違われて、現地の空港で入国を拒否され、強制的に帰国させられた、というニュースもあった。
ルポ 出稼ぎ日本人風俗嬢』(松岡かすみ著、朝日新書)では、水面下で増え続けている、海外で性風俗業で働く日本人女性たちの実体験やその経緯を取材してまとめたルポ。アメリカをはじめ、多くの国では売春は違法行為であり、そもそも海外で働く際には就労ビザが必要となるが、性風俗業で就労ビザを取得することは困難なので、観光ビザで入国することになる。不法就労により摘発されれば即国外退去というリスクもあるなか、彼女たちが「日本より稼げる」と海外に出ることを選ぶ背景には何があるのか。性風俗業が、多くの場合に福祉より強力なセーフティネットとなっている現状も見逃せない。

東大のジェンダー不均衡を是正するべき理由

 日本のジェンダー・ギャップ指数は、世界最下位レベル(2023年は146ヵ国中125位)であることが問題視されている。この男性優位社会を反映するように、2023年現在、東大生の男女比は8対2となっている。
なぜ東大は男だらけなのか』(矢口祐人著、集英社新書)では、現役の東大副学長を務める著者が、「現状の東大と日本社会のあり方は圧倒的に男性の価値観を規範とし、男性に有利な構造になっている」と現状を批判する。このような男性優位の構造は東大のみならず、日本全体で見直していく問題だとしている。
 大学改革の必要性が叫ばれながらも、ジェンダーの不均衡と不平等が重要事項として盛んに論じられないこと自体にも疑問を呈している。
 真に多様性豊かなキャンパスをつくるためには、女子学生の比率を増やすことはもちろん、都市圏の国立中高一貫校や私立男子中高一貫校の出身者が寡占化する現状を見直すことが重要だ。そのためには、一定の入学枠を女性学生にあてがう「クォータ制」等の導入について、アメリカの事例なども参考に、検討すべきと主張している。クォータ制をはじめとする是正措置の導入については強い反発も予想されるが、是正措置が不公平だというのは、現状の著しい不均衡を追認することにしかならない、と主張する。

ジェンダー史10講』(姫岡とし子著、岩波新書)は、女性史・ジェンダー史の長年の歩みとその成果を紹介する入門書。世界各地でのジェンダー状況の改善を求める闘いが、暗黙のうちに男性主体で語られてきた歴史研究全体の方向転換を促していった。ジェンダーの視点が歴史の見方までも変えてきた軌跡を示す。

 多様性を尊重する社会へと変化しつつある現代、LGBTQ当事者に対する理解が次第に深まり、差別的な発言は問題視されるようになってきている。
 婚姻届が受理されなかった同性カップルが、「婚姻の自由や法の下の平等を定めた憲法に違反する」として訴えをおこしているが、実際の法制度化の是非については、議論がようやく始まった段階である。
 この「同性婚を認めない法制度は、憲法違反か」という問いに挑むのが、『同性婚と司法』(千葉勝美著、岩波新書)の著者である。元最高裁判事の著者は、現代日本で重要な課題となっている「同性婚」について、憲法問題をていねいに解説し、同性婚を認めるための憲法解釈を提案する。いくつかの自治体で採用され始めている(婚姻にかわる)「登録パートナーシップ制度」では、同性婚問題の解決にならない、別の新たな差別や問題を生じさせる可能性があるという懸念も示している。
 伝統的な制度が新しい理念・価値と齟齬する様相を見せてきたときは、その新しい理念とも向き合った上で、そこでの生き方、考え方に目を向けてみる必要があるのではないか。そうした価値観の意味を見極め、憲法の解釈・適用を考えていくことが、司法の責務ではないか。憲法が尊重する「個人の尊厳」とはなにか、という根源から問い直す。

絶滅種の「復活」から考える科学技術の可能性と限界

 琥珀の中に遺された大昔の蚊から、恐竜のDNAを抽出して、恐竜を現代に甦らせる。映画『ジュラシック・パーク』(1993年公開)でのエピソードはもちろんフィクションだが、琥珀の中で死んでいる蚊が吸った血液から恐竜のDNAを抽出できるのではないか、というアイデアは1980年代半ばまでにはすでに考えられていたという。「化石から抽出したDNAを用いた絶滅動物の復活」はフィクションであり夢物語だが、さまざまな生物の古代DNAの解析は、PCRという新技術(微量のDNAを増幅できる)によって、飛躍的に進んでいる。
化石に眠るDNA/絶滅動物は復活するか』(更科 功著、中公新書)では、古代DNA研究の最前線を紹介する。現在、もっとも調べられているのは、ヒトの古代ゲノムのデータであり、なかでもネアンデルタール人のゲノム解析に成功し、2022年にノーベル生理学・医学賞を受けたペーボ氏の研究が有名である。
 古代DNAの研究者の多くは映画のような絶滅種の「復活」というアイデアについて、技術的に不可能であり、倫理的に許されないから、という二つの理由から批判的である。著者は、最新の科学の進歩によって、前者の技術的な面は完全には否定できなくなっているとし、後者の倫理的な面についても、「地球の温暖化に抗するため(絶滅種を復活させる)」という理屈も、一聴に値するのでは、と興味を示している。
 恐竜やマンモスなど絶滅種の「復活」をめざす取り組みは今も研究が続けられているが、そのすべてが「絵空事」とは言い切れない、としている。著者は、マンモスを「復活」させるというアイデアについて、どの技法なら可能性がゼロではないかなど検討している。しかし、生態系のバランスの面からも、絶滅した種の「復活」をめざすよりも、絶滅危惧種を救うことのほうがはるかに重要だ、というのが著者の結論だ。

 東日本大震災と福島第一原発事故から13年がたった。
原発事故、ひとりひとりの記憶/3.11から今に続くこと』(吉田千亜著、岩波ジュニア新書)は、フリーライターの著者が、原発事故の後、福島と東京を往復し、被害者・避難者に取材を重ねて聞いた、あの日から今までの日々について記している。
 原発事故直後には、「風評被害」により、福島県の人々は苦しめられていた。それが今は逆に、放射線に対する不安をうったえること自体が「風評」だとして、不安を抱く人たちや健康被害をうったえる人に対して「風評加害者」というレッテルを貼る言葉まで出てきているという。甲状腺がんに罹患した子どもたちの「誰にも言えずに苦しんできた」という声までも封じられ、原発事故による健康被害は「なかったこと」とされかねない。水俣病で起きたようなことが、また繰り返されるのでは、と懸念する。事故を風化させないためにも、あの日何が起きたのか、今日どんな日々をすごしているのか、経験した人の語りに、今こそ耳を傾けるべき、とうったえかける。

(編集部 湯原葉子)

BACK NUMBER

『パラサイト難婚社会』
山田昌弘著
(朝日新書)

『「叱らない」が子どもを苦しめる』
藪下 遊著 ; 高坂康雅著
(ちくまプリマー新書)

『死なないノウハウ/独り身の「金欠」から「散骨」まで』
雨宮処凛著
(光文社新書)

『ルポ 出稼ぎ日本人風俗嬢』
松岡かすみ著
(朝日新書)

『なぜ東大は男だらけなのか』
矢口祐人著
(集英社新書)

『ジェンダー史10講』
姫岡とし子著
(岩波新書)

『同性婚と司法』
千葉勝美著
(岩波新書)

『化石に眠るDNA/絶滅動物は復活するか』
更科 功著
(中公新書)

『原発事故、ひとりひとりの記憶/3.11から今に続くこと』
吉田千亜著
(岩波ジュニア新書)

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