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Series コラム
石垣島に魅せられて ~移住者の南島ルポ 松村 由利子
11/02/28

第2回 ラー油につづけ、島の特産品

島の素材にこだわって

「石垣島ジンジャーエール工房」で

 初めのころは手作業でショウガを搾っていたが、1kgのショウガから400ccしか搾り汁が採れない。試行錯誤の末に機械を導入し、やっと600ccまで増やすことができた。ショウガに加え、ピパーチ(島コショウ)や島トウガラシ、パイナップルの酢や、沖縄特産の柑橘類、シークヮーサーの果汁をブレンドした。自身の経営するメキシコ料理店のレストランメニューとして出していたところ、「持って帰りたい」という旅行客が増え、東京の酒屋やオーガニック系の食料品店、レストラン、カフェなどからの注文も来るようになった。そのまま飲んでもよいが、カクテルベースにしたり、泡盛を割ったりしてもおいしい。
 2009年秋から「日本最南端の清涼飲料水の工場」をスタートさせ、島内を営業して回ったが、反応は鈍かった。税込みで1本525円(195ml)という価格は、ふだんの飲み物にしては高い。酒屋やレストランを回っても「この値段では……」と消極的な店主が多かった。
 なかなか売れない時期が続いたが、2010年夏にいくつかの機内誌に相次いで取り上げられたことから、認知度が一気に高まった。注文を受けても生産が追い付かず、数週間から1ヵ月待ってもらうという事態になったころ、少しずつ島内の土産物店からも声がかかり始めた。石垣市の離島フェアや石垣島まつりなどに出品するうちに、「島の特産品として売って行こう」と言う人たちが増えていった。2010年7月からの生産量は、半年間で6万本に上る。
 川村さんは、無添加で国産の原材料にこだわる。生産量に見合うだけのショウガが島内だけでは確保できないので、今のところ四国や九州から仕入れているが、契約農家に依頼して「純石垣産」を目指しているところだ。
 現在、「石垣島ジンジャーエール」は10種類出ており、素材はピパーチや島トウガラシ、パイナップル、シークヮーサーなどを基本に、それぞれ秋ウコン、月桃、黒糖、パプリカ、パッションフルーツ、レモングラス、カルダモン、ペパーミント、ハイビスカスなど、それぞれの種類によって材料が異なる。例えば、淡い朱色の「ROJO(ロホ)」はそのまま飲むタイプで、ハイビスカスやパプリカを使った女性向けのマイルドな味わい、「ORO(オロ)」はお酒を割るためのきりっとした味で、秋ウコンと月桃が入っている。2011年2月に発売された「CASTANO(カスターニョ)」は、ビールの原料であるホップや大麦、モルトシロップを用い、すっきりした苦みと香りがあるのでビールを飲んだような満足感が得られる。他に、沖縄県産のタンカン、オレンジピールを使った「NARANJA(ナランハ)」、北海道産の黒豆と黒糖の甘みを出した「PLATA(プラタ)」など、味や香りの多様さが楽しい。

いいものがあるのに、口惜しい!

