風
 
 
 
 
 
 
[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
新書ブームに陰り!? 不況に強い「テツ、歴史、仏教」―09年「新書」事情を振り返る
ここ数年、相次いで新シリーズが刊行され、今年も毎月100冊超、年間で1000冊以上が出版された。雇用や教育、医療現場の崩壊を描いたルポや、経済格差の問題に切り込んだ論評などが目立ち、新書界の“定番”テーマとなりつつある。またテツや歴史、仏像など趣味本はこの不況下でも大盛況だった。09年の新書傾向と10年の展望について、「新書マップ」の編集に携わる本誌編集長と、菊地武顕氏、田嶌徳弘氏に語ってもらった。
1
1.社会のいたるところで“崩壊”が始まっている!!
2.もはや仏にすがるしかないのか!?
3.本がすべて新書になる日も遠くない!?
1
社会のいたるところで“崩壊”が始まっている!!
■川井
 2009年もあとわずか。今年も新書界の1年間を振り返りたいと思います。とはいっても、冒頭からこんなことを言うのは気が引けますが、これが面白かったとか、この本が読み応えがあったという、印象深い本は少なかったように思うんですが。
■田嶌
 売れ行きはどうでした?
■川井
 オリコンが発表した2009年の売り上げ結果を見ても、総合ベストセラー10位以内に新書は入りませんでした。新書だけで見ると、第1位は『悩む力』(姜尚中著、集英社新書。08年5月刊)で、約40万部。『バカの壁』(養老孟司著、新潮新書。03年4月刊)のころから考えると、売れていません。
 そんな中、敢えて思い付くままに言えば、仏教、裁判員、雇用崩壊、格差を取り上げた本が数多く刊行され、それなりに話題となりました。雇用崩壊や格差問題については、ここ1、2年の“定番”になってきましたね、
■田嶌
 不況関係の“定番”ばかりではねえ。ほんとに残念。
■川井
 そういう時代だからでしょうか。仏教本の刊行が相次いだことには少し驚いています。
■田嶌
 たしかに。小学館からは「101ビジュアル新書」として『古寺をゆく』というシリーズが出ましたからね。第1回は『興福寺』、第2回『高野山』と。他にも、カラーページ盛りだくさんの仏像本なんかも出ましたしね。
■川井
 仏教ブームと共に、仏像ブームでもありました。お堅い中公新書ですら『日本の仏像/飛鳥・白鳳・天平の祈りと美』(長岡龍作著)、『仁王/知られざる仏像の魅力』(一坂太郎著)を出しました。
■田嶌
 あと目立ったテーマとしては、リーマンショックによるアメリカ発の金融危機の問題。昨年10月に出た『強欲資本主義ウォール街の自爆』(神谷秀樹著、文春新書)は今年に入っても売れ続けたけど、それを受けて金融工学の罪というか、なぜ資本主義が暴走したのかを解説した本が多かった。
■川井
グローバル恐慌/金融暴走時代の果てに』(浜矩子著、岩波新書)、『金融資産崩壊/なぜ「大恐慌」は繰り返されるのか』(岩崎日出俊著、祥伝社新書)、『世界同時不況』(岩田規久男著、ちくま新書)、『世界金融崩壊七つの罪』(東谷暁著、PHP新書)、『金融危機にどう立ち向かうか/「失われた15年」の教訓』(田中隆之著、ちくま新書)などなど、数え上げたらきりがないくらい。
■田嶌
 さらに一歩進んで、『世界不況を生き抜く新・企業戦略』(門倉貴史著、朝日新書)、『米国経済崩壊後の日本再生シナリオ』(宇野大介著、角川SSC新書)のような対策提案書も数多く出ました。
■川井
 あとは雇用崩壊に関する本。書名を列挙するのは……止めましょう。あまりに多いし、暗い気持ちになってくるので。
■田嶌
 うん、前向きな気持ちになれない本ばかりだから。
2
もはや仏にすがるしかないのか!?
■川井
 とにかく今年は沈滞と崩壊!
 崩壊といえば、金融はもちろんだが、医療現場の崩壊をルポしたものもあった。『医療崩壊の犯人』(村上正泰著、PHP新書)、『医療崩壊の真実』(勝又健一著、アスキー新書)、『ルポ 産科医療崩壊』(軸丸靖子著、ちくま新書)。
■田嶌
 医療崩壊本の著者たちは、その原因を小泉構造改革にあると主張しています。雇用崩壊、医療崩壊と、自民政権時代のツケが、ここに来てどっと出た感じだね。
■川井
 こうした状況では、やはり「仏教」のような心の持ちようの指針となるものが読まれるということでしょうか。
■田嶌
 戦後初の政権交代があったわけですが、意外と政治ものでは印象に残るものが多くありませんね。アメリカではオバマ政権が誕生もしたのに。
