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「新書」編集長にきく

第9回  PHP新書出版部 副編集長 阿達 真寿さん

1996年、「読者と共に歩みたい」と創刊されたPHP新書。教養のみならず、徐々に実用分野にも手を広げ、最近では、『頭がいい人、悪い人の話し方』(樋口裕一著)で話題を呼ぶ。毎月、「重厚」と「遊び」の2種類の本を出したいという副編集長の阿達さんが、話題作誕生の背景やオーソドックスな出版社とはひと味違った方針を語る。
『頭がいい人、悪い人の話し方』、偏差値55を
『頭がいい人、悪い人の話し方』(樋口裕一著)は、ものすごい売れ行きですね。出版部数は、どのくらいになりましたか。
阿達
2005年4月現在、PHP新書の中でも部数はダントツ1位で、165万部まで伸びています。といっても、発売当初はそれほど売れていたわけではなく、新書ランキングでも4位か5位あたりを行き来している状態だったんです。
なにか、きっかけがあったんでしょうか。
阿達
特にはっきりしたきっかけは思いあたりません(笑)。最初、日本経済新聞や朝日新聞の書評欄で取り上げられたので、営業部が積極的に新聞広告や書店配本に乗り出したのが功を奏したのではないでしょうか。その後、女性誌の「Hanako」などでも紹介されましたが、特に反応が大きかったのはテレビ効果です。2005年1月、「世界一受けたい授業」(日本テレビ)に樋口さんが出演されたのを機に、更に部数が伸びました。
出版に至るまでの経緯を教えて下さい。
阿達
企画の段階では、「バカに見える話し方」がテーマでした。樋口さんの前著『ホンモノの思考力』(集英社新書)の一項目に「バカに見える話し方」の事例があげられているのを見つけたんです。読んだら、とても面白かったので、このテーマで一冊にしようと決まりました。ただ、タイトルに「バカ」を付けると、『バカの壁』(養老孟司著、新潮新書)の便乗本だと思われかねない。それは避けたいので、苦肉の策で、いまのタイトルにしたんです。とはいえ、「バカ」は、人間の虚栄心をくすぐる刺激的な言葉ですよね。そこで、帯に「バカと呼ばれないための実用書」というフレーズを入れました。さらに、風刺を込めた内容でしたから、バカ上司っぽい絵を入れたら、ぐっと面白くなるよ、ということで、しりあがり寿さんのマンガを帯に付けました。マンガ入りの帯は、新書としては新鮮だったと思います。
読者層はいかがでしょうか。男性読者が多いですか。
阿達
発売後数ヵ月間は、とりわけ若い層、20代から30代のビジネスマンに受けました。著者の樋口さんは、受験生を中心に小論文を指導する先生です。実は、同じPHP新書でよく売れている『大人のための勉強法』の和田秀樹さんや、『伝わる・揺さぶる!文章を書く』の山田ズーニーさんもそうなんですが、受験産業に関わる先生達はブレイクする傾向があります。若手の読者には、受験時代、参考書や授業で習ったという共通体験がインプットされているので、みな、当時を思い出して、この本を手に取ってくれたようです。
そのほか、バカ上司と揶揄される世代にも広がり、刊行後しばらく、読者の7割は圧倒的に男性でした。
ところが、面白いことに、最近では、読者の6割近くが女性だというデータが出てきています。これは、新書としては、きわめて珍しい傾向です。特に積極的に女性に向けて宣伝したわけでも、女性読者を意識して作ったわけでもないんですが・・・。
男女問わず、手にするようになったということですね。編集部としては、この本の売れ行きは予想していましたか。それとも、想定外でしょうか。
阿達
こんなにも話題になるとは全く想像していませんでした。ミリオンセラーなんて、予期して作れるものではありませんから、宝くじにあたったようなものです(笑)。タイトルがよかったとか、帯のマンガがよかったと言われますが、どれも後付の理由だと思っています。
具体的な成功の秘訣について、どのように分析していますか。
阿達
やはり、中身が面白かったことが一番です。この本が出た頃、『上司は思いつきでものを言う』(橋本治著、集英社新書)が話題になっていたことも要因の一つだったと思います。橋本さんの本もそうですが、樋口さんの本も、コミュニケーションの違和感を上手に表現した本です。なぜ人と話が通じないのか。この普遍的な問題意識をどのような企画にしたらいいか考えたとき、コミュニケーションの基本は、話し方ではないかと。そこで、周りにいる「頭がいい人」、「悪い人」の事例を思いつくままあげてみたら、「こんな人、いるいる」って、これは自分だ、とか、あの人だ、というように、読めば必ず誰かにあてはまるケースばかりで、読者にとって身近だったようです。
いまは、自意識過剰の時代、コミュニケーション不全の時代です。多くの人が、コミュニケーションがうまくいかないと感じている。でも、できるだけ摩擦を回避するというか、表面だけで付き合っていく人が増えています。その分、他人の本音が見えにくく、自分がどう評価されているのか気になってしかたがない。そういう不安にマッチしたのではないかと考えています。
なにか、裏話があれば教えて下さい。
阿達
実は、この本が売れた後、辛口の評者から「本当に頭がいい人には役に立たない本」といった批判を受けました。それに対して、樋口さんが、「この本は、偏差値55くらいを目指して書いたから当然」と言って聞き流していました。受験指導の先生ならではの表現ですよね(笑)。
つまり、世の中に良書といわれる本は数多くあるけれど、なぜ売れないのか。それは、偏差値65とか70の本を目指すから売れないんだと言うんです。偏差値とは、分布図ですから、一番層が厚いのは、偏差値50前後になります。そこで、今回は、偏差値55くらいを目指して書いてみたところ、それが見事に的中して売れたのではないかと。確かにそのとおりかもしれません。「なるほどなぁ」と思いました。
