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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
「新書」編集長にきく

第6回

集英社新書編集部部長 鈴木 力さん
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きちんとした本は、必ず残る。総タイトルは274点
創刊5周年を振り返って、ランキングに上がってきた本の他に、これは名著だという本はありますか。
鈴木
創刊時に出した『悪への招待状』(小林恭二著)は、本当に名著だなと思っています。黙阿弥歌舞伎の話ですが、単に時代背景を語る本ではありません。現代の渋谷のヤンキーみたいな兄ちゃんとヘンなOLの二人組がタイムスリップして幕末の江戸時代を訪れるという仕掛けがなされているんです。そこで、彼らは、江戸のしきたりや歌舞伎に関する情報を教わるわけですね。歌舞伎を全く知らない人でも面白く読めるようなこうした仕掛けで読者を引き込みます。

記憶に残っている本では、『9・11(ナイン・イレヴン) ジェネレーション』(岡崎玲子著)があります。著者は19歳の女性ですが、本当に実力のある素晴らしい方です。デビュー作の『レイコ@チョート校』は、彼女が15歳の時、突然、編集部にアメリカから企画書を送りつけてきたのが始まりです。若いのに、とてもしっかりした企画書でしたので、こちらも編集部で一番の若手を担当者にして本を作りました。
他には、『性同一性障害』(吉永みち子著)があります。実は、発売時、殆ど売れなかったので、正直な話、一度断裁しました。ところが、にわかに突然売れ始めたんですよ。何でだろうな、と調べたところ、TBSドラマの「三年B組金八先生」の中で、若手人気女優の上戸彩さん演じる性同一性障害に悩む女子中学生が、「こういう本があるんだ」って取りあげたのが始まりだったようです。他にも、大阪在住の女性の競艇選手が、「この本で救われた」と、例にあげてくれました。どんどん売れ始めて、今や、6刷りか7刷りで、部数も4万を超えました。
同様に、発売後しばらく経ってから売れ始めた例で言えば、9・11事件の半年ほど前に出た『現代イスラムの潮流』(宮田律著)もそうです。当初は全く売れなかったんですが、9・11事件が起こった瞬間、すさまじい勢いで売れ始めて、最終的には13万部ほど売れました。このように、きちんとした本を作っておけば、何か大きな事件や出来事が起きた時、「これはいい本だ」と改めて読まれ、その結果、残っていくわけです。やはり、新書は、こういう面でも意義があると思っています。
最近では、『人はなぜ逃げおくれるのか』(広瀬弘忠著)がありますが、新潟中越地震の後、ぐんぐん部数が伸びました。時勢をしっかりと見ている書店員は、何か事件が起きたとき、この本が相応しいのではないかと注文を出してくるようです。
編集部は、何人ですか。アイデアから本になるまでのプロセスを教えて下さい。
鈴木
編集者は、私を含めて11人です。他社よりも多いはずです。なぜなら、集英社は、原稿のソースがないからです。例えば、岩波だったら「世界」があり、文春なら「文藝春秋」、中央公論なら「中央公論」など、ソースをもっています。ところが、集英社ではそういったものが全くありません。ですから、我々は全てゼロから見つけてこざるを得ないんです。
アイデアは、編集部員が、新聞や雑誌やテレビ、その他のメディア、インターネットをこまめに見て、「とても面白いことを言っている人がいる」とか、「こういう人の話はどうだろう」ということを、まず考えて、それを自分なりに企画書にして、校閲・進行係も含めた13人の編集会議に出してきます。この段階は、そのテーマで進めるかどうかの話し合いです。著者の先生と接触している場合もありますし、全くの思いつきもあります。既に接触している人にとっては、OKが出ればそこから始まるわけですし、まだ接触していない場合は、そこから著者の先生に会いに行きます。もちろん、断られることもありますし、全く違うテーマを持ちかけられることもあります。既に著者と接触している場合は、「編集会議が通ったので、もう少し緻密な目次立てをお願いします」とか、「ちょっとしたサマリーを下さい」という話になります。こうして準備が進んでいくわけですが、このまま本になる場合と、最初、まず2、30枚程書いていただいて、そこからものになるかどうかを見てから判断する場合とがあります。一応、編集部長である私が最終判断することになっていますので、その段階で良ければOKということになります。私のほかにも編集長が二人いますから、彼らが自分の班の細かいことは判断します。ただ、最終原稿に関しては私が判断します。編集会議が終わった後、「長」と名の付いた者が集まって、毎月4点ずつのバランス、担当者やテーマの重なりを避けながら、予定を組んでいきます。こうした過程を経て、刊行3ヵ月前に入稿というパターンです。
