大災害 「あなたの」備えはできているか
2023年9月1日、関東大震災から100年の節目を迎えた。この100年間、日本では大災害がたびたび起き、その度に法を改め、ハードを備え、対策やシミュレーションを重ねてきた。それでも「想定外」の災害は起きてしまう。
『首都防衛』(宮地美陽子著、講談社現代新書)の著者は、関東大震災以降の教訓を活かしながら、対策と備え、防災意識を時代や環境の変化に応じて更新し続ける必要があると主張している。本書では、首都直下地震、南海トラフ巨大地震や増加する気象災害から、富士山噴火、北朝鮮からの弾道ミサイル発射の脅威まで、「最悪のシミュレーション」を検討する。
本書では、関東大震災や阪神・淡路大震災、東日本大震災など過去の大災害で初動が遅れた原因、現場での活動を妨げた原因など、「何が起きたか」と「得られた教訓」を紹介する。
通勤・通学の途中、外出先など、自宅や勤務先以外で巨大災害に襲われた場合の想定はできているだろうか。「正しい知識」のもと、自分や家族の行動パターンからこういう場合だったらこうする、という心構えと準備ができているだろうか。「あなたの防災意識は「令和版」にアップデートできているか」「あなたは防災を自分の事として常に備えているか」と読者に問いかける。
1923年8月24日、当時の加藤友三郎首相が死去、関東大震災発生当時、日本には首相が不在という政治的空白期であった。都市機能が完全に停止し、国家存亡の危機ともいわれた東京を、どのように復興させてきたか。
『民間企業からの震災復興/関東大震災を経済視点で読みなおす』(木村昌人著、ちくま新書)では、100年前の「官」と「民」の協力と対立はどのようなものだったのか。経済活動の担い手である実業家・企業・財界の視点による帝都復興計画やその実現のための活動を振り返る。
本書では、被災した東京・横浜以外の日本全国では関東大震災をどうとらえていたのか、各地の経済界がどのような影響を受けていたのかを、地方中核市に設立された「商業会議所」に残された資料を中心に分析している。
首都壊滅という未曾有の大災害に対して、救援活動や避難民の受け入れに日本各地の都市はどう対応したか。帝都復興に政府の予算が偏るなか、地域の企業活動の維持に奮闘した地方経済界の記録が残されている。
ウクライナのいまとこれから
ロシアウクライナ戦争は開戦から1年半が経過した。『ウクライナのサイバー戦争』(松原実穂子著、新潮新書)は、サイバーセキュリティの専門家が、ロシアウクライナ間のサイバー攻防戦とその背景を解説する。
ウクライナは、2014年のロシアによるクリミア併合の際のサイバー攻撃、またその後数回にわたる、ロシアによるウクライナ電力網へのサイバー攻撃の被害の教訓に学び、今回の戦争で徹底的にロシアと対抗できるようなサイバー環境を備えてきた。また、ウクライナは、ロシアのサイバー攻撃を「戦争犯罪」と指定すべき、と国際社会に向け訴えている。サイバー攻撃を戦争犯罪として指定することが可能になれば、抑止力となるのではないかという。
米国政府関係者は、中国がこのロシアウクライナ戦争を「教訓」として悪用しようとしていると度々警告している。サイバー攻撃を「戦争犯罪」として指定することで、中国への抑止力になるか、ロシアウクライナ間のサイバー戦争は、日本も決して無関係ではない。
本書では、ウクライナ軍が戦い続けるために欠かせない、重要インフラを支える裏方にも目を向ける。電力や通信を支える技術者たちが激戦地域に残り、競合他社同士でも破壊された基地局やケーブルの修理を行うなど、助け合って作業を行なっている。通信サービスという、戦況をも左右する重要なインフラを維持するための地道な戦いが記されている。
国際社会の力関係はこの20年間で大きく変化した。西洋による支配が終わりを告げつつあり、グローバル・サウスの存在感が高まる、より多極化した新しい世界が出現している。
