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「新書」編集長にきく

第6回  集英社新書編集部部長 鈴木 力さん

「知の水先案内人」とのキャッチコピーをかかげて創刊された集英社新書が、2004年12月に5周年を迎えた。編集部部長の鈴木さんは、内容の濃い本を、時間をかけて丁寧に作ることの重要性を語る。時勢に流されず、読み継がれる新書を目指してきた5年間の歩みとは。
集英社新書の生みの親、誕生のきっかけを作る
2004年12月で創刊5周年ですね。鈴木さんは、立ち上げに関わっていたとのことですが、誕生の経緯について教えて下さい。
鈴木
僕が言い出しっぺですかね。実は、雑誌畑から「イミダス」に移った時、同誌の著者陣が本を書きたがっているという話を聞きました。編集部員たちも、「本当は単行本を作りたい」と口をそろえて言いましたので、「イミダスブックス」のようなものを作ろうかということになりました。当初は、選書と新書の中間位の大きさと内容の本を考えていましたが、販売部などから、どうせなら、ちゃんと棚に入って、「集英社新書」とうたえるようなシリーズを作ったら、という意見もあり、新書という形に落ち着いたのです。
創刊当時、新書の世界はどのような状況にありましたか。
鈴木
僕らが新書と言い始めた頃は、大手では、岩波、中公、講談社の御三家があっただけです。ですから、我々は、従来の新書の読者だけではなく、新しい読者層の開拓や活性化を図りたいと考えました。その後、何社か増えましたが、新書市場のパイは増えていないように思います。ここのところ、若干膨らんではいますが、おそらく『バカの壁』効果にちがいありません。
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好発進は『両さんと歩く下町』と『僕の叔父さん網野善彦』
2004年11月の新刊は、『両さんと歩く下町』(秋本治著)、『デモクラシーの冒険』(姜尚中、テッサ・モーリス-スズキ著)、『余白の美酒井田柿右衛門』(十四代酒井田柿右衛門著)、『スポーツを「読む」』(重松清著)、『僕の叔父さん網野善彦』(中沢新一著)、『ゲノムが語る生命』(中村桂子著)の5冊でしたね。本誌「風」の連載コラム「新刊・月並み寸評」の筆者は、『両さんと歩く下町』(秋本治著)を一押していて、ベストセラーの可能性もあると書いています。この本は、他の4冊に比べて異色だと思いますが、いきさつがあれば、教えて下さい。
鈴木
新書編集部には漫画誌出身者が一人いるんですが、彼は「少年ジャンプ」に連載されている『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の扉絵が非常に緻密で美しいことに注目していたようです。つまり、この扉絵が、実は、著者の秋本さんご自身が撮影した写真を元に描かれていることを知っていたわけですね。しかも、扉絵が、秋本さんのライフワークにもなっていると聞きましたので、だったら、幼い頃の思い出話が沢山出てくるのではないかと。そこで、「両さんの下町案内」のような本が作れないかなという話になりました。
漫画の「両さん」のイメージを、「下町案内」という文章として読ませるには、工夫が必要だったかと思います。企画から実際に本になるまでには、どのような経緯があったのでしょうか。
鈴木
秋本さんは、通算一億何千万冊という超売れっ子の漫画家ですから、「お願いします」「はい」とは、簡単にいきません。新書と漫画の担当編集者が上手く連携して、ようやく出版にこぎつけました。まず、秋本さんが昔の思い出を語り、それをライターがまとめて、秋本さんの書いたものとドッキングさせながら、原稿を作っていったというパターンです。その結果、秋本さんの「思い出」と「絵」が、とてもよくマッチした本になりました。秋本さん自身も喜んで、「僕はこういうものを残したかったんだ」と言って下さいました。
漫画の『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の主人公「両さん」のイラストが書かれている帯も効いてますね。「両さん」ファンの年齢層は幅広いと思いますが、反応はいかがですか。
鈴木
漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』は、1976年に連載開始ですから、既に28年も経っています。その頃15歳だった少年は、今や43歳の大人になっていますので、当時の読者のお子さんも一緒に楽しめるかな、という皮算用があります。宣伝は、下町の電車、つまり、下町から都心へ乗り入れてくる地下鉄や、京成線に中吊り広告を打ったり、「週刊ジャンプ」にも広告を入れてもらいました。
売れ行きの反応に関しては、面白い話が一つあります。紀伊國屋書店に、「PubLineWeb」というPOSレジで管理された全店の販売情報が閲覧できるオンラインの有料サービスがあるんですが、ここでは、ジャンル別の売り上げベストテンを調べられるようになっています。我々は、「新書」のコーナーを見ては、一喜一憂するわけですが、いくら調べても、『両さんと歩く下町』が全く出てこないんです。不思議に思って問い合わせたところ、なんと「コミックス」のジャンルに入ってるんですよ。(笑)これには、驚きました。ですから、店頭では結構売れているはずですが、紀伊國屋書店の「新書」の売り上げランキングには入ってきません。実際の反応は、とてもいいです。4万部で出して、一度増刷をかけて、今、4万5000部です。
他の11月刊行分は、どのようなラインナップの構成になっていますか。
鈴木
2004年の11月期は、創刊5周年を記念して、なるべくビッグネームを揃えようという計画が一年位前からありました。そもそも、新書は、ノンジャンルで全てのものを集めていくものですから、この月は、政治論から文学論、科学など、いかにも新書らしいラインナップを色々と取り揃えることができたと思っています。

