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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
新書の「時の人」にきく
01 イラク問題をどうとらえたらよいか。
2
3.ドミノ式に広がる反米の勢い
4.本当は、もっと別の職業に就きたかった?
3
ドミノ式に広がる反米の勢い
――
反米の動きは活発化して、多様化しています。
酒井
 さまざまな反米勢力があります。昨年中はフセイン政権の残党の反乱でしたが、今年に入ってからの反米活動は多様化している。活動家が海外から入り込んでいる。ファルージャのように一介の住民が草の根の抵抗をしているところもあれば、南部では、サドル派のようにアメリカに追いつめられて、反抗しているところもある。アメリカの軍事攻撃によって親や子どもを殺されたもの、逮捕され行方不明になったものの家族などもいます。いわばアメリカが攻撃をしかけたところがつぎつぎに反米化していきますから、際限がない。
 それに、部族集団は、外国軍だろうが、フセイン政権だろうが、つねにそこから自分たちを守ることができる態勢にある。とくに湾岸戦争以降は、部族勢力が強くなっているので、軍事力も増している。昔からイラクの場合は、新しい軍をつくっても、部族民の方が保有兵器の数が圧倒的に多い。
――
イラク攻撃をすれば民間人に被害者が必ず出る。その点、アメリカはどう認識していたのでしょうか。力で抑えつけるつもりだったのでしょうか。また、補償はされるのでしょうか。
酒井
 アメリカの国務省は、被害を予測したレポートを出していましたが、現場の人間がどう理解していたかは未知数です。アラビア語を話せるわけでもないのに、住民の家宅捜索をしているという状況ですから、上の方でわかっていたとしても下まで伝わったのか。
 被害という点では、今問題になっているのは、占領統治下での不当逮捕や発砲された民間人の問題です。戦後のことです。一応ハーグ国際司法裁判所では戦時下ではないので、問題にしうるものになっています。しかし、アフガニスタンの場合ですと、PKO活動の過程で行われた犯罪については、免責にするということをアメリカは安保理に認めさせているので、そこのところが変わらない限り(民間人の被害への補償などは)だめでしょうね。
――
暫定政権についてですが、果たしてうまくイラクを統治できるでしょうか。
酒井
 暫定政権を6月30日までにつくることは簡単です。問題は中身です。アメリカカは国連に任せるといって投げました。これまでは統治評議会が中心になって暫定政権をつくるというアイデアは信任されないという状況でしたが、先日明らかになったブラヒミ案は、基本的に統治評議会は使わない。官僚レベルでの行政機能の再確立というところに力点を置くということになったので改善されるでしょう。内容では衝突はあるでしょうが。
――
『イラクとアメリカ』のなかで、酒井さんはアメリカの政策を批判すると同時にチョムスキーのようなアメリカ批判が果たして結果としてイラクの人々のためになっているのかといった疑問、批判を投げかけています。反米だけではダメだと。
酒井
 そうですね。そう言う意味では、日本人がイラク戦争やイラクの統治の問題にしても、議論する仕方は、だいたいアメリカに対するスタンスの裏返しとしてしかなされない、あるいは自衛隊の派遣の是非についての議論となる。日本の議論のなかで不思議なのは、自衛隊が現地で喜ばれているということと、占領軍の一環として機能しているということが共存しているということが理解されない。どちらかひとつだと思われてしまう。
――
人質問題について、政府、国民の反応についてはどのように思われますか。
酒井
 情報が錯綜して各方面からいらだちがありましたが、実情は誰もわからない。わかってしかるべきことがわからないということと、わかりうる状況ではないのに、わかろうとすることとはちがう。自衛隊についても、派遣して、現地の治安情勢がどうなっているか、政府に情報収集ができていないのはけしからんという意見がありますが、情報収集は現状ではできない。人質についても議論はもっと別にすべきで、情報収集ができないようなところでの話であり、政府はできることはないのだから、救出についてそんなに恩を着せるような問題ではないでしょう。ただ、ああいう事件が起こると、あとで入ろうとする民間の人が圧倒的に入りにくくなるわけですから、その点は気を付けなければいけないでしょう。
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4
本当は、もっと別の職業に就きたかった?
――
ところで、どうしてイラクを研究するようになったのですか。
酒井
 それは業務命令です。(笑)こちらに就職するときに、「イラクの担当でいいですか」と聞かれて、「いいです」といったので、ここにおります。もともと「中東」については、国際政治の一番ホットなケーススタディーとして興味がありましたし、卒論を書くときでも、レバノンの歴史を勉強したことがありました。「中東」自体はどこを担当しろといわれてもやるつもりでした。大学では第二外国語はロシア語でしたから、その当時はロシア、東欧圏について興味がありましたが。
――
国際関係論を専攻した理由は何でしょう、どんな問題意識をお持ちだったのでしょうか。
酒井
 うーん、どうなのかよくわかりませんね。国際関係をやりたいという理由については、確かに若いころは、どうしてときかれて、「ベドウィンの移動生活がおもしろそうだから」って答えたことがありますが(笑)、そういう意味では、いわゆる移動による紛争解決というものに興味をもっていた。国際政治を勉強しているときに、国境で確定された土地での紛争というものより人間の集団間での紛争の方がやっていておもしろい。移民であるとか、ベドウィンとか部族間とか。どちらかというと、国民国家の虚構性について興味がありましたね。
――
中学、高校のころには、そうした問題についての関心はすでにあったのですか。
酒井
 ないですね。でも、本を読むのが好きで、文学でもなんでも手当たり次第読んでましたね。お話は好きでしたから。でも、それを考えるならば、もっと別の職業につきたかった。もっと、生産的な仕事、音楽や絵でなにかをつくっていくようなこと。でも、才能がなかったですし。音楽、絵は練習するのが大変でしたし、練習しないでできるのは文章書くことくらいしかないわけで。本当はそういう意味では、フィクション作家の方がこういう研究者より百倍影響力があるのではないかと思います。だけれども、小説家になれるだけの才能がなかったので、こういうものを書いています。だから、自分のなかで昔からやりたかったことの延長という点でいえば、研究者というより物書きです。
――
フィクションを書いてみたらという誘いもあるのでは?
酒井
 いわゆる国際陰謀小説を書きたい訳ではないし。チョムスキーのこととか、先ほどの話のように対米感の延長線上でしか第三者を見られないことや、平べったい形でしか対象を見るのではなく、もう少し膨らみのある見方があればいいなと思います。本来ならば、小説などでそういう膨らみの部分を表現できればと思いますが、その点は能力がないので、対象に借りて、少しでもなにか表せればいいな、というくらいです。
――
でも、機会があれば?
酒井
 いやいやそれはないですね。(笑)
――
音楽もけっこう聴かれるんですね。
酒井
 何でも聴きますね。この忙しい中で、レディオヘッドは一応聴きに行きました。そのステージから人質二人が解放されたという話をききまして(注2)、それがまあ、職業上のインフォメーションでもあったという。まあどちらかというとイギリス系(ロック)ですね。音楽と本・活字は何でも聴きますし、読みますね。

(インタビューは、4月22日、千葉市美浜区のアジア経済研究所内で)
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(注2)
イギリス、オクスフォード出身のロック・グループ。ステージではラジオ放送の音を取り入れるなどする。4月の幕張メッセでのステージで取り入れた放送でたまたま人質解放のニュースが流れた。
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