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新刊月並み寸評

毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

2019年7月刊行から 編集部

NEW

19/08/15

戦争の「記憶」はどう作られ、共有されていくか

 戦後70年以上たってもなお、過去の問題が解決できないのはなぜなのか。その問いに向き合うのが『戦争の記憶/コロンビア大学特別講義 学生との対話』(キャロル・グラック著、講談社現代新書)である。著者は、日本近現代史を専門とする米国・コロンビア大学の教授。戦争の物語は、それぞれの国民の行動や犠牲の「記憶」であり、この物語どうしがぶつかりあい、政治的かつ感情的な敵対心が生まれている。
 例えば、慰安婦問題は、国内・国家間の双方で政治的、感情的な問題として「現在形」で存在している。第二次世界大戦についての、中国や韓国と日本それぞれの国民の「記憶」を尊重しつつ、記憶を敵意に転化させ、「現在の争い」へ持ち込まないようにするにはどうしたらよいのか。現在に生きる私たちは過去の歴史にどう向き合うことができるか。
 著者は、「戦争の記憶」はいかにして作られるのか、自国の「悪い過去」にどう対処すべきか、といった質問を投げかけ、学生たちとの対話を通じて考察していく。教授が、年代が異なる、さまざまな出自をもつ学生たちに、「○○を事実として知っているか」「それを学んだのはいつ頃か、だれから聞いたか」と繰り返したずねる場面が印象的だ。

韓国 内なる分断/葛藤する政治、疲弊する国民』(池畑修平著、平凡社新書)の著者はNHK前ソウル支局長。慰安婦問題、徴用工訴訟問題などをめぐり、文在寅政権発足後、悪化する一方のように思われる日韓関係を理解する上で、背景として把握しておくべき韓国国内の問題を整理していく。
 著者は、文在寅大統領は「反日」というよりは、保守派政権の実績を全否定するあまり、収拾がつかなくなったのでは、という。進歩派への配慮から、「この政権下では日韓関係に配慮しなくてもよい」と裁判官たちでさえ忖度するようになった。保守派と進歩派の間で政権交代が起き、前政権の実績を「全否定」することに走りがちで、その典型が「対北朝鮮政策」でもあるという。振れ幅の大きいこの国の先行きがどうなるか、日韓関係の今後についても検討する。

内閣調査室秘録/戦後思想を動かした男』(志垣民郎著、岸俊光編、文春新書)は、首相直属の情報機関である「内調」創設メンバーの一人が書き残した詳細な手記や回想録をもとに、できる限りの検証作業を経て公表されたものである。内閣調査室(内調・現在の内閣情報調査室)は、連合国の占領下にあった67年前に「内閣総理大臣官房調査室」として新設された。発足当時の内調についての実情は明らかにされておらず、公文書もほとんど残っていない。松本清張がかつて半世紀以上も前に、「小説」の形で描いた「内調は日本を親米反共国家にするための謀略機関」という像はフィクションではなく、内調が日本の共産化を防ぐことを最重視し、CIAとも連携をとってきた事実が明らかになっている。
 著者の志垣氏は、東大生の頃、中国へ学徒出陣し、終戦後は周囲の素早い転身に違和感をおぼえ、「軍国主義」が一転反省のないまま「民主主義、平和」となった日本社会に疑問を持ち続けていた。文部省での勤務を経て、新設された内調に配属されてからは、「日本を共産革命から守る」という使命で働いてきたと記している。実は内調・志垣氏の仕事だったものに、「進歩的文化人」の変節を批判する雑誌の連載記事があった。戦時中は軍国主義を賛美するような言説を残した同じ人が、戦後、自らの過去の発言に対する反省もなく、「戦争反対、平和」を唱えるようになった、「進歩的文化人」の変節を比較し、批判する文章を残している。
 本書で明らかにされた記録のうち特に目をひくのが、冷戦時代、内調が「委託研究」を依頼した、「若く有望な」学者や作家など文化人の実名である。依頼する人物は「左翼ではない」ということが重要で、研究費を出すことで若い学者を「左翼にさせない」こと、政府の味方になるような学者を育てるということが重要な役割だった、と明かしている。さまざまな理由から「委託費を受けなかった」が交流のあった人物の実名も克明に記されている。

