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新刊月並み寸評

毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

2021年8月刊行から 編集部

NEW

2021/09/15

医学の進化をどう受容するか

新型コロナワクチン 本当の「真実」』(宮坂昌之著、講談社現代新書)の著者は免疫学者として50年にわたり基礎および臨床経験を続けてきた。その知識と経験をもとに、新型コロナウイルス感染症の危機を打開する「ゲームチェンジャー」というべきワクチン、および開発中の治療薬について最新の情報を解説する。
「ワクチンを接種すべきかどうか」と悩んでいる人は、本書を読むことで不安や疑問のかなりの部分が解消されるはず、という。mRNAワクチンの仕組みがわかれば「長期的な影響をあたえるのではないか」という恐怖感も消える。報告されている副反応や未確定な部分についても丁寧に解説している。
 従来型のワクチンとは全く異なる仕組みで働く新しいmRNAワクチンは、現時点では副反応の頻度も高いため人々の不安も大きい。新型コロナワクチンの接種が本格化したタイミングに合わせるかのように、ワクチンの危険性を煽る「嫌ワクチン本」が急増している。その売れ行きは新型コロナウイルスについてまっとうに解説している本を上回るという。
 本書では、これらのうち『患者よ、がんと闘うな』等の著作でがんの標準治療に対して批判的な著作で話題になった近藤誠氏の最近のワクチン批判についての著作を「影響力の大きい医師による典型的な嫌ワクチン本」として取り上げている。その内容を子細に検証し、科学的なエビデンスに基づいて、何がどう間違っているかを解説している。近藤氏はワクチン接種の危険性を強調し、新型コロナとワクチンをめぐる「闇」がある、と不安を煽る。近藤氏の主張では、「危険な」ワクチンを接種するよりは「コロナに罹って自然免疫を獲得したほうがよい」とあるが、高齢者がワクチンを打たずにコロナに感染した際の重症化・死亡のリスクについては一切触れていない。
 ワクチンはゼロリスクではない。ワクチンのベネフィットとリスクをよく考え、受けるか受けないかを決めることが個人に求められている。病気やワクチンそのものだけではなく、最終的に「自己判断」を求められることの不安から、科学的根拠に乏しい「嫌ワクチン本」へすがりたいという面もあるのかもしれない。

心とからだの倫理学/エンハンスメントから考える』(佐藤岳詩著、ちくまプリマー新書)は、医療や科学技術の進歩により可能となった、人間の心身へ介入するさまざまな方法の良し悪しについて、倫理学の観点から考えていくもの。本書では、美容整形で外見を整えること、ドーピングで運動能力を増強すること、薬を使って気分や感情をコントロールすること、手術によって生まれた時の性別を変更することなどを取り上げる。行き着くところは、遺伝子操作を通じて、人間のあらゆる限界を超えることの是非についてまでもふれている。
 賛否の分かれるテーマを扱いながら、さまざまな角度から複数の意見を紹介し、自分の意見とは異なる考え方を検討するためのヒントを示していく。いずれも簡単に答えの出る問題ではないが、「個人の問題だから、したい人はすればいい」という意見から一歩進み、「本当にそうだろうか?」と考えてみてほしい、と問いかける。

 1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件を機に起きた「宗教離れ」ともいえる風潮のあと、2000年代に入り代わって到来したのは、「スピリチュアル・ブーム」である。パワースポット、ヨガ、オーラ、占いなど、既存の宗教とは異なる価値観をゆるやかに共有する人々が、組織や団体に所属しなくてもその体験を自由に取捨選択できるようになった。
 日本で特に女性を中心に広がってきた「スピリチュアル市場」のコンテンツの一つに、妊娠・出産が結びついてきている。『妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ』(橋迫瑞穂著、集英社新書)では、妊娠・出産に関する書籍を分析し、「スピリチュアル市場」で妊娠・出産に関わるコンテンツが広まった背景やその危うさを検討する。妊娠・出産に限らず、「子宮」に神聖性や神秘性を見いだし、運動や食生活の改善など「子宮」を整えることで生き方の方向性や運気を呼び込もうとしたりする「子宮系」と呼ばれるジャンルの書籍も多数あると紹介している。
 今日では、妊娠・出産は、医療に基づいて行われるのが一般的であるが、著者は、「スピリチュアル市場」で提供されるコンテンツの中には、科学的な知見に反する内容が多く含まれている場合もある、と指摘する。「医療に頼らない」という「自然なお産」を重視することで、必要な医療の介入も避け、健康に害を及ぼしかねない危険もはらんでいる。さらに、出産後、不安の多い環境で孤立し育児をするなか、SNSの普及により、同じような価値観をもつ人ばかりの間で情報を共有する傾向が高まり、医療に対する不信感を増幅させていく危険性もある、と警告している。
「自然なお産」を重視する女性が、医療に反した危うい「妊娠・出産に関するコンテンツ」に依存する背景には、「仕事か出産か」「キャリアか母親か」の選択や、その結果の負担を女性だけに一方的に迫る社会のありかたがあるのではないか、と示唆する。

