風
 
 
 
 
 
 
[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
蔵書全文デジタル化の先に見える図書館の未来
 デジタルパブリッシングや電子ブックリーダーの波が押し寄せるなか、本を取り巻く環境はどう変わっていくのか、本の未来はどうなっていくのか。この大テーマのもと今年3月、国立情報学研究所でスタンフォード大学図書館長のMichael A. Keller(マイケル・ケラー)氏が「蔵書全文デジタル化の先に見える図書館の未来」と題し講演をおこなった。ケラー氏はこれまでに1000タイトル以上のジャーナルを電子化して出版。また、同氏が推進したロボットの自働ページめくりつきのスキャナーを使ったRobotic Book Scanning Project(ロボットによるスキャニング・プロジェクト)は、Google Booksのサービスに影響を与えたとも言われる。図書館全体のデジタル化という大きな流れを作った張本人でもある同氏による講演の内容を、3回にわたって紹介する。
1
WWWの登場とネットワークコミュニケーションの急進展
マルチメディア機器の発達がもたらすもの
情報の関係性とネットワーク
ジャンル・シフトの時代~フィクションへの影響
高野教授(左)とケラー氏(右)
 皆様、本日はたいへんお天気のいい日曜日に講演会に足を運んでいただきありがとうございます。皆様方のご関心に感謝したいと思います。これから私が本の未来に関して現在考えていることをお話したいと思います。
 その前にまず国立情報学研究所の高野明彦先生にお礼を申し上げたいと思います。高野先生は私の同僚であり、また長年にわたって協同でいくつかの活動を進めてきました。先生はこれまで、どのようにして人々の関心により近い情報を提供するかについて努力を重ねられてきました。私は来日の際には必ず高野さんに会い、またスタンフォードのvisiting committee(召喚委員会)にもいらしていただき、私たちの活動についてアドバイスをいただいています。

 本日は将来の図書館、すべての本がデジタル化される将来、未来の図書館についてお話いたします。すべての本がデジタル化されると申し上げると、図書館はなくなってしまうのではないかと思う人もいるかもしれません。オーストラリアのメルボルンにはその考えをモチーフにした消え行く図書館の彫刻があります。しかし私はそうは思いません。その理由はこれからの話の中で明確にしていきたいと思いますが、本のデジタル化が進んだからといって図書館がなくなってしまうわけでは決してないのです。
 最初に、私の講演のタイトルを少し変更します。「雑誌と本」に加えて「それ以外のすべてのジャンル」という言葉を付け足したいと思います。書籍だけでなく、映画、また自伝や伝記などといったすべての情報メディアがデジタル化される未来について考えていきます。これらに関連する事柄について、一つ一つ時間をかけてお話したいと思いますが、いくつか少し本題を発展させて話をすることもあります。

