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相次ぐ「新書」シリーズ。多様なテーマ、変容するスタイル-07年「新書」事情を振り返る-
  相変わらず新たな「新書」シリーズが次々登場した07年。純粋「教養」から飛び出し、ハウツー、エッセイ、ビジュアルものとそのすがたは益々多様化してきた。読みやすく時代を反映したテーマが好まれる傾向は主流だが、その一方で本格教養本も健闘している。07年の新書傾向と08年の展望について、本誌編集長と「新刊月並み寸評」筆者の菊地氏が語り合う。
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1.テーマを絞ったシリーズが相次いで創刊
2.「誰が買うのだろう?」と思った新書ほど売上げ好調!?
3.定年を迎える団塊世代に“趣味”のすすめ
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テーマを絞ったシリーズが相次いで創刊
■川井
 2007年も次々に新書シリーズが創刊されました。おさらいの意味で、名前を挙げましょう。2月に「ディスカヴァー携書」(ディスカヴァー・トゥエンティワン社)と「扶桑社新書」。3月に「アスキー新書」と「健康人新書」(廣済堂出版)。6月に「学研新書」。9月に「ベースボール・マガジン新書」。そして10月に「角川SSC新書」です。新シリーズの印象はどうですか?
■菊地
 面白いと思ったのは、「健康人新書」や「ベースボール・マガジン新書」のように、ひとつのテーマに絞ったシリーズが創刊されたことですね。「アスキー新書」も、それに近いところがあるし。これは、既存の新書シリーズにはなかった――いや正確に言えば「ブルーバックス」があるか――でも、目新しい動きといっていいでしょう。
■川井
 健康とスポーツ、面白いところを突いてきたと言えますね。
■菊地
 健康というのは、テーマとしてとても大切だと思います。これからますます高齢化社会が進むから。スポーツ専門の「ベースボール・マガジン新書」も頑張って欲しい。川井さんも僕も、アメリカに住んだ経験があるから分かるんですが、アメリカ人って本当にスポーツが好き。やるのも観るのも好き。スポーツに関する書物を読むのも好き。その姿を見ると、日本人ってスポーツが嫌いなんだなあ、なんて感じるほどです。そんな日本で、スポーツに関する新書を出し続けることに意味があると思います。ただ、それを読み続ける読者が、どれだけいるのか疑問ですがね。
■川井
 そういう中では、学習研究社がいわゆる教養新書の流れを汲んだラインアップで登場しました。
■菊地
 そうですね。硬派な内容のものが比較的多い。逆に、「扶桑社新書」、「角川SSC新書」は、そこまでストレートな教養新書というほどではない。売れ行きはいいみたいですけどね。
■川井
 内容も文章も柔らかいものが増えて、大手だけでなく中小の出版社も新書を出すようになりましたね。一方で、既存の新書シリーズについてはどうだったでしょうか。
■菊地
 まず、売れているか売れていないかは別問題ですが、中公新書の独自路線は評価しないといけないでしょう。今年出た中でいうと、『処女懐胎/描かれた「奇跡」と「聖家族」』(岡田温司著)、『ヴィクトリア女王/大英帝国の“戦う女王”』(君塚直隆著)、『ケネディ/「神話」と実像』(土田宏著)……、挙げきれないほどありますよ、ビジネスに役立つ訳でもなく、時事的でもない(笑)。でも面白い本が。
■川井
 確かにそうですね。タイトルも、「~とかしてみませんか?」のような流行りの散文的なものではなく、真っ正面をついたものです。しかし、この手の教養新書は滅多にヒットはしない。そのなかで今年、『生物と無生物のあいだ』(福岡伸一著、講談社現代新書)は、教養本格派では珍しくベストセラー入りしましたね。
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「誰が買うのだろう?」と思った新書ほど売上げ好調!?
■菊地
 意外でしたね。何が当たるか分からないというのが本の世界、特に新書の面白いところではありますが。トーハンの2007年・書籍全体の年間ベストセラーで『女性の品格/装いから生き方まで』(坂東眞理子著、PHP新書)が今年の1位になるとは、最初に読んだときには全く予想できませんでした。
■川井
 ベストセラー1位の『女性の品格』が、2006年10月の出版。4位の『日本人のしきたり/正月行事、豆まき、大安吉日、厄年…に込められた知恵と心』(飯倉晴武編著、青春新書INTELLIGENCE)が2003年1月。11位の『国家の品格』(藤原正彦著、新潮新書)が2005年11月。今年刊行されたものではなくて、2006年以前のものが引き続き売れているのも特徴的ですね。「品格」や「しきたり」といった言葉が、2007年に最も関心のあったことだったということですね。
■菊地
 今年も『日本人の縁起かつぎと厄払い』(新谷尚紀著、青春新書INTELLIGENCE)、『日本人なら知っておきたい暮らしの歳時記/伝えていきたい、和の心』(新谷尚紀監修、宝島新書)、『ニッポンの縁起食/なぜ「赤飯」を炊くのか』(柳原一成、柳原紀子著、生活人新書)、『日本人礼儀作法のしきたり』(飯倉晴武編著、青春新書INTELLIGENCE)が出ています。
