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「新書」編集長にきく

第10回 文春新書編集部長 細井 秀雄さん

面白い本、よい本が本当はたくさんあるのに、気づかれないまま消えていく・・・。大ベストセラーを狙うより、いま大事なのは長く読み継がれる名著を読者に確実に届けること、そのために何をするかだと、編集部長の細井さんは語る。創刊7周年を迎えたこの10月。記念に刊行された9冊のテーマは実にバラエティー豊かだ。
流れ作業のように、新刊本が目の前を過ぎていく
編集長になられて半年とのことですが、新書についてあらためて実感なさったことはありますか。
細井
今年の3月までの2年間は『諸君!』という雑誌の編集部にいました。その『諸君!』で宮崎哲弥さんにお願いして、いわゆる教養系の新書の中から、今月のベスト1冊とワースト1冊、ベター5冊、要注目5冊を選ぶ「今月の新書完全読破」という毎月5ページの連載を2年前に始めました。宮崎さんはもともと「解体『新書』」というコラムを連載していて、今月のその1冊を選ぶために、ほとんどの新書に目を通していると聞いていました。それならいっそ、新刊を網羅的に全部読んでいただいたうえで、評価をとお願いしたわけです。
2年半前、すでに毎月50〜60点の新刊が出ていました。普通の読者にとっては新刊ラッシュの洪水で満腹感に襲われ、新書に興味のある人でもどんな本が出たのか気がつかないまま、ひと月がたつと新刊平積の台の顔ぶれが変わってしまうという状況になっていました。よほど注目されたり話題にならない限りは、流れ作業のように本が出来上がっては並び、売れるか、棚に収まるか、返品されるかして通り過ぎてしまう。われわれがこの本が面白そうかな、と勘を働かせても、たくさんありすぎて能力の限界を超えてしまっているので、宮崎さんのようにあらゆるジャンルを苦にせず読み、常にウォッチしている人の意見や判断を指針として聞きたいなと思ったので始めた連載でした。
大量に新刊が出され続けるなかで、読者にとって何か指針がなければいけないと思われた・・・。
細井
自分で選ぶものが決まっている人はそれでいい。世の中で話題になっているものを読んでみようという人や全然読まない人もそれでいい。しかし、そのどちらにも属さない人は、何を読んだらいいのか悩むことになります。「あの本が面白かった」という知り合い同士の情報交換が私などは一番いいのですが、それだって1ヵ月たつと忘れてしまいます。
宮崎さんの連載を始めたのは、ちょうど新潮新書が創刊され、『バカの壁』が出て新書の世界に変化が起きた頃です。本当は面白い本やいい本が出ているはずなのに、数が多すぎてわからない。大海の中に埋もれてしまっているのではないかと感じていました。その時点ですでに新書市場は飽和状態で、危機感というのではないのですが、手に負えないなという印象を持っていましたね。今はそこからさらに進んでしまっていますが。
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読者への訴求力、秘策は「白っぽさ」
新書の世界の変化とは、どのようなものだとお考えですか。
細井
『バカの壁』以降、ここ2年くらいの傾向かもしれませんが、「教養新書」という分類をされているにもかかわらず、純粋な教養新書はだんだんパーセンテージが下がってきています。かつては分かれていたカッパ・ブックス的なものと、岩波、中公、講談社といったオーソドックスな教養新書が混在し、同じ棚で横並びに扱われているように思います。端的なものとして挙げるなら、角川oneテーマ21の『五〇歳からの頭の体操』(多湖輝著)でしょうか。これは昔のカッパ・ブックスの多湖輝さんのミリオンセラー『頭の体操』を意識してつくった本です。また光文社新書の作り方や考え方も、創業者の神吉晴夫が開拓したカッパ・ブックスの方法を使っているように思えます。
それから、岩波新書にはまだあるのかもしれませんが、「この出版社が出しているからこういう新書」といったレーベル的な共通理解が、ほとんどのところで崩れてきていますよね。内容の信頼性や良しあしなどは、どの社のものだからということではなく、横並びではないかと思います。
2005年の4月に文春新書に異動になった時、あらためてたくさんの書店の新書コーナーを見に行きました。そこで感じたのは、岩波、中公、講談社が持っていたかつての「教養新書」をイメージさせるものは影が薄く、新書の隅っこにある印象で、その代わり、平台が見た目に白っぽくなっているということでした。一番白っぽいと感じたのは光文社と集英社でした。ちくま新書もその系統ですし、リニューアルした講談社のものもどちらかというと白い方に入ってくる。平凡社と洋泉社は菊地信義さんの装丁ですが、やはり白っぽく、岩波新書の赤と白を反転させた“岩波新書もどき“という線を意識的に狙っていると思いました。
