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「新書」編集長にきく

第14回 祥伝社新書 副編集長 水無瀬 尚さん

「ノストラダムスの大予言」などのベストセラーがある「ノン・ブック」シリーズを生みだした祥伝社が、その遺産を生かし新書を創刊して3年。“軟派”の印象が強い同社にしては意外にも硬派教養書が目立つ。創刊当時から新書の編集に関わってきた水無瀬尚副編集長は、編集部による企画主導でシリーズを重ねていきたいと話す。
「ノン・ブック」の精神を活かしたシリーズを
祥伝社が新書シリーズをだすことになった経緯を教えて下さい。
水無瀬
 祥伝社はもともと、「ノン・ブック」という新書サイズのシリーズを出していました。シリーズとしてはすでに完結したのですが、書店ではまだ既刊本が手に入りますし、その書棚が用意されている。書店にせっかく、自社の新書サイズのための棚があるのに、それをそのまま放置しておくのはもったいない。
 また祥伝社は、「光文社闘争」という労働争議のなかで、光文社のトップ4人が退職したのち、小学館が彼らを引き受けるかたちで創業したという経緯があります。「ノン・ブック」シリーズは、光文社が数々のベストセラーを生み出して成功した「カッパ・ブックス」のノウハウを、一ツ橋グループ(小学館、集英社を中核とする出版社の系列グループ)のなかで活かそうと誕生しました。その「ノン・ブック」の資産を受け継いだ新書シリーズを出したいなと。
改めて新書という判型を選んだのはなぜでしょうか。
水無瀬
 極論していうと、新書は単行本の廉価版といった側面がありますよね。版元としては、紙の値段が高くなるなか、安く作れて、かつ紙幅に無駄が出にくい判型はありがたい。また表紙や装丁を1冊1冊考えなくてすむメリットも大きい。さらに書店には必ず新書コーナーがありますから、どんな内容であっても、とりあえずはそこに置いてもらえるというメリットがあります。
「ノン・ブック」の資産を活かすというのは具体的にはどのようなことでしょうか。
水無瀬
「ノン・ブック」シリーズは、読者が関心のある話を分かりやすく伝えることをコンセプトにしていました。いわゆる「教養」ではなくて、既成の考え方にはない、なにか新しい見方や事実を提示しようと。いま何が面白いと思われるか、それをキャッチできる編集者の力を、新書シリーズでも活かせればと思ったのです。
「ノン」というフランス語は、英語の「ノー」。既成の概念を否定して斬新な本を作ろうという意味です。その精神は祥伝社新書にも伝えていこうと思っています。
編集部としては、祥伝社新書は「教養新書」ではないという認識なのでしょうか。
水無瀬
「教養」という言葉に、社内で大きな抵抗があるのは事実です。祥伝社は「そういう路線の会社ではないんだ!」という……
「教養新書」という言葉からイメージするのはやはり、岩波新書や中公新書だと思います。まず専門家がいて、その人がなにかの研究成果をまとめる。しかし祥伝社新書では、先に編集者がいて、その編集者が企画を立てて、その企画を書いてもらうにあたってピッタリの著者を探す。専門家でなくてもいいから、分かりやすく書ける人に依頼する。ですから、有名な著者とは限りませんし、著者によっては、分かりやすくするためという目的で、あえて代筆者を立てることもあります。とにかく“編集主導”で本を作るようにしています。
読者の興味を引きつけるような、時宜にかなったテーマを選ぶようにしているということですか。
水無瀬
 もちろんそう思っていますが、時宜にかなったものを出すというのは、なかなか難しいです。
 祥伝社の過去のベストセラーに『ノストラダムスの大予言』がありました。なぜこの本がベストセラーになったのかを考えると、東京を光化学スモックが覆って、石油ももう数年しかもたないなど、一種の「終末観」を連想させるような社会的状況、背景があったからだと思うし、そこに編集者の意図があったのだと思います。そういった広い視点での「時宜にかなう」ものを出したいと、常に意識しながら企画を考えています。
「編集主導」で専門的な内容を分かりやすく伝える
祥伝社新書の今までのラインアップを見ていて、ちょっと意外だったのは、"かたい"内容というか、「教養新書」といっていいものがかなりありますね……
水無瀬
 確かにそうかもしれませんね(笑)。現場というか、編集者としてはどうしても"かたい"ものを作りたいという気持ちになってしまいます。ただ、ガチガチの教養新書にはならないように言い聞かせながらやっていますよ。
新書が毎月100冊以上出版されるような状況ですが、内容的には"柔らかい"ものが多くなってきていると思うのですが。
水無瀬
 "柔らかい"内容が多いのは、純粋な教養本やノンフィクションは、本にするまでに時間がかかってしまうからでしょう。「企画もの」は、編集主導でやれるから、ある程度、スピーディに仕上げられるという側面があります。例えば、うちの新書のなかでは手塚治虫さんの漫画選。手塚プロに趣旨を説明して許諾を得るだけですから、早く作れました(笑)
 しかし、分かりやすく作るということは、本当はとてもたいへんなことです。専門書というのはある意味、“予定調和”のなかで作ればいい。読者も想定しやすい。これが新書となると、なるべく多くの人のリクエストに応えられるようにしないといけない。そこそこ分かりやすく、そこそこ難しく、専門的に。
 例えば、著者にとっては当たり前の言葉が、いかに一般的には知られていない言葉か。それを書き手は知らない訳です。編集者が指摘しないといけない。こうした作業はなかなか難しい。
『手塚治虫傑作選』はおもしろい試みでしたね。「教養」を知的に知っておくべきことという意味で考えるならば、間口が広がった気がします。
水無瀬
「戦争編」がよく売れたので、続編として「家族編」を出版しました。手塚漫画はいまや、「一度は読んでおきたい教養」と言っていいと思うんです。それに、「火の鳥」や「ブラックジャック」などの長編は、わりと簡単に読めるチャンスがあるのだけど、短編を読む機会となると、なかなか少ない。また、コミック売り場には行きにくい大人でも、新書コーナーにあれば気軽に手に取れるということもあるでしょう。「息子と一緒に読みました」という感想が寄せられたことがありましたが、うれしかったですね。「器」としての新書の可能性を感じました。
今までのラインアップのなかで、その他に新しい試みだったタイトルはありますか?
水無瀬
『高校生が感動した「論語」』。慶応高校の名物教師・佐久協さんの授業をそのまま本にしました。佐久さんの授業はとても人気があるという話を聞いて企画したのですが、実際、その授業にはたくさんの工夫があった。たとえば、現代語訳の「論語」はたくさん出版されてはいますが、どれも表現は古いし、解説も小難しい。そこを佐久さんは高校生でも分かるように、普段使っている表現に改めたりして説明してくれる。
 こうした、高校や大学の名物授業というのはまだまだたくさんあると思うんです。学校という空間だけにとどめておかないで、それを世に出すというのは面白いかなと思います。
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PROFILE

水無瀬 尚

1958年生まれ。82年、早稲田大学政経学部卒業。祥伝社では女性誌、男性誌編集部を経て、小説出版に携わる。半村良、井沢元彦、清水義範など、多くの作家を担当。2006年、祥伝社新書創刊とともに、編集部へ。現・副編集長。

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