 漢検が主催する「今年の漢字」でも「新」が選ばれたようだけど、漢検は理事長や首脳陣が退陣するような不祥事を起こしたのだから、マスコミが大きく報じるのは、いかがなものか。それに、「新」という漢字を聞いて、納得している人はあまり多くないのではないか。それほどポジティブになれるような世情ではないでしょう。
 たしかに政権交代を果たした衆議院選挙のときは、全体的に「何かが変わるぞ」という期待感というか、自民党政権に鉄槌を下せたという爽快感に近いものがあったように思いますが、それは本当に一過性のものでしたね。
■川井
 そういった中では、山口二郎氏の『政権交代論』(岩波新書)は、政権交代の意義が分かりやすく述べられていて、なかなか参考になる。長期政権はなぜ腐敗するのか。その点について、議院内閣制というものの仕組みとの関係から説明するなど、なかなか読み応えのある本でした。でも、田嶌さんのおっしゃる通り、それを除けば政治本で骨のあるものはなかったといっていいでしょう。
 それに対して、いわゆる趣味本は多かったですね。
■田嶌
 昨年の「新書事情を振り返る」特集で、今年は団塊世代向けの趣味本が出ると予想したけれど、そんなに外れなかったね(笑)。しかし内容をよくよく見ると、新しい趣味を提案するというよりは、もともと人気のあったテーマが多かった。まずはテツ。それから戦国武将、幕末、古代といった昔から人気のある歴史もの。あとは、あの頃は良かったという懐古調の昭和もの。これらは不況に強い分野なのかな。
■川井
「坂の上の雲」が話題ですし、あの当時の前向きに動く日本人の姿って、読んでて気持ちいい。閉塞感に囚われた今だからこそ、憧れるというのがあるのでしょうね。
 趣味本のなかで、心を洗われたのは『通勤電車でよむ詩集』(小池昌代著、生活人新書)。あと、『エア新書/発想力と企画力が身につく“爆笑脳トレ”』(石黒謙吾著、学研新書)が面白かったですね。
3
本がすべて新書になる日も遠くない!?
■田嶌
 なんだか、いろいろな新書が出ましたね、という結論にしかなりませんね……
■川井
「新書だから」といった新書の定義や特徴がなくなりましたね。新書シリーズの創刊は、相変わらず多いし、扱われる内容もテーマも、文体も、まちまちになってきました。
 参考までに、今年創刊された主な新書シリーズを挙げてみると、当面は海外作品を出版するとして創刊された「ハヤカワ新書juice 」、理系の新書シリーズである「PHPサイエンス・ワールド新書」などは異色のシリーズで、今後の大化けに期待したい。でも主流は、プチ教養を目指すと宣言する「ワニブックス【PLUS】新書」のようなタイプ。そうそう、講談社のコミック誌「アフタヌーン」編集部が作る「アフタヌーン新書」なんていうのまであった。
■田嶌
「薄い単行本」と言った感じですね。雑誌では「ユニクロ栄え、国滅ぶ」(文藝春秋10月号)なんていうタイトルで、ユニクロ的低価格競争がデフレ・スパイラルに拍車をかけてしまうという問題を提起しているものもある。そのあたりを、しっかり論じたものを読んでみたいものです。
■川井
 うん、新書がまるで月刊誌のように刊行され消費されている今だから、もう少し雑誌的な視点で現代を斬る本があってもいいですね。雑誌だと紙幅の関係で深く切り込めずに終わるから、そのあたりを新書で補ってくれたなら。
■田嶌
「データ中国、まるごと中国」みたいな本を読んでみたい。中国批判の新書は、特に昨年、北京オリンピックを契機にいろいろと出版されましたが、そもそも、下水道普及率とか、何民族があるか、平均寿命、農業従事者の割合とかの基本データがあまり知られていません。来年は上海万博もあるし、もう一度、中国問題の本は多く出版されると思います。。もうすべてが新書で出版される時代がくるかもしれない。
 川井さんから見て、今年あっても良さそうなのに出版されなかったテーマや、来年こそは読んでみたい問題はありますか?
■川井
 ニトリやユニクロ、餃子の王将など、この不況下で経営的に「勝ち組」になった企業を分析したものが、意外とないですね
 あ、菊地さん、やっと来た。やっぱり週刊誌は忙しいですか?
■菊地
 すみません。遅くなりました。10年前の1.5倍くらい働いているような気がします。一昔前と比べると、かなり細かい情報を入れるようになってますから、手間暇がかかります。手を替え品を替え、頑張っていくだけです(苦笑)。
■川井
 どこもかしこも大変。というわけで、来年も不況関連本がたくさん出版されるのかもしれません。でも、もういい! もう景気の悪い本は読みたくない! そんな感じがします。
<< PAGE TOP
1 2
PROFILE

