風
 
 
 
 
 
 
[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン

新刊月並み寸評

毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

2024年1月刊行から 編集部

NEW

2024/02/15

「世界哲学」・「日本哲学」という視点

世界哲学のすすめ』(納富信留著、ちくま新書)は、従来の「西洋哲学」「西洋哲学史」という枠組みを超えた、「世界哲学」という新しい理念を紹介し、その可能性について考察している。かつては、「哲学」といえば西洋哲学のみが「哲学」の名に値するとされ、それ以外の、インド哲学、中国哲学、日本哲学などが対象から排除されてきた時期もあった。それが、現代の世界哲学が対象とするのは、世界のあらゆる思想や言説であるべきである、という潮流になってきた。
 また、世界哲学とは、比較哲学であり、哲学史を新たな視点で描くことでもある。「世界哲学」を発展させる役割、またその議論を牽引する役割として日本がなぜ重要かを論じている。

日本哲学入門』(藤田正勝著、講談社現代新書)の著者は、1995年に京都大学文学部で「日本哲学史」という講座が新設され、以来20年間、講義を担当した。明治の日本で哲学という新しい学問が、どのように受け入れられ、現代に至るのか、その歴史を振り返る。
 日本では、「哲学」ということばとは区別して「思想」という表現が好んで用いられてきたのはなぜか。「日本哲学史」という視点がなぜ「新しい」のか、10講で少しずつ解きほぐしていく。
 ギリシアの哲学もフランスの哲学もドイツの哲学も、「日本の哲学」も、その視点から見えるものと見えないものがある。それを踏まえて対話することが重要である。近年しばしば用いられる「世界哲学」(world philosophy)の形成にも、異なった価値観・異なった文化を超えた対話の営みが欠かせないとしている。

唯一無二のアンソロジーとしてみる百人一首の世界

 古典中の古典として有名な百人一首は、100人の歌人・和歌を一人につき一首ずつ、という枠の中に、王朝から中世前期の古典和歌を凝縮している。これは、いつ誰が何のために編纂したのだろうか。これまで「藤原定家が選んだ」とされてきたが、長年、その成立については疑問点が指摘されていた。
百人一首/編纂がひらく小宇宙』(田渕句美子著、岩波新書)は、アンソロジーとしての百人一首を、同時代の他の勅撰和歌集や秀歌集と比較しながら、その編集意図を読み解く。
 和歌のアンソロジーには、天皇や上皇の命を受けて撰者が編纂した公的な性格をもつ勅撰和歌集、ある目的で誰かが私的に編纂した私撰和歌集、すぐれた歌を集めて作った秀歌撰などさまざまなものがある。本書は、『百人一首』は定家撰ではなく、定家以後の誰かが改編したものである、と結論づけた著者の最新の研究から出発している。『百人秀歌』(計101首)については定家撰で間違いないが、そのうち和歌97首が共通している、『百人一首』は、定家没後に成立した『続後撰集』(1251年成立)以降に編纂された可能性が高いことがわかったという。
 勅撰集は単なる秀歌のアンソロジーではなく、その時代の人々の価値観・意識を代表するものであり、同時代や後代に向けて発信するものであり、社会・政治の中で種々のメッセージを放っている。どのような人物のどの歌が置かれ、どのような意味づけがなされているか。その配列も厳密に計算されている。
『百人秀歌』には採られず、『百人一首』の方だけに採られている最後の2首(承久の乱を起こした後鳥羽院、順徳院)がある。定家ではない後世の誰かが、巻末にこの二人の名前を加えて改めて世に出したことで、『百人一首』に唯一無二のドラマ性を生み出した、と著者は評価している。