時折、書き上がってから、お断りする場合もあります。表現はある程度調整できますが、問題は中身です。途中から、全く違う方向に走ってしまうことがあるんです。また、考え方が編集部と合わないというのは、一番どうにもならないので辛いですね。その時は、「怒られてもいいから断れ」と言っています。
「編集部と考え方が合わないこともある」とのことですが、どのような方針がありますか。
鈴木
新書に限らず、世の中全体があまりにも右傾化しているのではないかと感じています。売れるからと言って便乗して荷担する必要はないと思うんです。この意見は、編集部で共有しています。むしろ、そうではないよ、と、あまり大きな声では言えない人たちに、言論の場を提供できればと考えています。個人的な感情ですが、私は、大声を出す人が苦手、はっきり言えば嫌いなんです。
タイトルは、どのように決まっていきますか。
鈴木
毎月、月末に行うタイトル会議で、2ヵ月後に出す本の最終決定をします。担当者が自分で考えてきたり、「著者はどうしてもこれでいきたいと言っているけれども、私は、こうしたい」というように、4、5本並べて皆で話し合います。こうして、編集部としての最終決定を出します。次に、ゲラ刷りを読んできた販売部との部数の打ち合わせに入ります。ここで、販売部は、「この本だと2万部です」とか、「1万2000部しか刷れません」といったタイトルに関しての彼らなりの意見を出してきます。彼らは非常に沢山のデータをもっていますから、「“入門”とついた本は売れない」と言ってきたり、「せめて“超”をつけたらどうか」と提案してきたりします。このようなやりとりを経て、最終的に、販売部の意見も加味しながら考え直す場合と、どうしても編集部の意向を通したい場合があります。ですから、あくまでも著者の意向を最大限尊重しつつ、担当編集者や販売部の意向を汲んで、編集部が決めていきます。最終的には、1ヵ月前に部数会議があります。常務等の役員が全員出てきて、部数の最終決定を行います。2004年11月期で、総タイトルは274点になりました。
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新書に必要なのは「知的な楽しみ」
他社に比べてタイトルが短いように思いますが、何か基本的な方針はありますか。
鈴木
表紙を見ていただければ、おわかりだと思いますが、我々のタイトルは縦組なんです。他社は比較的、横組が多いと思います。下方に帯が入りますから、そうすると10文字しか入らないんです。そこで、タイトルは、なるべく10文字以内にしようというのが、我々の方針です。中身がよくわからないものや、どうしても収まらない場合は、2行にします。
タイトルが決まって、ようやく本の完成ということになりますか。
鈴木
ここで、先ほどの「なぜ入稿後、発売まで3ヵ月もかかるのか」という話になります。校閲校正に大幅に時間をかけていますから、初稿、再稿、三稿まで取ります。まず、初稿を取って、そこで、校閲と著者稿とを合わせて再稿に入ります。おそらく普通は再稿で校了になるはずですが、私たちの場合、再稿後、さらに校閲者から鉛筆の疑問が沢山入ります。それを持って、著者のところに出かけて、「校閲からこんな疑問が出ていますが、いかがでしょうか」と聞いて、不明な点は全て洗い直します。表現や漢字の統一よりも、「事実」を重視しています。事実関係に関しては、絶対に厳密にしておく必要がありますからね。例えば、著者が他の資料を引用している場合、必ず引用文献のコピーを原稿に付けていただくことにしています。見つからないと言われた時には、国会図書館に調べに行きますし、大学図書館にも出向きます。万が一、抗議された際に答えられないと負けですから、事実確認は必須です。
完成までに時間をかけるという本作りは、新書編集部の基本的な姿勢ですか。
鈴木
元々、僕らは、「新書作り」というものを全く知らずに始めた連中ですから、今でも、校閲はこういうもんだと思い込んでいます。もちろん、校閲は社外に出していますから、厳密にすればするほど、お金と時間がかかるわけです。それでもやはり、後で何か起きた時に、なぜ見逃したんだろうと後悔したくないんです。そこで、素人で始めた僕らなんだから、そもそも、初稿、再稿で終わると思う方が間違いだ、という結論に至りました。
特に、新書は、時を経ても読み継がれていくものですから、一度、読者の信用を失ったら、もはや買い戻すことはできません。小難しいことが書いてありますしね。とはいえ、僕は、実は「教養」という言い方は、あまり好きではないのですが、ある種、「知的な楽しみ」がないと、新書は面白くないと思っています。そういう意味では、何でもありでもかまいませんが、最近、「何でこれが新書なの? 」という本が多くなってきているので、少し寂しい気持ちもしています。
地下鉄の看板にも「知の水先案内人 集英社新書」というキャッチフレーズが書かれていますね。集英社新書の得意とするジャンル、特徴を教えて下さい。
鈴木
