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「新書」編集長にきく

第9回

PHP新書出版部 副編集長 阿達 真寿さん
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編集部4人で、月4点
編集部の構成について教えて下さい。
阿達
新書編集部は、副編集長の私を含めて4人です。編集長は、第一出版局局長が兼務していますが、実質的には、「新書はお前に任せる」と言われています。おそらく4人で月4点というのは、他の新書に比べてかなりハードだと思います。創刊月(10月)には、5~6点出します。
出版が決まる企画会議は、どのような内容ですか。
阿達
月に一度、出版局長も参加する企画会議を行います。そこで、テーマの方向性、著者の選択、タイトル案などを相談しながら、企画の可否を詰めてゆきます。次に、営業部で企画書を回覧します。この営業部のチェックが、けっこう厳しいんです。彼らに決裁権はありませんが、企画書の最後に、発刊して欲しいか、欲しくないかという二者択一のチェック欄に印をつけてきます。実は、これが、一番のネックになるんですよ・・・。発刊して欲しくない場合には、コメント欄に「同著者実績なし」とか「単行本なら可」など、営業部がもっているデータをもとに理由を記してきます。けっこうシビアなコメントが多いですね(笑)。
その後、最終的に社長の決裁を仰ぎます。社長は、企画書すべてに目を通して、PHPとして相応しいかどうかを判断しながらサインをします。このとき、営業部が「発刊しないで欲しい」に印をつけているものは、8割くらいの確率で「No」となります。逆にいえば、営業部が「OK」といえば社長決裁も通る確率は高い。そういう意味では、営業部の権限は大きいですよ。
もちろん、副編集長の私も、営業部から評価されます。役職についているからといってすんなり通ることはなく、一編集者として扱われています。
タイトル決定までの過程は。
阿達
まず、編集部でタイトル会議を開きますが、前提として、著者の了解を得ておきます。雑誌と違って、書籍は編集者のものではなく、基本的に著者のものですから、著者が納得したタイトルに決めます。もちろん、著者にはうまく説明して、編集部の意向を通しますが、無理強いはしません。
著者の了解を得てから、営業部にもう一度見せて、最後は社長決済です。基本的にそれで決定です。
タイトルに関する基準はありますか。
阿達
短い方がいいかとか、長い方がいいといった物差しは、特に設けてはいません。その本に相応しいタイトルさえ付けば良いのではないかと考えています。
ただ、PHP新書の装幀を見ればわかると思いますが、タイトルが縦組みで、文字の級数も他社に比べると若干大きいんです。ですから、長くても2行で、バランスよく並べばよいと。以前、『民族と国家』(松本健一著)や、『歴史と科学』(西尾幹二著)という、いかにも教養新書らしい短めのタイトルを付けましたが、残念ながら内容ほどには売れませんでした。岩波新書のようなタイトルをつけても、PHP新書の場合、どうも手にとってもらえないようです(笑)。ですから、タイトルは重要です。タイトル一つで、本はがらりと印象が変わるものだと、つくづく感じています。
編集者は、何冊くらい手持ちのアイデアを抱えていますか。また、それぞれの得意ジャンルは。
阿達
少なくとも、一人が月に1冊、年間12~13冊は作ります。執筆依頼をしているのは、キャリアによりけりですが、常に30冊くらいあります。そのうち、当面は3ヵ月から半年以内に発刊できる原稿を抱えていることになります。
担当ジャンルは、特に決めてはいませんが、自ずと、歴史はこの人に任せようとか、哲学思想系ならこの人、など、おおよその区分けが出来てくるものです。一番大事なのは、担当者自身、そのジャンルが好きかどうかに集約されます。
本が出来るまでの流れを教えて下さい。入稿から出版までの時間は。
阿達
日数にすると、大体、入稿後2ヵ月くらいで発刊できます。もちろん、入稿する前にある程度の原稿整理が済んでいることが条件です。最近では、組版と同じような原稿が作れますので、その段階で出来るだけ朱入れはしておきます。何回転かさせた上で、初校・再校を出して校了するという流れです。組版後は、極力朱字を入れないようにします。カラー版などの場合は、2ヵ月では無理です。
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ロングセラーは、心理・精神医学
先ほど、『頭がいい人、悪い人の話し方』(樋口裕一著)が現在、売上部数第1位とのことでしたが、2位以下のランキングは、どのようになっていますか。
阿達
2位は、『養老孟司の「逆さメガネ」』(養老孟司著)で40万部。3位が『大人のための勉強法』(和田秀樹著)と『日本を創った12人(上巻)』(堺屋太一著)の20万部。以下、『日本を創った12人(下巻)』の17万部。『社会的ひきこもり』(斎藤環著)が15万部。『話すための英語(上巻)』12万部。『なぜ国家は衰亡するのか』(中西輝政著)、『話すための英語(下巻)』『知性の磨きかた』(林望著)が、それぞれ10万部ほどです。(2005年4月現在)
人気のある本、ロングセラーについて、推測される背後の事情などを教えてください。
阿達
上にあげたものはどれもロングセラーになっていますが、特に息が長い本といえば、和田秀樹さんの『大人のための勉強法』です。発売1年で10万部を超えて、その後もよく売れています。『日本を創った12人』(堺屋太一著)も発刊後10年近く経ちますが、いまだに増刷がかかります。面白いのは、斎藤環さんの『社会的ひきこもり』です。98年の発刊当時、特に話題にはならなかったんですが、約一年後、新潟の女児監禁事件を機に急に売れ始めました。新聞やニュースで「ひきこもり」が頻繁に取り上げられるようになり、いつのまにか10万部を超えました。こういう長く売れる本こそ、新書の醍醐味だと思います。

