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蔵書全文デジタル化の先に見える図書館の未来(3) (3)
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Foreign Relationsの事例
デジタル情報の管理と多様な保存方法
デジタル図書館の利点
情報へアクセスする際に障害となるもの
結論:未来の図書館の姿
Foreign Relationsの事例
 ひとつ悲劇的な例をお話しましょう。アメリカ合衆国のForeign Relationsの第26巻では、1964~68年にかけての合衆国とアジアの関係について扱っています。この文書はCIA中央情報局による訂正の後、編集されて出版された公式の歴史資料でした。この歴史資料では、インドネシアのスハルト政権によって引き起こされた暗殺事件に合衆国が共謀していたことが隠蔽されていました。しかしこの暗殺事件に議論の余地はなく、また実際に米国がスハルト政権を支持していたのは明らかな事実だったのです。この第26巻は2001年にウェブ上で公開されました。しかし他の情報源により、合衆国の共謀とスハルト政権の暴力が明らかとなったのです。その後、電子文書は米国政府によってウェブ上から消去されました。しかし、電子文書の内容を印刷した紙媒体の冊子が配布されました。この、電子文書は差し戻されたのにも関わらず紙媒体は出版されたという事実により、歴史の書き換えという大罪が現実のものとなったのです。
 そして、この事実が明らかになったとき、差し戻された電子文書は結局ワシントンD.C.にある政府印刷所を通じて結局復活しました。
 ここで私たちが直面する問いは、紙媒体であれ電子文書であれ、私たちの文明の象徴とも言える文書の保存は、全国、全世界に散らばっている社会機関や文化機関の手に委ねるべきかということです。あるいは政府関連機関やそれともまったくの第三者としての企業に担わせるべきなのでしょうか? それとも、真実に対して社会に一貫した責任をもつ唯一の機関として「真実の省庁」があったとしたら、文化的記憶に対して唯一の主体として責任を持てるのでしょうか?
デジタル情報の管理と多様な保存方法
 