 川村さんはなぜ石垣島に魅せられ、ジンジャーエールを作るに至ったのか。不思議に思って訊ねると、「僕は海が好きで、休みのたびに南の島へ行っていたんです」と笑った。ハワイやグアムに始まり、タヒチやモルディブ、フィジーやニューカレドニアへ足を運ぶうちに、「仕事をリタイアしたら南の島に住みたいなあ」という気持ちが固まってきたという。しかし、いざ「将来のついのすみか」を選ぼうとすると、なかなかよいところがない。「観光で訪れるにはいいけれど、住むとなったら食べ物のことなど今ひとつぴんと来ない」。そんな時期、社員旅行で石垣島を訪れる機会があった。26歳のときだった。「タヒチやニューカレドニアと同じような海が、日本にもあるとは思わなかった。島で夕食を食べながら、ああ、ここなら住める、と思いました」と振り返る。
 社員旅行の1ヵ月後から、川村さんは沖縄の島巡りを始めた。宮古島、久米島、渡嘉敷島……数年かけてすべての島を巡り、「やっぱり石垣島が一番いい」と心に決めた。33歳のときに島内のマンションを借り、週末を島で過ごしては東京へ戻る生活を続けた。
 川村さんにとって、「石垣島」は本当に大切な存在だ。それだけに、島の産業が第一次産業と観光に偏っているのが口惜しくてならない。「ハーブや香辛料など、すごくいいものがあるのに、島の人たちは加工したり、アピールしたりするのが上手じゃない」と残念がる。八重山特産のピパーチひとつとっても、島の人たちは沖縄そばなど料理にかけることしか考えたことがなく、川村さんのジンジャーエールを試飲して「えっ、飲み物にピパーチを入れるの?」とびっくりしたという。
「石垣島で売られている紅芋タルトや、ちんすこうなど、どれも沖縄本島のお菓子を少しアレンジしたものでしょう? この島独自のものを作らないと勝てないと思います。『石垣島』というのは、それだけで一つのブランドなんです。悪いけれど『淡路島』ではブランドにならない。この島独自のものを作れば絶対売れるし、離島というハンディも逆に希少価値となります」と力説する。

最西端の高校生が開発した「島ちんすこう」

 川村さんが挙げた「ちんすこう」は、小麦粉、砂糖、豚の脂であるラードを主原料とするクッキーのような焼き菓子で、代表的な沖縄のお土産の一つである。琉球王朝のころ貴族や王族が食べていた菓子をもとに作られたものだ。「金楚糕」「珍楚糕」から来ている名称という。ちんすこう自体は、石垣島が発祥ではないが、2010年に誕生した「島ちんすこう」は石垣特製の菓子と言えるかもしれない。島の高校生たちが懸命に開発した新製品なのである。

八重山農林高校のプロジェクトチーム。前列中央が竹西広一教諭(竹西広一さん提供)

 沖縄県立八重山農林高校は、日本で最も西端にある高校だ。時々正門前で、かわいい女子高校生たちが鉢植えの花を売っていたりする。同校の「農業祭」は、食品製造科の生徒さんが作ったパンやケーキ、緑地土木科の生徒さんが丹精した観葉植物や花の鉢、堆肥などが格安で売られるので、石垣市民の大きな楽しみの一つである。私も一度行ったことがあるが、午後の遅い時間に行っても、おいしいものは皆売りきれ、鉢も少なくなっているので、せっかく行くなら朝早く出かけた方がよい。
 この八重山農林高校の食品製造科で、プロジェクト学習の一環として2007年から取り組んできたのが牛脂の再利用である。石垣島といえば、「石垣牛」の産地で、肉質と脂身のおいしさには定評がある。ところが現実には、脂身のほとんどは廃棄されている。牛の体で最も脂が集まっているのは、腎臓の周囲だ。ケンネ脂と呼ばれ、1頭につき10kgほどもある。英国ではミンスパイやプラムプディングといった伝統的な料理に使われる上質な部位で、日本ではすき焼き用の肉に付いている白い塊としておなじみだろう。ハンバーグなどに入れても旨みが増すが、通常は産業廃棄物として焼却処分されてしまうのは、脂の抽出に時間がかかるうえ抽出量が少なく、大量生産が難しいためだ。食品製造科教諭の竹西広一さんは「牛脂を使った商品開発には、まず安定した量の供給が必要なので、抽出方法の開発だけで3年かかりました」と話す。
 脂身の塊から脂を抽出するのに湯煎を行ってみたが、温度調整が難しいうえ一度に500g程度しか抽出できないのが難点だった。試行錯誤の末に、パン焼き窯を利用する方法で、一度に100kgというまとまった量の牛脂が取れるようになり、2010年度からいよいよ商品開発が始まった。
 竹西さんは「全国には、松坂牛や近江牛などのブランド牛が100種類以上あります。それぞれの産地で脂が大量に廃棄されているので、石垣島での成功例を他の産地に向けて発信できれば」と意気込んでいる。