■川井
 逆にいえば、それだけ「品格」や「しきたり」が損なわれているという世相を反映しているのかもしれませんね。
■菊地
 『女性の品格』が1位で、2位がお笑い芸人・田村裕の『ホームレス中学生』(ワニブックス)。小説のトップは、10位に入った『恋空 切ナイ恋物語』(美嘉著、スターツ出版)。日本人はどうなっているんだ!? 出版界は皆、脱力状態です(苦笑)。『ホームレス中学生』、『恋空』を読んでいるのは若い人で、その対局にある年配の方が『女性の品格』や『国家の品格』など、品格ものや日本人ものを読んでいるのでしょうね。
■川井
 新書の読者層は今まで、男性が中心でしたが、女性読者も増え始めたことも『女性の品格』がヒットした背景かもしれませんね。その他、評判になった新書で気になったものはありますか?
■菊地
 ベストセラー19位の『世界の日本人ジョーク集』(早坂隆著、中公新書ラクレ)。これも初めは誰が買うんだという印象でしたが(笑)。まあ、僕の読みなんて、そんな程度です。
  そうそう、これは講談社の方から聞いたのですが、今はリスクを負いたくないから、なるべく単行本を出さないようにしている、と。だから従来だったら単行本で出すようなものでも、現代新書で出すんだそうです。これは出版界全体の考えといってもいいでしょう。単行本1500円くらいで「しきたり」本や「ジョーク集」を出す勇気のある出版社はないし、読者だって買わない。700円くらいだから、読んでみようかなという気になる。その価格なら、財布の紐の固い女性でも、買ってくれるのでしょう。
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定年を迎える団塊世代に“趣味”のすすめ
■川井
 政治家が書いた新書、『とてつもない日本』(麻生太郎著、新潮新書)、『女子の本懐/市ヶ谷の55日』(小池百合子著、文春新書)も、その例かもしれませんね。さて、2007年に目立ったテーマというと、まず団塊世代の定年後を見据えたものでしょうか。
■菊地
 2月にはずばり『定年後/豊かに生きるための知恵』(加藤仁著、岩波新書)というタイトルの本が出ました。それから、旅とか鉄道とかラジオを手作りしようなどの趣味系の本。また健康本がたくさん出たのですが、特に団塊世代に的を絞ったものが多いですね。熟年離婚なども団塊世代向けと考えていいでしょう。やっぱり新書の読者層は年齢が高いんでしょうね。
■川井
 『直筆で読む「坊ちゃん」』(夏目漱石著、集英社新書)も、ある意味、趣味本に近いのかもしれませんね。
■菊地
 そうですね。そういうテーマの本を団塊世代が買って、若い世代がビジネスのノウハウ本、人間関係の本などを読んでいるのでしょうね。
■川井
 それから時事的なことで言えば、中国関係が多かったですね。
■菊地
 中国社会そのものを批評するような内容のものは案外少なくて、『断末魔の中国/粉飾決算国家の終末』(柘植久慶著、学研新書)くらいでした。日本と中国の関係を論じたもの、過去にしても現在にしてもね、それが多かった。『遣唐使』(東野治之著、岩波新書)などは異色ではありますが、この流れに位置づけられるでしょう。
■川井
 その他にも、朝日新書の『偽装請負/格差社会の労働現場』(朝日新聞特別報道チーム著)など、雇用や仕事の問題に絡んでの「格差」に関するものも出ました。
■菊地
 格差のあり様を伝えるというよりも、なぜ格差が生じたのか、どう対処していくべきかなどを考察したものが出るようになってきました。企業体質を鋭くえぐった『偽装請負』もそうですし、6月の『格差が遺伝する!/子どもの下流化を防ぐには』(三浦展著、宝島社新書)なども興味深く読めました。
■川井
 そうした硬派な社会派的なものが、全体の総数からみると乏しい気がしますね。
■菊地
 岩波新書が元気なかったのが残念です。格差社会などに切り込んでいくという気はないみたいだし、だからといって教養本として中公新書ほどニッチなところを思いっきり突っ込んでいくわけでもない。岩波には老舗としてもっと頑張って欲しいですね。
■川井
 それから、教育関係のものも多かった。
■菊地
 特に学校ものが多かったですね。新書マップでは今年、「学校」というテーマを新しく立ち上げたほどです。8月に『教師格差/ダメ教師はなぜ増えるのか』(尾木直樹著、角川One テーマ21)が出た他、9月には『学校は誰のものか/学習者主権をめざして』(戸田忠雄著、講談社現代新書)、『くたばれ学校/ある教師の24年間の叫び』(今村克彦著、アスキー新書)と、学校を正面から取り上げたものが2冊出ました。翌10月には『学校のモンスター』(諏訪哲二著、中公新書ラクレ)。この本では「モンスター・ペアレンツ」なんてカタカナ使ってますが、それじゃダメですよ。何となく格好良く聞こえてしまう。ずばり「バカ親」って言わないと。
■川井
 いじめの本もやっと出てきましたね。
■菊地
 そう、やっとですね。ただ学校での子供へのいじめよりも、むしろ大人社会でのいじめ、職場いじめを扱ったものが目立った。世の中、大人も子供も病んでます。
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PROFILE

