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新刊月並み寸評

毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

2024年6月刊行から 編集部

NEW

2024/07/15

ダンスを見る「解像度」をあげる言葉

 若者を中心にダンスの人気が沸騰している。ダンスパフォーマンスを見せあって対決する、「ダンスバトル」という企画も人気だという。ダンスが「良い」「上手い」とはどういうことか、どこに注目するとそのすごさがわかるのか、ダンスの「難しさ」を踊ってみたことがない人にもわかるように「文字」で表現しようというのが『読むダンス』(ARATA著、集英社新書)である。著者は自身のYouTubeチャンネルで、人気アーティストの作品を「オタク」目線で徹底的に分析し、その人のダンスの魅力がどこにあるか、わかりやすく解説して注目を集めている。ダンスの魅力を理解するための言葉、つまり「ダンスを見る解像度」を上げるために重要な要素を言語化して紹介している。
 本書では、世界的スターとなったBTS、これまでの「王道アイドル」路線とは違う方向の日本のアイドルグループSnow Man、ガールズグループのNiZiUなど、K-POPとJ-POPのダンス&ボーカルグループを中心に作品の見どころを詳しく解説する。自身がダンサー、ダンス講師、振付師、という様々な顔を持つ著者は、多角的な視点で、それぞれのアーティストの個性的なパフォーマンス全72作品について詳しく解説する。アーティストはもちろん、振り付け師へのリスペクトも感じられる。
 最近では多くのアーティストが公式YouTubeなどで「練習動画(定点カメラで、振り付けや動きの全体像がわかるように撮影された映像)」を発信している。「ダンス」と「音楽」を文字だけで表現するのは難しいが、二次元コードを使用することで、動画へのリンクが簡単にできるようになっている。他のジャンルのダンスでも、このような「読むダンス」解説の本が生まれたら面白い。

 ChatGPTなどの生成AIが注目を集めるなか、新聞社の研究開発組織で自然言語処理を扱う技術の応用として開発した「短歌を生成するAI」が短歌の世界でも話題となっている。
AIは短歌をどう詠むか』(浦川 通著、講談社現代新書)は、その〈短歌AI〉の開発者によるもの。過去の記事をはじめとした膨大なテキストデータの蓄積をもつ新聞社だからこそつくることができた、という〈短歌AI〉の仕組みを解説している。現代歌人を代表する、俵万智さんと永田和弘さんの協力により、二人それぞれの作品を学習データにした〈短歌AI〉は、生成する短歌の語彙に「らしさ」が表れる結果となって興味深い。入力する「学習データ」によって、生成作品が大きく変わることがよくわかる。
 著者は、短歌をつくるとはなにか、短歌が上手いとはどういうことか、「人間がどのように短歌を詠むのか」を考え試行錯誤しながら、AIにしかできないこと、人間にしかできないことは何か、AIとどのように付き合えばよいのかを考え続けている。「短歌を詠む(つくる)」側面だけではなく、作品を「読む」側面からも人間とAIの違いを言及していく。
「短歌をつくるAIをつくってみる」ことを思いついた際に、自身も短歌の創作と鑑賞の基礎を一から学び、「毎日一首は短歌をつくる」ことを課していたことも興味深い。

 機械化、DXが進んでも、人間が関わる以上、「間違い」は避けられない。ヒューマンエラーによる大事故を防ぐにはどうすればよいだろうか。
間違い学/「ゼロリスク」と「レジリエンス」』(松尾太加志著、新潮新書)では、手術時に患者を取り違えた事件、係員が手動で遮断機を上げたことで起きた踏切事故、薬の処方ミスによる死亡事故など、ヒューマンエラーが死亡事故など重大な事故につながった例を検証する。事故が起きた事例では、間違いに気づくべきポイントでなぜ見逃されてしまったかに焦点を当て、エラーが起きても被害を最小限にしてうまく対処できるような仕組みについて考察する。
 日常生活でも、仕事でも、人間が「失敗」したときに、「間違った」ことに気づかせることが重要であり、機械化を進める際には、電子アシスタントにより具体的に何が間違っているのか、的確に示すようにインターフェースを設計する必要がある。
 ミスを大惨事につなげないために、ヒューマンエラーをなくす「ゼロリスク」をめざすのではなく、ヒューマンエラーに「気づかせ」、正しく修正する技術を、と提案している。