ジャンルとしては、「教養新書」とされていますが、もちろんハウツーものも出しています。全部が全部、生真面目一辺倒である必要は毛頭ないと思います。それだけだと売れませんし。(笑)
集英社新書の特徴を一言で言うならば、「色んな手法を試している」と言えるでしょう。苦し紛れに編み出した感もありますが、例えば、それまでの新書の世界では、あまりなかった「対談」という手法で作ったのが、『ナショナリズムの克服』(姜尚中、森巣博著)などです。他には、「聞き書き」も試しました。これは、編集部とライターと著者との共同作業です。例えば、『板前修業』(下田徹著)の著者は、銀座の小料理屋の板さんです。この店に出入りしていたライターが、「彼の話がすごく面白いから聞き出してみようぜ」ということで、最初から「聞き書き」で本を作ることになりました。これも、一種の「知的な楽しみ」だと思います。このように、本来、物書きではない人を、新書という器の中に入れ込んでいくのは面白い手法だと考えています。『魚河岸マグロ経済学』(上田武司著)も全く同パターンです。少し変わっているのに、『天才アラーキー写真ノ方法』(荒木経惟著)があります。これなんかは、完全に「喋り」です。荒木さんは、カメラマンとしては超一流だし、言っていることも面白いのですが、文章にするとハチャメチャでわかりにくいんです。これも、最初から「聞き書き」にすると決めて、荒木さんに喋ってもらいました。また、『星と生き物たちの宇宙』(平林久、 黒谷明美著)は、メールのやりとりです。『臨機応答・変問自在』(森博嗣著)では、名古屋大学助教授の森先生が、実際に学生から募集したヘンテコな質問に全て答えていくという掛け合いの手法を取っています。このように、色々なパターンで、今まで新書としては見られなかった手法を使ったところに、集英社新書の特徴があると思います。つまり、「この人、話すと面白いんだけど、書けそうもないから」と言って諦めるのが普通ですが、そこで僕らは諦めずに、その人を表現するには、どういう形が可能かということを考えます。編集者の仕事は文字にして表現することですから、文字化するためにどういう方法があるか、ということを試行錯誤するわけです。今までは、「文字」をいただいて本を作っていましたが、文字としていただけないなら、こちらで作ればいいということになります。
あと一つ付け加えるとすると、他社に比べて翻訳ものの割合が高いと思います。例えば、ノーム・チョムスキーさんの『覇権か、生存か』は、2004年の売り上げ4位ですが、2003年にも『メディア・コントロール』を出しています。
最後に、ご自身の新書体験について教えて下さい。
鈴木
やはり、学生時代ですね。1960年代末ですから、いわゆる教養主義が強い頃です。それこそ、岩波新書を何冊読んだかを自慢し合う時代でしたので、古本屋で新書をあさっては、片っ端から読んでいました。一番好きなのは、『羊の歌』(加藤周一著、岩波新書)です。三一新書(注)も好きでした。山田宗睦さんの『戦後思想史』(三一新書)は面白かったです。他には、当時、新書という形で、小説がよく出ていましたので、『人間の条件』(五味川純平著、三一新書)、『戦争と民衆』(杉辺利英著、三一新書)なども、一生懸命読みました。最近では、『戦後政治史』(石川真澄著、岩波新書)も面白かったです。中公新書から出た『元禄御畳奉行の日記』(神坂次郎著)も好きでした。フィクションでは、ちゃんばらものが大好きです。新書ではありませんが、藤沢周平さんなど、よく読みました。亡くなられて、とても残念です。
今後、作りたい本はありますか。
鈴木
できれば、加藤周一さんに書いていただきたいと思っています。他に、今すごく好きなのは、斎藤美奈子さんです。文藝評論家としてはピカ一です。それに、豊崎由美さん、西原理恵子さん。女性ばっかりですが、すごく元気のいいこの方たちなら、面白い新書を書いていただけると思うんですが――。
2004年12月14日 集英社にて
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9・11 (ナイン・イレヴン) ジェネレーション/米国留学中の女子高生が学んだ「戦争」
現代イスラムの潮流
『現代イスラムの潮流』
宮田律著
集英社新書
ナショナリズムの克服
『ナショナリズムの克服』
姜尚中、森巣博著
集英社新書
板前修業
『板前修業』
下田徹著
集英社新書
臨機応答・変問自在
『臨機応答・変問自在』
森博嗣著
集英社新書
羊の歌
『羊の歌』
加藤周一著
岩波新書
戦後思想史
『戦後思想史』
山田宗睦著
三一新書
(注)三一新書
1954年、三一書房が創刊した新書シリーズ。55年『人間の条件』(五味川純平著)は、数100万部の大ベストセラー。『あぶない化粧品』(日本消費者連盟著)は累計100万部を突破。2004年6月『話し方の秘密』(金光達太郎著)で総出版点数が1202。
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