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新刊月並み寸評

毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

2023年4月刊行から 編集部

NEW

2023/05/15

「第三の大国」インドとどうつきあうか

 最新の世界人口推計で、2023年半ばにはインドの人口が中国を抜いて人口世界一となることが見込まれている。日本にとってインドはよいパートナーとなり得る国なのか、あるいはよくわからない厄介な国なのか。インドと日本は「価値観の共有」が果たして可能なのか。
インドの正体/「未来の大国」の虚と実』(伊藤 融著、中公新書ラクレ)では、外交・安全保障上の課題から、人権の問題、ビジネスの話題まで影の部分についても触れ、一筋縄ではいかない複雑な国、インドの「実像」に迫る。
 例えば、ロシア・ウクライナ戦争をめぐるインドの立場は、西側とは全く違う。「中立」をうたいロシアへの経済制裁への参加を拒否するばかりか、ディスカウントされたロシア産の原油を「爆買い」しているともいわれている。
 欧州やアメリカからも、中国からも中立。どの国の言いなりにもならず、各国から異なる利益を巧みに引き出す。自らを「グローバル・サウス(途上国)」と位置づけながら、名実ともに「世界大国」へと飛躍しようとするインドの戦略について分析する。

 世界的な半導体獲得競争が熾烈になる中、トヨタ自動車、NTT他日本企業8社が出資し、政府も巨額の補助金を投入する半導体の新会社「ラピダス」の設立が報じられた。2022年11月に報じられたニュースでは、「5年後の2027年までに回路の幅が2ナノメートル(ナノ=10億分の1)という極小の先端半導体を量産する」とされている。
半導体有事』(湯之上 隆著、文春新書)の著者は、先端半導体開発技術の土台が全くない「ラピダス」に、台湾のTSMC、サムスン、インテルさえも苦戦する最先端の半導体生産はいくらなんでも無理、と断言する。
 本書では、2021年に起きた世界的な半導体不足を機に世界中が注視することになった、半導体産業の最前線を解説する。現在起きている半導体を巡る争いは、半導体そのものではなく、先端半導体の製造が可能な最先端の機械や技術、工場や人員の獲得競争、つまり、「先端半導体製造能力」を巡る争いであることを正しく理解する必要がある、としている。その「能力」を獲得し拡大しようとする中国、それを阻止しようとする米国、そしてその中心には、世界最先端の半導体を生産する台湾のTSMCがある。バイデン大統領の中国への半導体規制とその影響を詳細に読み解く。
 著者は、日立製作所半導体部門の出身で、“日の丸半導体”の再興を目指して生まれその後経営破綻した「エルピーダメモリ」も含め、日本の半導体技術開発に従事してきた経歴を持つ。その経験からも、日本政府や経産省が熊本に招致したTSMCの新工場について、「経済安全保障が担保される」という見方は誤りであり、税金を投入するのは馬鹿げている、とも指摘する。

幕府海軍/ペリー来航から五稜郭まで』(金澤裕之著、中公新書)の著者は歴史研究者だけでなく、現役の海上自衛官という肩書きも持つ。
 ペリー来航という「西洋の衝撃」を機に1855年に創設された幕府海軍は、13年間だけ存在した、日本初の近代海軍である。幕府海軍、つまり「徳川家海軍」が人材および構想の面で日本海軍にどのように引き継がれていったか、歴史、軍事両面から解説する。明治海軍は幕府海軍から人材および構想の面での蓄積を生かした、いわば「居抜き」でスタートしたことで、スムーズな移行が可能になった、としている。幕府海軍の前後、つまり古代から近代の周辺国との海を通じた関わり、そして明治海軍誕生から現代の海上自衛隊までの日本の海上軍事の変遷も、著者ならではの視点で描く。

