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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
SERIES 07 新刊月並み寸評
菊地 武顕
2004年11月刊行から

 毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

 11月に刊行された主だった新書は、約70冊。10月と比べ刊行点数は数点減っている。しかし、「両さんと歩く下町/『こち亀』の扉絵で綴る東京情景」(秋本治著、集英社新書)という大ベストセラーの可能性を秘めた書籍もあり、面白い月といってよいのではないか。

「こち亀」の両さんと下町を歩く

 その『両さんと歩く下町』だが、多くの書店で大きなスペースを取って平積みにされた。この本は、一過性のベストセラーで終わることなく、ロングセラーになる要素さえ持っていると思う。漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の作者が、昭和30年代からの東京・下町の変遷と思いの丈を記す私的ガイドなのだが、両さんという案内人と共に歩くことで強い親近感を抱くことができる。昭和レトロが未だに根強いブームであるし、この本はしばらくの間、売れ続けることだろう。
 さて先月から始まったこの連載では、月ごとに刊行される新刊新書をウオッチする。しかしそれにしても……10月と11月の1カ月違いで、こうも刊行される本の傾向が変わるものだろうか。

「心」の病が深刻に

 前回報告したように、10月は、モラトリアムやら人間嫌いやらをテーマに広い意味で「心」について記した本が8点も出版された。しかし11月に入ると、同様の本の刊行はゼロ。その代わりというのもおかしいが、より深刻な心の病「うつ」に関する本が目立った。
 その名もズバリ『うつ病をなおす』(野村総一郎著、講談社現代新書)と『「軽症うつ」を治す』(三木治著、新書y)。うつ病の本質は、医学的治療によって解決されることが多い。その治療態勢は、ここ10年で驚くほど進んできたという。しかし日本人は、心の病気で病院に行くことを嫌がる。それならばひとつここは、『マンガサイコセラピー入門/心理療法の全体像が見える』(ナイジェル・C・ベンソン著、ボリン・V・ルーン絵、ブルーバックス)を読んで、心理療法の全体像を学び、偏見を正すことが大事だろう。

偉人から学ぶ

 11月刊行の新書でもう1点、目についた特徴がある。偉人にまつわる本が多いのだ。
 千円札になったことで、改めて注目を集めている野口英世。すさまじい執念で不可能を可能にすべく努力した様子は、『野口英世の生きかた』(星亮一著、ちくま新書)に詳しい。小学生のころに誰しも一度は読んだ(?)野口の伝記だが、社会人になった今こそ読むべきかもしれない。元気を失っている今の日本人に必要なのは、彼のようながむしゃらさであると感じる。
 一万円札の福沢諭吉からも学ぼうというわけか。野口本がストレートな伝記なのに対し、『座右の諭吉/才能より決断』(齋藤孝著、光文社新書)は、『福翁自伝』ら福沢の著書から学ぶべきポイントを抜粋したもの。他にも、わずか23歳で没した天才音楽家の悲運の生涯を記した『瀧廉太郎/夭折の響き』(海老澤敏著、岩波新書)と、詩聖と楽聖の交友を軸に19世紀ヨーロッパを描いた『ゲーテとベートーヴェン/巨匠たちの知られざる友情』(青木やよひ著、平凡社新書)。晩秋から冬にかけては、偉人の物語を読むのに最適な季節なのか。

「早すぎた発見」とは何か

 ところで、我が子を偉人にさせるためには、いい学校に行かせないといけない!? 『わが子を名門小学校に入れる法』(清水克彦著、PHP新書)というお受験合格のためのノウハウ本も出た。
 子供を受験に追い立てる親もまた、かつては受験勉強に明け暮れたことだろう。しかしたとえ過酷な競争に勝ち抜いたとしても、若いころに教養を身に付けなければ、そのツケは社会人になってから払わないといけない。一般に新書を読む層は、受験戦争の勝者と言ってよいと思うが、その勝者達が今になって『科学者が見つけた「人を惹きつける」文章方程式』(鎌田浩毅著、講談社+α新書)や『文系のための数学教室』(小島寛之著、講談社現代新書)を読む。“文章教室”、“数学教室”の刊行は止まるところを知らない。やはり日本の教育システムに、歪みがあるのだろう。30年余り河合塾を牽引してきた丹羽健夫氏が『予備校が教育を救う』(文春新書)で主張するように、日本の教育は制度疲労を起こしているに違いない。丹羽氏の学校教育建て直し案に、耳を傾ける必要がある。
 私自身はといえば、高校時代に理数系を捨てた(理数系に捨てられた)私立文系である。もしも私にもう少し理科の素養があれば、『感性の起源/ヒトはなぜ苦いものが好きになったか』(都甲潔著、中公新書)ももっと面白く読めたに違いない。著者は九州大学大学院システム情報科学研究院教授(バイオエレクトロニクス専攻)。恥ずかしながら私は、この肩書きを読んだだけで腰が引けてしまった。主観的要素の強い味覚や嗅覚といった化学感覚(対比されるのは、物理量を受け取って生じる物理感覚である視覚・聴覚・触覚)を題材に、人類とは何かを問い直す作業がスリリングであるということくらいは分かったが。
 そんな私だけに、ブルーバックスからの刊行物は畏れ多くて手に取れないのだが、『早すぎた発見、忘られし論文/常識を覆す大発見に秘められた真実』(大江秀房著、ブルーバックス)は一気に読めた。イタリア人科学者アボガドロが「同じ温度・圧力のもとで、同じ体積を占める気体はすべて同じ数の分子を含む」という仮説を発表したのは、1811年のこと。だがその仮説が評価を受けたのは、1860年の第1回国際化学者会議でのことだった。メンデルの遺伝の法則も、評価されるには35年の歳月を要した。早すぎた発見をした天才科学者10人。それぞれが生きた時代も記され、私立文系でも楽しめる科学史である。
 あるテーマと絡めて歴史を振り返るという作業は、新書というパッケージにピッタリのような気がしてならない。11月には他にも、興味深い本が刊行されている。

