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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
“マンション偽装”の本質とは!
日本の住宅をとりまく制度・文化の問題を突く
国全体を揺るがすような問題にまで発展したマンション偽装事件。一建築士の作為が発端となって露呈した日本の住宅建設をめぐる業界や法制度のゆがみ、またその背景について、住宅問題に詳しいノンフィクションライターの山岡淳一郎氏に本誌編集長がきく。
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1. シンジケート型の犯罪である
2. 常に過当競争にあるマンション市場に原因
3. 建物に資産価値を見た金融機関にも協力を
4. 住民への直接的加害者がまず責任を!
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シンジケート型の犯罪である
■川井
 今回の一連の問題は姉歯元建築士からはじまり、構造的な問題としてとらえられつつあるが、振り返ってみて、全体としてどう見てきたらいいでしょう。
■山岡
 今回の事件は、シンジケート型の犯罪だと思います。マンションを確信犯的に「売り抜ける」ことを企んだ者がいて、それを下請的に建てて実行した者がいて、そのための凶器ともいえる設計図面をつくった者がいた。姉歯元建築士は、いわば凶器の性能をよくするために末端で加担した。彼の行為が許されるわけではないが、一建築士が資格を剥奪されるかもしれない危険を冒して、犯罪シンジケートを構想する必然性は考えにくい。権限も資金もない。

被害を受けたのは住民であり、第一義的な加害者はそのマンションを販売したデベロッパー。この販売責任に見合った賠償を義務づける筋道をつくらなければ、同類の欠陥は後を絶たないでしょう。姉歯元建築士を起訴するのなら、その上へ、上へと刑事責任はさらに大きくなる。そうなれば契約に基づいてマンションが建てられ、売られる市場構造、市場原理を大否定することになる。マンションの供給体制に照らせば、事件の構図はわりと単純ですよ。

もちろん国の建築確認制度にも大きな責任はある。法令と設計図書の「確認」でしかない行為を、あたかも「建築許可」であるかのようにして運用してきた。しかも申請書類には、意匠図面に関連した設計図書しか含まれず、実際の施工図は入っていない。施工中に中間検査や完了検査を行うことになっているが、建築主事なり、その指示で動く検査員が、ヘルメットを被って現場に入ってきても施工図と実際を照合することはほとんどない。換気だとか、日影規制だとか、構造上の安全性とは関係ないところばかりチェックする。

建築許可同然の権限を持つ建築主事には多大な責任があります。ところが、建築確認の不始末による欠陥が生じても国家賠償による公費投入で個人責任は免れる。ここに確認制度の根本的な問題があります。民間の確認検査機関は、行政からの委任代行業務を行っているに過ぎず、検査結果は特定行政庁に集約される。許可権限を持っているわけではない。

ただ、平成設計でも普通の仕事の進め方からすると、確認機関に申請する前に内輪でチェックをかける。ヒューザーも木村建設も一級建築士がいるわけで、下請けの仕事をコスト管理同様に厳しくチェックするのが発注者の仕事でしょう。
■川井
 問題が広がるにしたがって、対処の仕方についても注目すべきところがあるようですが。
■山岡
 被害住民の方々の恐怖感、不安は大変なものだと思います。しっかり救済されなければならない。しかし、ある時点から、この事件をマンション建て替えのテコにしようとする政官財の動きが加速している気がします。被害マンションを構造計算上の「推定値」ですぐにでも崩壊するかの危険を煽り、一気に建て替えへと進めようとする。1995年の阪神淡路大震災の直後に、あるスーパーゼネコンが施工した建物が大きな損傷を蒙った。欠陥工事がなされたのではないかと、建築専門家たちは声を潜めて言い募りましたが、あっという間に壊された。欠陥の隠蔽の疑いが濃かった。構造計算偽装マンションは、住民救済の観点からも速やかに構造的な強度を精査しなくてはならないと思います。
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常に過当競争にあるマンション市場に原因
■川井
 今回の問題に限らず、欠陥マンションが生まれる背景には構造的な問題があるといわれています。
■山岡
 マンション市場は、本質的に過当競争に陥りやすい。これが一番の原因でしょう。バブル期に建設市場は3、4倍膨張した。市場の膨張速度に人材供給が間に合わず、手抜き工事が起きた。とにかく建てて売った方が勝ちで、マンションデベロッパーは売ればおしまい。責任はとらなくてもいい。手際よく建てて、イメージ戦略で売りまくった。そして建物の維持・管理は自分たちの息のかかった管理会社に任せる。積立金による修繕も関連会社にさせるという図式。それが2000年の「品確法(住宅品質確保促進法)」施行で、新築販売後10年間の瑕疵担保が義務付けられた。それまで補償期間は2年くらいだった。