「突然死」の身体には何が起きているのか

法医学者の使命/「人の死を生かす」ために』(吉田謙一著、岩波新書)は、死因究明の第一線で40年あまり働いてきた法医学者によるもの。これまで数々の事件の鑑定に関わってきた実際の例をもとに、「死因究明」の大切さと難しさを語る。
 日本では鑑定医の人材も限られ、解剖可能な数には限りがある。警察が「明らかに犯罪と関係ない」と判断した死体の解剖はあまり行われないが、事故・犯罪の見逃しを防ぎ、冤罪事件を防ぐためにも死因究明は不可欠だ。「過労死」「アナフィラキシーショック」「外科手術成功の急変」といった、一見すると「突然死」としか言いようがない事例も、解剖することで死因を究明し、災害死(いわゆる事故死)、病死、自殺、他殺のいずれに該当するかを慎重に判断する必要がある。
 心理的ストレスで突然死が起こる事例は多く、診断も難しいが、再発を防止し、法的な問題を解決するためにも、著者は、さまざまなケースで立ち会った突然死の解剖例をもとに、組織検査による新たな診断法についての開発研究を続けている。「過労死」「突然死」とされる人の身体に何が起きていたのかを知ることは、どんな状況で人間の心臓は止まってしまうのかを知ることでもある。
 事件・事故があったのか、既往症は知られていなかったが実は病的発作があったのか。解剖しても死者は戻らないが、「正しい死因の究明は、死者や関係者の人権を守り、法的責任を判断する鍵を握る」とうったえる。

世界大麻経済戦争』(矢部 武著、集英社新書)によると、日本では「危険な薬物」として厳しく禁止されている大麻だが、この数十年で世界の潮流は大きく変わり、医療用、嗜好用、産業用大麻などそれぞれの分野で解禁・合法化する流れが加速しているという。国連は、WHOの勧告を受けて大麻の医療的価値を認め、規制を緩和する決定を行っている。そのため、世界各国でいま、「合法大麻」市場で一攫千金を狙う「グリーンラッシュ」に沸いているのだという。その背景には、大麻の危険度は、覚醒剤やコカインよりはるかに低いことが科学的によく知られてきたということもある。
 医療用大麻を合法化したのは、カナダ、米国(36の州で合法化)をはじめ47ヵ国(2021年6月現在)にのぼる。特に医療用大麻の市場として注目を集めるのが、現時点では規制の厳しいアジア地域である。韓国、タイがこの地域で先駆けて医療用大麻を合法化したほか、フィリピン、インドなどが続こうとしている。大麻所持で「死刑」となる場合があるなど、特に厳しい刑罰を科しているマレーシアでも、大麻犯罪に対する死刑適用の廃止、医療用大麻の合法化を求める声が高まっているという。
 日本では厚労省が医療用大麻の有効性に疑問を持ち、乱用への懸念を持っているため、合法化される動きはまだない。しかし、2019年には、大麻成分を含むてんかん治療薬「エピディオレックス」の国内治験が認められるという「画期的」な動きも出てきている。
 世界的に医療用を中心とした合法大麻市場が急拡大するなか、日本も、リスクをうまくコントロールして、医療用大麻の恩恵を受けられるようにするべきではないかと著者はうったえる。

幸せに死ぬために/人生を豊かにする「早期緩和ケア」』(大津秀一著、講談社現代新書)の著者は緩和ケアの専門医。緩和ケアというと、積極的治療をあきらめた末期がん患者などのための医療と思われている。著者は、緩和ケアは末期に限らず、「苦痛をやわらげ、心身をよりよく保ち、元気に生活できる」ことを支える医療だと主張する。
「病気を治す」から「病気と共に生きる」というように、医療の転換が求められるようになった今、「早期緩和ケア」の重要性を強くうったえかける。緩和ケアに欠かせない医療用麻薬に関しても、緩和ケア医の関与により、段階に応じてさまざまな苦痛や悩みを緩和することができる、と説明する。
 米国では医療用麻薬の乱用が社会問題化しているほどだが、逆に日本の消費量は諸外国と比べても極端に少なく、痛みを我慢しすぎて生活の質を下げている側面もある、という分析が興味深い。

科学研究の光と影

 1949年に発足した日本学術会議は、戦争中に科学者たちが軍事研究に利用された反省から、「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」という姿勢を守り続けて来た。
原子の力を解放せよ/戦争に翻弄された核物理学者たち』(浜野高宏, 新田 義貴, 海南友子著、集英社新書)は、日本の核兵器開発計画の真実を追う、NHK BSのドキュメンタリー番組の取材をもとに生まれたものである。
 太平洋戦争中、日本の原爆開発研究は、理化学研究所による通称「ニ号研究」(責任者である仁科芳雄博士の頭文字より)と、京都帝国大学による通称「F研究」(核分裂を意味するFissionの頭文字より)が存在していた。理研は帝国陸軍、京大は帝国海軍と、それぞれ別々の組織と共に計画を進めていたことも知られている。本書では、戦後埋もれていた歴史的資料、当時の関係者やその遺族への取材を通じ、これまであまり明らかにされてこなかった「F研究」の真相に迫っている。
 結果的に日本は核兵器の開発に成功しなかったが、核物理学者たちの葛藤は続いた。理研の仁科博士と「F研究」の責任者であった核物理学者の荒勝文策は原爆投下直後に広島市に入り、現地調査も行っている。原子爆弾の威力と脅威、長期的な影響について、自身の目で確認しようとしたという。戦後も“科学の原罪”と向き合った、科学者たちの複雑な胸の内に迫る。

