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「新書」編集長にきく

第5回  ちくま新書編集長 磯 知七美さん

“ほんとうの入門書”を目指し、ちくま新書が創刊したのが1994年10月。それまで長い間、岩波、中公、講談社の「御三家」が“独占”していた教養新書の市場に風穴をあけた。現在、総タイトルは約500点。新編集長の磯さんは、「自分の頭で考えるための助けになる本」と、今後の進路を示す。
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ヤングアダルト向けプリマーブックスからちくま新書へ
2005年1月、新たに「プリマー新書」創刊
「自分の頭で考える」ための助けになる本を
ヤングアダルト向けプリマーブックスからちくま新書へ
創刊10周年の2004年10月に編集長に就任されましたね。
10周年を機に編集長も刷新、というわけではないんですよ。たまたま、人事異動の時期と創刊記念月が重なっただけです(笑)。2002年から2年間編集長を務めていた前任者の山野浩一が、この体制なら、あとはもう誰が継いでも大丈夫だろう、と思ったのでしょう。私としては「あらら、お鉢が回ってきた」というのが実感です(笑)。
10年前のちくま新書誕生のいきさつについて教えて下さい。
当時筑摩書房では、四六判の選書である「ちくまライブラリー」を定期刊行していたのですが、選書というメディア自体が難しい状況にありました。選書の棚がある大型店以外では単行本群として扱われるわけですから、一点一点が強くないと勝負できませんよね。一方で、岩波新書、中公新書、講談社現代新書の御三家に加えて、新たに丸善ライブラリーが創刊されたこともあって、新書に可能性を感じていました。また当時営業部にいた山野が、ある親しい書店さんから「ちくまライブラリーを新書にしてはどうか」という話を頂いたようです。「新書は、書店で確実に棚がある。棚があるところには人が行く」ということで、社内の事情と市場のニーズがぴったり合ったわけですね。ライブラリーでも新書でも、書き下ろしですから労力は同じですし、コスト的にも新書の方が旨味がある。「満を持して新書を!」ということになりました。
磯さんは、新書創刊当時「ちくまプリマーブックス」を担当していたようですが、「プリマーブックス」とは、どのようなシリーズだったのですか。
1987年に創刊されたプリマーブックスの読者対象は「ヤングアダルト」です。中・高校生、それから大学生に向けた学問の入門書をメインに、「生き方」「考え方」といった幅の広い哲学を含めたシリーズでした。網野善彦先生の『日本の歴史をよみなおす』や、養老孟司先生の『解剖学教室へようこそ』などは今も版を重ねています。著者に「若い人向けにわかりやすく書いて下さい」とお願いした結果、大人にも手に取って頂けるシリーズになっていました。
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2005年1月、新たに「プリマー新書」創刊
選書である「ちくまライブラリー」とヤングアダルト系の知的入門書「ちくまプリマーブックス」が合わさって、「ちくま新書」が誕生したということでしょうか。
いえいえ。当時プリマーブックスは健在だったんですよ。つまり、ちくま新書10年間のうちの7、8年はプリマーブックスと共存していたことになるんです。プリマーブックスのコンセプトを「児童書の延長」から「大人が読んで面白い」へシフトした結果、扱うテーマや著者、原稿の分量も新書とあまり変わらなくなってきて、棲み分けが難しくなってきたんですね。そこで、150冊を超えたあたりでプリマーブックスは一つの使命を終えたと考え、社内の書き下ろしシリーズは新書一本に絞ることになりました。それとはまた別の流れで2005年1月から「ちくまプリマー新書」という新しい新書シリーズを刊行します。「プリマー」の原点にもどった若い人向けの新書で、原稿枚数も150枚と、よりコンパクトです。シリーズ名を決める際にいろんな案がありましたが、書店さんや図書館、学校に既に認知されているということで、結局「プリマー」を復活させることになりました。創刊タイトルとしては、『ちゃんと話すための敬語の本』(橋本治著)、『先生はえらい』(内田樹著)、『死んだらどうなるの?』(玄侑宗久著)、『熱烈応援!スポーツ天国』(最相葉月著)、『事物はじまりの物語』(吉村昭著)の5冊が予定されています。
