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新刊月並み寸評

毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

2021年3月刊行から 編集部

NEW

2021/04/15

「自粛疲れ」と「災害不調」

 緊急事態宣言によって街から文字通り人が消えていた昨年の今ごろと違い、人々に感染症対策が定着したこの春は、観光地や繁華街での人出も増えてきている。長く続く自粛生活に慣れて、あるいは「飽きて」いる人も増えているようだ。
 一方で、この状況に慣れるどころか、緊張が続いたまま、強いストレスにより心身の不調をうったえる人もいる。『災害不調/医師が見つけた最速の改善策』(工藤孝文著、角川新書)の著者は、地方都市のクリニックで生活習慣病や自律神経失調症などを中心に、地域医療に力を注ぐ医師である。
 地震や台風などの災害にあったとき、家族や知人が被災、またはそうしたニュースに接したときに不安やめまい、動悸、過呼吸、不眠、抑うつといった症状が出てくることが知られている。こうした「不調」は大きな病院で検査をしても原因になるような疾患は見つからず、多くは「自律神経失調症」と診断される。
 著者は、災害を機に起きる、日常生活が送れなくなるほどの心身の不調を「災害不調」と名付けた。著者自身も、コロナ禍で、「災害不調」に近い状態になったという。ハイリスク群の患者を抱える自身のクリニックで感染者が出たらどうするか。仕事で東京に出張したことで、自分が患者や家族にうつしてしまうのではないか。オンライン診察に切り替えるなど厳重な感染症対策を行いながらも、自身も不安になり、不眠やストレスによる過食に陥ったこともあった。同じ出来事にあっても、ストレスを受けやすい人とそうでもない人がいる。「災害不調になりやすい」タイプや性格を分析し、「災害不調」にならないような具体的な対処法を提案する。

小説家になって億を稼ごう』(松岡圭祐著、新潮新書)で紹介するのは、「小説を書く方法」でも、「小説家で食べていく方法」でもなく、「小説で儲けて富を得る」ための方法だという。世にある小説の指南書とは全く違うアプローチだが、ヒット商品を生み出すのが目標であれば「億を稼ぐ」ことをめざすのは間違いではないのかもしれない。
 本書では、原稿が本という商品となって書店に並ぶまでのプロセスと注意すべきポイントを解説していく。プロが儲からない理由は、慣例上、本ができあがった「後」に交わす出版社主導による出版契約にある、と断言している。初めての出版であっても、契約書の雛形を事前に要求して、細かい項目をチェックすべきだという。新人がそんな要求をすれば編集者や出版社との関係が悪化するのではないか、と懸念する人もいるが、条件面について後から揉めるほうがずっと関係は悪化するだろう。新人であっても、自分の作品に関する権利を守るために、細心の注意を払うべきだ、と指南する。
 出版契約について、「新人なので逆らえなかった」「よく理解しないまま捺印してしまった」というのは通らない。編集者を信頼して、「出版契約についてはおまかせします」と言ってしまうのは、「知人の借金の連帯保証人になるのと同じくらい悪手」だと指摘する。専業作家をめざすのであれば、初版部数は出版社の方針に任せてもよいが、印税の交渉は妥協すべきではない、と助言する。アイディアを形にしていくまでの具体的な方法、事業の始め方、作業環境の整備など、小説ではなく他の分野でも、才能を生かして「個人事業主」として稼ぎたい、という人に参考になりそうだ。

 先行きの見えない経済状況、日本的雇用慣行の終焉と雇用不安。働く環境を守るために存在するはずの労働組合が、一番必要な時に全く機能せず役立たない。誰もが「労働組合は終わった」と思っている。
労働組合とは何か』(木下武男著、岩波新書)の著者は、労働組合が機能していないのは、「終わった」のではなく、「終えられていない」からだと指摘する。本書では、日本の企業別労働組合の歴史を振り返り、日本的労使関係の形成と衰退を確認していく。
 雇用不安か過酷な労働という状況を脱し、日本的雇用慣行に代わる新しい働き方と暮らし方を構築することが急がれる。そのためにも、日本独特の企業別労働組合の過去を清算し、新たに「本当の労働組合」=世界標準である産業別労働組合をつくるべきだと提唱し、その範例を示していく。

