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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
蔵書全文デジタル化の先に見える図書館の未来(2) (2)
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情報の重要性と社会的価値
デジタルデータの保護
紙媒体の存続性
従来の書物保存システムのメリット
デジタル書籍保護システムの模索
情報の重要性と社会的価値
 それでは情報の重要性とは何なのでしょうか? スタンフォードのような図書館は、どのような情報でも重要だという仮説に基づいて行動しています。例えば、私は16世紀末のイタリア音楽について研究をしています。正直なところ、この時代の音楽についての情報は非常に限られています。そのため、何かしら関係する資料を見つけると、それはどんなものでも私にとって非常に貴重な情報となります。しかし、仮に私が日本における交通機関についての研究者であれば、私は多くの資料と情報を手に入れられるでしょう。そのなかでより有益な情報もあれば、それほど重要性の高くないものもあるかもしれません。ただ、利用可能な情報量は膨大であるといえます。すると情報の価値と重要性というのは、どの程度の情報量があるかということによって変化するといえそうです。
 私たちは新しい本や知識の創造者に対して、報酬を支払う必要があります。一方創造者たちは新しい知識を生み出し、そこから利益を得つつも、社会に対して価値を還元する社会的役割も負っているのだということを認識する必要があります。作家達は社会から切り離されることはないし、私たちすべての人間がコンテクストの中に存在しています。著者と創造者、社会の三つの社会的役割は互いに連関しているのです。私たちは創造者に対して報償を与えなくてはいけませんが、同時に社会に文化的利益を還元するよう求めていくべきなのです。
デジタルデータの保護
 通訳・情報関連サービスの分野では、アイデアやニーズ、情報のソースなどをどのように互いに関連づけるかが重要となります。図書館のライブラリアンたちと同様に美術館や公文書館の専門家達も、一つの分野や社会についての特定の情報を、総合的あるいは専門的に、いかに周囲に還元していくかについて工夫をこらしています。例えばコンピューターの専門家が図書館について語るとき、私が運営している図書館とはまったく別のアプローチを用いるでしょう。こうした専門用語を理解し、違いを理解してこそ、優秀なライブラリアンといえるのだと思います。
 私たちライブラリアンは文献の調べ方に不安を抱える人、あるいは方法について学びたいと思っている人たちの道しるべとなります。情報に対してより満足のいくリサーチの方法についての手段を提供するのです。個人に対してもグループに対してもこうしたサービスを提供しています。ただし、情報源を私的で商業的目的を持つものとして扱うか、あるいは、公的で開かれたものとするべきかという問題を抱えています。情報を私物化し、商品として扱うべきであるという議論は、情報を公的で自由にアクセス可能なものとし、問題を解決するための新しい商品やアイデアを生み出すために使用されるべきであるという意見と対立し、情報の創造性と制限という注目すべき論点を浮き彫りにします。特に図書館は利用者のプライバシーを保護することに細心の注意を払わなくてはならず、安易に利用者の興味を公開するべきではないでしょう。

 これまで情報の保護については少しお話しました。非常に大きなテーマですので、主要な問題だけをかいつまんで単刀直入に説明したいと思います。本来、元々のデジタルデータファイルは変更ができないような形で保存されるべきです。そのままの形で利用可能とされなくてはいけません。オリジナルのデータを保存するために、多くのコピーを分配し、万が一、一つが失われても世界のどこかにはいくらか残っているという状況を想定しなくてはいけません。またデータを安全な状態に保つために、一部のファイルは利用しないように保存しておくことも大切です。
 問題なのは私たちの文明においての権威の移行に対応しなくてはならないことです。第一に、人員が変化します。30年から40年一つの役職に従事した人々もいずれは引退します。プログラマー達は通常数年の間ともに働き、また別の場所へと移動していく就業形態なので、デジタルアーカイブおよびデジタル図書館を管理するにあたり、常に流動する人事を抱えることになります。
 さらに、技術も変化します。数年ごとに私たちは技術の革命的進歩を体験します。それにライブラリアンたちは対応していかなくてはなりません。情報を保存する際に、時代が変化するにつれて別の技術を用いて行わなくてはいけないのです。
 私たちの価値観もまた変化します。80年間もの間まったく使用されなかった資料が、突如としてその評価を見いだされることがあるのです。利用可能にするということは、資料が古くなっても参照ができるように保存しておくということです。
 また、私たちは諸機関の関係の変化にも影響を受けます。例えば、合衆国では政府資料の分配の方法が変化しました。元来、それらは図書館に分配されるものでした。市民達は図書館に来て、紙面上の文書としてそれを読むことができたのです。現在では、政府は公式資料をウェブ上に公開するようになりました。しかし、政府資料の寿命はわずか90日に設定されたのです。これは問題です。というのも、私たちは長い期間にわたって政府資料を参照することができてはじめて正しい政策判断ができるからです。そのため、市民はその政府資料が消去されたり、再び戻されたりする状況を知らされる必要があります。このようにして政府と資料を閲覧可能にする出版社および図書館の関係はウェブによってずいぶん変化しました。
紙媒体の存続性
 スタンフォードでの同僚であるDavid Rosenthalというエンジニアをご紹介します。彼は本日のテーマに大いに関連のある本の保存について考えています。本とはそもそも誰のためのものなのでしょう? 著者のためでしょうか? 現在の読者のためでしょうか、あるいは次世代の読者となる人々のためなのでしょうか?
