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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
世界中の人々に「ヒューマン・ライツ」を!―― ヒューマン・ライツ・ウォッチが日本にオフィスを開設 2
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3. 「ヒューマン・ライツ」とは人間としての最低限の“尊厳”
4. 日本はODA拠出国への影響力を発揮すべき
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「ヒューマン・ライツ」とは人間としての最低限の“尊厳”
川井
「人権」という言葉からして翻訳語ですね。日本人向けに用語や背景などの解説したものが必要ではないかと思います。
土井
 なるほど。「人権」というと、日本の人々が思い浮かべる内容が、「だれでも人間であれば認められるべき最低限の尊厳で、決して侵害されてはならない人間の尊い部分」というものとは違うことも多く、内容の説明が難しい、というのはありますね。
 ヒューマン・ライツ・ウォッチが発行するニュースリリースや報告書を日本で翻訳し発行したり、日本語版のWebサイトで公開はしています。ただ、日本人や日本のメディアに理解してもらって効果を発揮するためには、社会によって多少手段を変える工夫も必要なのでしょうね。
 時によっては、「人権」という言葉を使わない、という手を取る必要もあるかもしれません。先日「世界の人々に尊厳ある生を」というタイトルでNHK「視点・論点」という番組に出演しました。私は「世界中の人々に人権を」と言いたい気持ちもやまやまですが、それより尊厳のほうがいいのかも(笑)、尊厳ある生、英語で言うところのdignityですね。そんなふうな言い換えをしたりするのですが……。言葉としてさらにいいものは思いつかないので、あとは具体的な状況を説明するようにしています。
川井
プレゼンテーションの仕方に工夫が必要なのかもしれませんね。日本のメディアでは、国際的な話題はあまり取り上げてくれない。週刊誌でも「うちは海外ネタほとんどやらないから」とはっきり言っているところもあります。遠いところの話題を身近に伝えるにはどうしたらいいんでしょうか。
土井
 海外の事件や事情について関心が低い理由の一つは、日本との関係が見えにくいということだと思います。私たちはジャーナリストではありませんから、情報を伝えるだけで終わらないようにしています。日本政府がどう行動すべきかということを提案し、政府に行動を求めます。日本政府の影響力があるところ、日本政府の声が届くところ、あるいは日本政府が声をあげないことが現状の解決を阻んでいるところの情報を中心に持って行ってアドボカシーをしています。アメリカを見ていると、必ずしも国民が国際的なわけではないけれど、どこかで起きている戦争や紛争について、政府は、自分の国はどうすればいいかをいつも考えています。自分が傍観者でいることはまずないですね。
 ODA大国である日本政府も、実は、大きな役割を果たしうるし、逆に静かにしていることによって現実におきている残虐行為を容認したというマイナスの効果を与えてしまうことにもなってしまう。日本が静かにしていることによって例えば、虐殺をしている政府の側は、「虐殺を止めろ」という声は世界中の共通の声ではないんだ、西洋が言っているだけなんだ、と逆宣伝することもある。そういうことをまず意識してほしいと思います。
川井
当事者意識がないということですね。
土井
  大変だね、かわいそうだね、という反応で終わってしまいがちです。日本で同じことが起きたら、絶対にみんな注目するような事件が、世界中で起きているのですが、日本の新聞では一面トップどころか小さな記事にも載らないことが多い……。
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日本はODA拠出国への影響力を発揮すべき
川井
HRWが日本で活動するということは、日本政府に対して、日本の影響力が大きい分野を中心にアプローチしていくということですね。
土井
 その通りです。影響力がある地域は、国によってそれぞれ違ってきますので。たとえば、グルジア紛争の際も、EUが動くかどうかが重要でしたから、ヨーロッパ各国を中心にアドボカシーを展開しました。
  日本の場合、アジア各国にODAを出していますし、地政学的にも近隣ですので、影響力がとてもあります。逆にいうと、EUは、仮にいいことを言ってくれても、アジアにはそれほど影響力がないんですよね。ですから、日本政府に対しては、アジアの問題をとくに力を入れてアピールするつもりです。アフリカに対しても援助やビジネスの額が増えていますから、日本の影響力が大きくなっていくでしょうね。
  また、日本は国際機関にも影響力を持っています。たとえば、日本はオランダ・ハーグにあるICC(国際刑事裁判所)予算の約20パーセントを拠出している国です。日本のICCでの発言はプラスの発言をすればプラスに、逆にマイナスにはたらくこともありますが影響力は抜群ですので、ICCへの活動も力を入れてやっています。
川井
日本が注目すべき、影響を及ぼせそうな地域と言うと、具体的にはミャンマーとか、スリランカとかでしょうか…?
土井
 そうですね。ビルマ(ミャンマー)スリランカについては、日本ができることが大きいと思います。スリランカの問題は、日本ではゼロ・アテンションという感じで、まったく注目されていなくて残念だったのですが、1月14日の国連・安保理で、日本政府は、スリランカも名指ししながら、民間人、ジャーナリスト、援助要員に対する攻撃や少年兵の徴集、人道支援へのアクセス制限などの人権侵害は許されない旨を発言しました。スリランカ政府に対する強いメッセージになったと思われ、歓迎です。責任ある援助国として、こうしたメッセージを発し続けることは非常に重要です。
川井
経済的に、ということですか?