経済安保とは

『日本企業のための経済安全保障』(布施 哲著、PHP新書)は、日本のビジネスパーソンが理解しておくべき、経済安保という新しい概念と今後の課題について解説する。本書では、経済安保とは、「経済的手段を使って安全保障の確保を目指す」と定義している。日本の経済安保アプローチは、「日の丸半導体をつくる」といった産業政策にやや寄りすぎている、と指摘している。米中が展開している経済安保とは、単なる産業政策や自国企業の優遇ではなく、国家安全保障を賭けたもの、その本気度を理解するべきだという。
 著者が経済安保の次の中核テーマとして重要と主張するのが、「デジタル安全保障」の分野である。データは富を生み出し、国家の安全保障も左右する戦略物資となっているが、日本企業がDXの名の下にGAFAMといった外国(主に米国)のクラウドサービスの導入を進めた結果、富とデータが海外へ流出している。外国IT企業のクラウドサービスを利用するたびに、日本の富とデータ(利用履歴、購買履歴、位置情報、決済情報、個人の属性など)がほぼ永続的に海外に流出し続ける構造は、経済安全保障の問題であることを自覚すべき、としている。
 企業だけではなく、社会や政府が一丸となって、国内企業によるデータの保護と活用、質・量両面での高度IT人材の育成を進めなければ、日本のデジタル安保の基盤は固まらない、と警告する。

 明治以降、国策として鉄道網が形成され発展してきた日本の鉄道史。『日本鉄道廃線史/消えた鉄路の跡を行く』(小牟田哲彦著、中公新書)では日本全国の廃線跡を訪ね、現在の状況を記録している。本書でとりあげる「廃線」の歴史は、鉄道網の形成・発展とは真逆の事象といえる。廃線となった当時のまま線路上に放置された廃車両もあれば、遊歩道として再整備されたトンネル跡、当時のまま保存し観光資源として有効活用されている駅舎などもある。
 国鉄を引き継いで発足したJR各社が、不採算路線の営業成績を相次いで公表している。特に経営が悪化しているJR北海道は、自社単独では維持困難とする10路線13線区を公表した。著者によれば、ロシア国境に近い北方の4線は「国家として失ってはならない線区」であり、「お客様が乗らなくなったとしても、国策上から絶対に廃線にしてはならない」という指摘もある。廃線されれば復活することはほぼ不可能となる。もはやJR北海道という一企業や、北海道という一地方自治体のみの判断で対応すべきレベルの話ではないのではないか、としている。いったん民営化された国有鉄道を、再度実質的に国有化しようというプランがイギリスで進行していることも一例として紹介している。

 企業の人手不足、大学進学率上昇や少子化を背景に、高校生を対象とした求人倍率はここ数年急上昇している。一方で、高校を卒業してすぐ就職する人は3年未満での離職率も高いということが問題になっている。
フレーフレー!就活高校生/高卒で働くことを考える』(中島 隆著、岩波ジュニア新書)は、就活する高校生を応援する一冊。キャリアのあり方が多様化していくこれからの時代に参考となるような、高校を卒業して就職した人たちの実体験を紹介している。大学生の就活にはない高校生の就活のルールや課題についても言及する。
 原則として、高校生は1人1社しか内定をもらえない、というのが現在のルール。内定が決まったら就活終了となる。就職活動中、高校生と企業との間の直接連絡はできず、原則として学校を通してのやりとりしか認められていない。学校にきている求人票公開は3年生の7月1日に解禁されるが、それまで会社の情報は全く得られない。もちろん、会社見学も許されていない。高校生の就活の仕組みは40年ほどほぼ変わっていないという。
 世の中の多数派である大学生の就活は世間の関心を集め、そのルールもたびたび変更されているが、現在では超少数派となっている就活高校生をめぐる仕組みについて、社会で注目を集めることが少ない。今後の人生を決めかねない就活で、高校生の場合のみ、選択の自由が極端に狭められていること自体、あまり知られていない。現状のルールの中で、就活高校生を支援し、適切な準備と助走を提供する企業や学校、自治体の試みを伝えている。