人気テーマは、アクセサリーに郵便物、経済もの

 古代の日本人は、首飾り、腕飾り、指輪などのアクセサリーを身につけていた。ところが奈良時代以降、アクセサリーは消えてしまう。明治維新で欧米文化を真似て身につけるようになるまでの1100年間、なぜ日本人はアクセサリーを放棄したのか。『謎解きアクセサリーが消えた日本史』(浜本隆志著、光文社新書)は、民族学・宗教学・社会学・図像学などさまざまな角度からアクセサリーを検証。結果として、古代からの政治システムの変遷も学ぶことができる。
 世界中に送られ多くの人が目にする郵便物は、国家のプロパガンダに利用される。その視点で歴史を振り返ったのが、『切手と戦争/もうひとつの昭和戦史』(内藤陽介著、新潮新書)。満州国では、郵便の消印の日付に満州国の大同年号を使用。それに対し中国の郵便物には、「対日経済絶交」「永遠不買日貨」などの印が押された――。切手と消印をもとに、昭和戦史を浮かび上がらせる試みが成功している。
 経済に関する本もいくつか出たが、ユニークだったのは『東アジア共同体/経済統合のゆくえと日本』(谷口誠著、岩波新書)と『「家計破綻」に負けない経済学』(森永卓郎著、講談社現代新書)。元国連大使の手による前者は、日中韓にASEAN諸国を加えた東アジアでの経済圏・共同体構築の重要性を説く。後者は『年収300万円時代を生き抜く経済学』の著者が、来るべき年収100万円時代について記したものだ。
 最後となったが、11月にはジャーナリスティックな分野でも収穫があった。『松下政経塾とは何か』(出井康博著、新潮新書)。1979年に発足し、現在、出身政治家60名を数える松下政経塾。丁寧な取材をもとに、その歴史と実態、さらに功罪を明らかにしている。冒頭に紹介した『両さんと歩く下町』といい、硬軟取り混ぜた興味深い本が多数出た月だった。

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PROFILE

菊地 武顕

雑誌記者
1962年宮城県生まれ。明治大学法学部卒業。86年1月から、「Emma」(当時は隔週刊。後に週刊化)にて記者活動を始める。以後、「女性自身」、「週刊文春」と、もっぱら週刊誌で働く。
現在は、映画、健康、トレンドを中心に取材、執筆。記者として誇れることは「病欠ゼロ」だけ。

両さんと歩く下町 / 『こち亀』の扉絵で綴る東京情景

『両さんと歩く下町』
秋本治著
集英社新書

うつ病をなおす

『うつ病をなおす』
野村総一郎著
講談社現代新書

野口英世の生きかた

『野口英世の生きかた』
星亮一著
ちくま新書

科学者が見つけた「人を惹きつける」文章方程式

『科学者が見つけた
「人を惹きつける」
文章方程式』

鎌田浩毅著
講談社+α新書

感性の起源 / ヒトはなぜ苦いものが好きになったか

『感性の起源』
都甲潔著
中公新書

早すぎた発見、忘られし論文 / 常識を覆す大発見に秘められた真実

『早すぎた発見、
忘られし論文』

大江秀房著
ブルーバックス

謎解きアクセサリーが消えた日本史

『謎解き
アクセサリーが消えた日本史』

浜本隆志著
光文社新書

切手と戦争 / もうひとつの昭和戦史

『切手と戦争』
内藤陽介著
新潮新書

東アジア共同体 / 経済統合のゆくえと日本

『東アジア共同体』
谷口誠著
岩波新書

松下政経塾とは何か

『松下政経塾とは何か』
出井康博著
新潮新書

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