教育格差の問題

 『ルポ 教育困難校』(朝比奈なを著、朝日新書)は、世間一般で言われるところの「底辺校」と呼ばれる高校に勤務した経験をもつ著者が、社会から取り残される「教育困難校」の生徒たちの現状と課題を紹介する。著者は、「教育困難校」を受験偏差値で定義づける必要はない、としている。商業高校や工業高校の一部には受験偏差値が高くないところが多いが、専門的技術や資格の取得というわかりやすい目標があり、教育活動に困難を伴う状態ではないことが多いという。また、私立高校の中には、同じ一つの高校内での学力差が非常に大きいところが多い。難関大学をめざす特別のクラス編成を行い、別のクラスの生徒たちとは交流しないようになっている私立高校は珍しくない。クラスによって「教育困難」な状態が生じる場合があるという。
 コミュニケーション能力や学習能力に問題がある生徒や、経済力が不安定な家庭の生徒、近年急増している外国にルーツのある生徒、小・中学校で不登校を経験した生徒。「教育困難校」には、学力の問題だけではなく、さまざまな課題・問題を抱えた生徒が入学してくる。著者は以前、「まじめに勉強しようよ」と声をかけた生徒に「いくら勉強してもわからない人っているんだよ」と言われ、虚を突かれたことがあったという。
 昨今のめまぐるしい教育改革の動きについてにもふれ、「教育困難校」ではこれらの改革を受け入れる状況にはないとした上で、これら改革を計画した人々には、「決められた目標に向かって進める能力を持ち、それを可能とする環境にある高校生だけしか見えていないのではないか」と批判する。負のイメージがつきまとう「教育困難校」だが、これまで語られてこなかった実態の一部でも紹介し、教員をはじめ学校や社会はどう向き合っていくべきかについて、多くの人に考えてもらう必要があるのではないかとしている。

教育格差/階層・地域・学歴』(松岡亮二著、ちくま新書)は、日本社会には、今も昔も「生まれ」による教育格差がある、という現状に向き合うための一冊。現行の公教育の制度は建前として「平等」な機会を提供しているが、さまざまな調査データを分析した結果、出身地域など、本人にはどうしようもできない条件から学歴格差は生じ、地域格差は近年拡大傾向にあることを示唆している。
 多様性を重視する時代、筆記試験だけでは測れない「多様」な基準で人物を評価する入試制度がのぞましい、という声は「正しい」かもしれない。
 しかし、そうした選抜の際に用いられる小論文や面接は、幼少時からの旅行や習い事などの「体験」が豊富であるほど有利であり、対策にかける費用が捻出できるという点でも、所得の高い家庭の子どもが有利になる可能性が高い、という点にもっと留意すべきではないか、と指摘する。
 教育改革の「成果」がどうなっているか、分析するためのデータを得るには、社会科学分野の研究者が個人的に協力関係を築き、特定の自治体や学校のデータを取得するほかないという。「個人情報」を盾に調査したデータへのアクセスが制限されているなど、国全体をあげて教育改革を繰り返しながら、教育制度の「効果」を検証できるデータを研究者すら取得できていない問題点にもふれる。

ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治著、新潮新書)の著者は、児童精神科医として公立精神科病院で勤めた後、精神科病院や医療少年院に勤務してきた。本書は主に医療少年院での勤務経験が元になっているという。発達障害がある児童・青年のことは精神科病院で診察してきてよくわかったつもりだったが、医療少年院で非行少年たちを診察しているうちに、病院を受診する児童・青年は比較的恵まれた子どもたちである、ということを知ることになる。
 タイトルにある、「ケーキの切れない」とは、「丸いケーキを3人で平等に食べるにはどう切ったらいいか」という簡単な問題に答えられない非行少年たちがいたことを示している。こうした簡単な問題ができない少年たちに、自らの犯罪への反省を求めても全く理解されていないのではないか、ということに気がついたという。
 足し算や引き算ができない、漢字が読めない、ケーキの問題のような簡単な問題ができない。簡単な図形を写せない。短い文章を復唱できない。不器用で力加減ができない。このような子どもたちは、勉強につまづくのはもちろんのこと、簡単な話を聞き間違えて誤解したり、周りの状況が読めなくて対人関係で失敗したり、そのせいでイジメにあったりしてきた。
 多少の問題があっても病院に連れてこられず、障害には気づかれない。非行や犯罪加害者となって警察に逮捕され、少年鑑別所などに回されてはじめて「障害があった」ことに気づき、さまざまな問題行動に障害が関係していることに気づくことが多くなったという。彼らが社会に出ても、要求される仕事をこなせず、失敗して攻められ、仕事を辞め、職を転々とする。こうした彼らは、自分が「支援を必要とする」障害があると気づいていないし、周囲も気づかない。
 著者は、学習の土台となる認知機能をゲーム感覚で向上させ、成績向上につなげることができる、1日5分でできるトレーニング方法を具体的に紹介している。困っている子どもが出している「サイン」に気づき、困っている子どもの早期発見と彼らへの支援が、非行防止、犯罪防止にいかに効果的であるかを主張する。

 児童虐待の最も深刻なケース、「虐待死」事件が明らかになると、マスコミは大きく取り上げ、社会を大きく揺るがす。しかし、「罪のない子どもの命を奪うなんて許せない」、「未然に防ぐべきたったのに児童相談所は何をしているのか」というような感情論や、「悪者探し」だけでは命を救うことはできない。死亡事例一つ一つの背景や発生の要因を検証していくことの重要性をうったえるのが『虐待死/なぜ起きるのか,どう防ぐか』(川崎二三彦著、岩波新書)である。
 著者は、児童相談所で長年児童虐待問題に取り組んできており、2002年に設立された「子どもの虹情報研修センター(日本虐待・思春期問題情報研修センター)」の現センター長を務める。虐待死を防ぐためには、多様な虐待死の区分ごとに背景、加害者の性別、動機、事情などを理解していくことが必要ではないか、と実例をもとに分析、検討する活動に従事している。こうした研究は児童虐待そのものについての理解を深めることにもつながる。行政の支援のありかた、または支援の限界についても検証され、より適切な支援により、虐待死を未然に防ぐことをめざす取り組みでもある。
「虐待死」の定義には、暴行やネグレクトの結果によるものだけではなく、親子心中、出生直後の嬰児殺しも含まれるというのは意外に思えるが、歴史を振り返ると、出産直後の嬰児殺しや親子心中、安全に配慮しなかったことで子どもが死亡する事件などを「虐待死」と認定することはこれまでは難しかったという。2016年の児童福祉法改正で一歩前進した「子どもの権利が尊重される文化」をより一層はぐぐむことが重要ではないか、とうったえる。

「理想の夫婦」とは?