 またインターネットは本にどのような影響を与えたのでしょうか? 一つにはオンラインサービスやオンラインカタログ、アマゾンなどの本の販売サイトを通じて、より多くの人々がどのような本が存在しているのかを知ることができるようになりました。またEブックなどをiPhone、Kindle、ソニーのEブックリーダーなどにダウンロードして、どこへでも持ち歩けるようになりました。
 デジタルであれ紙の本であれ、本の存続性が問題となりますが、様々なフォーマットの様々な種類の書籍が生き残っていくでしょう。Eブックは紙の本よりもあやういフォーマットだと言えます。紙の本はなぜ生き残っていくといえるのでしょうか。それは媒体として頑丈で破壊されにくいからです。そのため現存する証拠となり得ます。本の文章を改編しようとしたとします。ペンや鉛筆を使って言葉を消したり付け加えたりすれば、すぐに修正部分を目にすることができます。何をしたか見た目に明らかです。また、書き込むのは一度きりですが、何度も読むことができ、またそれによって本を痛めることもありません。本を読むという行為だけで本が破壊される危険性が高まる訳ではないのです。
 また、本は一冊を作るのは非常にお金がかかりますが、何百万冊と同じものを印刷することは安価でできます。基本的に本を読むための外部装置は必要ありません。本を読むためのスクリーンなどは必要ないのです。ぱっと取り出して、道具を使わずあなたの目だけで読むことができます。もっとも私の場合メガネという文明装置は必要な訳ですが、非常に直接的で媒介するメディアや技術は必要でないのです。文字の表示方法はフォントなどによって変わるかもしれませんが、本質的にはフォント自体の変化は緩慢といえます。本を読むための明かりは必要ですが、本に電源を入れたり、冷却したりする必要もありません。明かりすら自然光に頼ることもできるのです。
 さらに本には図書館という保存方法があります。例えばケンブリッジ大学のトリニティーカレッジの書籍保存システムの事例があります。出版社は書籍を多く印刷し、世界中にあって独立運営されている図書館にばらまきます。それぞれの図書館は異なる規則をもっています。そうすると、一冊の本を探すのは簡単ですが、すべての本を探すのはとても難しくなります。このシステムによって多くの本は独立した図書館で保存され、もしも一つの図書館に蔵書がない場合は別の図書館からより寄せることが可能なので、書籍情報そのものの破壊や紛失を避けることができます。
 さらに、このシステムに対する脅威として、メディアの故障、紙の消耗、ハードウェアの不備、書棚のスペース不足、ソフトウェアの不具合、自分の目の消耗などがあげられます。しかし、ネットワーク不良には無関係です。老朽化は要因とはなりませんが、洪水などの自然災害、火災などは非常に深刻な障害となります。サービスが施される場においては仕事の解釈の問題が伴いますし、障害の外部要因としては本の消失、システムの破壊などが考えられます。一方内部要因としては、スタッフが盗難をして利用不能にしてしまったり、図書館への寄付金が滞り、運営資金が確保できない、また単純に経営の失敗によって、図書館が立ち行かなくなるなどがあります。そうすると、利用者に文化的価値の提供を行うことができなくなってしまいます。
従来の書物保存システムのメリット
 従来の書物保存システムはゆっくりと運営され、また老朽化も徐々に進みます。本が古くなれば、冊数は減っていきます。汚れや食べ物のシミが付いたり、カビがはえたりするからです。
 皮肉なことですが、利用可能な蔵書数が少なくなればなるほど、その価値は相対的に高くなります。珍書とは、冊数が少なく、価値が高いものと定義される傾向にあります。
 しかしながら、その価値ゆえ、市場はその本の冊数を増やそうとします。存在している蔵書数が少なく貴重になれば、その本をコピーし再版して新しい市場を作り出すことがあるのです。
