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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
「新書」編集長にきく

第8回  光文社新書編集長 古谷 俊勝さん

2001年10月創刊以来のキャッチコピーは「知は、現場にある」。が、最近になって「知はアカデミズムと現場の間にあることがわかった」という。若手の多い編集部員を取りまとめる編集長の古谷さん。「なにをやらかすかわからない」おもしろい作品づくりが身上だ。
アカデミズムと現場の間に「知」を探る
創刊のいきさつは? なにかきっかけがあったのでしょうか。
古谷
2001年4月、編集部は、「カッパ・ブックス」出身の3人でスタートしました。当時の教養新書の世界は、新規参入も一段落したと思われていたころです。元々、新書を作ろうとしたのではなくて、何か新しい「ノンフィクョンのシリーズ」はできないかと。検討した結果、形態の面でも、価格の面でも、新書が良いということで動き始めました。10月に創刊。10冊出しました。8月に「知恵の森文庫」から1人来てくれましたが、しばらくは、ただ慌ただしくて。
今までを振り返ってどのように分析されてますか。
古谷
最近、ヒットも出てきて、平均的に売れるようになりました。やっとスタッフが揃ってきて、それぞれ得意な分野でじっくりと作れるようになったと思います。作っている側が言うのもなんですが、光文社新書は、すべて「読んだら絶対に面白い本」です。
創刊から現在まで、他社の新書が出てきている中で、うちの位置はどこにあるのかということをそれほど変えないできたんですよ。以前よりバラエティが出てきたとは思いますが、時流に流されることなくスタンスを構えて作ってきたので、落ち着いてきたんだと思います。
既刊本も概ね好調です。創刊時に出した『本格焼酎を愉しむ』(田崎真也著)、『温泉教授の温泉ゼミナール』(松田忠徳著)などは、最近になっても増刷していますし、ロングセラーになっている本も出てきています。これこそ、新書の醍醐味です。単行本だと、なかなかこうはいきませんからね。(笑)
変わらずにきた光文社新書の位置とは、どういうところでしょうか。
古谷
我々が常に掲げている「知は、現場にある」というキャッチコピーに集約されています。いわゆる教養主義ではなく、現場寄りの教養書です。ただ、最近になって、意外と知は現場にはなかったな、と。(笑)現場そのものでは、なかなか「知」にはならない。「知」とは何かと問われるとむずかしくなりますが、イメージとしては、知と現場との対流があるところ、アカデミズムと現場との間に、「知」はあるんだと思います。

