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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
相次ぐ「新書」シリーズ。多様なテーマ、変容するスタイル-07年「新書」事情を振り返る- (2)
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4.世界各地の地域情勢や家族内の事件への掘り下げがほしい
5. 「KY」な人になることを恐れず、しっかり発言しよう!
6.学者とジャーナリストがタッグを組めば社会がもっと分かる!?
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世界各地の地域情勢や家族内の事件への掘り下げがほしい
■川井
 一方で、あっても良さそうなのに、あるいは、あるべきなのに出てこないテーマは、どんなものがあるでしょうか。例えば今年、食品偽装の問題が続出しましたが、新書ではまだあまり扱われていない。
■菊地
 そのテーマで、ルポルタージュがあってもいいですよね、確かに。朝日新書や扶桑社新書のように、新聞社をバックにした新書シリーズが出てきたのだから、その辺をどんどんやってほしいですね。コーポレートガバナンスを扱った『会社は誰のものか』(吉田望著、新潮新書)などはありますが、今年はワンマン創業者一族の不祥事が多かったわけで、例えば船場吉兆がなぜあれほど地に堕ちたのか、個別具体的な話をきちんと追いかけた読み応えあるものを期待したいです。
■川井
 ちょっと地味かもしれませんが、反米路線のベネズエラのチャベス政権など動きがあるのに、南米社会のものはなかなか扱われないですね。ようやく12月に『反米大陸/中南米がアメリカにつきつけるNO!』(伊藤千尋著、集英社新書)が出た程度で。南米社会とかロシア、中近東、アフリカなど、教養として押さえておきたいですね。その社会や政治状況、また経済問題を時事的に扱うものを読みたいですね。
■菊地
 外国関係では、やはり中国、韓国が人気テーマで、ときどきアメリカという感じ。2006年はヨーロッパ本が多かったけれど、今年は少なかったですし。ましてやその他の地域に関する新書は、5年10年と遡ってみても本当に少ない……。そんな中では、集英社新書は頑張っていますよ。ここ何年かの間に、『クルド人もうひとつの中東問題』(川上洋一著)、『南太平洋――開かれた海の歴史』(増田義郎著)、『サウジアラビア中東の鍵を握る王国』(アントワーヌ・バスブース著/山本知子訳)などを出しています。
■川井
 ロシアについてなら、学研新書が創刊の月に『暗殺国家ロシア/リトヴィネンコ毒殺とプーチンの野望』(寺谷ひろみ著)を出しました。これからロシアがどうなっていくかも、押さえておきたいテーマですね。
  それから昨今、凶悪犯罪、それも普通の人間が起こしてしまう犯罪が目立っています。家族間の事件はどこまでつづくのかといった気がします。そうした犯罪の真相や分析についても、新書で読みたいですね。
■菊地
 親子間での殺人について記した『こんな子どもが親を殺す』(片田珠美著、文春新書)が1月に出ましたが、その後、この手の事件が多発しました。現代社会では、まわりに変に気を使い過ぎている人が多いんだと思います。気を使う一方で、コミュニケーション能力が低い。だから職場や学校、あるいは家庭といった日常生活での人間関係に、ストレスが溜まってしまいます。で、ある日突然、爆発してしまう。今年もやはり、人間関係に関する新書がたくさん出ました。『人間関係のしきたり』(川北義則著、PHP新書)とか『あなたは人にどう見られているか』(松本聡子著、文春新書)とかね。周囲に気を使わなければならない、嫌われてはいけないという強迫観念でもあるんでしょうか。
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「KY」な人になることを恐れず、しっかり発言しよう!
■川井
 確かに、職場での人間関係のノウハウ本が目につきました。
■菊地
 特に新書とは関係ないですが、流行語で「KY(空気が読めない)」なんてのがありましたね。でもねえ、僕は空気なんて読まなくていいと思いますよ。むしろ言いたいことをきちんと言うことが大切。言いたいことを言い切れないから、ストレスも溜まる。