 一つの機関から真実を発信するというのは安価な方法です。政治的にも好都合だといえ、技術的にもよりシンプルです。商品へのアクセス権を販売すればよいので、商品化も容易です。ウェブ上で相互関係を構築するように、他の機関と協力して多くの利益を得ることができます。これらは、アメリカのDMCA(2000年に改訂されたデジタル著作権に関する追加規定)によってデジタル情報のコピーや再分配についての犯罪が定められていますが、違反すると2万5000ドル以上の罰金が課されるため、情報は非常に高価にもなり得ることを示しています。情報の扱いについての犯罪を一つでも犯せば、簡単に破産することになる金額です。
 しかし唯一の法人機関の設置という考え方は、歴史の書き換えを容易にするようなデジタル情報の保存に関する責任を負うこととなります。そして私たち市民は一人として、それが起こることを望みません。私たちは私たちの明確で正しい歴史を死守しなくてはいけません。それゆえ、デジタル情報の多様な保存方法が必要なのです。
 また私たちには多くの国立図書館が必要です。多くの大学図書館、多くの私立および公立図書館が必要です。私たちは独立組織である図書館を世界中にたくさん持つ必要があるのです。図書館は互いに情報のアクセスが可能となるよう協力しつつも、互いの要求に左右されることのない協力体制を構築することが大切なのです。
 単体機関による情報の保護のほかに方法があるはずです。実際に私たちのスタンフォード図書館ではLOCKSS(Lots of Copies Keep Staff Safe)と名付けられたEコレクションという仕組みを開発し、ウェブや図書館、文化記憶施設、美術館や公文書館の情報網を複製するという試みを行ってきました。
デジタル図書館の利点
 未来のデジタル図書館の利点は以下の通りです。第一に、大量の情報が利用可能で、秒単位でますます拡大しており、50年後には膨大な量になることが予想されます。
 第二に、私たち国民が情報に平等にアクセスできるような環境を整えられるということです。国内だけでなく世界中のどこにいても、膨大な量の情報にアクセスが可能になります。デジタル格差は深刻な問題になっています。ネットワークにアクセスする手段を持たない人やコンピューターを持たない人がいるのです。ただ、この問題は今後何年かかっても、すべての人がコンピューターにアクセスできるような努力がなされ、解決できると思います。図書館こそが重要な役割を担っていると思います。
 デジタル図書館が膨大な量の情報を、操作し、組織し、提供するということは、私たちは教育や学習の新しい方法を手に入れたということです。留学生であれ、自主的な環境で学習している学生であれ、個人個人にあった有用な情報をカスタマイズすることで、主体的に効率よく学習を進めることができます。
 さらに私たちは、世代を越え私たちの子供や孫の世代にまで、創造意欲あふれる作品を保存する方法の可能性を手に入れました。私たちはメディアに出典情報を付加したり、共有することによって、そうした作品をより有益なものにできるようになりました。これはデジタル図書館の本当に大きな利点です。
 今あげたうちには解決への道のりが長期的なものも含まれます。日本は実際この解決方法の開発がもっとも進んだ国です。図書館の本をデジタル化しようというとき、日本政府が国会図書館に多額の資金を投入し、文化遺産などをデジタル化することが出来るように法律を改正しました。そして私はさらにこうしてデジタル化されたものが人々にアクセス可能となることを望みます。
 また、同じことがフランスでも行われています。サルコジ大統領は数年前、日本の事例と同様に、フランス国立図書館がフランスにおける出版物を対象とするデジタル化への資金援助を発表しました。
 Google Booksのプロジェクトは図書館と協力して進められ、出版社もまた協力しました。対象は合衆国のみならず、イギリス、オーストラリア、カナダで出版されている書籍を対象とし、オンラインで読むことの出来ない本もインデックス化されるので、このプロジェクトによってデジタル化された何百万冊もの書籍のテキストから必要な本を見つけることができるようになりました。
 この他にも特化したコレクションに関する小規模なプロジェクトが多く進行中です。例えば私たちは現在、ケンブリッジのMatthew Parker図書館での6世紀から16世紀にかけてのイギリス国教会の歴史に関する約500もの手描きの文書をデジタル化するプロジェクトに関わっています。
 また、世界貿易機関(WTO)の電話交渉の同意書のアーカイブに関するプロジェクトにも協力しています。こうしてデジタル化された情報は最終的に研究者、学生、市民によって利用され、新しい知が創造されることでしょう。
 私が少し触れたセマンティックウェブの開発もまったく新しいコンセプトの技術として今後50年のうちにさらに情報アクセスを増加させていくでしょう。
 リリースされたばかりのiPadも出版業界に大きなインパクトをもたらすことでしょう。音声やネットワーク機能、ハイパーリンクなどを伴った新しい「物語」が小さなデバイス上で閲覧できるのです。しかも、ケーブルにつなぐ必要がなく、ワイヤレスで使用できるのです。Eブックリーダーなども人々に新しい読書のあり方を提供する点で非常に重要です。