各社とも内容はたとえ教養的であっても、装丁で教養的な匂いを消しているのではないか。その方が、いろいろな人が手にとりやすいのだろうと思います。それに対して白っぽくない方の最右翼が、中公新書と文春新書でした。今までのイメージもあるのかもしれませんが、「お勉強」っぽい印象を受けました。
読者に訴えかけることを考えると、どの辺に位置しているのが得策なのか・・・これからは、中公・文春グループよりも、光文社・集英社グループのような白っぽい装丁にした方がいいのかなと感じました。
今年で創刊して7年になるそうですが、何か新しい計画はありますか。
細井
10月20日で7周年を迎えますので、10月はふだんの倍の10冊を出そうと準備しましたが、1冊が間に合わなくて9冊になります。帯を100ミリとだいぶ幅を太くして、店頭での見え方を意識しました。印象を白っぽくしたかったことと、帯でいろいろな読者に誘いかけ、新書の中心的な読者層だけではなく、今まで手に取ったことのない人にも訴えかけられないかと考えてのことです。「新書市場に乱!? 思いっきりよく、名著濫発」という破れかぶれのキャッチフレーズを入れるなど、“ワル目立ち”もおそれずに、少しお行儀悪くやってみました。
これだけたくさんの本が出てくると、新書も“群”や“森”として存在してしまって、なかなか読者に伝わりにくく、1冊1冊を見てもらえないということがあります。注目してもらうためには見た目の工夫が必要になります。かつては同じ顔をしていた文庫本が1冊ずつ違うカバーになったように、新書も決まった装丁から1冊1冊違うものに将来的には変わっていくのではないでしょうか。
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創刊7周年記念のラインナップは、皇室から落語まで
7周年記念の9冊は、どのような内容なのでしょうか。
細井
文藝春秋は雑誌社なので、雑誌に掲載した原稿を見せ方を変えて新書で出すこともできます。いい内容だけれども単行本にするほどの分量がないため、本にはならなかったもので、そのままにしてしまうにはあまりにも惜しい、いい原稿もあります。例えば、福田和也さんの『美智子皇后と雅子妃』。5章のうち4章は『文藝春秋』に載ったものに、正田家と小和田家の家風とルーツをたどった章を書き下ろしてもらい、巻末には皇太子の「人格否定発言」以降の皇室関連資料を情報性の意味で入れました。“ご発言”以降、皇室がどう変わってきているかをこの時期に1冊にまとめておくことには意味があると思います。 古田博司さんの『東アジア「反日」トライアングル』と山本一郎さんの『「俺様国家」中国の大経済』は、『諸君!』に載った文章をもとに1冊に発展させた本です。
古田博司さんは『東アジア・イデオロギーを超えて』(新書館)という本で、昨年、読売・吉野作造賞を受賞している筑波大学の先生です。その前にも『世界』で連載した『東アジアの思想風景』(岩波書店)でサントリー学芸賞を取った名文家で、かつ韓国・北朝鮮の分析では第一級の人です。韓国に数年間留学して、ソウルで酒びたりの日々を送りながらも、北朝鮮労働党の機関紙『労働新聞』を二十数年、懲りずに読み続けている方ですから、年季の入り方が違います。なぜ中国と韓国と北朝鮮が日本を常に標的にしてくるのか、向こう側には触れられたくない歴史的な事情があり、日本はその批判に対しては、こちら側の主張をすればいいということを冷静に、品良く書いている本です。
『「俺様国家」中国の大経済』の山本一郎さんは、まだ32歳。ブログの世界では有名な人で、「俺様キングダム」という人気ブログを主催し、“切込隊長”としても知られています。『SPA!』『FLASH』『週刊アスキー』などで連載コラムも書いていますが、本職は投資家・プランナーですから、データ分析に基づいて常に冷静に世界経済を見ています。その目から、日本で喧伝されている中国経済のイメージがどのくらい実体と懸け離れているのかを書いていて、軽い筆致とはウラハラの、ビジネスマン必読必携の衝撃的な本だと思います。たぶん数ある中国関連本のなかで、もっとも出色なものではないでしょうか。32歳という著者の年齢を考えると、そらおそろしいくらいです。
文春新書 創刊7周年記念刊行本
この3冊を除いて、あとは書き下ろしですか。
細井
そうでもありません。鴨下信一さんの『誰も「戦後」を覚えていない』、草薙厚子さんの『子どもが壊れる家』、京須偕充さんの『落語名人会 夢の勢揃い』、黒岩比佐子さんの『日露戦争 勝利のあとの誤算』は書き下ろしですが、草森紳一さんの『随筆 本が崩れる』、最相葉月さんの『いのち/生命科学に言葉はあるか』は、もとは雑誌に載ったものです。