『ウクライナ侵攻とグローバル・サウス』(別府正一郎著、集英社新書)では、ウクライナ戦争が浮き彫りにした、アフリカやアジアなどのグローバル・サウス諸国の一部と欧米諸国との分断に焦点をあてる。著者は、NHKの国際報道記者で、ウクライナ侵攻直後から、ウクライナ現地取材を重ねていた。2023年1月からは、国際ニュース番組でキャスターを務めている。
ウクライナ侵攻に対して、国際社会が一枚岩になってロシアを非難しているわけではない。ロシアを非難する欧米と、欧米とは明らかに一線を画す、一部の新興国や途上国の姿勢に注目する
ウクライナ侵攻は、欧米「西」対、ロシアや中国の「東」の対立と見られることが多いが、それに加えて「北」と「南」の分断も考えるべきという。
著者は、以前から拠点としていたアフリカ各地への取材も続け、食料価格の高騰など、グローバル・サウスの特に脆弱な国々への深刻な影響についてふれている。ロシア国内で広がるプロパガンダが、アフリカの一部の国にも急速に広がっている様子を報告する。
1950年に始まった朝鮮戦争は開戦から1年15日後に停戦会談が行われている。70年前と比較して、戦争の破壊力がはるかに増している現代、1年以上続いているロシアウクライナ戦争を、一日も早く即時停戦するべきである。そう強く主張するのが『ウクライナ戦争 即時停戦論』(和田春樹著、平凡社新書)である。NATO、EU、G7諸国がウクライナ支援、という名目でウクライナに武器を与え続けることでこの戦争に事実上参戦している。欧米諸国が一斉にロシアを非難し孤立させ、ロシアを支持する中国・北朝鮮と、日米韓間の緊張も高まっている。
戦争開始直後から行われていた停戦協議は2022年3月29日の第5回目を最後に中断したままとなっている。ウクライナもロシアも開戦直後に望んでいたはずの「停戦」がなぜ実現しないままなのか、ロシア研究専門家の立場から考察し、即時停戦を、と再三うったえかける。
不妊治療の保険適用拡大で変わること
晩婚・晩産化が進み、不妊に悩むカップルは5人に1組と言われているという。『不妊治療を考えたら読む本 /科学でわかる「妊娠への近道」』(浅田義正著 ; 河合 蘭著、ブルーバックス)では、不妊治療が重要かつ身近になるいま、知っておいてほしい最新の知識を網羅している。旧版は2016年に出版されたが、その後体外受精や人工受精に保険適用が拡大されるようになったことを機に改訂された。
本書は、生殖医療専門医の浅田氏と妊娠・出産を専門とするジャーナリスト河合氏の2人によるものである。不妊に悩むカップルから相談を受ける際に、妊娠の仕組みについて勘違いしている人や、「何を食べれば妊娠しやすいか」など、些末なことを気にしすぎている人があまりに多いという。本当に必要なのは、妊娠する仕組みについての正しい理解と、最新の科学的根拠に基づいた医療についての知識である。保険診療と自費治療の違いについても丁寧に説明している。よいことがたくさんある保険適用拡大ではあるが、一部かえって負担が大きくなってしまう例もあるという。医療機関と十分に相談して進めていくことが重要だ。
保険適応の拡大で大きく変わったことは、全国統一の不妊治療のガイドラインが初めて作成されたことである。河合氏によればがん治療などと比べれば標準治療といえるまでにはまだこれからの段階だというが、有効で安全な治療について、国全体で検証していく場がようやく生まれている。また、これまでは不妊治療を躊躇していた人が治療に入るという変化も出てきた。多くの不妊治療専門施設で「患者の年齢が若くなった」という声が聞かれているという。
少し妊娠しにくいと感じ始めたカップルに読んでほしいというが、本来は、命の始まりについてはすべての大人が知っておくべきことである。
さまざまな場で女性の活躍促進が叫ばれながら、日本のジェンダー・ギャップ指数が先進国でもアジア諸国でも最下位のままである。
