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「新書」編集長にきく

第2回  岩波新書編集長 小田野 耕明さん

1938年に創刊された岩波新書は最も歴史のある新書シリーズであり、日本の「知」に与えてきた影響ははかり知れない。その岩波新書編集部にこの4月、33歳の新編集長が誕生した。「新書戦争」が激化し教養主義が衰退する中で、どのような舵取りをするのだろうか。
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編集部最年少からの抜擢
「わかりやすさ」より「面白さ」を伝える
編集部最年少からの抜擢

この4月に編集長にご就任されたそうですが、打診されたときのご感想はいかがでしたか。

小田野
それはもうびっくりしました。何かの冗談じゃないかと。というのは、最初に話を受けた時点では、僕が8人いる編集部の中で一番年下だったんです。それなのに本当に大丈夫かとすごく悩んだのですが、最終的に引き受けることに決めました。それは、サポートしてくれる体制が編集部の中にあることが大きかったですね。それに僕自身、新書に対する思い入れがありましたし、「新書戦争」と言われている状況の中で岩波新書を盛り立てていければと思っていました。それが本当に自分にできるかどうかはまだわからないですけれど、今は試行錯誤しながらそろりそろりとスタートしています。

これまでにどのような仕事をされてきましたか。

小田野
96年に入社したときは雑誌の「世界」編集部に配属され、99年4月に新書編集部に異動しました。「世界」にいたこともあって、結果として手がけた本は、政治や国際関係、ジャーナリスティックなものが多いですね。
ちょうど2001年に9.11事件が勃発し、一気に国際政治の時代になったこともあって、酒井啓子さんの『イラクとアメリカ』『イラク 戦争と占領』や、藤原帰一さんの『デモクラシーの帝国』、アルンダティ・ロイの『帝国を壊すために』など、アメリカの戦争を批判的に考えるような新書を集中して作ってきました。酒井啓子さんの本はよく読まれました。イラクに関する本がたくさん出ている中で、酒井さんの二冊はとても優れたものだと思っています。

酒井さんは「風」のインタビューにもご登場いただきました。著作は、単純なアメリカ批判やフセイン批判に陥らず、バランス感覚にすぐれた本という印象を受けました。

小田野
非常に新書らしい本だと思います。これだけ新聞や雑誌、テレビでイラクについて報道されていますけど、歴史的背景や現地の事情を深く知りたいというときに、他のメディアの情報ではどうしても限界がありますからね。ある程度分量があって、かつ専門家がわかりやすく自分の見方を提出してくれるという新書の特性を活かせた形です。

小田野さんがこれまで読んだ中で、印象に残っている新書を教えて下さい。できれば会社の枠を超えて。

小田野
学生の頃に読んだものでいえば、一冊目は鶴見良行さんの『バナナと日本人』でしょうか。それから丸山真男さんの『日本の思想』というと優等生的すぎるし、実際この本は難しくてわからないところだらけなので僕は挙げませんが、丸山さんが福沢諭吉の『文明論之概略』をテキストに講義した内容をおこした『「文明論之概略」を読む』がいい。上中下三巻で出ていますが、これは一つのテキストを読み解いていく作業とはどういうものなのか、非常によくわかる本だと思います。以上は岩波新書で、他社の本を挙げるとすれば、廣松渉さんの『哲学入門一歩前』。講談社現代新書のこの本と同時期に、廣松さんは岩波新書から『新哲学入門』というやはり哲学の入門書を出しているのですが、両者を比べると講談社の方が出来がいいし面白い。なんて言うと怒られるかな(笑)。中公新書では、長田弘さんの『私の二十世紀書店』。あんな味わい深いブックガイドは、あまりないですよね。学生の頃、あそこに出ている本を全部読んでやろうなんて思ったこともありましたが、もちろん実現していません(笑)。
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「わかりやすさ」より「面白さ」を伝える

現在、岩波新書の総タイトル数と、その中で市場に出ている本はどれくらいありますか。

小田野
総タイトルが今年の7月の時点で2407冊、市場に出ているのがおよそ700冊です。

他の新書編集長にうかがったら、市場に出ていない本があるのは「売れない」ことがほとんどの理由で、売れれば古い本でも残るとおっしゃっていましたが、やはりそのような判断になるのですか。

小田野
それが大きいでしょうね。やはり重版していくには、一定部数はけないと採算が取れませんから。あとは内容が時代とかけ離れてしまったとか。 ただ岩波新書は、読者からの要望を受け付けるなどして、毎月3冊アンコール出版という形で品切れになった本を再版しています。そういう形で現在は品切れになっている本でも再び出版する可能性はあります。岩波書店は新書に限らず絶版にはしません。将来的に復刊の可能性があると考えて、版を断ってしまうことはせず、すべて品切れという扱いをしています。

新書によっては瞬間的に売り切るというスタイルもありますよね。そうではなく、長期的に売れ続ける本を作るということですか。

小田野
もちろん短期間で大部数読まれるものもつくりたいですが、派手には売れないけれど何刷も重ねていく、あるいは大学生が必ず手に取る。そういう本を作っていきたいと思っています。

その若い人たちが本を読まなくなったと言われてずいぶんたちます。若い人にどう新書を読ませるかはお考えですか。

小田野
大学の先生と話をしていても、何を読ませたらいいのか困っていると言いますね。岩波ジュニア新書でも難しくて、岩波ブックレットという60ページぐらいの冊子をテキストにしているという話をこの間聞きました。でも、大学生や高校生が求めている本が必ずかあるはずだと思っているのですが。

大学生の知識が乏しいという面もありますが、本の文章や書き方が悪いため、内容を正しくわかりやすく伝えられていないという問題もあると思います。

小田野
ただ、「わかりやすさ」って難しいですよね。下手をすれば、薄っぺらなものになってしまう恐れがありますので。ですから、「わかりやすさ」というより、読む「面白さ」がきちんと伝わる本を作りたいと考えています。
本を書く過程では、あるテーマについて著者が自分自身に問いを発し、考えながら、場合によってはほんとうに悩みぬきながら執筆していく。文章を読めば、そういう本かどうかすぐにわかりますよね。読者もそうした本を読むと、著者の悩みを共有しながら、一緒に考えていくという経験ができる。そういう本は本当に面白いと思いますね。読書の醍醐味です。逆に、文章に問いがないものは、とてもつまらない。
もちろん表現をやさしくするとか、ていねいな解説を心がけるといった努力は必要ですが、ただわかりやすさを追求するというよりも、読書の楽しみを伝えるような本を作りたいと思っています。
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PROFILE

小田野 耕明

1970年北海道生まれ。
1996年北海道大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、岩波書店入社。「世界」編集部を経て、99年岩波新書編集部。04年4月より岩波新書編集長。

バナナと日本人
『バナナと日本人』
鶴見 良行著
岩波新書
哲学入門一歩前
『哲学入門一歩前』
廣松 渉著
講談社現代新書
私の二十世紀書店
『私の二十世紀書店』
長田 弘著
講談社現代新書
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