SDGsと「ぼちぼち」付き合うには

カオスなSDGs/グルっと回せばうんこ色』(酒井 敏著、集英社新書)の著者は、京都大学で「自由な学風」が失われつつあることを危惧し、研究にこそ「アホなこと(常識にとらわれないこと)」「役に立ちそうもないこと」「オモロいこと」が必要と、「京大変人講座」の開講を企画したことで知られる異色の教授である。その後、大学でSDGs担当となった著者は、その言説や取り組みに違和感を覚えたという。SDGsの17の目標を全て完璧に達成することなど不可能、全てを達成しようとするとかえって悪い結果を生むことになる、全くサステナブルではない、と指摘する。
 著者曰く「現代社会最大のキレイゴト」というSDGsと、どうすれば「ぼちぼち」付き合っていけるかを考えていく。

再考 ファスト風土化する日本/変貌する地方と郊外の未来』(三浦 展著、光文社新書)の著者は、2004年に『ファスト風土化する日本』(新書y)を刊行し、日本各地のロードサイドに大型ショッピングセンター、コンビニ、ファミレス、カラオケボックス、パチンコ店などがに建ち並ぶ風景を、ファストフードのように均質化される「ファスト風土」と名づけ批判してきた。
 出版後19年、様々な角度で「ファスト風土」を再考してみるという観点から、本書では、小説家、建築家、研究者など13名からの寄稿も集められている。「ファスト風土」と著者が警告を鳴らした風景は、今や日本の原風景になり、強い違和感を持たずに受け入れて育った人が大多数である。ファスト風土の肯定は大量生産・大量消費の工程にもつながる。SDGsの観点からも、単なる楽しい消費空間、とこのまま受け入れていいのか、神宮外苑の再開発など、特に東京都心のファスト風土化について批判する。

ポテトチップスと日本人/人生に寄り添う国民食の誕生』(稲田豊史著、朝日新書)は、時代の変化にあわせ、ガラパゴス的な独自進化をとげたポテトチップスから、戦後日本の食文化をみる。
 いまや日本人にとって身近で、手放せない「おやつ」として人気のポテトチップス。戦後、ジャガイモは、白米が食べられないから「仕方なく」食べていた「代用食」という地位であり、「イモはうんざり」と嫌う人も多かったという。当初は駐在米軍のアメリカ人向けに「高級おつまみ」として売られていたポテトチップスを、庶民向けの「お菓子」として開発したのは湖池屋創始者の小池和夫氏だった。その湖池屋が日本人の味覚に合わせて1962年に発売したのが、「のり塩」という、当時世界中どこの国にもない味であり、その後カルビーが発売した「うすしお味」には塩だけではなくこんぶエキスパウダーが入っているというのもが興味深い。かっぱえびせんやカールなど、ポテトチップス以外の日本の人気スナック菓子の変遷も網羅されていて楽しい。

脳は「ときどきまちがえる」ようにできている

 正常に働いているコンピュータは間違えない。間違えるとすれば、故障しているか、人が作ったプログラムが間違えているのだ。しかし、人の脳は、正常に働いていても間違えたり、忘れたりする。それは脳の「誤作動」ではなく、不可避である、ということを『まちがえる脳』(櫻井芳雄著、岩波新書)の著者は丁寧に説明する。
 本書では、脳という複雑な器官がどのように活動しているのか、実際に行なっている信号伝達を解析し、ヒューマンエラーを生み出す脳の錯覚や間違いが起こる事例、そして間違いを減らすための脳のメカニズムについても解説を試みる。
 脳の信号伝達は不確定であり、ある確率で意外な神経経路を通ったり、予期せぬエラーが出力されたりすることがある。そうしたことが、斬新なアイデアや発想につながることもある。人間の脳は、「ときどきまちがえる」ことで、個性が生まれ、新しいアイデアを創造したり、脳の損傷から回復したりする柔軟さを可能にしているのだという。
 著者は、脳で働く物質や遺伝子について様々なことが解明しつつあるが、脳の障害や疾患に特定の物質や特定遺伝子が「単独」で関係しているということはあり得ない、と、単純な見方への注意を促す。脳の機能は、多様な部位、多様なニューロン、多様な神経物質、多様な遺伝子が相互作用しながら働く「アンサンブル」によって実現しているのではないか、という。「AIと脳とは本質的に異なる」ということを改めて強調し、その理由についても詳しく説明している。

