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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
未来の図書館は「Cybrarian」が支える―
スタンフォード大学図書館長・Michael A. Keller氏が語る
 電子媒体による読書環境が進む昨今、将来、図書館はどういう役割を果たしていくべきなのか。2010年3月、図書のデジタルアーカイブを世界に先駆け進めてきたアメリカ・スタンフォード大学図書館長・Michael A.Keller氏が、東京で「蔵書全文デジタル化の先に見える図書館の未来」(国立情報学研究所主催、一橋記念講堂にて)と題して講演。そのなかで同氏は、今後の図書館を支える人材として、デジタルコンテンツを有効に利活用できる「Cybrarian」が必要だと指摘した。
 2010年は「電子書籍元年」と言われる。3月17日には、電子書籍の課題や制度について検討する、総務省、文部科学省、経済産業省の3省合同による懇談会「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」の第1回会合が開催された。また、3月24日には出版社31社により設立された「日本電子書籍出版社協会」がスタートした。今年に入ってこうした動きが加速しているのは、アメリカで成功した米Amazon社の「Kindle」に代表される電子書籍リーダーが日本国内でも購入可能になったこと、米アップル社が満を持して「iPad」というデジタルコンテンツ端末をこの4月に発売することなどがあろう。

 書籍のデジタル化は、出版社や書店のみならず、図書館の機能や利用方法にも変化をもたらすと考えられる。インターネットを使って、Webで全ての本が見られるようになれば、図書館は要らないのではないかという議論すらある。図書館は今後、どうあるべきなのか。図書館司書にはどんな能力が求められるのか。

 こうした問題について、3月14日、東京・千代田区の一橋記念講堂で、スタンフォード大学図書館長・マイク=ケラー氏が講演した。テーマは「蔵書全文デジタル化の先に見える図書館の未来」。同氏は、書籍はもちろん、雑誌、音楽、映画など情報のすべてがデジタル化される未来においても、文化を支える情報を選択して蓄積する図書館などの「記憶装置」はさらに重要になり、また図書館司書の役割はなくならないと指摘した。

スキャンされたデータは図書館にある

 そもそも、本のデジタル化の動きは、2003年に大手検索サービス会社グーグル(Google)が、図書館の蔵書を対象に全文検索を行うWeb上のサービス「グーグル・プリント(Google Print)」からはじまった。このサービスはその後、「グーグル・ブックス(Google Books)」と名称をかえ、着々と対象書籍の数を増やしている。
 この「グーグル・ブックス(グーグル・プリント)」は、グーグル創設者がかつて在籍したスタンフォード大学の図書館で開始された蔵書のデジタル化プロジェクトがきっかけとなったと言われる。このプロジェクトを主導したのが、1994年からスタンフォード大学図書館長をつとめるマイク・ケラー氏である。

 スタンフォード大学図書館では、1999年にスイス製のロボットスキャナマシン(自動的にページめくりをしながら書影をスキャンできる)を導入し、プロジェクトを推進した。その後、グーグルと連携し、すべての蔵書をデジタル化していこうとしているわけだが、こうした動きについては批判もある。グーグルによって情報が独占されるのではないかという危惧だ。この点についてケラー氏は、図書館蔵書のデジタル化プロジェクトはグーグルだけと行うという排他的なものではなく、マイクロソフトやアマゾンにも門戸は開いており、「グーグルによる独占」という批判はあたらないと指摘した。
 また、グーグルがスキャンしたデータは、意外と知られていないが、最終的に図書館にも納品され、そのデータを自由に使うことができる。グーグルでなく、図書館自身が「グーグル・ブックス」と同じようなサービスを始めることも可能だ。さらに、例えば図書館の中だけで閲覧が可能、あるいは「iPad」だけで読むことができるなど、デジタル書籍を利用できる範囲を限るなどの工夫をすれば、出版社や著者にとっても、デジタル書籍は恩恵があるという。
 出版社や書店との取引上の契約、ユーザーに対してその有用性をどうアピールするかは課題であろうが、電子書籍の活用を考えるうえで、たいへん示唆に富む。また、無料版では本の中身がある程度読めるだけとし、有料版で高解像度な画像を提供したり、関連する情報を調べることができるようにするなど、コンテンツに差を付けることもできそうだ。

