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新書の「時の人」にきく
08 迫る真のレアメタル危機官・民・学協同の資源戦略を!
レアメタル専門商社 アドバンスト マテリアル ジャパン社長
中村繁夫
資源大国中国が、自国に豊富にあるレアメタルの付加価値をさらに高めるため、輸出量を規制し、輸出税を大幅に増やそうとしている。しかもアフリカ諸国などレアメタル資源の豊富な地域に向けた戦略的政策も講じている。ついにレアメタルを外交カードの切り札として利用し始めた中国。資源貧国日本は、何の対抗策も講じないままでよいのか……。数年前から再三にわたりレアメタル危機への対策をうったえている、レアメタル取引歴30年余、『レアメタル超入門』著者の中村繁夫氏に資源戦略の重要性について聞いた。
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喉元過ぎれば熱さ忘れる、"ガラパゴス日本"
もうモノづくり大国ではいられない?
レアメタル、レアアースとは:
レアメタル(希少金属)とは、地球上にもともと埋蔵量が少ない、もしくは埋蔵量が多くても経済的・技術的に取り出すのが難しい金属の総称。レアメタルの範囲についての国際的な定義はないが、経済産業省は計31鉱種、47種類の金属をレアメタルに指定している。うち希土類(17種類)はレアアースと呼ばれる。レアメタルは自動車からハイテク機器に至るまで、現代の科学・産業には欠かせない素材だが、供給元は中国、アフリカ、南米などに偏在しており、安定供給性に欠ける。日本はレアアースのほぼ100パーセントを中国からの輸入に頼っている。(参考;レアメタル超入門p18-19)
喉元過ぎれば熱さ忘れる、"ガラパゴス日本"
――
昨年9月の尖閣諸島問題をきっかけに、中国が日本向けのレアアースの輸出をストップしました。『レアメタル超入門』で警鐘を鳴らしていた事態が現実に起きてしまったわけですが、これは中村さんにとっては想定の範囲内だったのでしょうか。
中村
図1:レアメタル一覧(レアメタル超入門 p20より)
 はい、その通りです。『レアメタル超入門』の出版は2009年ですが、それより前の07年に『レアメタル・パニック』(光文社)という本も出しているんです。それでも産業界も政界にも危機感が全くなかった。今回のことで、ようやく危機感がわいたのか『レアメタル超入門』は10年11月に重版になりました。やっと共感を得られたということでしょうか。それでも喉元過ぎれば熱さ忘れると言いますからね。我々は次のシナリオを予測しているので、恐怖におののいていますけど、レアアース問題は終わっただろうと多くの人は考えているかもしれません。残念なことですが。
――
もっと早く話題になってもよかったのではないでしょうか。
中村
図2:中国依存度の高い危険元素(レアメタル超入門 p48)
 そうですね。今回は、一般向けの入門書ということで、かなり分かりやすく書いたつもりですが、もう少しかみくだいて書かないといけないのかな、と考えています。
――
中村さんの会社はレアメタル専門商社ということなので、輸入が止まった間は大変な状況だったかと思いますが、そろそろ落ち着きましたか。
中村
 11月24日にレアアースの輸入が再開して、ようやく落ち着きました。でも、まだ安定はしていません。価格の高いモノは出てくるけど、低いモノは全く止まっていたり、ここにきてちょっと状況が悪い方に少し戻ったり、まだら模様ですね。
 中国は米ハーバード卒などエリートをそろえたシンクタンクをもっていて、アメリカの動きもロビーを使ってよく調べているんです。今回の問題がWTOに違反するのは明白ですが、それをぎりぎりのところでうまくかわすやりかたを戦略的に考えている。それで、11月にいったん輸出を再開したのではないか、と私は思っています。ところが外務省は、APECの日中首脳会談の結果、菅直人首相のリーダーシップが功を奏して中国側が態度を変えたと思っているんです。それを聞いて思わず吹き出してしまいましたよ。何の関係もありません。これだから日本は極楽トンボだといわれるんですよ。資源争奪戦の裏話は数限りなくあるのですが、日本は、政治家、官僚、産業界も含めて全く分かっていない。本当に「ガラパゴス化」もいいところです。日本は資源に関する戦略、戦術がゼロという世界でも珍しい国になってしまいました。
――
中村さんは、政府などからお呼びがかかって資源戦略について意見を聞かれることもあるかと思うのですが、日本が抱える問題点とは何なのでしょうか。
中村
 もちろん、あちこちで呼ばれて話をしたこともあるのですが、どうも辛口というか、だんだん厳しいことばかり言って興奮すると止まらなくなるんですよね。すると、次からはもう呼ばれなくなってしまう(笑)。
 我が社はご覧の通り、社長室がガラス張りになっています。どうしてかというと、社長が社員を見るだけではなく、社員からも社長がよく見える(笑)。経営そのものもガラス張りですよ、というメッセージなんです。日本はそれがない。問題点を見ようとしないというか、何から何まで隠蔽体質、ガラス張りにすることを嫌がるんですね。
 日本は、官・民・学がバラバラ、役所は役所で縦割り構造でバラバラ。経済産業省の官僚一人一人は優秀で、それぞれの仕事を一生懸命やっておられるのですが、横の組織がないものですから。戦略、戦術まで高めていかない限り日本の産業界はだめになりますね。
――
政府は今回のレアアース問題についての省庁横断的な対策を何か打ち出しているのでしょうか。
中村