保育の「量と質」の両立

 2022年、静岡県裾野市の私立認可保育園で、3人の保育士が1歳児に対して虐待と疑われるような行為などを含む不適切な保育を行なったことが明るみになり、世間に大きなショックを与えた。
 保育施設での不適切な保育の事例は、当事者の希望もあり公表されるのは一部にとどまる。保育や子どもの権利について意識が低く、不適切なかかわりがあっても「しつけ」「指導」の一環とみなされてしまっている場合もある。
不適切保育はなぜ起こるのか/子どもが育つ場はいま』(普光院亜紀著、岩波新書)では、不適切保育が起きるのは、個々の保育者の資質や保育施設の問題だけではない、ということを主張している。近年、待機児童解消のための「保育の量」の拡大が優先され、受け皿を拡大するために規制緩和が推し進められてた結果起きた「保育の質」低下が問題の背景にある、と指摘する。
 これまで日本社会は男性が働く「公」の世界を重視し、「女子ども(おんなこども)」が生活する「私」の世界を軽視してきた。「保育の質の確保」が進まないのは、保育を「女子ども」=「私」の世界の仕事であり、「子守り」として安く買い叩いてきた結果である。構造的な保育士不足は、職務の専門性や命を預かる責任の大きさに見合う待遇が保障されない限り解消されないと指摘する。
 著者は、「保育園を考える親の会」という市民グループの代表を長年務め、現在は顧問・アドバイザーという肩書きで保育施設に関する相談を受けている。子どもを通わせる保護者は、園や保育者との信頼関係を第一にすべきだからこそ、不適切保育にふれることをタブーにしてはいけない、とうったえかける。

 教育の分野でいま重要なのはプログラミングでも英会話でもなく、性とジェンダーに向き合うために進化した性教育、つまり「性教育ver.2.0」ではないか、と主張するのが『男子校の性教育2.0』(おおたとしまさ著、中公新書ラクレ)である。いまどきの男子校ではどのような性教育が行われているか、著者は全国すべての男子校に、性教育やジェンダー教育に関するアンケート取材を行い、現場での実践もレポートしている。
 著者はもともと「教育ジャーナリスト」として、「名門校」と呼ばれる男子校を紹介する著作を多く刊行している。これまで、そうした際に「異性がいない環境だから……」「性差が存在しない環境では……」といった表現をつかっていた。調査結果をふまえれば、男子校の1学年の中にも性的多様性は存在するはずで、そうした表現は「無知だった」と反省し、今では配慮して別の表現に変えているという。
 女子大の学生が男子校の生徒を招いて合同で行う講義やグループディスカッション、女子校の生徒が男子校に出向く「出前授業」など、女性の生理についてのタブー視をなくすための協働授業の例を紹介する。
 お互いを尊重するために不可欠な性的同意の重要性、性的多様性について、知識としてアップデートが必要なのは、もちろん男子校の生徒だけではない。「学びそびれた」多くの大人にとっても、性教育やジェンダー教育の知識、包括的性教育の最新情報を知るための第一歩として参考になるはずだ。

 前回の1924年からは100年ぶり、3回目の開催地となるパリでのオリンピックがまもなく始まる。『国際情勢でたどるオリンピック史 /冷戦、テロ、ナショナリズム』(村上直久著、平凡社新書)では、「平和の祭典」という呼び名とは裏腹に、激動する国際情勢と無縁ではいられないオリンピックの通史をひもとく。
 ロシアのウクライナ侵攻により、今大会では、ロシアとその同盟国ベラルーシ国籍の選手は国を代表して参加することが認められていない。一方でガザへの軍事侵攻で焦点となっているイスラエル選手の出場は禁止されていないが、イスラエル選手との対戦を避けるために競技を棄権するケースもでてきている。大規模化による開催経費の肥大化や、環境への負荷など、懸念材料も事欠かない。パリ大会が近代オリンピックの歴史をどう変えていくかも注目される。

(編集部 湯原葉子)

BACK NUMBER

『読むダンス』
ARATA著
(集英社新書)

『AIは短歌をどう詠むか』
浦川 通著
(講談社現代新書)

『間違い学/「ゼロリスク」と「レジリエンス」』
松尾太加志著
(新潮新書)

『日本企業のための経済安全保障』
布施 哲著
(PHP新書)

『日本鉄道廃線史/消えた鉄路の跡を行く』
小牟田哲彦著
(中公新書)

『フレーフレー!就活高校生/高卒で働くことを考える』
中島 隆著
(岩波ジュニア新書)

『不適切保育はなぜ起こるのか/子どもが育つ場はいま』
普光院亜紀著
(岩波新書)

『男子校の性教育2.0』
おおたとしまさ著
(中公新書ラクレ)

『国際情勢でたどるオリンピック史 /冷戦、テロ、ナショナリズム』
村上直久著
(平凡社新書)

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