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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
蔵書全文デジタル化の先に見える図書館の未来(2) (2)
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ノンフィクションへの影響
図書館の社会的文化的役割
思想を戦わせても寛容で安全な場所としての図書館
情報への新しいアクセス
ノンフィクションへの影響
 ノンフィクションのジャンルにおいてももちろん同様にこうしたメディアを使うことができます。例えば、台風の映像を撮影して、その中に天気予報を追加することができます。また文書にハイパーリンクを貼ることによって、文書にさらなる価値を加えたり、ストーリー展開を助けたりします。
 また新しいジャンルとして、読者や批評家が言葉やその他の手段を使って、物語に対する評論や批評、また代替案を公表するようになりました。こうした読者のコメントは、ウェブ上に保存され他の人々と共有されます。ですから特定のノンフィクションの読者のコミュニティでは、お互いに影響を及ぼすようなハロー効果が生まれます。
 ここで問題となるのは、どのようにして安定した筋をもつ「ストーリー」を持つかということです。容易に変化を導入することができるため、物語の柱を安定化させることが課題となるのです。この点については後でも触れたいと思います。
 情報網(ネットワーク)によって、ソーシャルネットワーキング効果を拡大させることもできます。私たちは、時には数百万人単位の人々の間で、ブログなどを書くことによって、ウェブ上においてコメントや意見を共有することができます。このネットワーク効果は政治・経済分野の意思決定プロセスに多大な影響を及ぼします。また企業や組織、個人に対しても適応ができます。情報のネットワークはこの10年間で非常に大きな発展がありましたが、今後もさらに発展が進むでしょう。