菊地 武顕

雑誌記者
1962年宮城県生まれ。明治大学法学部卒業。86年1月から、「Emma」(当時は隔週刊。後に週刊化)にて記者活動を始める。以後、「女性自身」、「週刊文春」と、もっぱら週刊誌で働き、近年は映画、健康を中心に取材、執筆。
現在はグラビアを担当。記者として誇れることは「病欠ゼロ」だけ。

川井 龍介

「風」編集長。
近著に『「十九の春」を探して/うたに刻まれたもう一つの戦後史』。
月刊誌Voiceで『ベストセラーと現代』を連載中。

 

ヴィクトリア女王/大英帝国の“戦う女王”

ヴィクトリア女王/大英帝国の“戦う女王”
君塚直隆著
(中公新書)

生物と無生物のあいだ

生物と無生物のあいだ
福岡伸一著
(講談社現代新書)

女性の品格/装いから生き方まで

女性の品格/装いから生き方まで
坂東眞理子著
(PHP新書)

日本人礼儀作法のしきたり

日本人礼儀作法のしきたり
飯倉晴武編著
(青春新書INTELLIGENCE)

世界の日本人ジョーク集

世界の日本人ジョーク集
早坂隆著
(中公新書ラクレ)

定年後/豊かに生きるための知恵

定年後/豊かに生きるための知恵
加藤仁著
(岩波新書)

直筆で読む「坊ちゃん」

直筆で読む「坊ちゃん」
夏目漱石著
(集英社新書)

格差が遺伝する!/子どもの下流化を防ぐには

格差が遺伝する!/子どもの下流化を防ぐには
三浦展著
(宝島社新書)

学校のモンスター

学校のモンスター
君塚直隆著
(中公新書)

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