 今回取り上げる主なトピックは次のようなものです。
1) 図書館と文明のデジタル化した未来
2) 図書館の文化的、社会的役割
3) 情報への新しいアクセス
4) 研究・表現のための新しいツールや方法
5) ライブラリアン(司書)の新しい役割
6) 個人、グループ、国家、および地球上に住むあらゆる生き物にとってのメリット
7)未来の図書館への道に沿ったいくつかのステップ
8) その過程で乗り越えなくてはいけない「障害」について
そして、最後に再び、未来の図書館とはについて考えてみたいと思います。
 今日取り上げるのは非常に大きなトピックとなりますので、すべての細かなサブトピックについてお話をすることはできません。そのため、ある程度作為的にテーマを選んでお話をしたいと思います。
WWWの登場とネットワークコミュニケーションの急進展
 ティーンエイジャーたちがどれほどの時間を、デジタルメディアを使って過ごしているかについての過去5年間の変化を示したデータがあります。5年間で50%強から80%増加しています。このティーンエイジャーたちはこれから30~40年後には、社会のリーダーになっていく存在であり、すでに未来のデジタル環境でさまざまな作業をするように条件づけられているのです。そして50年先は、私たちもよりデジタル化の進んだ環境で、さまざまな作業をすることになります。コミュニケーションや表現の方法は完全にデジタル化されていくだろうと予想されます。
 みなさんのなかに1990年代にすでにインターネットを使っていた、あるいはWorld Wide Web (以下WWW)を使っていた方がいるなら、93年の出来事を鮮明に覚えていらっしゃることでしょう。93年はWWWが実際に登場した年です。そしてそれ以降WWWは様々な面で発展し、地理的にも広がって、コンテンツやサービスも拡大しました。特に、提供されるコンテンツの成長は目覚ましいものがあり、ネットワーク効果と呼ばれています。さらに、WWWにともなう技術も急速に発達しました。技術はだいたい3年ごとに世代が変わると言われますが、毎年、同コストで前年と比べて40%ほどもメモリー能力が増大していると言われています。これはモースの法則と呼ばれますが、毎年より増大なメモリーが登場し、速度も速くなり、価格も下がり、より多くの表現方法が可能になりました。
 私たちはネットワークコミュニケーションによって、多少の弊害はあるものの、社会的、商業的なメリットを生み出してきました。ネットワークを通じたコミュニケーションのおかげで私たちがどれほど多くの人々とつながることができるようになったかを考えてみてください。これまで手紙やファックスでやり取りをしていたのに対し、今はEメールやIM(インスタントメッセージング)でやりとりをしたり、Skypeをつかって無料で会話をしたり、文書を交換したりすることができるようになったのです。
 また、企業は、ウェブを使用している人々を対象に商品を販売するようになりました。こういった新しいビジネスが登場すると、これまでの既存の企業が影響を受けることになりますが、ある意味それは当然のことともいえます。
 またネットワーク情報の普及により、一部通信コストを削減することができるようになりました。本、定期刊行物、またゲームといった情報をネットワークをつかって低コストで配信できるようになりました。
 今でもこうした情報そのものへのお金はかかりますが、全体のコストに占める配信コストの割合は以前より少なくなったのです。たとえばアマゾンで本を売るとき、書店で本を売る時よりだいたい定価の40%くらいコストを抑えることができるとされています。
マルチメディア機器の発達がもたらすもの
 コミュニケーション関連機器も発達してきています。例えば、私はiPhoneをどこへ行く時でも携帯し、メールをみたり、IMを使ったり、ブラウザを開いたり、予約を確認したりします。フライトの情報が確認でき、天気予報を調べることもできるのです。どこへ行くにも常に携帯して利用できるため、iPhoneはまさにパーソナルデジタルアシスタントという名称にふさわしい機能を持っていると思います。
 年々こうした機器は改善されており、特に、この会場にいらっしゃるようなデジタル機器の動向に敏感な若者たちの間では大変普及しています。それにより新しい表現の方法も出てきています。たとえば、ハイフンやセミコロンなどをつかって黄色のスマイリーフェイスの絵文字を作ってコミュニケーションを行っている方もおられるでしょう。
 また新しい表現の形態、ジャンルが出てきています。アニメやマンガ、それからハイパーテキストによる小説、ビデオゲームといったインタラクティブな新たな表現方法が生まれています。
 現代のポストモダニズムの風潮のなかで新しいメディアを活用し、新しい表現として用いるものが、フィクション、ノンフィクションの双方の分野で認められてきているのです。