土井
 そう、経済的にです。ただ、経済的に影響力が大きいということは、すなわち政治的にも影響力があるということです。そのほかにも、スリランカで停戦合意以降に起きた重大な人権侵害、例えば民間人が多数殺された事件、フランスNGOの職員が殺害された事件などの真相究明のためのスリランカ政府の委員会をモニターする国際識者グループにも、日本人が含まれていました。
 大きな経済力をバックに、日本が政治面でも重要なポジションを占めていますので、影響力は強いです。紛争で何万人も犠牲者がでて、今も、数十万人の単位で国内避難民がでています。スリランカ政府までも、拉致など、反政府組織のLTTE(タミル・イーラム解放の虎)に負けじと汚い手段を使うようになってきたので、そんなことではいつまでたっても内戦が終わらないからそうした人権侵害をやめるようにと、まずはEUから声があがるようになってきました。アメリカを説得するのには時間がかかりました。LTTEがテロ組織ですので、米国はスリランカ内戦を「対テロ戦争」とみなし、テロと戦っている政府に肩入れしてきましたので。それでもさすがにアメリカもこれはまずい、と声をあげるようになってきました。
 しかし経済的に大きな影響力がある日本が、公にはほとんど声をあげずに、静かに傍観しているので、スリランカ政府に対する人権を尊重せよという国際的なプレッシャーが減ってしまっているというのは、確かなことです。
川井
日本人が国際的なことに関心を持てない、行動を移せないということに関して、戦争の体験というか、外に出てあれだけ問題を起こしてきたというトラウマがあるということも影響していると思います。土井さんは個人的にどうお考えですか?
土井
 HRWが日本に求めているのは、外に出て行って平和を壊すという過去の行動とは全く違って、人を救うという行動なのです。過去に人権侵害を犯したことが、今、現に被害にあっている人たちを見捨ててよい理由となるはずがありません。日本の中だと、外に出て行くときくと、「何をやるのか?」とまずは疑いの目を向けられる、ということはあるかもしれません。HRWは「(支援に)出て行くのか出て行かないのか?」を議論するのではなく、もっとここでは具体的にどんなことをすれば日本が役にたつのか、というようなことを示していきたいと思っています。
川井
政治的な問題に首をつっこみたくない、という思いがあるのかもしれません。日本は、防衛についてはほとんどアメリカに肩代わりしてもらって、経済活動に集中してきた。
土井
 日本はどうやって国際貢献をするべきかという議論にもなりますが、いますぐできることで非常に効果があるのは、「発言する」ということです。発言するだけで、多大な国際貢献になる、とHRWはいつも言っています。日本が、虐殺されている人を放置して声をあげないでいるのではなくて、「やめなくては」と発言することが、虐殺を止めるプレッシャーを高めるのです。HRWは、政治団体ではないので、日本政府の政治的・軍事的立場などについては、コメントする立場にはありません。人命を救うためにどういう行動があるか、人権のルールや戦争法規を各国の政府や非政府組織に守らせるにはどういう行動が必要か、ということを考えているだけなのです。
 例えばルワンダ危機の時には、大虐殺が起きていることを世界中が知りながら見捨てました。各国は非難にさらされましたが、その後も、旧ユーゴ紛争――たとえば、スレブレニツァの虐殺など――でも、虐殺を見過ごしました。その延長線上で、いまスーダンのダルフールでも大虐殺が続いています。決して過去の問題ではないのです。これは止めなくてはいけない、HRWは、ルワンダ虐殺の時も、その後もずっと、虐殺の真相、そして、どの国が何をすべきかをずっと発信し続けてきたのですが、成功せず、多くの人々が殺されたのです。軍事的なことも必要な場合がありますが、日本の憲法解釈や改正問題などについて、口出しすることはできません。
 でも、日本には、現状で可能な限り、その持ちうる政治的・外交的影響力を、民間人保護のために使ってほしい。日本自身が、平和維持活動に参加しない事態の場合であっても、他の国が参加しやすいように、経済的に環境を整えるとか、国際世論を形作るのを助けるとか、PKOをブロックしている国に対してブロックしないでほしいという説得・プレッシャーをかけることがとても貴重で、できることがたくさんあります。スーダン政府が、ダルフールでのPKO展開を妨害し続けています。こうした妨害をやめさせる、というプレッシャーを加えることはできるはず。人々は、PKOが安全を守ってくれることを心底望んでいるのです。スーダン政府が、債務帳消しを日本に要求しており、一部帳消しを約束してしまったようですが、スーダン政府のような、今虐殺に手を染めている政府に対して、少なくともPKOの妨害をやめさせる、民間人への攻撃をやめさせるという約束を、債務帳消しの条件に使うことによって、日本は大きな国際貢献を果たすことができます。
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