 はい。経済産業相が1000億円の追加予算を決めました。でも、考えてみるとレアアースの輸入総額は09年で年400億円、一番多い時でも年700億円です。そこに臨時予算で1000億円、というのはちょっとセンスがおかしいですよ。どうもメリハリがなく、場当たり的な気がします。具体的にどことどこの鉱山を買収する、というような案が先にあって、というなら話は別ですが。リスクをとって、スピーディーに決断するようなリーダーシップがとれる人がいないんですよね。
――
大手商社のレアメタルに対する戦略はどのようなものでしょうか。
中村
社長室にはロシア語で書かれた元素周期表と各種の鉱物見本が飾られている
 原油の商売の10分の1が鉄、その10分の1が銅などのベースメタル、そのせいぜい10分の1ぐらいがレアメタルの市場です。少量多品種ですから、もともと大手商社型の取引の間尺には合いません。レアメタルは相場の変動が激しいので、スピード感を要求されますが、会社が大きいと決済する人が多くて遅すぎるんですよ。
 大手商社も、商機がありそうだとレアメタルに興味を持って、専門部門を立ち上げ、資源地も開発します。現場はがんばっていますよ。でもトップや幹部が理解していないので相場のタイミングを外して失敗する、それで犯人さがしをして責任を誰かに押しつけて、いつの間にか立ち消えて終わり。そういったことをあちこちで10年おきくらいに繰り返してきました。今回もまたどこかでやるでしょうね。サラリーマンだから言われたことはやるでしょうけど、魂がないことをやっても失敗するだけですよ。私自身はレアメタルの取引をやって30年になりますが、最初は全く地味な分野で注目されていなかったんです。それでも、将来必ず伸びる、という予見はしていたから続けてきたんです。
もうモノづくり大国ではいられない?
――
今は落ち着きを見せているレアアース問題ですが、2011年はどのような事態が予想されるのでしょうか。
中村
 今年は、問題はレアアースだけでは収まらなくなるでしょう。アンチモン、タングステン、インジウム、ガリウムといったレアメタルで矢継ぎ早に、中国は資源政策で規制をかけてくるでしょうね。このうち、日本が輸入できなくなると一番怖いのはタングステンです。レアアースの供給がストップすると、ハイブリッドカーの製造に大きな影響が出ますが、タングステンの主な用途は超硬工具ですから、今度は自動車産業全体に多大な影響が出ます。最悪の場合、自動車産業そのものが日本にいられなくなるということです。そういう怖さは想像もできないかもしれないですけどね。
――
レアアースはハイブリッドカーのどの部分に不可欠なのでしょうか。
中村
HDDにもレアアース磁石が使われている
 例えば、30年前に、佐川眞人氏が発明したネオジム・鉄・ボロン磁石、いわゆるレアアース磁石というものがあります。この磁石のおかげで世界のエネルギーコストを70%削減したという実証実験もあります。
 これはみなさんの身近なところ、例えばコンピュータのハードディスクドライブにも使われています。この磁石がハイブリッドカーの制御部分、つまり心臓部に不可欠です。この中にレアアースの一種であるディスプロシウムを加えると高温特性が一気に上がるのです。屋内で使う場合はディスプロシウムは少なくてもいいのですが、自動車用に使うとなると、どうしても添加量を増やさなくてはならない。それが安定して入ってこなくなるとハイブリッドカーの製造が困難になるのです。
 もちろん、代替材料とか、リサイクルとかも考えていますけどすぐにはできませんからね。日本でモノづくりができなくなって、日本の工場から生産が消え、技術の向上もなくなる。モノづくり大国であった日本は、もう過去のものになってしまいます。
――
日本は資源がなくても、高い技術があれば競争に勝てると思っていましたが……。
中村
 以前と違って、日本が得意としてきた高い技術を売りにしたモノづくりは、もう必要ではなくなりつつあるんです。あらゆる分野で、デバイスをモジュールにしたものをプラモデルのように組み立てるだけで製品が完成するようになってきています。中国、韓国、台湾はもちろん、これからはASEAN、最後はバングラデシュ、スリランカといった国でこのアッセンブリ(組み立て)を低賃金でやるようになっています。
 日本は電子素材や部材・加工材は、まだ世界の6割以上のシェアをおさえていますが、その基礎原料はゼロ。中国が組み立てという末端をおさえ、資源もおさえる、するとオセロゲームで白が黒にパタパタと変わってしまうように中間にある素材産業もいずれ中国におさえられてしまう。
 日本の素材産業に強みがあるうちに、その手前にある資源も確保しないと、中国には勝てないんです。例えば、オーストラリアやカナダの鉱山はまるごと買収しなくても株を買うことでその比率によって資源を買うこともできるんです。そうして資源を確保する仕組みを国でやる必要があります。それから、知的所有権など、価値のあるノウハウや新しい技術もおさえないと世界的な競争には勝てません。先ほどのネオジム・鉄・ボロン磁石の特許も、主力のものは2012年に、その他周辺のものは2014年にかけて切れるんです。そうなれば、技術が国外に流失してしまうでしょう。
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PROFILE

中村 繁夫

レアメタル専門商社 アドバンスト マテリアル ジャパン株式会社社長

1947年京都市生まれ。静岡大学農学部卒、同大学院修士課程修了。南米、北米など世界35ヵ国放浪後、蝶理に入社。30年間レアメタル部門の輸入買い付けを担当。部下10数人の部門ごとMBOで独立し、2004年、日本初のレアメタル専門商社アドバンスト・マテリアル・ジャパン(株)を設立。現在、同社代表取締役社長。

主な著作:
レアメタル・パニック』(光文社)
放浪ニートが、340億社長になった!』(ダイヤモンド社)
 
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