「血」と日本人

 血筋、血統、血縁。現在も使われる「血」にまつわる言葉の多くは江戸時代に生まれた「新語」だという。古代から中世まで、「血」とは、もっぱら忌み嫌われるものであり、「穢れ」であり、「死」の象徴だった。それが、ある時から徐々に、家族のつながりなど肯定的なイメージも持つように転換したという。
血の日本思想史/穢れから生命力の象徴へ』(西田知己著、ちくま新書)では、「血」ということばがもつイメージの変遷を検討する。
 日本が列強諸国に肩を並べようとしていた明治時代、体格の面で劣る「日本人種」の改良のためには、西洋人と雑婚すべき、と主張する識者がいた。この頃、ヨーロッパで発達した古典的優生学に基づく馬の飼育法や交配の方法が翻訳書で紹介されるようになり、日本でも西洋馬との掛け合わせによる品種改良が奨励されるようになった。優生学を人間にも適用する「人種改良」を、という議論が一時盛んになったという。もともと「英純血種牝馬」のように馬の飼育法で用いられ始めた「純血(種)」という「新語」が、後に「純粋な日本人種」などの意味で人間に対しても使われるようになったというのは興味深い。

 技術が進化し、世の中のあらゆる場面で機械化が進んでも、人間の身体が存在する限り、機械ではできない仕事が存在する。『介助の仕事/街で暮らす/を支える』(立岩真也著、ちくま新書)では、多くの利用者がいる公的介護保険ほどは知られていないが、自宅で生活する重度障害者のための「重度訪問介護」という仕組みについて紹介する。
 略して「重訪」と呼ばれるこの制度がなぜ必要とされ、どのように獲得されてきたのか、歴史をふりかえる。どのような人が関わり、どのような働き方をしているか、また介助を「使う」側の生活とはどんなものか、担い手を増やすためには対価をどうすべきか。研究者の立場から語る。
 2016年に相模原の障害者施設で起きた殺傷事件、2019年に京都で起きたALS女性の嘱託殺人事件など、重大な事件が起きるたびに議論を呼ぶ、「(隠れた)優生思想的な発想」や「生存権」という重い話題にもふれる。

はじめての動物倫理学』(田上孝一著、集英社新書)のタイトル、「動物倫理学」とはどういうものだろうか。動物実験の是非や、サーカス・動物園・水族館での動物利用の是非、あるいはペットの虐待についての論争だろうか。本書で扱う論点はその範囲にはとどまらない。
 人間に対しては、道徳的に非難され、法律で厳しく禁じられているような暴力的な振る舞いも、動物に対しては許されてきた。動物を道具としてみなす考え方は、かつて文明生活を維持する上で必要性があった。しかし機械化が進んだ今は違う。これまでの人類の動物への扱いは、「基本的に不当なものだった」ということから目を背けてはならない。
 動物倫理学で扱われる話題として「最大にして中心」だという食肉の問題、つまり食肉の大量消費・大量生産の弊害についても正面から語る。この話題は「動物愛護」に関心がある人にとっても、かなり抵抗が大きいものだろう。慣れ親しんだ肉食をやめるのは簡単ではないし、そもそも肉食をするもしないも個人の自由だ、と著者も強調している。これからの時代、動物に対して人類はどう接していくべきか、という議論がある。そのことをまず知っておくことが第一歩だという。

科学技術立国日本の「復活」と教育改革

中国が宇宙を支配する日/宇宙安保の現代史』(青木節子著、新潮新書)では、中国、アメリカ、日本を中心に、宇宙開発と宇宙における安全保障の歴史と現状、未来の展望を解説する。
 2016年8月、中国は量子暗号通信技術を搭載した最新鋭の人工衛星「墨子」の打ち上げに成功し、軌道に乗せた。これは「21世紀のスプートニク・ショック」といも呼ばれるほど、特に米国は大きな衝撃を受けた。衛星打ち上げの「量」の点でも世界を圧倒する中国は、アフリカ・ラテンアメリカ諸国など途上国を中心に衛星の製造、打ち上げ、運用を提案し、そのかわりに「墨子」が地上と量子暗号をやりとりするための地上局を設置する場所の提供を受けている。
 地上と海上で展開する「一帯一路」構想を進めて影響力を拡大しようとしている中国は、世界各地に中国の衛星の地上局を建設し、宇宙版「一帯一路」にも乗り出している。宇宙と地球双方の覇者をめざす意図を隠さなくなっている中国に対し、一貫して最強の宇宙活動国である米国はどう対抗するか。また、憲法上、軍事目的の研究開発に制限のある日本は宇宙開発にどう携わっていくべきか。
 安全保障や科学研究の分野のみならず、日本の経済成長を支える可能性もあるという、宇宙産業の将来について論じている。

