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「新書」編集長にきく

第3回  中公新書編集部部長 松室 徹さん

1962年の創刊以来、「教養」を軸とした伝統を守る中公新書。研究者の著作を中心に「書斎の中の実用」やエッセイをまじえ正攻法で読者に迫る。昨今の新書ブームの中で「流行に流されることなく信頼に足る本を長く売り続けたい」と基本姿勢を示す松室さんに"中公らしさ"を語ってもらった。
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「教養」を軸に「書斎の中の実用」も
「教養」を軸に「書斎の中の実用」も
いわゆる「新書ブーム」と言われていますが、新書担当者としては、他社との共存共栄はありますか。
松室
新書は、いくつかの傾向にはっきり分かれていると思います。前回の「編集長に聞く」で、岩波新書の小田野耕明さんが、「岩波新書の棚の前に行けば、自分の知りたいテーマの本があるようなラインナップを構成していきたい」とおっしゃっていますが、私も同じように考えています。「何かについて知りたいと思った時に、探しに行くという本」というのが、新書の基本だと思います。それをその道の第一人者がわかりやすい言葉で書く。第一人者というと、功成り名遂げた大御所だけのようですが、そのことについて信頼できる本を書ける人、と言い換えてもいいでしょう。それをどう提供するかに、出版社や編集部ごとの個性があらわれるわけで、そういう点での共存共栄は可能だと思います。
それとはかなり違うタイプの新書もありますが、そうした新書とは、はじめから棲み分けているのではないでしょうか。同じ教養新書であれば、共存することは非常に大事だろうと思いますし、むしろ刺激しあって、よりよい本をお互いにたくさん刊行できれば申し分ありません。よいものが出れば出るだけ市場が大きくなると楽観しています。
中公新書は、いわゆる「教養新書」がメインなのでしょうか。
松室
出版点数の比率だと教養新書が多いと言えます。教養新書とは何かといえば、「知的好奇心で読む本」ということです。つまり、当面必要がなくても、これは読んでおいた方がいいのではないかとか、読んでおけばいずれ何かの役に立つのではないかとか、読むことがおもしろそうだとかいうふうに判断して読む本、といえるでしょう。
このほかに、実用書というジャンルがあります。これは、知的好奇心で読むのとは少し違うビジネス書や生活に有用な本です。中公新書でもっとも売れる本は、実用書です。たとえば、『「超」整理法』(野口悠紀雄著)は、中公新書の中で唯一、100万部に達している本ですし、もっと以前の本では、『理科系の作文技術』(木下是雄著)、『発想法』(川喜田二郎著)などもあります。部数から見ると、中公新書の中心は実用書だともいえるのです。しかし、実用書にも、教養書的な部分がなくてはならないし、どのような本でも、味わいのある文章で本が構成されていることが大事だと思っています。
また、中公新書で読者からの反応がいい実用書は、「書斎の中の実用」にほとんど限定されているといっていいでしょう。つまり、「金魚の飼い方」や「おいしいパン屋さんはどこにあるか」というような本ではないということです。『「超」整理法』『「超」文章法』(野口悠紀雄著)も『発想法』『理科系の作文技術』も皆、頭の中をどう整理するかとか、ものをどう考えればよいかとか、合理的に学ぶための手引きとなるものです。
エッセイ的なものについては、どのようにお考えですか。
松室
随筆的要素の強い本は、中公新書にも初期のころからあり、今後も刊行していきたい分野の一つです。私たちは、主に研究者に依頼していますが、読者が信頼している著者ならば、書き手のカテゴリーは問いません。
たとえば、昨年、外山滋比古氏の『ユーモアのレッスン』を出しました。ユーモアには、書けば書くほど本質から遠ざかっていくような面があるので、どなたにでもお願いできるテーマではありませんでした。同じく昨年刊行した津島佑子氏の『快楽の本棚』は、自分の読書体験を綴りながら本の読み方をやわらかく伝授するという書き方です。上から下へ教えるという書き方ではありませんね。一昨年になりますが、芳賀徹氏の『詩歌の森へ』は、古今東西の詩歌を引きながらの短いエッセイを集めたものですが、たとえば枕元に置いて、夜寝る前にどこからでもいいから一篇ずつ読む、というような楽しみ方もできるのではないでしょうか。本の中に、かりに体系的ではなくても、教養的な知識がたくさん潜んでいて、それを読者がそれぞれの好みの読み方で読んでいく。こんなタイプの新書も魅力的だと思います。随筆的な本はこれからも定期的に出していきたいものです。
最近売れている『俳句的生活』(長谷川櫂著)についてですが、タイトルといい中身といい、俳句を知らない人でも楽しく、著者の人生観も見られるという意味では、まさに読み物であり、俳句そのものの教養書でもありますよね。
松室
俳句の本は、ときどき刊行していきたいと考えています。出し方にもさまざまな形態がありえます。教養書の正攻法、たとえば、江戸俳諧の研究者に書いてもらうこともありうるでしょう。しかし今回は、実作者が、自分の作品に依りながら、俳句とはどういうものなのか、を探り、「俳句は生活そのものである」ということに行き着く本になりました。このことが、広く受け入れられた原因かもしれません。「俳句は生活である」と言われても、読者はどう受け止めればよいのかわからないかもしれません。しかし、それが新書という枠の中に入っていると、俳句一般についての概説なのかと思っても読めるでしょうし、また、俳句の作り方と思って読みはじめるかもしれません。教養書でもあり、実用書でもあるということです。ちくま新書の『禅的生活』(玄侑宗久著)が非常に売れましたから、あのタイトルと似ていないかと少し気になりましたが、結果的にはよかったのだと思うようになりました。
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PROFILE

松室 徹

1960年、東京都生まれ。
1982年、早稲田大学第一文学部卒業。中央公論社入社。「婦人公論」編集部、中公文庫編集室、書籍第二部(おもに単行本編集)を経て、中公新書編集部。01年1月より、同編集部部長。

『「超」整理法』
野口悠紀雄著
中公新書
『詩歌の森へ』
芳賀徹著
中公新書
『俳句的生活』
『俳句的生活』
長谷川櫂著
中公新書
『禅的生活』
玄侑宗久著
ちくま新書
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