90年代後半からの不況下、国が都市再生の名の下に国有地を放出する。企業が保有する塩漬けの土地がマンション用地として売り出される。品川あたりはもともと倉庫だった土地が出る。マンション業界は常に土地が出回れば過熱する仕組みになってくる。土地次第で建設が進められる。ミニバブル。こうしたなかで、ヒューザーという後発企業は、コストダウンを錦の御旗に付加価値をつけて売らなければ事業が成立しなかったのでしょう。
■川井
 マンションが売られるまでの流れを見ると、デベロッパーが土地を取得して、次にゼネコンが出てきて、そして設計会社がかかわる。それから自社あるいは販売会社が出てくる。ゼネコンでも単なる元請けで丸投げして実際の施工は別の会社が担うケースもある。そうすると、末端に行くまで上から下までいかにコストダウンをするかでしのぎを削ることになる。
■山岡
 たとえば公共工事による住宅建設では、元請けゼネコンが頭で工事費の3割をとって、下請けが残りの2割5分、その下がさらに2割、1割とダルマ落としのように経費を抜いて、実際の工事に使われるのは半分以下というケースもあった。抜いた金は、営業経費もあるのだろうが、それが政治家への献金や官僚の天下り資金として使われる。だから政官財は鉄のスクラムを組める。工事原価、マンションの販売原価がどうなっているのか、ここを徹底的に突けば面白い。
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建物に資産価値を見た金融機関にも協力を
■川井
 問題のマンションを今後どうするかといった対策、住民に対する救済策はどう考えたらいいでしょうか。
■山岡
 人間の生活は、構造計算の偽装が発覚したからといって、急に変えられるものではない。動けないのは、住宅ローンが重いから。これを軽減することができないものでしょうか。審査をしてローンを貸し付けた金融機関は、マンションが資産価値を持っていると判断して貸したのでしょう。まさか、自分たちの見る目のなさを棚に上げて、貸し剥がしはできない。それでなくとも、莫大な公費投入で生き延びた前歴を金融機関は持っている。国は、金融機関と被害者の間に入ってもいいのではないでしょうか。

確かに、建て替えを望んでいる住民もいらっしゃるでしょう。しかし、選択肢はそれだけではないはず。構造の専門家からは、偽装で耐震強度が著しく劣るとされるマシンョンでも、耐震補強すれば、仮移転することなく、そのまま生活をしながら、今後、新築同様に住み続けられるという意見が聞こえてきます。

新築で買ったのに“傷物”になったから住めない、という気持ちもわかります。では、マンションの資産価値とは何でしょうか。皆さん、マンションのデザインや間取り、立地条件は気に入っているはずです。問題は構造的な強さ。ここを補うために建て替えで二重ローンを背負い、長期間、仮住まいを余儀なくされるとしたら、資産価値が守れたと言えるのでしょうか。安いコストで自腹を切らずに建物が物理的に健全になるとしたら、それもひとつの選択肢でしょう。

