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新刊月並み寸評

毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

2022年8月刊行から 編集部

NEW

2022/09/15

性と生殖に関する健康と権利

 妊娠中絶の是非をめぐって、アメリカでは容認派と反対派の論争が激化している。一方、日本では、こうした論争自体が想像できないほど、「中絶」はタブーとされ、表立って語られることが少ない。そのタブーの正体は何か、なぜタブー視されてきたかの背景を考察するのが『日本の中絶』(塚原久美著、ちくま新書)である。
 日本では、中絶や中絶を選ぶ女性に対する「スティグマ」が未だ根強く、それは宗教的な倫理観に起源を持つ欧米諸国とは異なり、女性差別的なイデオロギーをもとに構築されてきたものである、と著者は分析する。著者自身、学生だった20代の頃に中絶と流産を経験し、「中絶に対する罪悪感」に悩まされてきたことをきっかけに中絶問題を研究してきたという。
 今、論争が絶えないアメリカを除き、リプロダクティブ・ヘルス&ライツという考えから、世界では中絶の権利を人権として認める流れにある。諸外国では既に安全性が認められ、一般的に処方されている経口中絶薬もあるが、日本では長年認可されていなかった。
 このほど経口中絶薬がようやく承認される方向になってきたが、日本産婦人科医会がさまざまな制限をかけたため、このままでは費用面でも(保険は非適用で薬価は高額)医療機関へのアクセスの面でも(指定の限られた医師しか処方できない)、女性や少女の中絶の権利が保障されないことになると著者は懸念する。経口中絶薬の導入や、中絶手術の方法をはじめ、日本がいかに海外より数十年遅れた状況にあるか、「スティグマ」がどう作られてきたか、歴史的背景から解説する。
 日本の女性は、100年以上も前の家父長制時代にできた「刑法堕胎罪」に縛られている。女性の人権より「胎児」の保護を優先するような法律がなぜ現代も残るのか。さまざまな観点から問題提起を行う。

差別は思いやりでは解決しない/ジェンダーやLGBTQから考える』(神谷悠一著、集英社新書)の著者によると、「ジェンダー平等」がSDGsの目標に掲げられたこともあり、今、大学の授業や企業の講座では著者の専門でもある「LGBTQ」「ジェンダー平等」「セクシュアリティ」に関するテーマはとても人気がある印象だという。
 しかし、そうした授業でも、人権問題、特に「ジェンダー」や「LGBTQ」の問題を語る際に、「思いやりを持つようにしたい」「そういう人に配慮したい」というところで止まっている感想が多いことが気になっているという。
 日本では、国レベルから企業、個人のレベルに至るまで、人権やジェンダーに関しては「周知を徹底」「思いやりを持って気をつける」ことでお茶を濁し、人権に関わる問題、差別に関する法制度の根本的な問題を放置しているのでは、と危惧する。
 差別問題に「関心がある」良識的な人ほど、個人ですぐに取り組める「思いやり」や「心がけ」を実行する、という心の問題に取り込まれ、その先の議論に進めず、結果的には差別をなくすことからむしろ遠ざかっていく。制度を変えていくべき大きな問題が、「思いやり」や「心がけ」の問題にすり替えられていないか。アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)に取り込まれていないか。人権や差別の課題について、常に価値観をアップデートしていく必要性をうったえる。

会話を哲学する/コミュニケーションとマニピュレーション』(三木那由他著、光文社新書)は「会話」とはコミュニケーションであり、言葉と言葉のキャッチボールである、という一種の思い込みを覆す。ここでいうマニピュレーションとは、発言を通じて話し手が聞き手の心理や行動を探ろうとする営み、と説明している。
 小説『勝手にふるえてろ』、漫画『ONE PIECE』『うる星やつら』『鋼の錬金術師』など、27のフィクション作品から取り出した登場人物たちの会話から、よくあるやり取り、あるいは一見奇妙なやり取りに見えるものを紹介している。コミュニケーションがすれ違っているのに気持ちは伝わっている場面、あるいはその逆の場面や、分かりきったことをあえていうシーンなど、文字に起こすと意味が伝わりにくい場面も漫画の一部分を多数引用して解説する。
 伝わりにくいが淡々と事実を語っているように見せかけて自分の有能さを印象付けようとする、はっきりと言わないように注意しながらひっそりと相手の心理を誘導したり、またはあえて必要以上にコミュニケーションをすることで、自分の誠実さをアピールする、といった例は、日常の会話でもよく起きていることである。自分では言わないまま聞き手の心情を操ろうとする「マニピュレーション」は、レトリックや比喩を用いて聞き手を一定の方向に誘導し、差別的を煽るようなコミュニケーションに悪用される場合も見られるという。
 会話とは、話し手の持つ情報を聞き手に受け渡すことだけではなく、話し手と聞き手の間で「約束ごと」を形成していく営みでもある、ととらえ直しながら現実の「会話」で何が起きているのか、改めて考えると面白い。

