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新刊月並み寸評

毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

2017年9月刊行から 編集部

NEW

17/10/15

「いま」につながる近現代史の視点

トラクターの世界史/人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』(藤原辰史著、中公新書)は、誕生してまだ100年あまりしかないトラクターにより、人類の歴史がいかに大きく変化させられたかを解説していく。
 19世紀末、アメリカで誕生したトラクターによって世界中の農作業の風景は一変していく。さらにトラクターという機械は、農村だけではなく、社会や国家にさまざまな変化をもたらした。第一次世界大戦期、戦車の登場の背景には、農業用履帯(キャタピラー)トラクターの開発があった。第二次世界大戦中には、各国のトラクター工場は戦車工場に転用された。トラクターと戦車は、二つの顔を持った一つの機械とも言えるほどで、トラクターの研究開発は軍事研究とも表裏一体であったという。日本の水田や狭い農地での作業に対応できるよう、独自の進化をとげた歩行型トラクター開発秘話など、国内のトラクター開発史も興味深い。
 いま、情報通信技術を活用した次世代農業、「スマート農業」に向けた研究が進んでいる。その重要なツールとなるのが、各国企業が莫大な資金投じて開発している、GPSを利用して動く無人型トラクターなどである。人間は農業からますます遠ざかり、農作業が工業に限りなく近くなっていく。長い歴史を通じ土と直接ふれあってきた人類が、農業の自動化で手にするもの、失うものは何なのか、考えさせられる。

 第一次世界大戦、第二次世界大戦、アルジェリア戦争という3つの戦争という「負の歴史」に今も苦しみ悩んでいるフランス。『フランス現代史 隠された記憶/戦争のタブーを追跡する』(宮川裕章著、ちくま新書)の著者は新聞記者、特派員として約4年間フランスに滞在した。
 著者は、アウシュビッツ強制収容所からの生還者、ノルマンディ上陸作戦に参加していた元兵士など、戦争を経験した人たちの証言を聞くためにフランス各地を訪れる。第一次世界大戦の激戦地跡では、100年前に残された不発弾や大量の兵士の遺体が今も残り、居住ができない村もある。第二次世界大戦中、ユダヤ人の迫害に加担した事実や、アルジェリア植民地支配とその独立戦争での悲劇は、フランス人の心に負い目としてのしかかっている。
 今もなお自国の歴史の暗部を受け入れるのに苦労し、悩むフランスだが、歴史を客観的にとらえ、かつて戦った相手との和解に向けて努力もしている。著者はこの姿勢に「日本が学ぶべきことは多いはずだ」としている。

 戦後から現在までのイギリスのあゆみを振り返るのが『イギリス現代史』(長谷川貴彦著、岩波新書)。2016年6月、国民投票で「EU離脱」を選択したイギリスの今を理解する上で重要な視点を紹介している。

現役アーティストによる入門書

 織田信長など戦国の武将から江戸時代の武士階級にいたるまで、日本を導いたエリートたちを魅了してきた能。彼らはなぜ、能を観るだけではなく、自身も能を学び、謡を謡い、舞を舞っていたのか。『能/650年続いた仕掛けとは』(安田 登著、新潮新書)は、現役の能楽師による、ひと味違う能の入門書。
 武士階級という、当時の「トップエリート」たちは能のどんなところに惹かれ、何を学んだのか。能のどこがすごいのか、どこをどう観ればよいのかを道案内し、現代人が能にどうアプローチすればよいかという提案をしている。時代の変化に即して少しずつ対応させてきたことにも、能が650年続いてきた秘訣がある。現代人には、現代人なりの見方が可能なのだ。
 しかし、「能を観ると眠くなってしまう」人も多いだろう。そうした人に向け、能を観るだけではなく、自分で能の謡や舞を学び、稽古することは、仕事をするうえで、あるいは心身の健康にもメリットがある、と「能の効能」について説く。能に親しむことは、時間にゆとりがある人のためだけの「高尚な趣味」ではない、ということがわかり興味深い。

ピアノの名曲/聴きどころ 弾きどころ』(イリーナ・メジューエワ著、講談社現代新書)も同様に、現役のピアニストによる名曲の「解説」。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンからラヴェルまで、音楽史の流れにそって選んだ有名なピアノ曲を紹介し、「私ならこう弾く」という解釈の一例を紹介する。
 ピアニストが、複雑な楽曲をどう解釈し、どう表現しようとしているかの舞台裏を垣間見ることができる。著者はロシア生まれ、1997年から日本に拠点をおき演奏や教育活動を続けていて、日本語も堪能だという。
 本書は対話をまとめたものだが、「難解で文学的」な言葉や専門的な用語を必要以上に使わず、誰もがわかる普通の日本語で書かれている。譜例が豊富で、楽譜が読める愛好家であれば鑑賞・演奏にあたって参考になるだろう。

職業としての地下アイドル』(姫乃たま著、朝日新書)は「現役地下アイドル」による「アイドル論」。AKB48などメディアに多く出演してメジャーレーベルからCDを出す、いわゆる「アイドル」たちの活躍の場を「地上(メジャー)」とすると、「地下(インディーズ)」にいる女の子たちの居場所は主に秋葉原のライブハウス。
「地下アイドル」=売れない、まだ売れていないアイドル、あるいは「いかがわしい世界」と思う人が多いかも知れないが、全く別のインディーズ文化がそこにはあるのだと著者はいう。有名になりたい、人に認められたい。そうした願望を強くもった地下アイドルの女の子たちは、「現代の若者の姿を映し出す鏡のような存在」ではないか、と分析している。
 メジャーアイドルをめざす女の子と「地下アイドル」をめざす女の子は何が違うのか。「地下アイドル」を応援し続けるファンの心理、「オタク文化」についても解説し、現代若者文化論としても読める。

