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「新書」編集長にきく

第8回

光文社新書編集長 古谷 俊勝さん
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変化する時代を生きるためのリベラルアーツ
今まで振り返って、印象に残る本は。
古谷
光文社新書の特徴をよく表したのは、『わたし琵琶湖の漁師です』(戸田直弘著)。著者の戸田さんは、タイトル通り、琵琶湖の猟師ですが、文章は達者ですし、図も自分で書かれました。ブラックバス問題を猟師の立場から自分の問題として書いていますので、とても面白いです。毎日新聞の一面に記事が出るなど、反響もありました。

他にも、『鳥居』(稲田智宏著)は、タイトル的には冒険だったんですが、評判になりました。中公新書には『宦官』(三田村泰助著)のように、二文字のタイトルの本があります。そういうのって難しいけど、やってみたいねということで、作りました。『切腹』(山本博文著)も二文字です。
『犬は「びよ」と鳴いていた』(山口仲美著)も話題になりました。『藤巻健史の実践・金融マーケット集中講義』(藤巻健史著)という分厚い本も新書としては実験でした。最初四六判上下巻で出したものを、新書版で縮小したものです。藤巻さんは、モルガン銀行の日本支店長だった有名なディーラーの方ですが、光文社の会議室で一般公募して集めた金融業界一、二年生の前で何週間も講義をしたんです。その濃密な講義を収録するというユニークなスタイルを取っています。

個人的には、『絵を描く悦び』(千住博著)は、非常に勉強になりました。日本画家の千住さんは、京都造形芸術大学の副学長でもあるのですが、年に一回、日本画の学生が描いてきた絵について一人一人にアドバイスをする「講評会」を開いています。その数十時間の講評会を全て録音し、千住さんが書き下ろしました。この本は、ものを作るあらゆる人に共通することが書かれています。第一章は、「何を描かないか」とされていて、「余白をどう描くか」「余白とは闇である」と言っています。人は、余計なことばかり書いてしまうと。確かにそうですよね。(笑)
『マルクスだったらこう考える』(的場昭弘著)も好評ですね。対象は「古典」ですが、アプローチの仕方が新鮮でした。
古谷
3刷で、2万2000部です。ずっと売れ続けると思います。この手のものは、詳しく書こうとしたら、いくらでもむずかしくなるし、わかりやすくしようしたら、バカにされていると思われます。この点で、著者は相当苦労したようです。
『時間の止まった家』(関なおみ著)も変わっていますね。著者には家に対する考え方、こだわりがあるんでしょうか。住宅ものは、ほかにも、『「間取り」で楽しむ住宅読本』(内田青蔵著)などがありますね。
古谷
家というより、高齢者を見ていると、「家」と密接に関わっていて、家を離れないと自由になれないとか、そこに染みついた色々な記憶とかが全て一緒になってしまいますよね。人は、家と共に潰れてしまいますし、家と共に、おかしくもなります。我々は、元々介護の本だと思っていましたが、担当者は、「困ったお隣りさん」の話として読んでいました。介護の本だと期待した読者には、違和感を感じさせてしまうかもしれないので、エッセイ的に作りました。
住宅ものは、最初に、『思い通りの家を造る』(林望著)を出しました。これからも作っていきたいと思っています。
『アンベードカルの生涯』(キール・ダナンジャイ著、山際素男訳)も珍しいと思いますが。
古谷
最初、三一新書から出ていたんですが、絶版になっていたものです。この前に、『ブッダとそのダンマ』(B.R. アンベードカル著、山際素男訳)という分厚い本を出しました。難しい内容ですが、すごく売れました。どうも、普段、読まない人が、よく読んだようです。
『幻の時刻表』(曽田英夫著)も面白いですね。
古谷
旅ものも、多いです。私としては、「食」や「旅もの」は、同じように考えています。これこそ、本当のものが見えてきます。食の話をしたとしても、ただ、「食」についてだけ話しているわけではないですよね。『本格焼酎を愉しむ』(田崎真也著)も、焼酎を通して日本の文化を語っています。『蕎麦屋酒』(古川修著)もそうです。
ジャンルについて、特に力を入れているところは。
古谷
創刊時、新書でビジネスものをきちんと作っているところが減ってきているように感じたので、あえて作りたいと思いました。新書の読者を広げるためには、本をいつも読んでいる人にというよりはむしろ、あまり本を手に取らないサラリーマンに読んで貰いたいなと。そうすると、ビジネスという切り口はどうしても必要になります。そこで、『トヨタとホンダ』(塚本潔著)を作りました。最近でも、『金融立国試論』(櫻川昌哉著)や、近刊では、『経営の大局をつかむ会計』(山根節著)、『営業改革のビジョン』(高嶋克義著)など、ビジネスものは必ず出しています。他には、アートの分野にもこだわりたいと思っています。

