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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
マンション偽装”の本質とは!
日本の住宅をとりまく制度・文化の問題を突く
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5. 現行制度では、施工の監理も十分できない
6. 外圧や産業界の要請によってつくられる政策
7. 住宅は単純に売り買いされる商品ではない
8. 都市政策のなかで住宅を考える
9. 生活者の視点を尊重し、公共の利益を優先せよ
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現行制度では、施工の監理も十分できない
■川井
 今回の一連の問題は、いうならば姉歯がパンドラの函を開けてしまったような形になったが、基本は住民との第一義的な関係ですね。
■山岡
 現在、売り主が倒産したら、極めて限定的な責任しか追及できない。ここを倒産で逃げられない歯止めをつくる。と同時に、あらかじめ、マンション販売業者は、住宅に瑕疵があった場合に備えて、保険、車の自賠責保険のような保険に入ることでリスクを回避すればいい。
 さらに、売買市場で、専門性の壁があって素人のユーザーが建物の品質をチェックできない点については、民間のなかで施工を専門的にチェックする機能が働いてもいいのでは。アメリカでは売り買いをするときに、エスクローという制度が利用される。売り主と買い手の間で、エスクローという鑑定評価を行う仲介者が、建物が契約にのっとってきちっと建てられているか、買い手がちゃんとお金を払えるかを確認して売買が成立。まずは、互いに責任をとれる体制が組まれている。
 確認制度については、設計図書と法令の照合という原点に戻せばいい。入口での行政的なチェックであり、人手が足りないのなら民間機関が代行してもいい。許可に準じる権限をこれまでのように行使するなら、確認を下ろした個人の責任も問う仕組みにした方がいい。
■川井
 これまでの制度だと、確認制度は単なる確認で、中間検査はするが実際は現場でどう施工がされているか細かくは見ていないのが現状です。あとは完了検査になるわけだから実際細かく第三者が施工を監理していないことになる。
■山岡
 建てる側では、設計事務所が、設計・施工監理を行う、施行の現場監督が管理をすることになっているが、設計事務所もゼネコンから仕事をもらっている立場上、あまり厳しくいうとコストがかかるからできない。もちろん、きちんと建てている施工者もたくさんありますが・・・。
■川井
 建築基準法に基づく建物が建て終わったあとの完了検査ですが、例えば一戸建ての場合など、公的な融資を使っていなければ実際、建て終わった後での完了検査にともなう確認済証も必要ないし、申請時どおりの設計でなくても暗黙のうちに認められることなど多々ある。検査を受けた後で変更するなどという抜け道もある。
■山岡
 お金の流れから見ると検査の必然性が見えてこない。住宅金融公庫が、建物を担保とするのなら本来しっかりした検査をするはずだが、どうも本気でやっているようには見えない。戸建ての場合、日本の木造住宅の資産評価は20年でゼロになるという無茶苦茶な鑑定法が使われていて、放っておいても建物価値はどんどん下がる。だから、完了検査であたかも住宅の質を担保しましたよといっても、担保価値を裏打ちしたことにならず、お金を出す側に必然性がない。これには、土地の問題がかかわってくる。やはりすべてが土地本位。金融機関を住宅の価値を担保させる方向に巻き込むには、この土地制度、鑑定制度を変えなくてはならない。
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外圧や産業界の要請によってつくられる政策
■川井
98年の建築基準法の改正では、当時は共産党だけが反対している。この背景には業界の圧力や要請によって法律ができていく構図が見えるがこの点はどうでしょう。
■山岡
 改正による検査業務の民間開放は、それが即偽装問題につながったとは思わない。業界が、民間開放で、早くどんどん確認を下ろしてほしいと圧力をかけたにしても、本質は行政の委任代行業務。行政的なコントロールで改善の余地はある。
 建築基準法改正の背景は、アメリカからの圧力。89年前後の日米構造協議以来、アメリカは日本の個別産業分野をターゲットにした従来の市場開放政策から、日本人の生活を丸ごとターゲットにした市場開放に戦略転換した。日本の建築市場で、例えばアメリカの材木を売れるようにしたい、とか。それを受けて、日本政府は、従来の仕様を細かく規定した建築基準法では規制が強すぎるとして、一定の性能を満たせればいいという性能規定化へと基準法を変えた。同程度の性能を満たせば、海外の資材も使えるようになった。この規制緩和の流れのなかで確認検査機関の民間開放が進んだ。
 が、一方で、欠陥住宅をどうするかという議論があって、そこで出てきたのが品確法だ。基準法改正で緩んだ部分を品確法で締めようとなった。品確法で「10年間の瑕疵担保責任」が決まったのは前進だと思うが、同時に性能評価制度をつくった。これを担っているのが、実は確認検査機関で、自分で確認をした建物を自ら性能評価するという矛盾が生じています。