ものづくりの体験が学生の励みになれば

 牛脂はラードに比べると融点が高く、まろやかな甘みがある。八重山農林高校の生徒たちには、おいしいものが作れる自信があった。食品製造科の6人がプロジェクトチームを組み、ラードの代わりに牛脂を使ったちんすこうのレシピ作りに取り組んだ。レシピを決定するには、実際に食べてもらって意見を聞くのが一番――ということで、島で一番にぎやかな商店街に立ち、2ヵ月のうちに50回も街頭アンケートを行った。
 まず、牛脂を使ったちんすこうが、ラードで作った従来のものよりも本当においしいかどうかを検証しなければならない。また、今までにない味を出すために、ピパーチ(島コショウ)を入れることにしたが、果たしてそれが受け入れられるかどうかも心配だった。多いと大人向けの味になるが、子どもには食べにくい。広い年齢層に食べてもらうためには加減が必要だ。
 ラードのみ使ったちんすこう、牛脂のみ使ったもの、牛脂とバターを使ったものの3種類を食べ比べ、一番おいしいと思ったちんすこうを選んでもらったところ、「ラードのみ」を選んだ人は5%、「牛脂とバター」が39%、「牛脂のみ」が56%という嬉しい結果になった。ピパーチだけでなく塩や砂糖の分量も、アンケート結果を参考に決定した。牛脂特有の匂いを抑えるのに、菓子の原料として使われる油脂、ショートニングを配合するなどの工夫も加えた。生徒たちは、放課後はもちろん土日もゴールデンウィークも返上して、アンケートやレシピ作りに取り組んだ。

「島ちんすこう」はぴりっとした味

 そして、2010年6月、宮城菓子店(石垣市)と協力して、農林高校の「島ちんすこう」の販売がスタートした。同社は、石垣島産の塩をクリームに入れたロールケーキ「塩ロール」、砕いたクルミと黒糖を入れて丸く成形したちんすこう「スノーボールちんすこう」など、新製品の開発に熱心な老舗だ。取締役部長、安慶名浩(あげな・ひろし)さんは、「最初に作られた試作品は、正直なところバランスが悪く、あまりおいしくなかった。しかし、完成品は牛脂のコクと、ピパーチのぴりっとした辛みがマッチしており、これまでのちんすこうを上回る味になりました」と生徒たちの努力を称える。私も買って食べたが、確かにピパーチの香りが新鮮で、洗練された味だと思った。輪郭のはっきりしたおいしさである。
「島ちんすこう」は24個入りで630円。収益の一部は、美ら海・美ら島募金活動に寄贈される。パッケージの表には、石垣牛やピパーチの花や実のほか、石垣島にいる天然記念物のカンムリワシや、石垣市の蝶として知られるオオゴマダラのイラストも印刷されている。側面には、川平湾や玉取崎展望台など島内の景勝地の写真があしらわれ、石垣島の自然をアピールするパッケージに仕上がっている。
 沖縄は北海道と並んで人気の高い観光地だ。ところが、スイーツに関しては、北海道に大きく引き離されている、と安慶名さんは残念がる。北海道には新鮮な乳製品が豊富だという強みはあるが、「沖縄には、まだ自分たちの商品をどう売るか、というコンセプトがないんです。お菓子についても、単なるお土産品か法事用のものという認識しかない」という。「これからは、物語がないと商品は売れない。誰と誰が組んで、どう作ったかというストーリーが求められる。逆に言えば、小さな島からでも都会に発信できる時代なんです」
 安慶名さんは、この共同プロジェクトが将来も続くことを願っている。「高校生たちはいずれ、進学や就職で島を出てゆくでしょう。けれども、こんなふうに新しい製品が作られた物語は、将来、何よりの励みになるのではないか。自分たちが作ったものがずっと販売されている誇りや感動を味わってほしい」
 八重山農林高校のプロジェクトチームは2010年秋、「島ちんすこう」の開発と離島フェアで島おこし奨励賞を受賞した。同校では「島ちんすこう」に続く第2弾の商品開発に取り組む。島に暮らすさまざまな人の紡ぐ物語が、次々に新しい特産品となっていく。

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