 日本の理化学研究所と富士通が共同開発したスパコン「富岳」は2020年6月と11月に計算速度などを競う世界ランキングで2期連続首位に認定された。
「スパコン富岳」後の日本/科学技術立国は復活できるか』(小林雅一著、中公新書ラクレ)では、世界最高の科学計算能力を誇る「富岳」開発プロジェクトのメンバーへのインタビューなども加え開発の経緯を紹介、「その次」を展望する。
 国策スパコンと言えば大きな話題を集めたのは、「富岳」の一つ前に開発された「京」である。2009年、当時民主党政権下での事業仕分けの過程で、巨額の予算が投じられた「京」が槍玉に挙げられた。「(世界1位をめざすというが)2位じゃダメなんですか?」と問いただされる場面は今もはっきりと記憶に残る。科学者らの猛反発により、「京」は開発計画凍結を免れ、その後「世界1位」にもなった。しかし運用の点では使いづらい面があり、企業への販売も伸びなかったという。そこで「富岳」は「京」の反省をもとに、計算速度だけでなく、「使いやすさ」や「実用性」を重視した設計開発が進められてきたという。
「富岳」の活用で生まれる研究成果や新たなビジネスで、再び「科学技術立国」の地位を獲得できるか。「富岳」の真価が発揮されるのはこれからである。

 ゆとり教育断念、教員の働き方改革、大学入試改革の頓挫、学術研究の弱体化など、文部科学省はさまざまな困難を抱えている。『文部科学省/揺らぐ日本の教育と学術』(青木栄一著、中公新書)によると、文科省は、教育という国の重要な分野を担当する省でありながら、霞が関で最小人数の定員、直轄で扱える予算も少なく、東大出身者の割合が少ないことからか、他の省庁や政治家からは「三流官庁」とみなされているという。
 著者は、文科省は官邸や他省庁に対してはたいへん脆弱である一方、地方自治体の教育委員会や国立大学に対しては大変強い姿勢をとっている、と指摘する。文科省のこの二面性を利用して、官邸や他省庁が巧みに文科省の担当分野に介入していく状況を、「間接統治」として描く。「間接統治」化で最も大きな問題は、責任の主体が見えにくく、失敗しても誰も責任を取らないことだ。
 コロナ禍で加速したリモート授業の推進や学習履歴データの蓄積は、それ以前から目論まれていた「学校の情報化」につながるものであり、学校が抱える膨大な個人情報とあわせ、参入する企業にとって大きなビジネスチャンスと映る。経産省は教育ビジネスへの参入の意思を明確に示し、総務省や官邸も教育改革に強い関心を持っている。これまでほぼ独占的に教育政策、学術政策、科学技術政策を担ってきた文科省は、周囲の思惑や圧力により存在感を低下「させられている」ようにも見える。
 文科省は、国の将来を支える教育や学術振興に必要な資源(予算と人員)はどのくらいか、財務省に正々堂々と要望し、社会にもその必要性をうったえるべきである、としている。文科省に対し、「金目の議論から逃げるな」と主張する。

(編集部 湯原葉子)

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『災害不調/医師が見つけた最速の改善策』
工藤孝文著
(角川新書)

『小説家になって億を稼ごう』
松岡圭祐著
(新潮新書)

『労働組合とは何か』
木下武男著
(岩波新書)

『血の日本思想史/穢れから生命力の象徴へ』
西田知己著
(ちくま新書)

『介助の仕事/街で暮らす/を支える』
立岩真也著
(ちくま新書)

『はじめての動物倫理学』
田上孝一著
(集英社新書) (東中竜一郎著、角川新書))

『中国が宇宙を支配する日/宇宙安保の現代史』
青木節子著
(新潮新書)

『「スパコン富岳」後の日本/科学技術立国は復活できるか』
小林雅一著
(中公新書ラクレ)

『文部科学省/揺らぐ日本の教育と学術』
青木栄一著
(中公新書)

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