■川井
 大手のゼネコンやハウスメーカー、不動産会社でつくる不動産協会は、その性能規定化や建築確認検査の合理化を要求してきました。建築確認については、ユーザーから見ても合理化すべき点があるとは思う。しかし、問題はこのようにこうした法律が住まいを建てる、あるいは購入する一個人の利益を守るためではなく、産業側の要請によって進められるということではないか。住宅は本来、公共性が高く、かつ個人の生命や財産に深くかかわるものなのに、それにかかわる制度は業界や産業側のビジネスの進めやすさのためにつくられてきた。この点は、かつての公害問題と本質が似ている。
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住宅は単純に売り買いされる商品ではない
■山岡
 政官財が結びついてきた形で、建設の世界は動いてきた。それだけ利権もあって動かしやすかったのだろう。重大なのは憲法29条の財産権から見ても、欠陥住宅はとんでもない人権侵害にあたる。居住権という生存権的な社会権から見ても、住宅は単純に商品化して、消費財のように売り買いできるものではない。この不合理の解消は、もっと世論として高めたい。住宅の売買、維持・管理を文化論として語り合える素地が必要だ。
■川井
 求められる資質において、住宅建築は医療行為と非常によく似ていると思う。医療の現場では、高度な技術やモラルが要求され、資格も必要となる。周囲の目も厳しい。一方、住まい、建築の世界は人間の生命と財産に密接にかかわるのに、一般的にそれに関係するもののスタンダードが低すぎるとは言えないか。
■山岡
 戦後、住宅産業は、高度経済成長の牽引役になった。成長の果実を私たちは享受しました。ただ、その過程で果実のおいしさに酔い、人間としてのモラルがむちゃくちゃになった。モラルは、曖昧な心の領域の問題ではない。道徳で教えればいいというものではない。それが失われたら契約は成り立たず、社会生活が破綻する。人間が生きていくための文化的な基盤なのです。
 さて、どうやって回復するかだが、本来は業界の自浄能力に任せるべきだろう。医療の世界も建築と似ていて、医療過誤訴訟が急増している。建築の世界同様、専門性、封建制、密室性の壁が立ちふさがっていて、医療被害者が、相手の牙城に切り込みにくい。そこで中立で透明な第三者機関の存在感が高まりつつある。建築の世界でも、やはり役人の天下り先ではない、中立性を保持した第三者機関の果たす役割は大きいでしょう。
■川井
 同感です。利害と関係のない第三者機関がコンサルティングに乗り出す、それがNPOの場合もあれば会社の場合もあるでしょうが。
■山岡
 そうですね。コストをどうするのかの議論は必ず出てくるが、それこそ市場メカニズムに引っ張り込んでくればいい。先ほど話したエスクローなどはその一例だ。
■川井
 それと、建築士はこうした問題に対してもう少し、声を上げるべきではないかという疑問がある。個人的には発言しているがまとまった見解がない。
■山岡
 建築士の世界は一種ムラ社会ですね。構造や設備の設計士は意匠にかかわる建築士が上位ではなく、みな同じ地位にあるべきだという。一方、意匠建築家は自らトップだと考えてふんぞり返る。消費者から見れば、そんなことどっちでもいい。問題なのは、どんな上下関係があれ、彼らもゼネコンに使われる下請け構造から抜け出ていない。ゼネコンと不動産屋の顔色を見る。消費者の方を向かない。建築文化の担い手であるなら、独立独歩で建築とはこうあるべきと、厳しい意見が出てきてもいい。
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都市政策のなかで住宅を考える
■川井
 もうひとつ、建築家のなかにひとつひとつの建築物に対する感覚はあるが、都市をどうするかという意識が足りないのでは。住宅にとって都市計画法がかかわる問題も大きい。例えばいまだに、マンション建築をめぐって日照権など環境上の問題から争いが絶えないという現実がある。適法であっても常識的には認められないこうした争いの種が放置されているのが現状だ。
■山岡
 住宅用地は、大幅に余っています。住宅は供給過剰です。高度成長期の都市は、人口集中の受け皿であればいいとされた。しかし、これからは、既存の建物を活用しながら、都市を熟成させる方向に持っていく必要がある。低成長を余儀なくされる長期的なトレンドのなか、あるものを生かさなければ、日本は潰れる。ところが、フロー経済の側面ばかり強調されて、安易に壊して建て替えようとする。それでは経済が基盤から崩れる。少子高齢化で世帯数は減っていく。地価が上がらない。この街を、自分たちは、どう住み継ぎ、守っていけばいいか、建築の専門家も、市民と一緒になって考えてほしい。そのひとつの鍵が景観権だと思う。一般の市民にとって、住んでいる街の「過去〜現在〜未来」をつなぐのが景観だ。この際、景観をとっかかりに、私たちがどこから来て、どこへ行こうとしているのか、本質的な問題を考えてもいい時期にさしかかっている。
■川井
 最後に、住宅をめぐる土地問題ですが、さきほど出たように建物の価値が十分評価されないのに対してまだまだ土地に対する価値が高すぎるという点がある。どうしたらいいでしょう。
■山岡
