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Series コラム
石垣島に魅せられて ~移住者の南島ルポ 松村 由利子
11/02/28

第2回 ラー油につづけ、島の特産品

自由で力強いペンギン夫婦の物語

『ペンギン夫婦がつくった石垣島ラー油のはなし』
辺銀愛理著、マガジンハウス

 2008年8月、愛理さんは、二人の出会いから石垣島ラー油の誕生までを描いた『ペンギン夫婦がつくった石垣島ラー油のはなし』(マガジンハウス)を出版した。最初は「こんな日記みたいなものを、誰が読むんだろう」という気持ちもあった。けれども、バブル景気が弾けた後、何となく世の中が沈んだ気分であることが悲しかった。「この本を読んで誰かが元気になればいいな、と思いました。島に移住、というと、みんな大変なことと思うけれど、やりたいことをやって楽しめばいい、というメッセージを伝えたかったんです」と話す。この本は版を重ね、1万部に達した。
 いま、辺銀さん夫妻を主人公にした映画づくりが始まっている。愛理さんの書いた本を原作として「ユナイテッド・シネマ」がプロデュースし、「南の島のペンギン夫婦」の脚本づくりが、2012年の公開を目指して進んでいるところだ。映画制作会社「ダブ」のプロデューサー、宇田川寧さんは「二人の自由な生き方を描きたい。都会人だった夫婦が、文化も慣習も違うところに移り住んで戸惑いながら、新しい環境に溶け込むバイタリティー、柔軟さに魅力を感じた。今の日本には硬直した感じがあるが、映画を観た人に『常識と思っていることも、実は常識じゃない。もっと自分なりの考えで生きていけるんだ』と思ってもらえたら嬉しい」と話す。
 宇田川さんは、愛理さんが書かなかった部分にも目を向ける。「辺銀」という名前を選んだときの心境だ。「中国人である暁峰さんが日本で働くことには、さまざまな苦労もあったに違いないと思うんです。帰化するにも数年かかったんでしょう? しかも、帰化は許可するけれど、それまでの『崔』という姓は認められないという……。『ペンギンにしちゃえ!』と冗談めかして書いているけれど、複雑な思いがあったと思いますよ」。それは私自身も気になっていたことだった。
 国際結婚したカップルが日本に住む場合、外国人である配偶者の在留資格の申請を定期的に更新しなければならないが、その際には偽装結婚でないことを証明するため、入国管理局からプライバシーに深くかかわる質問をされたり、抜き打ちの訪問調査を受けたりすることもある。永住許可申請や帰化許可申請をするときも同様だ。愛理さんたちは、1999年に石垣市内にある法務局に帰化申請してから、何度も別々に面接され、「相手のクセ」など実際に生活を共にしなければ分からないようなことを訊かれたりもしたという。度重なる面接に加え、暁峰さんの方は日本語の作文と山のような書類を書かなければならなかった。3年後にやっと帰化が認められたとき、暁峰さんはその喜びよりも「これでやっと手続きをやらなくて済む、やっと終わってくれた」という思いが強かったようだ、と愛理さんは振り返る。
 そんな苦労を経た末に、「崔」という姓は今の日本では認められないと言われたときの二人の気持ちを想像すると、私は「辺銀」に込められた、かすかな反骨精神を感じずにはいられない。決して、しゃれやユーモアで付けた名前ではないのだ。その証拠に、暁峰さんと愛理さんは、暁峰さんの先祖が中国の西安から奥地に入ったモンゴルの「辺」境で「銀」製品を取り引きする仕事に携わっていた、という事実を踏まえ、真面目に文字を選んだのである。宇田川さんは「きっと社会に対する反発もあったと思いますが、それを逆手にとった余裕というか、大らかさがいいんですよね」と話す。
 作品は、石垣島という観光スポットを紹介する"ご当地映画"にはしたくない、という。「石垣島の自然は素晴らしいけれど、それがメインじゃない。あくまでも人間ドラマとして、ご夫婦を描きたい。そして、ラー油を使ったいろいろな料理が出てきて、おなかが減る映画にもしたいですね」。