菊地 武顕

雑誌記者
1962年宮城県生まれ。明治大学法学部卒業。86年1月から、「Emma」(当時は隔週刊。後に週刊化)にて記者活動を始める。以後、「女性自身」、「週刊文春」と、もっぱら週刊誌で働き、近年は映画、健康を中心に取材、執筆。
現在はグラビアを担当。記者として誇れることは「病欠ゼロ」だけ。

田嶌 徳弘

1954年東京都生まれ。埼玉大学理工学部数学科卒。80年毎日新聞入社。大阪社会部、外信部、カイロ特派員、毎日インタラクティブ編集長、毎日ウィークリー編集長などを経て、現在、生活情報紙「ここち」編集長。

川井 龍介

「風」編集長。
近著に『「十九の春」を探して/うたに刻まれたもう一つの戦後史』。

 

古寺をゆく〈1〉興福寺

古寺をゆく〈1〉興福寺
小学館「古寺をゆく」編集部編
(小学館101ビジュアル新書

仁王/知られざる仏像の魅力

仁王/知られざる仏像の魅力
一坂太郎著
(中公新書)

グローバル恐慌/金融暴走時代の果てに

グローバル恐慌/金融暴走時代の果てに
浜矩子著
(岩波新書)

金融資産崩壊/なぜ「大恐慌」は繰り返されるのか

金融資産崩壊/なぜ「大恐慌」は繰り返されるのか
岩崎日出俊著
(祥伝社新書)

世界同時不況

世界同時不況
岩田規久男著
(ちくま新書)

世界金融崩壊七つの罪

世界金融崩壊七つの罪
東谷暁著
(PHP新書)

金融危機にどう立ち向かうか/「失われた15年」の教訓

金融危機にどう立ち向かうか/「失われた15年」の教訓
田中隆之著
(ちくま新書)

世界不況を生き抜く新・企業戦略

世界不況を生き抜く新・企業戦略
門倉貴史著
(朝日新書)

米国経済崩壊後の日本再生シナリオ

米国経済崩壊後の日本再生シナリオ
宇野大介著
(角川SSC新書)

ルポ 産科医療崩壊

ルポ 産科医療崩壊
軸丸靖子著
(ちくま新書)

政権交代論

政権交代論
山口二郎著
(岩波新書)

通勤電車でよむ詩集

通勤電車でよむ詩集
小池昌代編著
(生活人新書)

エア新書/発想力と企画力が身につく“爆笑脳トレ”

エア新書/発想力と企画力が身につく“爆笑脳トレ”
石黒謙吾著
(学研新書)

<< PAGE TOP
Copyright(C) Association Press. All Rights Reserved.
著作権及びリンクについて