阪神大震災のときに一階がつぶれたマンションもジャッキアップで元に戻っている。たくさんの被災マンションが補修で生き返っています。その費用は一戸当たり100万〜300万円とも言われています。
■川井
 山岡さんが著書の中でお書きになっているように、最初に建て替えありきという話があって、今回の建て替えスキームがあるとしたら、その背後には経済的な思惑が影響しているということでしょうか。
■山岡
 そんな気がします。いま一気に住民に避難してもらって壊して、容積率を上げて建て替え、新しくできた床を売って再建費に充てる。そのスキームしか示されていないのが疑問です。国交省の社会資本整備審議会の下で救済策が錬られているようですが、過大な公費投入への疑問の声も上がっている。特に過去の震災で現実に被災した人たちからは、厳しい意見もあるようです。財政的な公平感をいかに担保するか、ですね。
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住民への直接的加害者がまず責任を!
■川井
 その点に関しては、買った人にも責任があるという声も出ています。確かに自ら進んで問題のマンションを買ったのだからその責任は購入者にある。しかし、床面積の広さの割には値段が安すぎるという点について、買う人は疑問に思わなかったのだから責任があるといった意見は筋違いではないでしょうか。
住宅は非常に特殊な商品で、買い手は常に素人。一生に1度か2度くらいしか住宅を買うことなどないからですが、それに対して売る側は百戦錬磨のプロ。専門性の壁もあってこれではかなうわけはない。だから消費者を保護するしっかりした制度が必要になる。
■山岡
 売買契約上、欠陥住宅を売りつけた販売主が、加害者です。その責任が一番重い。住民は被害者であり、極論を言えば、列車に乗っていて事故に遭ったのは乗客が悪いのかという話になる。住宅売買の文化論的視点から一般ユーザーの意識を高める必要はあるでしょうが、被害者を責めても、社会的にこの問題を受けとめ、欠陥を防ぐためのなんの参考にもならない。ただ、住宅が人間の存在に不可欠な社会資本という発想に立てば、その建て方とか性能について、われわれユーザーは専門性の壁があって手を出せない。とすれば、売買市場のなかでその質が担保される仕組みが求められていいはず。
今回の例をなぞれば、売ったデベロッパーが、まず、責任を負うのが筋。買った側は、欠陥品を押し付けられたのだから、民法上の契約解除(買い戻し)と賠償責任(補修、立て直し)を行使する。構造の瑕疵を含めどう補償するかは売った側の責任において徹底的に行わなければならない。その費用は、販売主と建設会社、設計会社など設計・施工、そして確認業務にかかわった業者や機関が契約上の持分に応じて拠出する。
そういう当たり前の仕組みが動いていない。倒産したら、責任がうやむやになる。費用負担も曖昧なまま、いきなり建て替えというアドバルーンを打ち上げてしまった。
■川井
 ヒューザーに対する損害賠償責任はどういう道筋がつけられているでしょう。
■山岡
 ヒューザーが伊藤公介元国土庁長官を介して、いち早く、国交省の課長とコンタクトをとりましたね。ヒューザーの社長と伊藤議員の間にどういう関係があるのか知りませんが、公費投入を訴えた。その後、デベロッパーの販売責任をすっ飛ばして、建て替えなければいけないとのスキームが浮上し、おまけに都市再生機構まで出てきて事業化しましょう、容積を上げて新住戸を売ろうとなった。住民救済と、責任問題がないまぜにされて、どんどん幕引きへと進んでいます。契約上の責任者には財産移転を禁じるなどの措置も世論は求めています。でもそうすると、具合の悪い政治家もいるのでしょう。
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PROFILE

山岡 淳一郎

ノンフィクションライター
1959年生まれ。出版関連会社、ライター集団を経て、独立。「21世紀の公」をテーマに「都市と住宅」「医療」「近代史」「スポーツ」など幅広い分野で執筆活動を展開。ドキュメンタリー番組のコメンテーターとしても活躍。

主な著作:
『マンション崩壊/あなたの街が廃墟になる日』
(日経BP社)
『ボクサー回流』
(文藝春秋)
『命に値段がつく日』
(共著、中公新書ラクレ)
他、多数
あなたのマンションが廃墟になる日
PROFILE

川井 龍介

「風」編集長。1956年神奈川県生まれ。慶応大学法学部卒。毎日新聞記者を経てノンフィクションを中心に、都市・住宅、音楽分野で執筆。主な編・著書に『122対0の青春』(講談社文庫)、『男が一軒の家を建てるまで』(ポプラ社)、『老いはバカンス、ホームは休暇村』『福祉のしごと』(以上旬報社)、『これでも終の住処を買いますか』(新潮OH!文庫)

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