  そして言い切れるだけの言語能力がないことこそが、問題なんだと思う。前号の「新刊月並み寸評」で僕は、『「言語技術」が日本のサッカーを変える』(田嶋幸三著、光文社新書)を取り上げました。なぜそのプレーをしたのかと問われて、コーチの顔色をうかがってるようじゃ駄目。「別に……」なんて濁したって、何にも前には進まない。きちんと「僕はこうこう思ったから、そういうプレーをしたのだ」と言わないといけないんです。もちろん、まずは、言う勇気が必要です。そのうえで、論理的に説明する言語能力が欲しい。僕は、この本はかなり重要なことを提示していると高く評価しています。
■川井
 論理的な言葉にして説明するという一種の「型」じゃないですか。作法とかしきたりとか、「型」でトレーニングすることが見直されているのではないでしょうか。「型」という話が出ましたが、新書の「書き方」という側面はどうでしょうか? 散文的なものが本当に増えました。
■菊地
 うーーん、対談や雑誌の連載をまとめたお手軽本が増えたのが気になりますねえ。それと、売れる書き手にひたすら依頼する傾向が強まったと思います。売れることが分かっているといっても、何冊も本を出している人たちですから、もう目新しい話はないんですよ。それで薄っぺらい内容になる。それが分かってて依頼する編集部も編集部ですが、引き受ける側も引き受ける側で恥を知れといいたい(苦笑)。またそんな本に限って、語り下ろしだったりするんです。そういう輩には、書かせなければ駄目なんです。原稿用紙なりパソコンなりを前にして、書くという行為と向かい合えば、いかに自分が新しい情報を持っていないかということに気付くでしょう。
  では情報・知識が豊富な学者はどうかというと、とにかく文章が下手な人が多い。学者達は研究の末に得た知識を教養本として伝えるために書くんでしょうが、日本語を書く力がないから本として駄目。岩波や中公、それに現代新書が出す学者の本は、きちんとしたものが多いんですが、他の出版社の編集者は、学者を御しきれないのかな? 彼らも表現者であるとすれば、もっと日本語表現力を磨く必要があります。
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学者とジャーナリストがタッグを組めば社会がもっと分かる!?
■川井
 表現能力にも優れていたからこそ、『生物と無生物のあいだ』は売れたのかもしれませんね。それでは、来年2008年にはどんな新書が出ると思いますか。あるいは期待したいことはどんなことでしょうか。
■菊地
 出るのはやはり定年本でしょうね。2月から4月にかけて、ドドッと出るでしょう。
  新書は安くて手軽に読めます。電車の中でも雑誌よりもスペースを取らないですから。時事的なもの、日本の政治でもいいし、経済でもいい。食品偽装、年金問題など、新聞や週刊誌では読めない内容をじっくり読みたい。じっくりと言っても通勤電車を3回くらい往復すれば読めてしまうような、そういう按配のものがいいですね。実際今年は、先に挙げられた『偽装請負』、あるいは『亡食の時代』(産経新聞「食」取材班著、扶桑社新書)のような新書が出ましたからね。来年はもっと出ないかなあと思っています。
  あるいはそれをさらに進めて、学者とジャーナリストが手を組んだ本というのがあっても面白いですよね。ジャーナリストは、基本的には目先のことしか追いかけないけど、学者はその目先の事象を論理化することが出来るわけですから。それぞれの特長を上手く合体させるものがあれば、電車の中で現代社会が分かるようになります。
■川井
 たしかにきちんとした考察本が待たれますね。さっき家族間での殺人について話が出ましたが、子供を殺した親に、親を殺した子供に、一体何があったのか――こうした具体的なルポルタージュならば単行本でもいいと思うのですが、新書では家族間の殺人の全体的な考察をしたものを読んでみたいですね。例えば半世紀前と比べてどうなのか。殺人の目的がどう変わったのかとか。以前、何かで読んだのですが、家族間の犯罪は過去の方が多かったらしい。そういう傾向があるのか、統計的な根拠を出して考察してほしいですね。
■菊地