日本の住宅の持続可能性

 昭和以前に開発された都市部郊外の「ニュータウン」の高齢化が進み、人口減少が進む中、全国各地の「ニュータウン」の存続は大きな曲がり角に差し掛かっている。
限界分譲地/繰り返される野放図な商法と開発秘話』(吉川祐介著、朝日新書)は、そうした郊外型ニュータウンのさらに外側、農村部の間に存在する、小規模な住宅分譲地の知られざる問題に注目している。本書では、都市部からそう離れていない小規模の分譲地に、道路、上下水道といったインフラの維持もままならず、共同体として存続することが「限界」にある場所が増えてきていることを指摘する。著者は千葉県東部に在住、自らが言うところの「限界分譲地」に移住したことを機に、その生活の実態をYouTubeで発信している。
 高度成長期からバブル期までに投機目的で乱開発され、今は放置された分譲地がどのように売られていたのか、当時の新聞広告などから検証する。価格が暴落して荒廃した別荘地やリゾートマンションなど、共通の課題を取り上げ、杜撰な土地ビジネスがもたらした負の遺産について考察する。

 夏は暑く、冬は寒い。日本の建築の断熱性能は他の先進諸国と比べて著しく劣っている。つまり、日本の家は「燃費」が悪いのだという。
「断熱」が日本を救う/健康、経済、省エネの切り札』(高橋真樹著、集英社新書)の著者は、なぜ日本の住宅の性能が著しく低いままだったのか、断熱された住宅をつくることがなぜ大切なのかを解説する。自らが住む高気密・高断熱の家の構造と住み心地を紹介し、よくある誤解について丁寧に解説している。新築ではなく、今ある住宅でもできる対策はあり、効果はあるという。
 物価高の中、暑さ寒さを我慢して冷暖房を控え、それにより体調を崩す人が、特に高齢者に後をたたない。こうした「がまんの省エネ」は健康に悪影響を与えるばかりか、努力の割に効果も少ない。国際的な基準では、暑さ寒さを我慢して消費エネルギーを減らすことを「省エネ」とは呼ばない。健康のためにも、節約のためにも、持続可能なまちづくりのためにも、「省エネ」についての常識を根本から変える必要がある、と提唱する。

多様な「顔」を持つアメリカの軍

暴力とポピュリズムのアメリカ史/ミリシアがもたらす分断』(中野博文著、岩波新書)では、日本ではあまり知られていない「ミリシア」という存在から、アメリカの暴力とポピュリズムの歴史を概観する。
 ミリシアとは、ヨーロッパに古代から伝わる軍隊のかたちであり、日本語では民兵と訳される。
 アメリカにおいてはミリシアはいくつかの意味を持つ。一つは、政府が設置した軍の部隊のことである。歴史の変遷とともに役割が変わり、現在では州軍(National Guard)と呼ばれるようになっている。政府が設置している常備軍(正規軍)は平時でも政府から給与をもらい出動に備えているが、州軍は普段は軍と無縁な生活をしている民間人が、州の治安維持や災害救助など、緊急時に政府の要請で集まって活動する。職業軍人である正規軍の軍人とは違い、パートタイム勤務のようなものである。
 もう一つ、同じミリシアという名前で全く別の存在がある。右翼過激派(極右)が創設した民間人による武装団体である。銃や爆弾を使った事件を起こして、日本のメディアでも時折報道されている。例えば2021年の連邦議会襲撃事件では、暴動を扇動したのが極右民間人のミリシアで、それを鎮圧するために出動したのが政府から要請を受けた州軍(ミリシア)と、いう複雑な話になっている。
 ミリシアはアメリカ史上、植民地期から、反乱や暴動を起こし、先住民や黒人、異端のキリスト教徒などに暴力を働いてきた。本書は、現代アメリカの暴力とポピュリズムを理解する上で欠かせない、ミリシアから見たアメリカ史となっている。

在日米軍基地/米軍と国連軍、「2つの顔」の80年史』(川名晋史著、中公新書)では、日本の基地の歴史と全容を、在日米軍と国連軍という二つの観点から掘り下げる。著者曰く米軍の「裏」の顔、という「国連軍」とは何か。
 日本には世界で最も多くの米軍基地がある。2021年の防衛省のデータによると、基地の数は130、世界最多の約5万4000人の米兵が駐留している。日米安保条約に基づき、米軍が日本及びその周辺を防衛するために基地を使用する。日本国内ではそういう認識で理解されてきた。しかし、日本にある基地は実は米軍だけのものではない。1950年、朝鮮戦争勃発の際の国連安保理決議に基づき創設された、「朝鮮国連軍」後方司令部が東京の横田基地に今も存在する。日米安保条約や日米地位協定と並んで日本の安全保障に重要な意味を持つ「国連軍地位協定」については、日本ではその存在さえあまり知られていない。
 国連軍は、在日米軍にはない様々な特権があるが、最大の特権は米軍以外の国連軍(友軍)に、日本側の同意を得ることなく在日米軍基地を「又貸し」できることだという。2020年代、米中関係の緊張が増し、東シナ海や台湾情勢が注視される中、2021年には英国軍・オランダ軍・フランス軍などが「米軍との共同訓練」という名目で在日米軍基地に入っている。在日米軍と国連軍の問題は、歴史ではなく、今まさに眼の前にあるものである、と述べている。