 また珍書は価値が高いので、図書館はそれらを保護するための特別なシステム導入への投資を進めます。珍書は開架書棚だけでなく集蜜書庫にも収められます。また貴重本は、普段は利用者が自宅へ持って帰ることは許されず、監視員のいる特別読書室のみで閲覧可能とされます。また夜間貸し出しは行われません。そうすると紛失の可能性は著しく減少します。貴重本の場合は、図書館が特別な配慮をすることによって、紛失数を減らす努力をしますが、現代の膨大な印刷数を持つ書籍の場合は、独立経営の図書館同士で協力し柔軟に対応しています。
 このシステムはあらゆる事態に対応可能なシステムだと思います。アクセスを有するための時間は比較的かかりますが、システムは信頼がおけ、一貫しています。一般的に従来の図書館の老朽化は遅々としてしか進みません。私たちはそれらを近代化し、エアコンを完備し、清掃して管理します。そして、図書館の蔵書全体や一冊の本に対して攻撃が加えられるような場合、例えば人々が破壊したり、本を盗んだり、書物を改編しようとすれば、私たちは直ちに察知します。
 そのため、エンジニアにとっての課題はデジタル書物を同様にして保護できるようなシステムの構築です。なるべく不具合が生じず、攻撃にあっても、突然システムが停止しないような防御機能のあるシステムが求められています。また焼き戻しや検閲行為に対抗し、何十年、何世紀にもわたって存続できるようなシステムが必要なのです。
デジタル書籍保護システムの模索
 では、最も単純で現実的な新しいデジタル書籍保護システムとはどのようなものでしょうか。一番大切なのは、私たちライブラリアンが出版された情報を保存するということです。困難な問題に立ち向かうためには、まず単純なゴールを設定することです。修正もある程度認めながら、あらゆる変化を予防しなくてはいけません。また実際のところ、現存の紙の書籍保護システムと同様の保護システムを確立することが必要なのです。
 保護システム確立に向けて様々な主体が存在します。一番目として、出版社があります。例えば、ほとんどの紙の書籍には著作権があります。しかし次第に在庫がなくなると、出版社はそれらへの興味を失ってしまいます。もうそれ以上売り上げの見込めない本については心配しても仕方がないのです。そうなると本の保存の責任は国立図書館に移行します。
 しかし、紙媒体の電子版には、著作権を維持するためにデータを保存するという概念はあまり存在しません。多くの国でEブックの保存は義務づけられていないのです。さらに多くの場合、Eブックへの実際のアクセスは国立図書館内のみに限定されています。ほとんどの場合、Eブックはネットワーク上で配布されているわけではないのです。そして三番目として企業がアーカイブを提供することがあります。これはネットワークによって経済効果を創出する新しいビジネスのあり方を示しているとも言えます。問題なのは、かりにEブックやその他の媒体について、単一あるいは少数の情報源しかないとき、一つの故障や失敗が全体の不備を招くということです。一方で全世界の何千からなる図書館ネットワーク網の場合は、すべての書籍と所在図書館を見つけるのは困難を極めることになります。
 こうしたすべての解決方法は根本的な問題をまったく見落としているようにみえます。脅威となる要因について一切言及しておらず、それは社会責任あるいは基本的な責任が伴っていないからです。あるいは構造自体が単体の故障に脆弱であると言えます。そして最も深刻な脅威とは、人為的操作失敗やミス、外部および内部からのテロ行為、経済的困難や組織の運営問題などです。
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PROFILE

Michael A. Keller

1993 年から現在まで、スタンフォード大学図書館長(Ida M. Green University Librarian)。1995 年にHighWirePress を設立、今では世界中の1000タイトル以上の学術誌の電子出版を手がけるその非営利団体の創立者・出版人である。その活動を通じて学術誌の電子化が商業出版社の利益追求の道具とされることに一貫して抵抗してきた。2000 年からは、スタンフォード大学出版の発行人も兼任している。

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