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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
世界中の人々に「ヒューマン・ライツ」を!―― ヒューマン・ライツ・ウォッチが日本にオフィスを開設 3
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5.HRWの仕事は“警察、兼裁判官、兼弁護士、兼学校の先生”
6.犬養道子さんの『人間の大地』が活動の原点
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HRWの仕事は“警察、兼裁判官、兼弁護士、兼学校の先生”
川井
HRWはアメリカに本部があって、アメリカ政府自体を動かしたり、ときにはアメリカ政府と一体となって働きかけることもあると聞きました。しかしその一方で、アフガンの空爆、イラク戦争などを見てもアメリカ政府自体がかなりの人権侵害をしているわけですね。その辺の矛盾をどう考えていますか?
土井
 近年、HRWが最も多くの批判をしてレポートを出しているのは、残念ながらアメリカに対してなのです。最近も、過去3年にわたる米軍のアフガンでの誤爆による民間人死者の実態そして米軍の戦略のどこを変更しなくてはならないのか、を報告しました。また、キューバにある米軍のグアンタナモ基地での収容者の処遇や、政府の拷問許容などについて、詳細な調査報告を発表し、こうした「テロとの戦い」の名の下で犯されている人権侵害を止めるためのフロントラインにたっているのもHRWです。
川井
批判はしている、ということですね。
土井
 HRWにとって、公平性であることは、極めて重要です。レバノン戦争でも、イスラエルヒズボラ双方が民間人を攻撃しましたので、双方による民間人被害についてレポートしています。ただし、必ず、HRWの報告内容を快く思わない立場の政府や団体は、HRWを攻撃しようとします。内容について批判できないときこそ、「政治的バイアスがかかっている」とか「何もわかってない」と批判するのです。しかし、HRWは、人権を踏みにじる政府・反政府勢力であれば、どんな立場の団体だろうと批判します。また、そうした批判に反駁するためにも、アメリカ政府を含めいかなる政府からも援助を受けないのです。日本の方々のなかに、HRWがいつもアメリカ政府とともに行動しているように思われているとすれば、その誤解をとき、公平に情報を発信していることを知らせる努力をしていかなければいけませんよね。たぶん、HRWが執筆した米国による人権侵害のレポートを見ていただければ、そういった誤解はすぐ解けると思います。ただ、アメリカ政府が人権保護に重点を置く外交政策をとっている国については、私たちはアメリカ政府と協力します。例えば、ブッシュ政権下でも、ビルマスーダンに対するアメリカ政府の外交政策は、人権を重視するもので評価すべきです。日本も、対ビルマ政策、対スーダン政策でこそ、対米協調していただきたいです。
川井
HRWの活動は、いわゆる営利ビジネスでもなく、理想が高いというか、ある種の宗教的なところを感じます。
土井
 スタッフを見る限り、宗教色は感じられません。なので、私はこの団体を宗教的と感じたことは一度もないのですが……もし、「他人の苦しみは自分の苦しみ」だから行動しようという考え方がいろいろな宗教にあるという意味でおっしゃっているのであれば、宗教のもつ利他性とHRWのグローバルな人権保護は共通する部分があると思います。どちらかというと、HRWは宗教というより、法律的な団体でね。HRWのマンデー(負託)とは、「国際人権法・国際人道法を世界中の政府にまもらせること」ですから。ただ、例えば自分のとなりで、大虐殺が行われたり、あるいは罪のない子どもが殺されているのを見れば、誰だって「やめろよ」と声をあげると思うんですね。だから私としてはごく普通のことをしているだけで、とりたてて高尚なことをやっているつもりはないんです。むしろ、本当はみんな声をあげたい、何か手助けしたいと思っているのに、チャンスがなくてなかなかできないことを、私は仕事として堂々とやっていけるのだから幸せだと思っています(笑)
「ヒューマン・ライツ」は、法律用語でもあって、国際人権法や国際人道法のなかで、各国政府は「ヒューマン・ライツ」を守ることを義務づけられています。自由権規約や社会権規約、子どもの権利条約や女性差別撤廃条約など、世界各国政府は多くの条約で人権を保護すると約束していますが、仮に、自らは約束していない政府であっても、こうした条約にかかれた内容の多くは、いわゆる「慣習法」になっていて、約束する(つまり、条約を批准する)という行為がなくても、すべての国が守らなければならない法なのです。しかし、現実には守っていない政府や組織が多くて、そこに対して「ルールはちゃんと守りなさい」と言うのがHRWの役割なんです。世界で「ヒューマン・ライツ」が尊重され、すべての人々が幸福に過ごせるようになる社会を作ろうという理想は、もちろん高尚ですが、活動自体は、例えて言うなら、警察、兼裁判官、兼弁護士、兼学校の先生といった具合で、ルールを守っていない権力組織(政府や反政府組織など)にルールを守るように働きかけているだけなんですよ。
川井
法にはその法が成立するにいたった精神というのがありますね。国際人権法や国際人道法については、どういった精神があったのでしょうか。
土井
 国際人権法は、第二次世界大戦でのホロコーストの実態に世界がショックを受けたことがひとつのきっかけになって、発展しました。戦争直後にできた世界人権宣言が、国際人権法の背骨となり、その後、多くの条約ができました。国際人道法(戦争法規)はもっと昔からあって、第一次世界大戦など、兵器でたくさんの人々が殺害されるようになって、戦争にも最低限のルールが必要だとして生み出されました。ただ、当然と言えば当然のことしか言っていないと思うんですね。みだりに人を殺しちゃいけないとか、人を傷つけたらいけないとか。
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犬養道子さんの『人間の大地』が活動の原点
川井
土井さんがそもそも、こうした活動に関心をもったきっかけは何だったのでしょうか。また、どうして法律家になろうと?