 “私は、近頃の女の子たちの承認欲求が特別に強いわけではなくて、以前から若者が普遍的に秘めていた願望が、スマートフォンやSNSを経由して、ライブハウスに露出しているだけだと考えています。”
 最近の若者を語るうえで欠かせない「承認欲求」という心理について、著者は過去の自分自身とも向き合いながら赤裸々につづっている。

承認欲求の時代 心や脳を疲れさせない技術

 一方、SNSの普及によって、現代人の「承認欲求の肥大化」が急速に進んだと指摘するのが『「本当の大人」になるための心理学/心理療法家が説く心の成熟』(諸富祥彦著、集英社新書)の著者。心理カウンセラーの著者は、
「ネットの世界には、『私を認めて』といった類の承認欲求があふれかえっている」としている。
 今の日本社会では、「いつまでも若々しくあること」「元気に活動すること」といった外的な価値ばかりが偏重されすぎていて、中年期以降の内面的な成長、成熟がないがしろにされ、「本当の大人になる」ことが難しくなっている、としている。未熟な人ほど、他人からの評価を求め、リスペクトや承認を過剰に求める。承認欲求が満たされないために、中高年になっても、自分のことを価値がある存在と思えない状態が続く。本書では、こうした状態から脱し、人生の後半に向かって人生をどう充実させていくか、孤独とどう向き合って行くかのヒントを示している。

科学の知恵/怒りを鎮める うまく謝る』(川合伸幸著、講談社現代新書)では、心理学・認知科学の研究者である著者が、実証的な事実に基づいた理論による「効果的な謝罪」の方法を指南する。怒っている人が求めているのは必ずしも「謝罪」だけではないのに、攻撃から自分を守るために安易に謝罪し、かえって逆効果になることもよく見られる。
 怒りはどのようなもので、どうすればうまくコントロールできるのか。実験や調査による最新の研究に基づいて、怒りを感じる原因、謝れない理由、仕返しをしたいと感じる理由、赦しとはどういう感情か、などについて解説している。

人間関係の疲れをとる技術/自衛隊メンタル教官が教える』(下園壮太著、朝日新書)の著者は、陸上自衛隊初の「心理幹部」として、ときに過酷な環境に置かれる隊員のメンタルヘルス教育、カウンセリング、自殺防止を担当していた。本書では、人間関係などのストレスで心が疲れ、嫌なことがあったときの対処法を「技術」として紹介する。
 人間関係でトラブルが起きた時に「我慢する」「忘れる」など自分の感情にフタをすることは、問題の解決にはならない、と説く。人間関係に疲れるのは当たり前。それをゼロにしたい、疲れない性格になりたいなどと思いすぎると、かえって疲れてしまう。人間関係のトラブルはなくならない、苦しみはゼロにはならない、と分かったうえで、疲れすぎないように工夫することだけである、としている。
 人間関係で嫌なことがあったり、イライラしているなと感じたときは、疲れているときが多い。まずはしっかり休んで睡眠をとること。自分の疲れや怒りをためこまず、こまめに対処する方法を「技術」「スキル」として獲得することの重要性をとく。
 自分の感情をケアするための「スキル」は、スポーツや楽器、語学の習得のように何度も繰り返し練習することが必要だという。本書で紹介する方法を数回試して「自分には向いていない」と判断するのではなく、「最低40回」はやってみてほしい、というのがいかにも元自衛官だ。最低40回は相当大変そうだが、長年しみついた考え方のクセ、感情のクセはそれぐらい意識しないと変えられない、ということなのかもしれない。

 ストレスの多い現代人に、疲労を防ぎ、脳のパフォーマンスをどうあげていくかを指南するのが、疲労のメカニズムを科学的に解説したシリーズの第3弾、『すべての疲労は脳が原因3/仕事編』(梶本修身著、集英社新書)。医師である著者も、ストレスの対処法のまず第一は自身の疲労を自覚し、睡眠不足を解消すること、としている。
 仕事のパフォーマンスを上げるためには、常に100%の力で取り組むべき、という発想をまずは捨て、「60%の力で70%の結果を出す」ことを目標にすべきだとしている。疲労をためないために要領よく脳を使い、「手を抜くのが当たり前」という発想への転換で、長期的には安定した状態で末永くパフォーマンスを出すことができる。「仕事を効率化するための、脳疲労をコントロールするスキル」について脳科学的な知見をベースに解説している。
 働く側も雇う側も、こうした理論を理解し、働く人の疲労を放置してきた従来のやり方を変えていく必要がある。

(編集部 湯原葉子)

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『トラクターの世界史/人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』
藤原辰史著
(中公新書)

『フランス現代史 隠された記憶/戦争のタブーを追跡する』
宮川裕章著
(ちくま新書)

『イギリス現代史』
長谷川貴彦著
(岩波新書)

『能/650年続いた仕掛けとは』
安田 登著
(新潮新書)

『ピアノの名曲/聴きどころ 弾きどころ』
イリーナ・メジューエワ著
(講談社現代新書)

『職業としての地下アイドル』
姫乃たま著
(朝日新書)

『「本当の大人」になるための心理学/心理療法家が説く心の成熟』
諸富祥彦著
(集英社新書)

『科学の知恵/怒りを鎮める うまく謝る』
川合伸幸著
(講談社現代新書)

『人間関係の疲れをとる技術/自衛隊メンタル教官が教える』
下園壮太著
(朝日新書)

『すべての疲労は脳が原因3/仕事編』
梶本修身著
(集英社新書)

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