「食卓から平和を!」

 辺銀さん夫妻は今、新しい試みに取り組み始めた。
 石垣市内に2010年12月にオープンした「ギャラリー&雑貨カフェ 石垣ペンギン」はその一つだ。ここでは、石垣島ラー油のほか、16業者から成る「石垣島スパイスマーケット(ISM)」のさまざまな製品が販売されている。ISMは、島で生まれたもの、それを作る人の物語を丁寧に届けたいという思いを込めて集まった団体だ。パイナップルに似た植物、アダンの根を乾燥させて編んだバッグや、香り高いショウガ科の月桃の精油、化学肥料や農薬を使わずに島の農園で育てたバジルを使ったバジルソースなど、島で作られた素材を生かした製品が並ぶ。石垣島の藍で染められたストールや、イリオモテヤマネコの愛らしい縫いぐるみもある。
 昔から愛理さんは「食卓から平和を!」と考えてきた。「おなかがいっぱいで気持ちいい、というのが、しあわせな状態。おいしいものを食べていたら、人と争うこともしないはず。だから、私は辺銀食堂のキッチンから平和運動をしているつもりです」。ラー油も、さまざまなグッズも、ただの商品ではない。縁あって住むようになった美しい石垣島の自然や文化を、次世代に伝えようという思いが形になったものなのだ。
 二人が目指すのは、「何かを育てることで、石垣島にご恩を返したい」ということだ。「これまでは夫婦で必死にやってきたけれど、今後は島のためにいろいろなイベントも考えたい」と話す。
 東京で雑誌編集者として働いた経験のある愛理さんは、島では食べられない「おいしいもの」「第一級の料理」もたくさん知っている。「例えば本物のフレンチやイタリアンを味わってみたい、と思っても、航空運賃もかかるし、滞在費や店の予約なんて考えたら、たいていの島の人は食べに行けない。私たちが食べてすごいと思ったものを島の人にも食べてもらうため、料理人を島に招くイベントなんか面白いと思います」と目を輝かせる。
「そのイベントでおいしいものを食べた子の中で、一人でも『石垣島に生まれてよかったな』とか、『大人になって料理人になりたい』と思ったら、それで十分じゃないかな」
 出版事業という夢もある。あるとき愛理さんは、骨董市で見つけた江戸時代初期の本に魅了された。「製本も印刷も素晴らしい。見ただけで幸せになった。これだけの時を経て人に感動が与えられるのは、そこにたくさんの時間がかかっているからだと思う。出版不況と言われているけれど、編集者もライターも含め、みんなをハッピーにする企画ができたら、と思います」
 目標は、1年に1冊のペースで納得できるものを作ることだ。「スローライフ、スローフードとか言われているけれど、自分が編集者だったときは、発行日のことばかり考えて仕事をしてきた。すみからすみまで満足できるものを目指したい」という。
「みんなをハッピーにする企画」は島の外にも及ぶ。2010年12月、東京・六本木にあるライブハウス「新世界」で、石垣島出身の沖縄民謡歌手、新良幸人(あら・ゆきと)さんと、宮古島出身のシンガーソングライター、下地勇さんの組む「SAKISHIMA meeting」のライブが開かれた。辺銀さん夫妻が中心に企画した「ペンギン食堂プレゼンツライヴ」の第1弾である。2011年4月には第2弾として、石垣出身の歌手、宮良牧子さんや、幼なじみの女性二人のデュオ「やなわらばー(いたずらっ子の意)」が出演する「石垣島みーどぅん(女性の意)ナイト」も予定されている。
 辺銀食堂からどんな豊かなメッセージが発信されるか、これからも目が離せない。

ラー油につづく名物をつくりたい

現在、10種類の味が楽しめる石垣島ジンジャーエール

 島に生まれた新しい特産品は、ラー油だけではない。「石垣島ジンジャーエール」という、島のスパイスをたっぷり使った飲み物も、いま注目を集めている。
 私が初めて飲んだのは昨年7月、千葉から石垣島に遊びに来た友人とANAインターコンチネンタルホテルで食事をしたときだ。「石垣島ジンジャーエール」の看板は、5月から6月にかけて法務局に行くたびに見かけていたので、「どんな飲み物かなぁ」と興味をもっていた。暑い時期に法務局へ何度も通ったのは、家の登記を自分でするためである。貯金がすっからかんになった私にとって、節約になることなら何でも歓迎だったから、ややこしい登記の手続きも苦にはならなかったが、ジンジャーエールなんてしゃれた飲み物を買ってみる余裕はなかった。
 久しぶりに友人と会って話すのは楽しかった。車でホテルへ行ったのでアルコールは飲めないが、水というのも寂しいので、気になっていた石垣島ジンジャーエールがあるのを見つけて注文した。運ばれてきたグラスを傾けて琥珀色の液体を含んだ瞬間、口の中がショウガの香りでいっぱいになり、「今まで飲んできたジンジャーエールは何だったの?」と思わされた。複雑な香りと刺激が魅力的で、体によさそうな感じもする。どんな人が作ったのか会いに行きたくなった。
「クアトロ・オハス」社の経営する石垣島ジンジャーエール工房は、2009年12月に石垣市にオープンし、ジンジャーエールの販売をスタートさせた。代表取締役の川村勇好さんは、東京でデザインや貿易関係の会社経営に携わってきたが、2000年ごろから島に魅せられ、頻繁に東京と往復する生活を送っていた。市内にメキシコ料理店「バガブンド」を開いたのがきっかけで、「何か名物が作れないだろうか」と考えるようになったという。
「飲食店はいくらおいしくても、何か特別なコンテンツがないとダメ。辺銀食堂の石垣島ラー油がヒットしたのは、ブランド戦略が上手だったから。せっかくよいお手本があるのだから、それに倣おうと考えました」と話す。
 川村さん自身、スパイシーなものが好きだったので、何かメキシコ料理に合う新製品……とあれこれ考えたが、タバスコやサルサソース、チリソースなどでは、石垣島ラー油とイメージが重なってしまう。ふと、店に置いてあったジンジャーエールに目が留まった。
「ジンジャーエール、ってそもそも何だ?」。川村さんは、カナダドライ、ウィルキンソンという2つの主要なジンジャーエールの成分や、ジンジャーエールのルーツとされる英国の「ジンジャー・ビア」の製造法について調べてみた。ジンジャー・ビアは、もともとショウガをおろしたものと糖分を合わせて発酵させて作った飲料で、発泡性のある飲み物として好まれたという。それが、ショウガの香りとカラメルの色をつけた、ノンアルコールの炭酸飲料、ジンジャーエールになったらしい。「市販されているジンジャーエールには、ほとんどショウガ本体は入っていないんです。本当にショウガを使ったジンジャーエールができないだろうか、と考えました」と川村さん。

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