『ジェンダー格差/実証経済学は何を語るか』(牧野百恵著、中公新書)の著者は、ジェンダー格差解消を意図した法律や制度が、本当に意図した結果につながっているか、調査データなどのエビデンスをもとに提示する。ジェンダー平等を全面に掲げた政策が、女性の活躍という目的のために本当に役立つかどうか、検証する必要があるようだ。
「女性は家、男性は外」といった昭和的な価値観によるジェンダー規範が令和の今も残ったままの政策議論が続いている。ジェンダー平等を全面に掲げた政策が、女性の活躍という目的のために本当に役立つかどうか、検証する必要があるともいう。
他にも、例えば「リケジョ」という言葉は理系の女子は珍しいことが前提になっており、「イクメン」という言葉は、育児をする男性が珍しいということではなくても、好ましい存在であるということが前提になっている。育児をする女性は当たり前で、好ましいかどうかの議論にはならない。こうした言葉を使うことも、知らず知らずの思い込みとなり、ジェンダー格差に大きな影響を与えている。大人たちのもつ思い込みが次世代のジェンダー格差の再生産につながることをもっと自覚した方がいい、と指摘する。
アートの問題点をフェミニズムの視点から批判的に読み解いていくのが『アートとフェミニズムは誰のもの?』(村上由鶴著、光文社新書)である。
「アート」も「フェミニズム」も、「どちらもよくわからない」「どちらも難しそう」と感じる人が多そうな点で共通しているのでは、という問題意識からスタートしている。アート、フェミニズムそれぞれが、「わからない」とされるのはどのような理由か、「みんなのもの」になるには何が必要かを考察している。
アートの世界では、「政治的」とされるものがどんどん許容できなくなっており、発表できなくなったり、内容の改変を迫られるような事例が相次いでいる。
あらゆる調査でジェンダーをめぐる状況が先進国最下位にあるなか、フェミニズムに対しては、バックラッシュと呼ばれる強い反発が盛り上がっている。
知識を持たない人を「わかってないなあ」と軽視し、「わかってないなら黙ってろ」と排除することが実際に起こり、断絶を作り出している。アートの界隈も、フェミニズムの界隈も「たこつぼ化」していることが問題ではないかと指摘する。
『Chat GPTの全貌/何がすごくて、何が危険なのか?』(岡嶋裕史著、光文社新書)は、2022年の登場直後からビジネスの分野でも教育の分野でも大きな話題となっている「ChatGPT」について、IT専門家の立場から、技術的な仕組みを解説し、「何がすごいのか」と、「何が危ういのか」を分析する。
ChatGPTは、どんな話題でも、それなりに精度が高い、もっともらしい答えを返してくる。膨大な知識と会話データを保有し、分野横断的な会話にもある程度追従してくる。それらに加えて直前の会話での文脈を覚えていて、文体や語調、語彙まで(明確な指示がなくとも)整えてくる点が従来のチャットボットと大きく違う点だという。
今後ますます、AIを使いこなす人と使いこなせない人との格差も広がっていきそうだ。AIを使いこなせない人、とは、使い方がわからないというだけではなく、AIにとって何が得意で何が不得手かが峻別できず、使うべきときに使わず、使うべきでない場面でAIを使ってしまう人のことでもある。AIを権威のように信じ、AIの回答で人生の方向性を決めてしまうような人も含まれる。著者は、AIを使いこなし、しくみをよく知る人間が他者を支配することにも利用される懸念があるという。
ChatGPTのように便利な技術が誕生すると、もうなかった時代に後戻りはできない。だからこそ、新しい技術が、人生を幸せにする方向に広がっているか、常に思考し、検証を続ける必要があるのでは、としている。
(編集部 湯原葉子)
|
 |
|