 そしてもちろん、デジタル図書館は人々に新しい機能の使用の機会を提供する意味で非常に重要です。こうした大量の情報、あらゆるジャンルやフォーマット、また今日ご紹介した、キーワード検索、セマンティック検索、意味検索、連想検索などの言語の検索方法が利用可能となります。ブラウザはより普及し、使いやすいため、さらに多くのジャンルをカバーするようになるでしょう。
 さらにアラートサービス、個人へのお勧めの情報を提供するサービス、商品に対する評価やコメントをつけるサービスなどが普及し、情報のグラフィックインターフェイスもさらに充実したものとなり、セマンティックウェブ機能も利用可能となっていくはずです。
情報へアクセスする際に障害となるもの
 一方で情報へのアクセスの障害となる要素もいくつか存在します。私たちはもっと情報を必要としています。また、快適に作業を進めていくには保護期間の長過ぎる時代遅れの知的所有権の法律をどのように扱っていくかという問題があります。
 また商業的利益を追求するあまり、社会的目的を見失っている人々もいます。そうではなくて、伴って生じる文化に対する責任も負わなくてはいけないのです。
 さらにコンテンツのサイロ(貯蔵庫)とメタデータのサイロがあり、これらを統合して検索を可能とする新しい方法を構築する必要があります。
 ライブラリアン達の情報技術に関する知識の遅れもあるでしょう。コンピューターを十分に使いこなせず、再び切磋琢磨して専門知識を身につけることをしないものがたくさんいるのです。また、出版業界においてビジネスチャンスをうまく活かせない人々もいます。
 また、合衆国の企業の多くは商業的利益を追求するあまり、文化的・社会的利益が急激に軽視されるようになってきています。ロビイストたちの活動を見れば明らかです。議会と議員の影響がぶつかり合っています。
 最後に前にもあげたデジタル格差の問題があります。
結論:未来の図書館の姿
 最後に今日の話の締めくくりとして、未来の図書館について考えてみましょう。それは高度にデジタル化され、情報科学の発展とネットワークに基づいたシステムになっていくでしょう。サービスの提供が重視され、デジタルの情報がネットワーク上で広く分配され、図書館で個人が利用できるようになります。
 従来の図書館と同様、知識と情報の利用の発展を支援していくことには変わりありません。それに加えて、個人用にカスタマイズされ、自動的な機能が利用者に提供されることになるでしょう。
 従来の図書館は社会的空間を提供しますが、ある意味デジタル図書館も同様であり、それが実際のものか、バーチャルのものかという違いがあるだけです。高度に選び抜かれたデジタル版のコレクションと紙のコレクションを継続して提供していくことになります。図書館、美術館、公文書館のネットワークはすべての文化の拡散をよく体現していると言えるでしょう。
 私たちライブラリアンは様々な文化記憶機関とあらゆる種類の出版社の情報源を組み合わせて提供していきます。実際まだ完全には確立されてはいませんが、社会的にも強く望まれ、情報のネットワーク化によって必ず実現すると思います。
 そして最後に、私たちライブラリアンはこれらの文化機関を見守っていかなくてはいけません。図書館、美術館、公文書館は、一過性の性質をもつゲーム、映画、大衆文化などの消えゆくエンターテイメントに対峙する性質をもつものです。私たちがこうしたものを文化記憶機関で文書化し保存するときには、社会に奉仕できる長期的な目的を持って、新たな意味を付け加えていくような意識をもって実践しています。
 これらが私の考える未来の図書館の大まかなヴィジョンです。
アレクサンドリア図書館
 近年アレクサンドリアに新しい図書館が設立されました。旧図書館は火災、洪水、地震や紀元前約300-100年の共和制時代の攻撃などによって破壊されてきました。この新しい図書館は設立されて6、7年が経ち、アレクサンドリアの新しい図書館のあり方を象徴する、デジタル図書館でもあります。古代のアレクサンドリアの偉大な図書館をバーチャルに再現する世界規模の試みとして注目されています。
 一方で、地球の周りを旋回する一つの衛星(サテライト)のようなイメージはデジタル図書館の悪夢と言えます。これでは、何の媒体も介在せず、あらゆる可能性からの故障を危惧しなくてはいけません。そうではなくて私たちはたくさんの図書館を持つことが必要なのです。単体であってはいけません。

 本日はご清聴本当にありがとうございました。皆さんにお会いできて大変喜ばしい時間でした。

(翻訳:今井 祥子)
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PROFILE

Michael A. Keller

1993 年から現在まで、スタンフォード大学図書館長(Ida M. Green University Librarian)。1995 年にHighWirePress を設立、今では世界中の1000タイトル以上の学術誌の電子出版を手がけるその非営利団体の創立者・出版人である。その活動を通じて学術誌の電子化が商業出版社の利益追求の道具とされることに一貫して抵抗してきた。2000 年からは、スタンフォード大学出版の発行人も兼任している。

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