 私たちは高度にネットワーク化されたマルチメディアの世界に住んでいます。私のいとこの息子は5歳ですが、iPhoneを初めて手にとってからすぐにビデオを撮りはじめました。本当に数秒間で撮影の仕方が分かったのです。メディアでいかに多くのことができるようになったかを思うと、本当に驚くばかりです。
 さらに私たちはいろいろな機器が設置された世界に住んでいます。電子センサーが街のいたるところにあって、温度や風向、降水量が管理され、またカメラをつかって街の交通渋滞の状況も調べ上げられています。こうした事実は一方で、私たちの生活のあらゆる側面がデジタルによる測定によって制御されるようになってきたという視点を与えてくれているようにも思えます。
 最後に、世界中で私たちの世界観をカスタム化するような状況が生まれているとも言えます。個人のニーズや状況にあうようにカスタム化することで、複雑な情報社会のなかで、他の人の影響を受けることなく、自分なりの世界をつくりあげることができます。
情報の関係性とネットワーク
 初期のインターネットは1970年代の後半から1990年代のはじめごろまで使用されていました。当初のインターネットはコミュニケーションも大変に限られていましたが、93年にWWWが開発されました。それによって、情報をGui (Graphical User Interface:グラフィック・ユーザ・インターフェイス)などを使って提供できるようになりました。これがいわゆるブラウザです。そのおかげで私たちは非常にたくさんのウェブページを扱うことが可能になりました。
 しかし、ウェブの世界はあらゆる情報が混在するカオスの状態だったので、適切な情報を発見するために検索機能の開発が進み、検索エンジンが活用されました。GoogleやYahooは、ユーザーが自分のニーズを文字や言葉で入力することによって、情報のカオスの中に順序を生み出していくことを可能にするサービスに注目しました。こうした検索エンジンのおかげで、検索した語句をページに結びつけ、カオスの中から秩序立ててリスト化することが可能となったのです。
 さらに現在では新しいモデル構築の動きが出てきました。アイデアと情報、人々、時間、出来事など、カオス状態のウェブ上の情報を、誰が、何を、いつ、どこで、どのように、といった特徴によって分類してウェブの関係性を構築する技術が進んでいます。
 T Berners-Leeは、1991年にアメリカの科学学術誌で、情報網とは、情報が他の情報との関係として存在している状態と述べています。そして、この複数の関係の中から、なるべく正確に個人のニーズに合った関係を見いだせるように、分類して利用することが可能であると提唱しました。
ジャンル・シフトの時代~フィクションへの影響
 今日私たちはジャンル・シフトの時代に直面しています。多くの人々がクリエイティブな発想で、新しい情報を発信することが非常にたやすくなりました。新しい情報の種類はたくさんありますが、そのうちのいくつかはみなさんもすでにご存知でしょう。私たちが日頃情報を得て利用し、フィードバックをするうちに、さらに新しいジャンルが創造されていくのです。
 ハイパーテキストのフィクションやビデオゲームについてはすでにお話ししましたが、これらのおかげでプレーヤーは選択の自由を得ました。また、新しい情報技術は、現実では考えられないようなことを起こしたり、特殊な能力を持つ主人公が登場したりするフィクションの台頭を助けました。それは私たちの世界観とフィクションの作品を変化させました。
 また、デジタル情報技術を用いて自身のアバター(分身)を持つことで、あたかも二つ目の自己を持つかのような感覚を体験できるようになっています。他の人のアバターとインタラクション(交流)を図ったり、アバターを使って別の自己像を生み出すことによって、異なる人格や容貌をもったり、瞬時に服装を自在に変化させることが可能になりました。これは新しいフィクションであり、新しいジャンルの確立といえます。そして、ここではまさに「個人・個性」という概念が強調されることになります。
 こうした新しい種類のフィクション、情報メディア、映画、音響は物語の可能性の幅を広げるものとして注目されています。
<< PAGE TOP
1 2
PROFILE

Michael A. Keller

1993 年から現在まで、スタンフォード大学図書館長(Ida M. Green University Librarian)。1995 年にHighWirePress を設立、今では世界中の1000タイトル以上の学術誌の電子出版を手がけるその非営利団体の創立者・出版人である。その活動を通じて学術誌の電子化が商業出版社の利益追求の道具とされることに一貫して抵抗してきた。2000 年からは、スタンフォード大学出版の発行人も兼任している。

 
<< PAGE TOP
Copyright(C) Association Press. All Rights Reserved.
著作権及びリンクについて