「主夫」や「駐夫」が登場

 夫婦共働きが一般化し、女性の社会進出が進む中、夫より妻のキャリアを優先する家庭も少しずつ現れ始めている。「主夫」となり子育てや家事をメインで担う、海外赴任の妻に同行するため、自分のキャリアをセーブして「駐妻」(駐在員の妻)ならぬ「駐夫」となる、といったパターンである。
妻に稼がれる夫のジレンマ/共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』(小西一禎著、ちくま新書)は、そうした「夫」たちへのインタビューから、稼ぎ手としての役割が「逆転」したことや、職を離れて社会的立場が不安定になったことに対しての本音や葛藤、休職後にどうキャリアを掴んで行ったかの例を紹介している。
 著者自身も、妻の米国転勤に伴い、所属する会社で男性では初めて「配偶者海外赴任同行休暇制度」を取得して休職し、その後在米中に退社することになった経験を持つ。在米中には周囲から「妻よりも下に見られているのではないか」という感情がよぎる瞬間もあったという。
「主夫」や「駐夫」はまだまだ少数派でもあり、周囲はもちろん、当人も「男は仕事」という価値観から完全に脱却するのは難しい。キャリア中断がもたらすアイデンティティーの喪失は、これまでも多くの女性が経験してきていることでもある。令和の新しい夫像、夫婦像を垣間見ることができる。

カーストとは何か/インド「不可触民」の実像』(鈴木真弥著、中公新書)では、インドに根付く社会的な身分制の基本的特徴と詳細を、歴史から現状まで解説している。カーストとは、結婚、職業、食事などに関してさまざまな規制を持つ排他的集団であり、インドの長い歴史と慣習で形成された社会的身分である。
 その身分制の最下層に、「蔑視された、不浄のコミュニティ」と認識されている「不可触民=ダリト」(行政用語では「指定カースト」)の存在がある。古代から近代にかけて、その職種や役割を変えながら複雑に発達してきたという。
 本書は、現代のインドでカーストやダリト差別がどのような意味を持つのか、現地での体験やインタビュー調査に基づき、現代インドにおけるカーストの実態をできるだけ明らかにしようと試みる。
 インドの人口は14億人を超え、被差別集団であるダリトは2億人にもなる。政府は、ダリトに対する差別を禁止し、さまざまな支援策を打ち出し続けている。高学歴で華々しく活躍するダリトも存在するが、心情面での差別意識を克服するには、数世代にわたるほど時間がかかるのでは、という。

(編集部 湯原葉子)

BACK NUMBER

『世界哲学のすすめ』
納富信留著
(ちくま新書)

『日本哲学入門』
藤田正勝著
(講談社現代新書)

『百人一首/編纂がひらく小宇宙』
田渕句美子著
(岩波新書)

『限界分譲地/繰り返される野放図な商法と開発秘話』
吉川祐介著
(朝日新書)

『「断熱」が日本を救う/健康、経済、省エネの切り札』
高橋真樹著
(集英社新書)

『暴力とポピュリズムのアメリカ史/ミリシアがもたらす分断』
中野博文著
(岩波新書)

『在日米軍基地/米軍と国連軍、「2つの顔」の80年史』
川名晋史著
(中公新書)

『妻に稼がれる夫のジレンマ/共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』
小西一禎著
(ちくま新書)

『カーストとは何か/インド「不可触民」の実像』
鈴木真弥著
(中公新書)

PAGE TOP
Copyright(C) Association Press. All Rights Reserved.
著作権及びリンクについて