よく、出版社では、新刊本と既刊本の売上比率を調べます。既刊本の売り上げ比率が高いほど、経営が安定しているわけですが、現実的には、新刊本6に対して既刊本4くらいの比率が理想でしょう。PHP新書の場合、7対3から8対2ほどで、新刊に頼らざるを得ません。かつての岩波新書は、4対6くらいで、既刊本の方が多く売れていたと聞いています。新書というジャンルは、いかに、既刊本、ロングセラーで勝負できるかが課題ですね。
PHPというと、ビジネス本が強いのかと思っていましたが、意外とそうではなさそうですね。ジャンルについては、どうでしょうか。
阿達
痛いところをつかれました(笑)。PHP研究所はビジネスや経営等のジャンルを得意としているはずなのですが、実は、PHP新書では最近あまりこのジャンルが売れていません。経営、経済の話題作は、今後の課題です。といっても、経団連会長の奥田碩さんの『人間を幸福にする経済』や、経済学者・飯田経夫さんの『日本の反省』などはよく売れました。
最近、光文社新書の『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(山田真哉著)という会計学の本が話題になっていますが、本来PHPのジャンルではないか、といわれてしまうかもしれません。もっと研究しないといけませんね・・・。

創刊以来の傾向として、心理・精神医学のジャンルが特にロングセラーになっています。精神科医の福島章さんの『子どもの脳が危ない』は、殺人を犯した少年の脳に異常所見があることを検証した本でした。主な読者層は、学校の先生やお母さん達です。子育てに不安がある時代ですから、ADHD(注意欠陥多動性障害)などにも関心をもつ人が増え、7万部ほど売れました。『カウンセリング心理学入門』(国分康孝著)や、『「うつ」を治す』(大野裕著)なども発刊5年近くたっても増刷がかかります。
PHP新書としての方向性や姿勢について教えて下さい。
阿達
イデオロギーを強く打ち出すというより、不偏不党であってよいと考えています。例えば、憲法改正に賛成する本を出せば、一方で、反対の本が出ても良いと思っているんです。議論の場を提供するわけですから。けれども、長年PHPが培ってきた著者は保守論客が多いので、結果として保守系の著者が多いです。といっても、保守系でなければダメということはありません。無用なこだわりは捨てて、その時々に必要なテーマを扱っていければよいと考えています。
ご自身が担当された新書の中で、特に印象に残っているもの、お奨めの本はありますか。
阿達
04年6月に発刊した小松美彦さんの『脳死・臓器移植の本当の話』は、初校原稿を読んだとき、久々に身体が震えました。420頁ほどあります。こんなに長いと、普通は短くして下さいとお願いするんですが、どうしても削れませんでした。最近、すぐ読める、薄くてわかりやすい本に傾斜しがちですが、こうした流れに逆行した本です。
内容は、「脳死・臓器移植って、本当にいいことなんですか?」と改めて問うたものです。脳死者の家族が臓器を提供することは美談として語られます。一方、わが子を救うために、臓器移植を選択することは親として当然であるように思えます。しかし、脳死者は臓器摘出時に激痛を感じているとか、妊婦であれば出産ができる、というような真実を、どれだけの人が知っているでしょうか。脳死の医学的根拠の薄さや、西洋と東洋の身体観のギャップなど、いろんな問題が凝縮されているんです。そのあたりを、学者の視点とジャーナリスティックな視点の両方で詳細に追及した本です。「愛する人を救うために」というお涙頂戴では片付けられないテーマなんです。これこそまさに、緊張感を伴って、じっくり読む本です。