ものすごく反応がいいのは、『僕の叔父さん網野善彦』(中沢新一著)です。2万2000部から始めて、既に4万2000部です。増刷がかかるペースも非常に早いですし、1万部ずつ刷っています。やはり、著者の中沢さん自身がコアなファン層をもっていますし、取り上げられている網野さんも歴史学者として偉大な方で、非常に大きなファン層をもっていますから、この二人のコラボレーションということが、好評いただいた一番の理由ですかね。それから、やはり、網野さんと中沢さんが「叔父と甥」の関係だったこともあるでしょうね。初めて知った方も多いはずです。しかも、単なる「叔父と甥」の関係ではなく、5歳から亡くなる寸前まで密接に付き合っていた親戚ですから、濃密で、非常に愛情溢れる温かい話が沢山出てくるんですよ。一読すると、今までの歴史学者とは異なる流れの中から出てきた「網野善彦」という人物の思想形成が非常によくわかりますし、網野さんの歴史把握の基礎になったのが、中沢一家との交流であったことも知ることができます。読者アンケートを見ると、「この本を読んで、網野さんの著書を再読してみたくなった」という方が多いようです。
11月期を概観すると、どれもテーマが良かったと思います。『ゲノムが語る生命』は、ゲノムと言えば中村さん、というように、彼女にしか書けません。『余白の美酒井田柿右衛門』の柿右衛門さんは、写真集や作品集は出していますが、活字ものは初めてです。彼にとっても新しい試みとなりました。『デモクラシーの冒険』『スポーツを「読む」』も同様に、それぞれのテーマが、著名な著者にぴったり合っていたと思います。
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ベストセラー『英語屋さん』の著者はスタッフの同級生
これまでに話題になった本、売り上げベストテンについて教えて下さい
鈴木
創刊以来のベストテンは、2004年7月集計時点で、1位が『中坊公平・私の事件簿』(中坊公平著)、2位が『上司は思いつきでものを言う』(橋本治著)、3位が『知の休日』(五木寛之著)、4位が『英語屋さん』(浦出善文著)、5位が『文明の衝突と21世紀の日本』(サミュエル・ハンチントン著)です。
一番驚いたのは、創刊2年目に出した売り上げ4位の『英語屋さん』です。ある女性スタッフが、大学時代の同級生に、ホームページでおかしなことを書いている物書きがいると言ってきました。見ると、確かに面白かったので、一冊の本として読めるようにまとめてみようか、ということで動きだしました。著者は、産業英語の翻訳者ですが、物書きとしては素人です。約2万部刷ったところ、あれよあれよといううちに、20万部弱売れました。おそらく、読者は、店頭でタイトルを見たとき、最初は、英語の攻略本かと思って、手に取るはずです。ところが、実は、この本は、英語本の面白さもありながら、中身は「社長漫遊記」のような社内話で、しかも、ソニーという巨大ブランドでしたので、こうしたコラボレーションがうまくいきました。そのうち、口コミでどんどん広がっていくようになったんです。
2位の『上司は思いつきでものを言う』ですが、これはタイトルが効いています。最初は、別のタイトルを予定していましたが、途中で変えることになりました。同じ著者の『「わからない」という方法』も、6、7万部売れています。いわゆる実用新書の装いをしながらも、実際は非常に哲学的な本です。そういう意味では、まさに新書らしい本だと思います。橋本さんは、論理の展開が実に巧妙な方ですので、軽く読むことができるような気分にさせながら、きちんと読もうとすると、なかなか一筋縄ではいかないという本になっています。我々は、このような書き手を見つけること、そして、彼らに何を書いていただくかということが、重要なことだと思っています。
1位の『中坊公平・私の事件簿』は、実は創刊時の目玉にするつもりでしたが、当時、中坊さんは国民的英雄でお忙しかったので、創刊一周年記念として出しました。彼は、携わった事件の全てをファイリングしている方ですから、編集部で、面白そうな事件を14件選び、それについて中坊さんに1件ずつ話をしていただいて本になったという、まさしく「事件簿」です。ちょうど、バブルが崩壊して、人々が皆、日本の行く末に危惧を感じ始めた頃ですが、そういう時に、中坊さんのような方が、ひどい事件を洗い直して処理していく姿は、とてもかっこよかったわけです。ですが、逆に言えば、英雄待望論が出てくる時代は、あまりよくないですよね。中坊さんが英雄になったのは、時代の悪さだったのではないかと思っています。
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PROFILE

鈴木 力

1945年秋田県生まれ。
70年早稲田大学第一文学部卒業。同年、集英社入社。「月刊明星」、「月刊プレイボーイ」、「週刊プレイボーイ」を経て、「集英社文庫」、「週刊プレイボーイ」、「イミダス」各編集長を歴任。1997年集英社新書企画室室長、99年12月集英社新書創刊とともに新書編集部部長。

両さんと歩く下町/『こち亀』の扉絵で綴る東京情景
『両さんと歩く下町』
秋本治著
集英社新書
僕の叔父さん網野善彦
『僕の叔父さん網野善彦』
中沢新一著
集英社新書
英語屋さん/ソニー創業者・井深大に仕えた四年半
『英語屋さん』
浦出善文著
集英社新書
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