 共働き世帯が専業主婦世帯を上回ってから既に20年余り。女性は家庭と仕事を両立させて当然、という風潮が広まっている。男性も、家庭を顧みない仕事人間が多数派であったのは昔、子育てに積極的に関わる「イクメン」が、新しい夫像としてもてはやされている。しかし理想と現実はやはり違う。夫婦関係は「いまや精神的にも経済的にも不安やリスクを増大させるものと変容している」と指摘するのが『夫婦幻想/子あり、子なし、子の成長後』(奥田祥子著、ちくま新書)である。
 ジャーナリストであり、大学でメディア論やジェンダーについての研究に携わる著者は、20年にわたり数多くの夫婦に取材を重ねてきた。
「子育てと両立させながら働き、さらに管理職に就く」という、「女性活躍」の模範ともいえるライフスタイルを自身が実現しながら、「夫にも出世してほしい」という理想とかけ離れ、エリートコースから外れていく夫の姿に絶望する女性。
 育児に積極的に関わりたいと思いながらも長時間労働などでその理想がかなわず悩む男性。「専業主婦」という生き方を自ら選びながら、夫に経済的に依存した生活に自らの価値を見いだせず悩む女性もいる。
「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業のもとで豊かな生活を目指した「戦後家族モデル」が崩壊したあと、夫婦関係の期待値が大幅にレベルアップしてしまったため、お互い容易には満足できなくなってきた。依然として旧来の「男らしさ」「女らしさ」の性規範にとらわれ、お互いに「こうあるべき」「こうしてはならない」という「理想(幻想)の夫婦像」を追い求め、苦悩する夫婦の姿など、長期にわたる取材を通じ、本音で語られる夫婦それぞれの心の葛藤を描く。

なぜ共働きも専業もしんどいのか/主婦がいないと回らない構造』(中野円佳著、PHP新書)は、社会全体が専業主婦前提で設計されたときのままになっている不都合から多くの子育て世代が抱える苦悩を、「しんどい」と表現している。共働き世帯が増えていく状況に対応できず、保育園待機児童問題は一向に解決せず、共働き夫婦にしんどい状況になっている。一方、家事育児を一人で担う「ワンオペ育児」に追われ社会とつながれない専業主婦もしんどいし、仕事が一極集中し子育てに参加できない専業主婦の夫もやはりしんどい状況といえる。
 家事をサポートする家電が進化しても、専業主婦でないとこなせないほど家事が高度化していく背景は何か。著者は、長時間労働、転勤など、依然として主婦のサポートがないと回らない構造になっている日本の会社の仕組みに注目する。それぞれの立場が「しんどい」理由を分析し、家事・育児・介護等の無償労働を専業主婦に押しつけることで回してきた日本社会の構造を見直す時期にきているのでは、と提言する。

男子が10代のうちに考えておきたいこと』(田中俊之著、岩波ジュニア新書)は、現代の日本社会で「男」として生きることの意味を考える。本書は、人が「普通」「当たり前」とみなしている「常識」を根本から疑う学問である、「社会学」の視点から書かれている。
 1980年代以降、女性の社会進出とともに、女性が女性であるがゆえに抱えている葛藤、女性に一律に「女性らしさ」を求めることへの疑問は語りつくされた感も出てきたが、本書の新しさは、すべての男性に当然のように「男らしさ」が求められることを「息苦しい」と感じる男性もいる、ということを「高校生(10代)向け」に書いているところだろう。


(編集部 湯原葉子)

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『戦争の記憶/コロンビア大学特別講義 学生との対話』
キャロル・グラック著
(講談社現代新書)

『韓国 内なる分断/葛藤する政治、疲弊する国民』
池畑修平著
(平凡社新書)

『内閣調査室秘録/戦後思想を動かした男』
志垣民郎著、岸俊光編
(文春新書)

『ルポ 教育困難校』
朝比奈なを著
(朝日新書)

『教育格差/階層・地域・学歴』
松岡亮二著
(ちくま新書)

『ケーキの切れない非行少年たち』
宮口幸治著
(新潮新書)

『虐待死/なぜ起きるのか,どう防ぐか』
川崎二三彦著
(岩波新書)

『夫婦幻想/子あり、子なし、子の成長後』
奥田祥子著
(ちくま新書)

『なぜ共働きも専業もしんどいのか/主婦がいないと回らない構造』
中野円佳著
(PHP新書)

『男子が10代のうちに考えておきたいこと』
田中俊之著
(岩波ジュニア新書)

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