「推し」の科学/プロジェクション・サイエンスとは何か』(久保(川合)南海子著、集英社新書)は、「あなたには「推し(おし)」がいますか?あなたにとって「推し」とは何ですか?と問いかける。「推し」とは、「とても好きで熱心に応援している対象(人や事物など)」であり、元は女性アイドルグループの中で自分が最も熱心に応援しているメンバーのことを指していたファン用語だという。
 最近ではアーティスト、役者、アニメや漫画やゲーム、ドラマや映画作品など、あらゆるものが「推し」の対象となっている。「推し」という言葉を初めて知る人は、「ファン」と何が違うの?と思うだろう。本書はまさに、これまで「ファン」と呼ばれていたものと、最近よく聞く「推し」とは何が違うのかを、心の働きを表す「プロジェクション」という認知科学の新しい概念を用いて分析している。

日本最大の企業、日本最後の巨大組織

国鉄/「日本最大の企業」の栄光と崩壊』(石井幸孝著、中公新書)は、1949年に誕生し、1987年に分割民営化されてから現在のJR各社につながっていく「日本国有鉄道」、国鉄の歴史を振り返る。
 戦後、最大で62万人を超える職員を抱え、「日本最大の企業」となった国鉄は高度経済成長期により拡大し、人とモノを運ぶ動脈としての役割を中心となって担ってきたが、その歴史の後半20年は下降の一直線だった。マイカーや飛行機の利用が増えたことによるシェア低下、赤字が増え続ける中で繰り返される不祥事、労使関係の悪化が招いた士気の低下によるサービス悪化、と悪循環が続き、結局は分割民営化という名目での解体となった。
 著者は、JR九州の初代社長を務め、民営化後の「再起」を最前線で経験してきた人物である。巨大官僚組織のようだった国鉄の常識がいかに世間とかけ離れ、変化に対応することを拒絶し、その結果組織崩壊につながっていったか、破綻への道のりを教訓を込めて語る。
 人口減に加え、コロナ禍による需要激減により鉄道は再び危機的状況にある。現在の日本国は、国鉄の分割民営化を支えた頃のような体力はもうない。国鉄改革の時以上の、JR改革の必要性をうったえる。

 今も1000万人以上の組合員を抱える「日本最後の巨大組織」の農協(JA)の暗部に切り込んでいるのが『農協の闇(くらやみ)』(窪田新之助著、講談社現代新書)である。総合農協であるJAは、組合員に農業や生活に必要な物品を販売したり、組合員から農畜産物や加工品を購入したりする「経済事業」の他に、貯金を集めて貸付を行う「信用事業」と、共済商品の開発や販売をする「共済事業」を行なっている。
 巨大な組織であるJAが、「(出資者である)組合員の生産や生活の向上のため」という「共済」の理念とは真逆のことをしている、その現状を告発する。著者は、JAグループの機関紙である「日本農業新聞」元記者であり、不正や不祥事、さまざまな疑惑を報じる際に上層部に圧力をかけられたこともあったという。
 共済商品の過大なノルマにより職員には「自爆」と呼ばれる、販売した商品の私費での肩代わりが常習化している。職員は被害者のようにも思えるが、その損失を埋めるかのように高齢者や認知症の人を騙すようにして強引に契約を取ったり、組合員に不利益となるような契約切替を行なっていることも明らかになっている。
 不祥事の元凶は「過大なノルマ」にある、と著者は断言するが、それが組織の上層部には伝わっていないと指摘する。それどころか、著者がウェブで公開したJA不祥事関連の記事がいつの間にか消されたことからも、違法な営業が招いた契約者とのトラブルや不祥事について、組織ぐるみで犯人探しに終始したり圧力をかけて隠蔽しようとしていることもうかがえる。時代の変化に対応できず、腐敗していく巨大組織の行く末はどうなるのだろうか。