土井
 きっかけは犬養道子さんの『人間の大地』(中央公論社、1983年刊)という難民ルポを読んだことでした。と言っても、国語の授業の時にプリントで配られたという、受動的なものだったのですが(笑)。そのルポを読んで、世界にはこんな現実があるんだと衝撃を受けたんですね。もともと中学3年生のときに、スコットランドにホームステイに行った経験があって、世界は広いなと感じていたので、世界に関係のある仕事に就きたいなという想いはあって、犬養さんの本を読んで、難民を救う仕事をしたいと思ったんです。
 法律家になったのは、本当に偶然で、私の親が「医者か弁護士でないと女はひとりで生きていけない」とかたく信じていて(笑)、とにかく司法試験の勉強をさせられていました。私としてはそれが嫌で嫌で、とにかく司法試験から早く解放されたかったので、大学3年のときに司法試験にさっさと合格することができたのかも。でも、弁護士の世界をあまり知らなかったということもあって、なんだか「金持ちで偉そうな人ばかり」というイメージだったんです(笑)。それで、そんな法律家より、世界の人々の役に立ちたいと。それで、自分が好きなことをやろうと、アフリカの新生国家エリトリアに行って、法律作りのボランティアをしたり、難民キャンプでボランティア活動をしていました。やっぱり犬養さんの影響の方が強くて、私がやりたいのは偉そうな法律家ではなくて、難民を救う活動なんだって。
 ただ、エリトリアの法律作りボランティアをする過程で、多くの弁護士たちに出会い、実は、人々のために尽くす立派な弁護士が多い!ということに気づいた(笑)。それから、やはり開発援助の活動などは、なかなかきれいごとだけじゃないなという現実も思い知らされて、弁護士として人権を守る活動をする方が、本当に難民を救う仕事につながるかもしれないと考え直して、弁護士になりました。こうした経緯があるので、弁護士になってからもとくに難民問題について活動してました。具体的には日本に来た難民の法的代理人になったり、入管法を改正する運動に関わったり。
川井
ふだんは、どんなジャンルの本を読んでいますか?
土井
 主人も弁護士で、とても本好きな人なんですね。本を毎日1冊ずつ買ってくるような人なので、自宅にはどんどん本が増えてきて…(笑)。ですから、私も彼が買ってきた本をつまみ食いみたいに読んでいます。最近よく読むジャンルとしては、貧困問題とかが多いですね。
川井
ご主人も弁護士となると、家のなかでも議論をされたりするのですか?
土井
  あ~ぁ、そうですねぇ…。そればかりですね(苦笑)。日本は何をすべきかといった内容で盛り上がったり、その挙げ句、時には喧嘩になってしまうことも…(笑)
川井
それにしても、国際紛争の現場など大変なフィールドに出て行く方は、幅広い愛情というか、慈愛のようなものがあるのかなと感じます。特に女性のなかには母性に基づく慈愛を持ってられるような。土井さん自身は、自分でそう感じることはありませんか。
土井
 いやぁ~、どうでしょうか(笑)。もちろん愛情はありますが、私はどちらかというと“怒り系”かもしれませんね。社会正義が実現されないことに対する怒りですね。
 人権が蹂躙されている現場をみて、かわいそうだと思ったら、マザー・テレサのように、家を建てて援助し、実際に生活をともにする。そういうソーシャルワーカー的な行動を起こすことももちろんすばらしいのですが、私は、どちらかというと、今でも、弁護士とかあるいはジャーナリストの系統で、むしろ、誰が悪いかを暴いて「政策を変更せよ」という方向へ行動するタイプです。HRWは、国際的に、そういうスタイルの団体。スタイル的にあっている。政府にしろ、反政府勢力にしろ、社会正義と人権を踏みにじる権力に対する怒りが根底にある気がします。
川井
土井さんがいまの日本社会を見て、これは問題だ、と思われることはどんなことでしょうか。
土井
 いろいろなことが起きていますので、問題は多いですが、個人的にはやはり、「日本人の中の外国人・民族的少数者問題」、たとえば、難民問題や国籍問題、差別問題に関心があります。その他、刑事司法下の人権なども、変わらず大きな問題ですね。
 危うい社会だと思うんですよね、人種・民族が違う人々に対して日本人の一部が持っている一種の嫌悪感みたいな感情が。そうした感情を解決するために、政府が差別禁止策を打ち出しているわけでもない。もし爆破事件などを伴うテロが起きたとして、その犯人が日本人でなく、別の国、別の民族の犯行だったとき、人権なんてそっちのけの相当な排斥的世論が出てくるのではないかと。そのあたりはちょっと怖いですね。

(HRWの活動を示す写真はHRWの提供)
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