 マンション用地は、市場が過熱してくるとだんだん放出される量が少なくなる。その結果、路線価の3、4倍で売買される。ピンポイント的に上がっている地価がある。この地価が最終的に売値に反映される。当然、値段は高くなる。地価が上がればいいとする発想は、もうそろそろ、脱却すべき。できるだけ、地価を取引価格に反映させない仕組みが求められる。たとえば、100年単位の超長期の定期借地権も今後は重要性が高まる。ただ超長期での宅地開発は、売却後も、開発主体が、しっかり維持・管理に当たってこそ、可能になる。
■川井
 今回の問題によってマンション業界はちょっとしたパニックになり、購入を検討していた人たちも悩んでいます。法制度が急に変わることはないなかで、住宅を取得しようと考えている人はとりあえずはどういう手段、あるいは心構えをしたらいいでしょうか。
■山岡
 マンションを買おうと思ったら、誰か信頼できる、専門的な「もう一つの目」を探すこと。自己防衛はそれしかないでしょう。
■川井
 今回の問題を通して、ある設計士が言うには、そもそも建物を建てるにあたっての順番が逆だと。今は建築主がまずゼネコンを決めて、それから設計をして販売することになっているが、設計がまずあってそれに見合ったゼネコンや販売会社を決めるべきだと。具体例を言うと、数年前、彼がある建築主(地主)からまず賃貸マンションの設計を請け負ったときに、健康や環境、そして景観を大切にした設計でいいものをつくろうという考えがあった。実際この建物は、のちに建築物として賞を受けた。
 まず設計をしてから、これを任せられるゼネコンを選び、さらに賃貸なので仲介を任せる業者の選定に入った。よくあるようなマンションと違い内装に無垢の木を使うなど、工夫が凝らされたので、家賃を一般より高めに設定する必要があった。たいていの業者はこれでは借り手がつかないといって敬遠するなか、ある会社が引き受けた。結果は、入居者は順調に決まり今では順番待ちだという。
■山岡
 やはりオーナー(建築主)の意識というのは大きい。
■川井
 まずできるだけコストを切りつめて、最低限のものをつくり安く貸す、あるいは売ったりする。これが一般の業界の発想であり、それが法律をつくるときの一つの圧力になる。建築基準法でも都市計画法でも極端に言えば業界抜きで市民や有識者の意見をもとに改正したらいい。これに合うように企業が努力し競争すればいい。
■山岡
 06年の4月頃、住宅基本法という法律が制定されそうです。これまでの住宅政策は、国が5年ごとに建設戸数のノルマを決め、公団や公社、自治体にノルマを割り振って、建設が進められてきた。しかし、住宅が余ってきた。住宅ストックをいかに活用するかが住宅基本法では問われる。われわれは、そこに注目すべき。新たなスクラップ&ビルドの錬金術にならないように・・・。
■川井
 つまりまた、産業界の思惑が住宅政策に反映されていくということになりかねない。
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生活者の視点を尊重し、公共の利益を優先せよ
■山岡
 単純な話だが、建設業界で働く人たちだって自宅に帰れば一住民です。その生活実感が、プロフェッショナルとしての基本になるはず。最近、おもしろいことがあった。九州の友人の建築家が、偽装問題に関連したシンポジウムに呼ばれて、ゼネコンの責任をガンガン追及していたら、そこに大手ゼネコンの社員が来ていてしきりに「そうだ、そうだ」と加勢する。これはどうしたことか、とその建築家がシンポジウムの後にゼネコン社員に事情を聞いたら、「うちの息子が構造偽装マンションの物件を買いましてね」っていう。本音が出た。自分に火の粉が飛んできたら払うのに、よそだったら批判するのかって(笑)。
■川井
 建設業界とその周辺で食べている人間の数は多い。マスコミでとりあげると多くのそうした関係者(一般市民でもある)は、なぜ俺たちだけがと、批判されたことで引っ込んでしまう。だから業界をひとくくりにしないで、いいゼネコンとかいい建設業者をまた評価すべきだと思う。
■山岡
 確かにその通りで、われわれは、ついブラックリストをつくりたがるが、逆にホワイトリストもつくればいい。一例として国交省が06年の4月から中古マンションの管理規約や修繕などの履歴情報をインターネット上で公開するようになる。それは中古マンションのホワイトリストになると思う。公共性のあるホワイトリスト情報が必要になるだろう。
■川井
 中古車で言えば、オーナー履歴や整備手帳の有無といったものに似ている。
 賃貸であれ、所有している人であれ、どんな人でも何らかの形で家に住んでいる。その意味では住宅は、国民的なテーマであり公共性も高い。したがってもっと関心を高めて、幅広い意味での「住宅」のスタンダードを上げるべきだ。
■山岡
 住宅は、社会生活を営む上で非常に重い存在。とくに集合住宅は、教科書でしか教えられなかった「民主主義」を実際に機能させなければならない修練の場だ。民主主義の道場です。ここで「公」というものの観念が鍛えられる。そして皆で建物を維持管理する力が蓄えられる。だからこそ、住宅に住む人間の視点がもっと政策に反映されるべきだと思う。私たちが都市で生活する上で学ぶべきことは多い。幼い頃から「住」についての教育機会がもっと提供されてもいいのではないか、と感じます。
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