全般的に言うと、これは仮説なんですが、これだけアカデミズム、ジャーナリズム、出版界、マスコミ界など、様々な分野で流動化が加速している中、段々、「これが権威だ」というのがなくなってきていると感じています。それでも必要な教養ってあるんじゃないかと思っているんです。「明日は分からないけれど、今日はこうじゃないの」ということを提示できればと考えています。つまり、変化の時代を生きるための「リベラルアーツ」みたいなナインナップができればなと。温泉ものは、結果的にそうなったと思います。
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「なにをやらかすかわからない」
タイトルを付けるにあたって基本方針はありますか。
古谷
社長が出る会議で、最終決定ですが、そこでダメだということには今までなっていません。個人的に気に入っているのは、やはり『タリバン』です。「これ以外、他に付けようがない」というタイトルが一番いいと思っています。『人格障害かもしれない』(磯部潮著)は、一晩悩んで、中身が専門的な内容なので、最後に「かもしれない」と付けました。
編集もタイトルも、全て読者との対話だと思っていますから、ちょっとしたニュアンスで全然違います。
縦組みで文字数の制限はありますが、読者に受け入れられやすいものを目指しています。
ちなみに、編集部全員でのタイトル会議は行っていません。担当者と私と、その辺にいる人が興味深げに見ていれば参加するという感じです。強制的にしても、いい意見がでるわけがないんで・・・。(笑)当事者同士が考えます。
『絵を描く悦び』(千住博著)といったスタンスのタイトルも好きです。プリミティブで気持を刺激するし、興味を持っている人は必ず手に取るはずです。困ったら、シンプルなものにしようということにしています。
「カッパ・ブックス」をはじめとして、御社内の他の編集部と競合することもあるのでは。
古谷
うちは、全然重なっていません。ただ、元々、光文社新書は、「カッパ・ブックス」と重ならないように、という営業上の枷がありました。そこで、「「カッパ・ブックス」の著者には頼みません。「カッパ・ブックス」でやりそうな企画はやりません。だから大丈夫です」と言い張って始めました。「光文社ペーパーバックス」というシリーズもありますが、これは、非常にセグメントされた層にアピールしているものですし、「知恵の森文庫」というのは、若い女性向けの文庫です。光文社新書が、一番アカデミズムに近いと思います。
アカデミズムということは、著者は学者中心ですか。
古谷
いえ、そんなことはないです。肩書きではなく、人からどう思われようと、教養がある人がいいと思っています。ですから、人の評価ではなく、その人自身に深みがあるとか、学識や真の教養がある人を著者に選んでいます。有名大学の教授だから偉いわけではないですし。
最後に、個人的に印象に残っている新書を教えて下さい。
古谷
中・高校生の頃は、岩波新書、それにブルーバックスなど、背伸びして読みました。当時の本は、そのものズバリを表した本が多かったように思います。圧倒的な実体験と考えの持ち主の前では、思想性などふっとんでしまいます。それが、結果として、後生、あの人がきっかけになって、こういう思想になったよね、となるんだと考えています。
特に印象深い本は、岩波新書の『物理学はいかに創られたか』(アインシュタイン, インフェルト著、石原純訳)です。中学校時代、よく分からないまま、これは格好いいぞと思って、物理学を目指そうと思ったものです。科学ものは好きでした。
これからの光文社新書に、読者は何を期待できますか。
古谷
おそらく、「なにをやらかすかわからない」、というのが、光文社新書に期待されているところだと思いますので、その辺は、期待しておいて下さいという感じですかね。(笑)去年、『経済物理学(エコノフィジックス)の発見』(高安秀樹著)を出しましたが、この分野は新しく、世界でも本格的に研究している人が少ないんです。一般書では出しにくいテーマでしょうから、入門書のようなものでいこうということで作りました。ですから、「色々ですよ」と申し上げたいんです。「なにが出てくるか、誰も分からない」という、混沌の中にいますから、その混沌を刺激するのが、私たちの仕事だと思っています。
(2005年3月9日、国立情報学研究所にて)
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わたし琵琶湖の漁師です
『わたし琵琶湖の漁師です』
戸田直弘著
光文社新書
犬は「びよ」と鳴いていた
『犬は「びよ」と鳴いていた』
山口仲美著
光文社新書
絵を描く悦び
『絵を描く悦び』
千住博著
光文社新書
アンベードカルの生涯
『アンベードカルの生涯』
キール・ダナンジャイ著
山際素男訳
光文社新書
物理学はいかに創られたか
『物理学はいかに創られたか』
アインシュタイン他著
岩波新書
経済物理学(エコノフィジックス)の発見
『経済物理学の発見』
高安秀樹著
光文社新書
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