 次に取り上げるのは、ミックス(複合)ジャンルと呼ばれ、様々なジャンルやプロセスを組み合わせた、ある意味で従来の情報の提示形式を超えたさらに新しい形式です。その一例として私が紹介したいのは、deliberative polling(討議性意見調査)といって、ひとつの県や町、グループなどに対して提供される重要な方法のひとつとして注目されています。
 文書や情報を入手し、それらがグループにとって最善の情報であるかどうか検討します。これはひとつのソーシャルネットワーキングと新しい談話法の複合形式で、これによって新しい政策立案過程、社会意思決定過程を生み出します。そして、この方法は小規模のグループによる意思決定から何千人規模まで応用可能で、ソーシャルな処理方法を用いればさらに大規模な個体数へも対応ができます。こうした複合ジャンル・複合プロセスとしての討論型の世論調査に、政府機関も非常に大きな関心を持っています。例えば、道路交通事業や立法過程など政府が市民にとって有用な意思決定を行ううえで、ネットワーク効果は非常に有効で、今後さらに内容が充実していくでしょう。
図書館の社会的・文化的役割
 ここからは、図書館の果たすべき社会的および文化的利用役割についてお話します。図書館は博物館と同様に「文化的記憶機関(Cultural Memory Organization)」であると考えられます。これら記憶機関は社会および個人の発展に関する文書を収集し、運営するように設計されており、国家や地球、あるいは特定の個人の歴史を反映するものです。この意味で、記憶機関は非常に選択的です。というのも、すべてを収集しすべてを展示することは不可能なので、図書館司書や博物館学芸員および公文書保管官は取捨選択をせざるを得ません。
 ある人物やトピックや場所に関するすべての文書が収集されることは非常にまれなのです。しかし、こうした組織は、教育や学習のための幅広いアクセスを提供し、さまざまな表現やコミュニケーションの機会を提供します。人類の文明のあらゆる分野にわたってこれらは保存されています。科学、技術、宗教、経済、日常生活に関するあらゆるトピックや形式、すべてのジャンルがこの記憶機関の対象となります。しかしながら、忘れてはならないのが、すべての対象で、何を選択し、何を保存し、何を公開し利用可能とするかは、非常に恣意的に選択されているということです。
 もちろん、独自に運営されている図書館や、美術館や、公文書館にはそれぞれネットワークが存在しています。ここでいう独立運営組織とは、すべての施設が同一国内であってもひとつの権威のもとに運営されているわけではなく、主体的に判断しあらゆる種類の事態に柔軟性をもって対応している機関のことです。
思想を戦わせても寛容で安全な場所としての図書館
 ここで中国の歴史から一つの例を紹介します。1911年から49年にかけて、南中国地方では毛沢東が北部を制圧するまで、中華民国が国家全体を支配していました。20世紀半ばの大戦中、国家の南部は侵略されることなく、都市と記憶機関は攻撃を受けず、破壊されませんでした。一方で北部は、毛沢東の部下達によって制圧され、かつてエリート階層によって設立された多数の文化機関がブルジョワの産物であるとして破壊されました。結果として誠に遺憾ながら歴史の喪失を生み出してしまったのです。
 しかし、中国の南部はこうした破壊を受けなかったため、中華民国の記録はかろうじて文書のまま生き延び、南部の博物館、図書館、古文書館で保存されています。これらの記憶機関はネットワークを形成していますが、中枢支配からは独立しているため、歴史や記録は残されたのです。
 図書館、博物館、古文書館は人々が異なる考えを持つ他の人々と対立することなく、学習するための場所を提供する重要な施設です。人々が足を運んで、書物を読み、時には異端的な考えにも思いを馳せ、思想を戦わせる場所です。図書館は一般的に幅広い文化的な表現や考えに寛容であって、きわめて安全な場所なのです。
 また、図書館は社会的空間でもあります。図書館には司書が常駐し、利用者が生活の中で必要な物語や表現を探し求める際に、助言をし、助けの手を差し伸べます。図書館は異なる言説が保護され、維持され、また支援される場所なのです。
 私たちはこうした文化機関のマトリックス(基盤)のようなものを世界中に持っています。それが図書館、博物館、古文書館のネットワークです。そして、私たちが直面しているのは、こうしたネットワーク上のメンバーの独立性を保ちつつ、いっそうの互恵関係を深めていくにはどのようにすればよいかという問題です。この問題が解決できれば、上記の三つのネットワーク基盤を横断してさらなる興味深い対象を発見することができるようになるでしょう。これこそが今後50年間の最も重要な課題のひとつといえます。
情報への新しいアクセス
 話は変わりますが、脳内にあるニューロン(神経細胞)のネットワークについて考えてみてください。私たちの頭の中にはデジタル式ではなくとも素晴らしいコンピュータが内蔵されており、直感的な連想を可能にしてくれます。そのおかげで私たちは知性にあふれた生活を送ることができます。ここからは知のネットワーク、つまり情報のネットワークが次世代でどのように運営されていくべきかについて例をあげながらお話したいと思います。
 まず、いくつかの疑問をあげてみます。もしもすべてがデジタル化されたとしたら、どのようにして私たちが求める情報により関係のある情報を、直ちに見つけ出すことができるのでしょうか? 私たち個人のそれぞれの目的にあった情報をどのように見つけたらよいのでしょうか? また、世界の情報体系におけるバタフライ効果とはどのようなものでしょうか? しばらくの間ウェブ上で公開されていた文書が検閲などによって後になって取り払われる時、いったい何が起こるのでしょうか? アイデアや原理、法則に関する文書が消えてしまうとき、私たちの社会や情報体系にはどのような影響があるのでしょうか? 一つの出来事についての記述が、よい方向にであれ悪い方向にであれ、改ざんされるとき、一体何が起こるのでしょうか? 結果として、世界の情報体系に変化が生じた際のネットワークの波及効果とはどのようなものなのでしょうか? 私は残念ながらこうした質問についての答えを持ちあわせてはいません。ただ影響があるだろうということを知っているにすぎません。
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PROFILE

Michael A. Keller

1993 年から現在まで、スタンフォード大学図書館長(Ida M. Green University Librarian)。1995 年にHighWirePress を設立、今では世界中の1000タイトル以上の学術誌の電子出版を手がけるその非営利団体の創立者・出版人である。その活動を通じて学術誌の電子化が商業出版社の利益追求の道具とされることに一貫して抵抗してきた。2000 年からは、スタンフォード大学出版の発行人も兼任している。

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