最後に、個人的な読書体験をお聞きしたいんですが、今までで印象に残った新書を教えて下さい。
阿達
学生時代に教わった先生達は、いわゆる岩波世代で、ことあるごとに、岩波新書を推奨していました。例えば、イギリスのパブリックスクールでの体験をふまえた『自由と規律』(池田潔著、岩波新書)や、『社会科学の方法』(大塚久雄著、岩波新書)などを薦められたので、古本屋で買って、読んだ記憶があります。
でも本当に面白かったのは、『パンツをはいたサル』(栗本慎一郎著、カッパサイエンス)や、『ソビエト帝国の崩壊』(小室直樹著、カッパビジネス)のようなカッパ新書でした。私は、いわゆる岩波新書信奉というよりは、とにかく面白い本を読みたいという世代でした。
それから、特に学生時代に印象に残っているのは、『はじめての構造主義』(橋爪大三郎著、講談社現代新書)です。これこそ、新書らしい新書だと今でも感じています。難解な構造主義が、わかったつもりになれた。もちろん、読んだだけでは、本当には理解してないんですけどね(笑)。ただ、わかったつもりになれた、という読後感を与えるのが新書の役割だと思います。一方で、安易な答えを与えてもいけない。わからないなりに納得すること、わからなさをわかるということも新書の役割だと思います。こうした二面性をどう見せてゆくかが、新書作りの面白さです。
ところで、橋爪大三郎先生とは、今では、仕事を一緒にさせて頂いています。学生時代に読んだ著者の本を作れるのは、編集者冥利につきますね。
今後、PHP新書で出してみたい本、ジャンルなどありますか。
阿達
具体的に、この著者とかこのテーマの本というより、時代のキーワードとなるような本を作りたいですね。たとえば、「パラサイト・シングル」(『パラサイト・シングルの時代』(山田昌弘著、ちくま新書)や、「ぷちナショナリズム」(『ぷちナショナリズム症候群 』(香山リカ著、中公新書ラクレ)のように、最初は、「なんだろう?」と人々が思っていたのに、いつの間にか、その言葉が使われるようになる。つまり、時代の空気を上手に表現したタイトルを付けて、それが普遍化して流通していく。そんな新書を作れたら、編集者として快感でしょう。出版は、時期とタイミングも大事です。その時々の風を敏感に読み取りながら新書を作っていきたいと思っています。
(2005年4月7日 国立情報学研究所にて)
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民族と国家
『民族と国家』
松本健一著
PHP新書
養老孟司の「逆さメガネ」
日本を創った12人
『日本を創った12人』
堺屋太一著
PHP新書
社会的ひきこもり
『社会的ひきこもり』
斎藤環著
PHP新書
さおだけ屋はなぜ潰れないのか?
『さおだけ屋は
なぜ潰れないのか?』

山田真哉著
光文社新書
子どもの脳が危ない
『子どもの脳が危ない』
福島章著
PHP新書
脳死・臓器移植の本当の話
自由と規律
『自由と規律』
池田潔著
岩波新書
はじめての構造主義
『はじめての構造主義』
橋爪大三郎著
講談社現代新書
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