 脳が生み出す様々な錯覚について掘り下げているのが『からだの錯覚/脳と感覚が作り出す不思議な世界』(小鷹研理著、ブルーバックス)。視覚、聴覚、触覚、味覚などそれぞれ単一の感覚による錯覚とは明らかに違う、「からだ」全体のイメージを錯覚させる様々な世界を紹介する。インターネット空間ではなかなか体感できない、不思議な(きもちわるい)体験をできるだけリアルに伝えるために、研究室による実験動画を見られるよう、QRコードが随所に用意されている。
 VR技術で、アバターを自分の身体のように感じさせる(実際に自分の手で触れているように感じさせるなど)にも様々な「錯覚」が利用されている。からだの錯覚と「思い込み」は何が違うのか、VRやメタバースで感じる説明しづらい「きもちわるさ」とは何か、「錯覚」という人間に備わった認知システムを様々な角度から研究している。

 2010年に「イクメン」と言う言葉が流行語大賞にノミネートされてから10年以上がたった。以前に比べれば、男性が育児に参加することは珍しいことでも、特別なことでもなくなりつつある。しかし、「イクメン」という言葉はまだなくなっていない。『「イクメン」を疑え!』(関口洋平著、集英社新書)では、育児に参加する男性を「イクメン」と呼び、「育児をする男性」が特別視される文化について、日米を通じて映画や文学作品などを読み解き、その視点の両者の違いを分析する。
 アメリカ、日本ともに女性の育児と比べて「育児をする男性」が特別視されるのはなぜか、欧米は「進んでいる」、日本社会は「遅れている」という単純な見方にも疑問を呈している。

 男性の育児・育休は推進ばかりで「支援」の視点が欠けている、と指摘するのが、『ポストイクメンの男性育児/妊娠初期から始まる育業のススメ』(平野翔大著、中公新書ラクレ)である。「イクメン」ともてはやされていた時代は過ぎ、令和の男性は育児に参加するのはもはや「当たり前」になりつつある。しかし、誰もが「当たり前」にできることではない。
 男性も育児をすべき、という今、男性が育休などあり得ない、と揶揄されていた頃より育児をしやすい環境になったか、というと必ずしもそうではないという。男性育児は、女性の社会進出、少子化解消の面からも重要だが、社会構造も、仕事の負荷も変えずに「仕事は今まで通り頑張って育児もやってください」というだけになっている。知識も、経験も、支援もない父親たちの置かれた状況に目を向け、男性育児促進を目指すならば、社会全体で支援する必要があるだろう、としている。

(編集部 湯原葉子)

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『インドの正体/「未来の大国」の虚と実』
伊藤 融著
(中公新書ラクレ)

『半導体有事』
湯之上 隆著
(文春新書)

『幕府海軍/ペリー来航から五稜郭まで』
金澤裕之著
(中公新書)

『カオスなSDGs/グルっと回せばうんこ色』
酒井 敏著
(集英社新書)

『再考 ファスト風土化する日本/変貌する地方と郊外の未来』
三浦 展著
(光文社新書)

『ポテトチップスと日本人/人生に寄り添う国民食の誕生』
稲田豊史著
(朝日新書)

『まちがえる脳』
櫻井芳雄著
(岩波新書)

『からだの錯覚/脳と感覚が作り出す不思議な世界』
小鷹研理著
(ブルーバックス)

『「イクメン」を疑え!』
関口洋平著
(集英社新書)

『ポストイクメンの男性育児/妊娠初期から始まる育業のススメ』
平野翔大著
(中公新書ラクレ)

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