あと、読者ですね。新書の読者の中心は中高年だといわれています。確かに層としては厚いです。PHP新書、文春新書、新潮新書などは、中高年のマインドを捉えていますよね。そこで、光文社新書は、もう少し若めのビジネスマン、年齢も立場も揺れ動く人たちを読者層にしようと思っています。おそらく彼らには届いているのではないかと感じています。
ラインナップを拝見すると、「何でもあり」という印象を受けました。
古谷
当初から、アインシュタインの「神は細部に宿る」という言葉を思い浮かべていました。今更、総論を語っても始まりません。例えば、「日本の法律」といっても通じないと。ですから、その中で、何がピンポイントなのかということをおさえておかないと新規参入は厳しいと考えたんです。細部にこそ、深い世界や普遍性があるのではないかという構想のもとで始めました。創刊時の『Zカー』(片山豊、財部誠一著)、『東京広尾アロマフレスカの厨房から』(原田慎次、浅妻千映子著)や、『視聴率200%男』(安達元一著)といった、現場からの発信による本は、人が面白がるピンポイントをつかんでいたと思います。『キヤノン特許部隊』(丸島儀一著)もそうですね。知的財産の分野での必読書になりました。
編集部の構成を教えて下さい。
古谷
創刊時に2人、4ヵ月後に「知恵の森文庫」から1人、3年目に「FLASH」から1人と新人が1人、昨年に新人が1人入りましたので、編集部員は現在、私も含めて7人です。平均年齢はものすごく若いです。他社に比べると、編集経験は圧倒的に未熟です。これは、マイナス点でもありますが、新鮮さという利点があります。編集長としては、彼らの良さを活かしていきたいと思っています。高校野球の監督のようなものです。(笑)
どのようにラインナップが決まっていくんでしょうか。
古谷
定例で月に2回編集会議を行います。業務上の報告、進行の打ち合わせ、企画会議です。その後、これは、往年の「カッパ・ブックス」のやり方なんですが、企画書は一切書かずに、原稿用紙の裏かコピーの裏に、タイトルと著者名だけ書いて、会議室の机の中央に並べます。最近みんなワープロで書いてきますが、それだと何だか熱意が入っていません。ですから、まずは手で書くように、と言っています。上限は5本まで。面白いなと思ったら、その場でやろうと決めたり、いい線いっているけど…、というものには、再考を促します。
手持ちのアイデアは、常時、何冊くらい抱えていますか。
古谷
理想的なのは、常時100冊くらい進行している状態です。とはいえ、著者がのってくれないことには、本にはなりませんが・・・。
アイデアから出版が決まるまでの過程を教えて下さい。
古谷
アイデアがまとまったら、著者に手紙を書いて会いに行くという基本的な方法です。企画が変わる場合もあります。第一校が仕上がったとき、私も目を通して、こっちの方が面白いんじゃないかとか、もう少し事実関係を詰めたほうがいいのではといった話をします。出版の決定権は基本的に編集部に任されていますので、進行はだいたい担当編集者の裁量に委ねています。
校了後、本が完成するまでの時間は。
古谷
ものすごく早いです。出版が決まるまでは、DTPソフトを駆使して、マック上で進行しているんです。フォントも印刷所と同じものを入れて、仮ゲラを組めるようにしてあるので、早めに著者校ができます。印刷所へは、ラインナップと発売日が決まって初めて入稿します。そうすると、ゲラの状態での朱入れがぐっと減ります。初校で印刷所に朱が沢山入ると、そこで止まってしまうので、修正が入りそうなものは、事前に何回転かさせておきます。実際、入稿してから発売まではすごく短いんですが、事前準備はしっかりしています。
これまでのベストセラーをあげていただけますか。(2005年3月7日現在)
古谷
通算部数1位が、2004年9月の『オニババ化する女たち』(三砂ちづる著)です。徐々に伸びてきて、現在、12刷で20万部です。2位が04年3月『江戸三〇〇藩最後の藩主』(八幡和郎著)で、7刷17万部。3位が、これも04年の5月の『座右のゲーテ』(齋藤孝著)で、7刷16万5000部。4位が、創刊時の『タリバン』(田中宇著)で4刷11万部。5位が、05年2月刊行の『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(山田真哉著)で5刷10万部。6位が、『ナンバ走り』(矢野龍彦著)で7刷9万3000部。7位が『座右の諭吉』(齋藤孝著)で5刷9万部。8位は『本格焼酎を愉しむ』(田崎真也著)で、7刷6万6000部となっています。