情報がデジタルであることが当然になる

 Web、正確にはWorld Wide Webが一般に公開されたのは1993年。いまや、インターネットを利用した情報の共有は、誰もが日常的に活用している。共有される情報は、テキストだけでなく、写真や動画など、あらゆるコンテンツがあり、しかも、通信に関するランニング・コストは、技術の進歩によってほとんどかからなくなった。インターネットを使って、手元のパソコンや、iPhoneに代表されるようなスマートフォンなどのデジタルデバイスで、そうしたコンテンツが簡単に見ることができる。
 ケラー氏によると、アメリカでは、ティーンエイジャーがデジタルメディアを利用する割合は、2005年の50パーセントから急伸し、2010年には80パーセントになると予想されている。若い世代を中心に、デジタルでもの考え、デジタルで何かを発信することが、ごくごく当たり前になってきている。
 さらに、Googleに代表される検索技術の発展により、まるでカオスのような膨大な情報群の中から、自分が興味・関心のある情報を収集することが容易になった。こうした状況から、ケラー氏は、今後は情報と情報がどうつながっているか、両者の関連性がどのようなものか、それを明らかにする技術(RDFやセマンティック・ウェブといわれる)が、主流になってくると予想する。


 こうしたデジタル情報をめぐる技術的な進歩に対して、図書館や図書館司書はどうあるべきか。図書館は今まで、物理的に、本や雑誌、写真や映画などを収集し、そしてそれを長期に保存し、利用者に供することを仕事としてきた。このこと自体は、これからの図書館も変わらないし、また、膨大な書籍や雑誌のなかから、一定の基準をもって選択的に収集してきた姿勢は、デジタル化されても変わらない。
 しかし、収集し保存し利用されるものの多くがデジタル化されるであろうから、物理的な本と同様に、デジタル化されたものに対しての管理責任が発生することの自覚が必要だとケラー氏はいう。そして、この責任を果たすためには、図書館司書も変わる必要がある。

デジタル情報への優れた感性を持つ人材が図書館を変える

 同氏によれば、それは単なる図書館司書(Librarian)ではなく「Cybrarian」(サイブラリアン)だという。Cybrarianとは、Cyber(サイバー)とライブラリアンからできた造語だが、情報科学の知識をもって、デジタルコンテンツを活用することができる図書館司書を意味する。
 Cybrarianには、デジタル化された情報の中から、利用者の要望に応じて、いかに上質な情報を、いかに的確に提供できるかが要求される。具体的には、単なるキーワード検索だけでなく、例えば位置情報に基づく情報提供、自然言語処理、言語間のマッチング、画像解析、連想検索などが重要になるだろう。こうしたサービスや技術を使いこなして情報探索でき、デジタル情報への優れた感性をもつ人材が求められている。


 また、Cybrarianは、文化に精通していなければならないという。というのは、図書館は、何を蔵書にすべきかという点について、今後ますます選択的でなければならなくなる。当然、広範な文化的な知識が必要となる。そして、選択にあたっては、例えば大学図書館ならば学者グループと、公共図書館であれば自治体の人々との情報共有や意見交換が必要になる。コミュニケーション能力も問われることになるだろう。
 IT技術の進歩によって、本の形や読書の形がデジタル化によって劇的に変化することが予想される。図書館員(Cybrarian)の育成こそが急務である。

(編集部 中村 佳史)
PROFILE

Michael A. Keller

1993 年から現在まで、スタンフォード大学図書館長(Ida M. Green University Librarian)。1995 年にHighWirePress を設立、今では世界中の1000タイトル以上の学術誌の電子出版を手がけるその非営利団体の創立者・出版人である。その活動を通じて学術誌の電子化が商業出版社の利益追求の道具とされることに一貫して抵抗してきた。2000 年からは、スタンフォード大学出版の発行人も兼任している。

 
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