樋口さんの受験指導に定評があるのは、偏差値50の人を55に、55の人を60に、確実にアップさせていることにあるのだと思います。最初から偏差値70の子は、別に教えてもらわなくてもいいわけですから・・・。
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「教養」に根付いた「知的ノウハウ書」を
1996年創刊当時、新書の世界は、どのような状況でしたか。
阿達
PHP新書創刊時は、岩波・中公・講談社の御三家と、94年に創刊した、ちくま新書があったくらいで、新書市場は今ほど荒らされていませんでした。新書の立ち上げそのものが、まだ「新しい試み」という雰囲気でした。
PHP研究所が「新書」を立ち上げた経緯について教えて下さい。
阿達
PHP研究所創設50周年という時期にあわせて、何か新規事業を始めようということがきっかけでした。なぜ新書だったのかといえば、PHP研究所は当時、本格的な出版活動を始めて25年ほどが経ち、書籍の年間発刊点数が500点近くになっていました。新刊点数だけで見れば、出版社のベスト10に入り込むようになっていたんです。そこで、いよいよ出版社としても確立してきたのではないかという反面、数だけ出していてはダメで、質を高めなくては意味がないという声も出てきました。一過性の本だけではなく、後々まで残る本、教養が感じられる本が出版社として必要だろうと。その戦略として、「新書」がいいのではということになりました。創刊当初、新書イコール「教養新書」でした。イメージとしては、岩波新書や中公新書の路線ですが、ただ同じようなアカデミズム路線ではなく、PHPならではの、産業界のオピニオンリーダーを著者に据えて新規参入しました。
「教養新書」の路線を目指して始まったということですね。
阿達
そのとおりですが、創刊4年ほど経った頃から、新規参入の他社が増えて、徐々に棚も減り、増刷率も下がってきました。そこで、月3点から4点に増やしましたが、かえって返本率が高まるという悪循環でした。
そんな矢先、当時まだ若手の精神科医だった和田秀樹さんの『大人のための勉強法』を出したところ、15万部ほど売れました。この本が売れた頃から、実用路線というか、教養に根付いた「知的ノウハウ書」をはじめ、あらゆるジャンルに手を広げていこうという流れになったんです。創刊3、4年目までは、大学の先生をはじめ実績のある専門家中心のラインナップでしたが、最近では、若手の研究者、旬のテーマを追うフリーライターなどにも、どんどん書いてもらっています。
方向としては、少しずつ変化した結果、PHPの得意とする分野に戻ってきたという感がありますが。
阿達
いま、月に4点出していますが、そのうちの2冊は、従来の教養新書路線を継承した、かっちりした書き下ろしで、緊張感を伴って読み込む本で、残りの2冊は、肩の力を抜いて読める本にしたいと思っています。簡単に言うと、じっくり腰を据えて読む本と、遊び感覚の本の2種類ですね。
つまり、新書市場が飽和状態になって、なんでもありになってきましたが、PHP新書は、創刊当初からの、いい意味での「教養主義」は失わずにいたいと考えています。なんでもかんでも売れ線で、ただ時流を追うだけだと、とめどなく流されていきますので、そのためにも、バランスよく4冊のうち2冊はかっちりと、残りの2冊はゆったりと、という方針で進めたいと考えています。
「PHP新書刊行にあたって」という言葉の中に、「繁栄を通じて平和と幸福」をの願いのもと、創設とあります。PHP新書にも通じる会社そのものの精神でしょうか。
阿達
そうですね。創設者の松下幸之助は産業人でしたので、「繁栄を通じて」というフレーズが特徴的です。つまり、儲かるか儲からないかということに関しては、伝統的にシビアです。お客様はどこにあるのかということを常に考えないといけない。そういう意味では、老舗出版社は、文壇・論壇から始まった会社が多いですが、PHPの場合は違います。文壇やアカデミズムとは無縁の所から出発したというのが、ある意味で強みであり、弱みでもあります。最初は、産業界のオピニオンリーダーに、その後、作家や大学の先生に執筆を依頼しながら活動を広げてゆきました。
岩波なら「世界」、文春なら「文藝春秋」、中央公論なら「中央公論」など著者となる人を社内の別の媒体で抱えていますが、PHPではいかがですか。
阿達
PHP新書と一番連動しやすいのは、昭和52年に創刊した月刊誌の「Voice」です。この雑誌の著者は、政財界のオピニオンリーダー達が中心ですが、PHP新書創刊当初から、「Voice」で培ってきた著者達に登場して頂いています。「Voice」があったからこそ、PHP新書があると言っても過言ではありません。
また、月刊誌「The 21」や「歴史街道」の著者にも登場して頂いています。新書にするために、最初から雑誌連載をお願いすることもあります。特に人気著者の場合は、「書き下ろしはムリだけど、毎月連載があればねえ・・・」という話になることが多い。そこで、雑誌の編集者にかけあって、連載を組んでもらいます。例えば、森まゆみさんの『明治・大正を食べ歩く』は、「歴史街道」の連載をもとに加筆して出来た本です。 そういう意味では、上手に雑誌と連携しながら新書を作っています。
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PROFILE

阿達 真寿

1967年東京都生まれ。91年、早稲田大学社会科学部卒業後、PHP研究所に入社。文芸出版部、学芸出版部などを経て、2001年よりPHP新書出版部。04年より副編集長。

頭がいい人、悪い人の話し方
ホンモノの思考力
『ホンモノの思考力』
樋口裕一著
集英社新書
大人のための勉強法
『大人のための勉強法』
和田秀樹著
PHP新書
伝わる・揺さぶる! 文章を書く
『伝わる・揺さぶる! 文章を書く』
山田ズーニー著
PHP新書
上司は思いつきでものを言う
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