 8月25日、文部科学省は「次世代半導体の研究や人材育成の態勢強化」のため、来年度予算に9億円の要求を盛り込む方針であることを発表し、話題となった。しかし、今時、「9億円程度」では、世界的な人材獲得競争でまったく太刀打ちできないのでは、と考えさせられたのは下記の本を読んでいたからである。
中国「見えない侵略」を可視化する』(読売新聞取材班著、新潮新書)では、中国が自国の支配力を強化するために、価値ある技術やデータの収集をなりふりかまわずに進めている状況を克明に記している。特に重要な技術を収集するために、海外研究者を破格の待遇で迎えるプロジェクト「千人計画」がその象徴的な例である。読売新聞の取材で把握できているだけでも、2020年末までに、少なくとも44人の日本人研究者がこの「千人計画」に関わっていたとされる。
 本書で明かされた、ある一人の日本人研究者が受けた待遇は、「5年で2億円の研究費」だという。このほかにもちろん給料があり、手厚い福利厚生も約束されている。AIやロボット工学の優秀な研究者をピンポイントで呼び寄せ、北京の有名大学で若い中国人研究者の指導にあたらせている。
 日本人研究者本人や学生たちが「自分たちが行っているのは基礎研究の分野であり、軍事転用するつもりはない」と主張しても、先端科学技術に関して「軍事転用される危険性はどんなものにでもある」というのが常識であり現実だ。本書では、日本人研究者たちが教えた中国の若手研究者が将来、AIやロボット工学の技術を用いて兵器開発に従事する可能性は「少なくないだろう」としている。
 中国は、政府と学会、軍が一体となって先端技術の吸収と軍事利用を行っている。これに対する米欧諸国の警戒感は極めて強くなっているが、日本の学術界にはこうしたリスクに対する危機感が薄く、千人計画への規制も遅れている。日本学術会議は、会員である日本人研究者の中国での研究活動について「個別には把握していない」としている。
 学術会議は、軍事目的の科学研究を明確に否定しているため、民生・軍事両面に有用な「デュアルユース」技術の研究も「否定」している。国内では研究そのものを否定されている日本の技術が、中国の軍事技術に転用されようとしても防ぐ手立てがない実情は、皮肉としかいえない。
 本書では、こうした過度な「軍事アレルギー」を改め、国内での民生・軍事両用に有用な「デュアルユース」技術の活用を推進していかなければ、世界に遅れをとるのは間違いない、と警告する。

 人口世界第4位のインドネシアは、その9割がイスラームに帰依し、一国としては世界最大のムスリムを抱える。1万3000以上の島々からなる世界一の群島国家であり、居住する民族の数も数百を超えると言われる。「多様性のなかの統一」という言葉を国章に掲げる世界一の多民族国家インドネシアは、現代の地球の縮図である、と指摘するのが『インドネシア/世界最大のイスラームの国』(加藤久典著、ちくま新書)である。一国としては最も多いムスリムを抱えるイスラームの大国だが、シャリーア(イスラーム法)を国法とするいわゆるイスラーム国家ではない。イスラーム伝播以前の文明をいまに伝える遺跡も数多く残っている。
 多様な民族と宗教を共存させる「多文化主義」を建国の理念として打ち出してきたインドネシア。その「宗教的寛容性」や「柔軟性」について知ることは、これからの世界のあり方を考えるヒントになるのではないか、としている。

(編集部 湯原葉子)

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『新型コロナワクチン 本当の「真実」』
宮坂昌之著
(講談社現代新書)

『心とからだの倫理学/エンハンスメントから考える』
佐藤岳詩著
(ちくまプリマー新書)

『妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ』
橋迫瑞穂著
(集英社新書)

『法医学者の使命/「人の死を生かす」ために』
吉田謙一著
(岩波新書)

『世界大麻経済戦争』
矢部 武著
(集英社新書)

『幸せに死ぬために/人生を豊かにする「早期緩和ケア」』
大津秀一著
(講談社現代新書)

『原子の力を解放せよ/戦争に翻弄された核物理学者たち』
浜野高宏, 新田 義貴, 海南友子著
(集英社新書)

『中国「見えない侵略」を可視化する』
読売新聞取材班著
(新潮新書)

『インドネシア/世界最大のイスラームの国』
加藤久典著
(ちくま新書)

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