部数が5万部を越えると、もう編集者の工夫の域を超えていると感じます。10万部を越えると、もう読者のものです。ベストセラーというのは、狙って作れるものではありません。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(山田真哉著)は、狙ったねと言われそうですが、著者と担当者がこのタイトル以外考えられないと。『オニババ化する女たち』(三砂ちづる著)も、タイトルが良かったとよく言われますが、女性の身体性について書かれた内容の濃い本なので、何とか伝えたいと担当者が頭を悩ました結果です。
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創刊ラインナップを急遽変更『タリバン』
ベストセラーは、予想の範囲内のものが多いですか? 意外なものは。
古谷
『タリバン』(田中宇著)は、売れるんだろうなと、思いました。あまりに急な出版だったので、考える余裕もなかったんですが…。2001年9月11日、編集部で残業していたところ、世界貿易センタービルに飛行機が突っ込んだ映像が流れました。皆でテレビを見ながら騒然となっていましたが、解説を聞いているうちに、「あれ、この話、なんかどこかで読んだことがある」と。実は、以前、著者の田中さんが預けてくれていたアフガニスタンの紀行文があったんです。その晩、彼に「一章分だけ加筆して、すぐ書けないか。今出さないと意味がない」とメールを送りました。すると、本人もやってみたいということで、急遽決まりました。タイトルは、CNNでやたら「タリバン」という言葉が出てきたので、これしかないと。翌日、販売部に「創刊ラインナップ変更。『タリバン』という本を出す」と言ったら、「冗談を言うな。一日二日で、出来るわけがない」と。「いや、ここにある」ということで、降ってわいたような話でした。
ちょうど、田中さんの『ハーバードで語られる世界戦略』(田中宇、大門小百合著)を創刊ラインナップとして進行していましたので、この本を第二回配本にして、順番を変えて出しました。『タリバン』は、注文が多かったので、発売日の10月17日よりも前倒しで販売しました。創刊キャンペーンで各書店を回ったときには既に一位でした。
『ナンバ走り』(矢野龍彦著)のような古武術を扱ったものは珍しいと思うのですが。
古谷
「カッパ・サイエンス」の、『古武術の発見』(養老孟司, 甲野善紀著)が、おそらく最初に注目を浴びた本だと思います。『ナンバ走り』が注目された理由は、陸上選手の末続慎吾さんの発言の影響もあったように思います。
江戸ものは各社大きなマーケットのようですね。
古谷
創刊前、読者調査をする中で、きちんとした歴史の本が読みたいと言う若い人が結構多かったんですよ。もともと歴史ものは創刊当時から考えていました。『江戸三〇〇藩最後の藩主』(八幡和郎著)は、百科事典的な本です。以前、『剣豪その流派と名刀』(牧秀彦著)というカタログ的に作った本があったんですが、この延長線上にあります。
『座右のゲーテ』(齋藤孝著)は、著書の力によるところが大きいですか。
古谷
ある日、斎藤孝さんから「ゲーテの本を作ろう」と電話を頂きました。切り口としては、『ゲーテとの対話』(エッカーマン著、山下肇訳、岩波文庫)から、彼の仕事観を探るという構想でした。解釈は色々と出来ると思うんですよ。ポストモダン以降、世の中が混乱してしまったので、ゲーテのような古典に戻りたいと。ですが、こういった小難しい説明はともかく、なにしろ内容が本当に面白い。「持続させる」という章では、「先立つものは金」、「当たったら続ける」というおかしみのある小見出しが付いています。そこで、まさに「当たったら続ける」ということで、斉藤さんは、『福翁自伝』(福沢諭吉著)も相当読み込んでいますし、新札発行の時期とも重なって、次は「諭吉」にしようと。こうして『座右の諭吉』(齋藤孝著)が出来ました。
光文社というと、温泉もののイメージがあります。温泉ものは、光文社が最初ですか。
古谷
他社でもかなり出していましたが、大学の先生が書いた本としては、『温泉教授の温泉ゼミナール』(松田忠徳著)が初めてかもしれません。この本は、温泉を語りながら、日本の産業や人間を語っています。当時は、その後温泉がこんなに問題になるとは予想してませんでした。趣味もので、しかも批判的な本なので、タイトルで工夫しました。昨年、入浴剤問題で話題になった時は、『これは、温泉ではない』(松田忠徳著)を出しました。
『黒川温泉観光経営講座』(後藤哲也, 松田忠徳著)も、温泉ものですね。
古谷
『黒川温泉観光経営講座』も、ものすごくいい本です。サービスや商売の原点を語っています。後藤さんは、自分で露天風呂の掃除をしながら、温泉に入って来る人の会話を実際に聞いてきたわけですから、それは、言うことに迫力がありますよね。
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PROFILE

古谷 俊勝

1959年愛媛県生まれ。82年慶應義塾大学商学部卒業。同年光文社入社。「カッパ・ビジネス」、「カッパ・ブックス」編集部を経て、 2001年4月光文社新書創刊とともに新書編集長。

本格焼酎を愉しむ
『本格焼酎を愉しむ』
田崎真也著
光文社新書
温泉教授の温泉ゼミナール
『温泉教授の温泉ゼミナール』
松田忠徳著
光文社新書
キヤノン特許部隊
『キヤノン特許部隊』
丸島儀一著
光文社新書
座右のゲーテ
『座右のゲーテ』
齋藤孝著
光文社新書
タリバン
『タリバン』
田中宇著
光文社新書
黒川温泉観光経営講座
『黒川温泉観光経営講座』
後藤哲也、松田忠徳著
光文社新書
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