韓国の変化 日本の選択/外交官が見た日韓のズレ』(道上尚史著、ちくま新書)の著者は、外交官として1984年から2021年まで5回計12年間韓国で勤務した経験を持つ。1980年代半ばから現在まで、大きく様変わりした韓国発展の30年間を、日本や他国とも行き来して外交の最前線で見てきたということになる。日韓関係の変化も当然肌で感じている。
 著者は、日韓の認識ギャップは、「日本人が思うより大きい」と、まず指摘している。
 教育でも、グローバル化に向けた人材育成の面でも、「世界があって自分がある」という明確な意識がある韓国。当然ながら、その負の側面も注視しておく必要があるが、凄まじい勢いでなりふり構わず努力した結果、飛躍的な変化を遂げた現在の隣国の存在を無視したままでいるのはどういうことだろうか。そうした無関心は、日本の国益には決してならないとうったえかける。

気候変動とエネルギー情勢

 線状降水帯、ゲリラ豪雨、豪雪、熱波、台風、山火事など、国内外問わず、「記録的」な異常気象を伝えるニュースが1年を通じて増えているように感じる。
天変地異の地球学/巨大地震、異常気象から大量絶滅まで』(藤岡換太郎著、ブルーバックス)は、巨大地震、噴火、異常気象、生物の大量絶滅といった「天変地異」について、地球科学の観点から解説する。これまで人類が経験してきた地球の歴史を振り返り、「いつ、どこで、どのような種類の天変地異が起こったか」、そのサイクルを検討する。
 天変地異には、内因と外因があるというが、それは地球内部の要因(プレートの動きなど)と地球外部の要因(隕石の落下や太陽の影響など)があり、いずれもスケールの大きな話である。現在は地球温暖化といわれているがもっと大きなサイクルで見ていくとむしろ寒冷期に向かっているという。
 我々はこれからも天変地異と付き合っていくしかない、十分な観測を行なって時期を予測しながらも、最終的には「諦めるしかない」というのが地球科学者としての回答だという。

お天気ハンター、異常気象を追う』(森さやか著、文春新書)の著者は、フリーの気象予報士として活躍する。近年起きている異常気象(線状降水帯・ゲリラ豪雨・豪雪・高温など)を解説し、気候変動が地上にいる人間や動植物にどのような影響を及ぼす可能性があるか、最先端の情報をわかりやすく紹介していく。
 気候変動対策から着想を得たさまざまなビジネスも世界中で続々と誕生している。ビル・ゲイツ氏が気候変動に関わる研究や技術の商業化を支援するファンドを立ち上げたということもあり、注目度が高まっている。
 空気中の二酸化炭素を除去するさまざまな取り組みもあるなか、ごみ焼却炉から取り出された二酸化炭素を結晶化させてダイアモンドを作る、というアイディアも形になっている。見た目は天然ダイアモンドと変わらず、価格も高額だという。
 本書では、脱炭素社会を目指す取り組みとして注目を集める、「グリーンナッジ」という手法も紹介する。「ナッジ」とは「肘で優しくつつく」というような意味で、ペナルティや強制ではなく、よい選択をするようにそっと後押しすること、だという。アプリなどを使い、知らず知らずのうちに環境に良い取り組みをしてしまうことをねらった、地球環境問題に取り組む上で重要さを増すグリーンナッジの有効性を紹介する。

 ウクライナ危機を契機に、エネルギー価格高騰と供給不足への懸念が深刻化している。2020年代にまでに進められてきた気候変動への取り組みや脱炭素化への目標設定はどうなるのだろうか。複雑に変化する国際的エネルギー市場の下、「エネルギー安全保障」の重要性が増している。『エネルギーの地政学』(小山 堅著、朝日新書)は、エネルギー情勢を左右する主要な国(中東の産油国、ロシア、アメリカ、中国、欧州、インド)の動向を注視し、日本がとるべき戦略について提言する。

(編集部 湯原葉子)

BACK NUMBER

『日本の中絶』
塚原久美著
(ちくま新書)

『差別は思いやりでは解決しない/ジェンダーやLGBTQから考える』
神谷悠一著
(集英社新書)

『会話を哲学する/コミュニケーションとマニピュレーション』
三木那由他著
(光文社新書)

『「推し」の科学/プロジェクション・サイエンスとは何か』
久保(川合)南海子著
(集英社新書)

『国鉄/「日本最大の企業」の栄光と崩壊』
石井幸孝著
(中公新書)

『農協の闇(くらやみ)』
窪田新之助著
(講談社現代新書)

『韓国の変化 日本の選択/外交官が見た日韓のズレ』
道上尚史著
(ちくま新書)

『天変地異の地球学/巨大地震、異常気象から大量絶滅まで』
藤岡換太郎著
(ブルーバックス)

『お天気ハンター、異常気象を追う』
森 さやか著
(文春新書)

『エネルギーの地政学』
小山 堅著
(朝日新書)

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