ついでに1冊1冊宣伝させてもらうと(笑)、鴨下さんの『誰も「戦後」を覚えていない』は、敗戦直後から昭和25年くらいまでの日本人の生活や感情がどんなだったかを、映像に再現するような心持ちで描き出していきます。鴨下さんはもともとは「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」などテレビドラマの名演出家ですが、五感をフルに働かせて60年前の日本を描いていて、戦後という時代の空気がよくわかります。読んでいて、途中ジワリと涙が出てくる箇所もあり、戦時下を「生き延びた者の罪悪感」を日本人みんなが共有していた時代というものが伝わってきます。
京須さんの『落語名人会 夢の勢揃い』は神田明神下で生まれ育って、小学生時代から寄席や名人会に通いつめ、黒門町の桂文楽の家まで探検した少年が、長じて落語のレコードプロデューサーになるまでの半世紀にわたる記録です。高度成長以前の東京の街並みや志ん生、圓生、金馬、志ん朝、小三治など名人たちの生き方、息づかいがみごとに再現されていて、落語本でもあり同時に東京本でもあります。
少年鑑別所の法務教官をつとめたこともある草薙さんの『子どもが壊れる家』は、神戸の少年Aや佐世保の女子小学生の同級生殺人事件を徹底取材したうえで、なぜふつうの家の子が残虐な犯行へと駆り立てられていったかを、いくつかの要因からさぐっていっています。ゲームの影響など、子育てに再考を迫る本です。
黒岩さんの『日露戦争 勝利のあとの誤算』は「日露戦争100年」が話題になりましたが、その100年前の事件を手がかりに近代日本を、昭和20年からでなく、明治38年から見ようとしたものです。司馬遼太郎さんが『この国のかたち』で「日本国と日本人を調子狂いにさせた」と書いた日比谷焼打ち事件がそれです。膨大な資料にあたっているので、あっと驚くエピソードが満載です。たとえば、事件当日でいえば、演説会場の新富座で大乱闘が起き、警察に捕縛されて柱につながれていたのが小泉首相のお祖父さんだったり、夜の銀座で、騒動を見物していて危うく警官に斬り殺されそうになるのが丸山真男のお父さんだったり。もしもその時、父・丸山幹治が斬り殺されていたら、丸山真男は生まれなかったわけですから、“戦後民主主義”もなかったかもしれません(笑)。
『いのち』は最先端の生命科学について、科学、医学のみならず、哲学、宗教学とさまざまなジャンルの専門家と最相さんが対話しながら、生命と科学のあわいをさぐっていったものです。人間の“いのち”を考えるうえで重要な言葉がたくさん散りばめられている本です。
草森さんの『本が崩れる』は狭いマンションに蔵書数万冊と暮らし、本に占拠された人生を余儀なくされている草森さんが、ある日崩れてきた本で風呂場に閉じこめられるという事件が起こる。そこから脱出へいたる抱腹、超絶、悪夢の本との格闘技で、本好き、とくに積ん読派にはこわいもの見たさもあって、たまらない本です。
なんだか本の宣伝に熱が入りすぎてしまいました(笑)。
文春新書 創刊7周年記念刊行本
形もエッセイ風あり、対談あり、ノンフィクションありということですね。
細井
『文藝春秋』や『諸君!』や『週刊文春』の目次を作るような意識で10月の新刊9冊を並べてみました。歴史物、時事物、エッセイ、教育問題、科学、落語・・・と、新書はなんでも入る器なのではないかと思っています。
逆に11月は5冊のうち2冊が、没後35年を迎えても、なお色褪せない三島由紀夫に関する本です。松本健一さんの『三島由紀夫の二・二六事件』と堂本正樹さんの『回想 回転扉の三島由紀夫』。松本さんは昭和という時代と対決した三島を思想の方向からさぐり、堂本さんは敬愛する先輩であり、また映画『憂国』を一緒に作り、「切腹趣味」を長らく共有した「兄貴」としての三島を鎮魂しています。2人の著者が思想と官能という全く違う側面からそれぞれの見方で天才作家・三島由紀夫像を書いています。1冊ずつ出していくと、面白くていい本でも埋もれてしまうのではないかという被害妄想(?)がありまして、2冊を揃えてみました。ゲラを読みながら、思想と官能のどちらの面から見ても、やはり三島は凄いということを再認識しています。こういった組み合わせの妙や、帯のコピーで呼び込みをするといった仕掛けを考えています。
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PROFILE

細井 秀雄

1952年東京都生まれ。
75年、慶応大学文学部国文科卒業。同年、文藝春秋に入社。『週刊文春』、『文藝春秋』、出版部、『CREA』、『ノーサイド』などを経て、99年より『文学界』編集長。03年『諸君!』編集長。05年4月より現職。

『「俺様国家」中国の大経済』
『「俺様国家」中国の大経済』
山本一郎著
文春新書
『落語名人会 夢の勢揃い』
『落語名人会 夢の勢揃い』
京須偕充著
文春新書
『随筆 本が崩れる』
『随筆 本が崩れる』
草森紳一著
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