 ちょうど1年前に僕は、「2007年に読んでみたい新書」として、秋田での母親による子殺しもあったことだし、今、母親に何が起こっているのかを取り上げた本を読みたいと書きました。川井さんのおっしゃるように、単なるルポではなく考察。それを引き続き期待します。
■川井
 もうひとつ、私は先ほどの南米やアフリカのように、教養として基本の「き」の字みたいなものがもっと出ていいと思います。例えば「岩波ジュニア新書」なんかは「ジュニア」と銘打っているけれど、大人が読んでも読み応えのあるものもある。
■菊地
 ええ。岩波ジュニアから今年出た『ぼくはアメリカを学んだ』(鎌田遵著)は、日本人の知らないアメリカの貌を教えてくれます。また『メソポタミア文明』(中田一郎著)、『古代エジプト入門』(内田杉彦著)といった古代文明の基本の「き」も刊行されました。この路線を踏襲して欲しいと思います。
■川井
 それから、格差社会が問題になっているけれど、それを本格的に考察したものってあまりないですよね。例えば、バブル経済が破綻したときに、どうしてバブルが起きて、どうして潰れていって、どう始末されたのかをきちんと分かりやすく書かれたものってなかった気がする。それと同じで、格差社会についても、新自由主義や規制緩和がそうした社会を産んだなんて言われているけれど、それを本当に検証したものはまだ出ていない。そのあたりを硬派に語る新書が出て欲しいですね。その他には、年金問題が象徴するように公務員、官僚の社会はなぜあれだけずたずたになったのかにも興味がありますね。
■菊地
 組織に責任はあるけど、個人には責任はない。それが問題ですよね。年金問題にしても、国民への確認通達だけで2億円かかるらしい。それだって税金ですよ。豪邸に住んでいる元社保庁長官たちが、なぜ責任を取らなくてもいいのか? 公務員が個人としては一切責任を取らなくてもいいという構造が問題です。私たちは日本の官僚しか知らないけれど、他国の公務員制度や実態はどうなのか興味がありますね。ジャーナリストが日本の公務員やそのOBの現状を調べ上げ、学者がこれまで研究してきた外国の公務員システムと比較・考察する。ジャーナリストと学者のコラボレーションがあれば、より深く現代日本の問題を斬っていけると思います。
■川井
 2008年はまた創刊シリーズがあるでしょうか。
■菊地
 大手出版社で出していないのは小学館だけ。もはや飽和状態にも見えますが、中小の出版社から「健康人新書」や「ベースボール・マガジン新書」のようなテーマを絞った新書が出ることは十分考えられます。あるいは大手が「セカンド」として、何かに特化したものや、より売れることを念頭に置いた新シリーズを出すかもしれませんし。
■川井
 ここまで増えてくると、手軽に教養を得られるというイメージだった新書が、もはやただ単に判型として「新書サイズ」という意味での新書でしかなく、どんなテーマ、内容のものも出てくるという感じになってきました。
■菊地
 新書に求められるものが多様化していってるのであれば、それはそれでいいと思います。そのうえで僕らは、判型として新書サイズのものにこんな本が出ました、あんな本が出ましたと機械的にどんどん伝えていけばいいと思うんです。そこから先は、読者が判断すればいいことです。新書に携わる身としては忙しくなっちゃいますけど、でも新しい新書シリーズがどんどん出てきてくれる方が、楽しいことは間違いないですからね。
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会社は誰のものか

会社は誰のものか
吉田望著
(新潮新書)

クルド人もうひとつの中東問題

クルド人もうひとつの中東問題
川上洋一著
(集英社新書)

暗殺国家ロシア/リトヴィネンコ毒殺とプーチンの野望

暗殺国家ロシア/リトヴィネンコ毒殺とプーチンの野望
寺谷ひろみ著
(学研新書)

こんな子どもが親を殺す

こんな子どもが親を殺す
片田珠美著
(文春新書)

「言語技術」が日本のサッカーを変える

「言語技術」が日本のサッカーを変える
田嶋幸三著
(光文社新書)

亡食の時代

亡食の時代
産経新聞「食」取材班著
(扶桑社新書)

古代エジプト入門

古代エジプト入門
内田杉彦著
(岩波ジュニア新書)

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