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「自分の頭で考える」ための助けになる本を
ちくま新書創刊当時、新書の市場は、事実上、岩波、中公、講談社の御三家で占められていました。名のある出版社が新たに新書の世界に参入したのは、ちくまが最初であり、火付け役になったと思います。目指していたものを教えて下さい。
やはり「教養書」を作ろうという意識が高かったと思います。とはいえ、あまりにも御三家が大きく立ちはだかっていましたので、「もう少しやさしく、テーマを絞って、なるべく若くて勢いのある著者に」ということを意識していたようです。ちなみに、創刊当初は「哲学思想系のちくま新書」と打ち出していました。先ほど改めて「創刊のことば」を読み返したのですが、当時の岩波、中公、講談社の創刊の言葉と比べて、非常にやわらかい言葉を使っていますよね。現在まで受け継がれていることは、「自分の頭で考えましょう」ということです。自分の頭で考えるための助けになる本を作ろうという基本姿勢は変わらずに続いています。
10年間を振り返ってみると、どのような路線を歩いてきたと思われますか。
身の置き処を探す10年、でしょうか(笑)。既に大きな新書が3本あるわけですから、棚も持ち味も、走りながら探ってきたと思います。「哲学思想系を中心にした教養書」といっても、会社の規模も小さいですし、当時はスタッフも5人くらいでしたので、どうしても企画が手詰まりになってきます。そんな中で、1999年に刊行した『もてない男』(小谷野敦著)が風穴を空けたかもしれません。営業出身で後に編集長になる山野が担当したのですが、だいたいタイトルが変でしょ(笑)。「もてない男」と言われても、何の本だかわかりませんよね。社内でも、こういうタイトルの新書を出していいのか、モメた記憶がありますが、出してみると話題になりました。1冊ヒットすると、シリーズ全体が活気づきますね。
それまでにないようなタイトルですよね。99年というと、新書の世界はどのような段階にあったのでしょうか。面白いタイトルが増えつつあった時期でしたか。
当時は、平凡社新書、宝島社新書、集英社新書など、新書の創刊ラッシュで、新書の世界に勢いが出始めていましたよね。いまや新書のタイトルは何でもありで、「ガギグゲゴ」なんていうのもありますが(笑)、『もてない男』は、当時としては斬新でした。もちろんタイトルだけが理由ではありませんが、11万2000部のベストセラーになりました。
総タイトルと、市場に流通している点数はどのくらいになりますか。また、好評だった本、話題になった本にはどのようなものがありますか。
総タイトルは、506点で、現在流通しているのは329点です。(2004年11月現在)部数が伸びたのは、『女は男のどこを見ているか』(岩月謙司著)で、20万8000部ほどです。『もてない男』などと併せて「ちくま新書“男”シリーズ」と言われたりしましたが、別に意識的にシリーズ化したわけじゃないんですよ。たまたまです(笑)。
最近では、『禅的生活』(玄侑宗久著)が驚くような売れ方をしました。新聞広告が出る前に動き出したんです。発売2日後には重版がかかって、びっくりしました。理由は……実はよくわからないんですが(笑)、「仏教ブーム」が背景にあったと思います。河合隼雄さんと中沢新一さんの『仏教が好き!』(朝日新聞社)が話題になっていましたし、先が見えにくい時代に、心の拠り所を求める雰囲気が世の中にあって、それには仏教が一番親しみやすいと感じたのでしょうか。それに「禅」には厳しいというイメージがありますけど、「禅の思想って、実は何ものにもとらわれない自由な精神なんですよ」ということを前面に出しましたから、それもよかったのでしょう。もちろん、玄侑先生が、名の通った作家であることも大きな要因です。その後も版も重ねて、今15万2000部です。
ロングセラーになっているものは、どんなジャンルですか。
創刊から三年以内に出て、版を重ね、しかも、この一年間にも重版した本を眺めたところ、売れている順番で、『日本人はなぜ無宗教なのか』(阿満利麿著)、『経済学を学ぶ』(岩田規久男著)、『ニーチェ入門』(竹田青嗣著)などですね。全体を通して見ると、「~入門」「~を学ぶ」「~を問いなおす」という定番タイトルで、「その道の専門家が、わかりやすくかみ砕き、しかもワンテーマで伝える」入門書がロングセラーになっているのだなと改めて思いました。
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PROFILE

磯 知七美

1961年栃木県生まれ。
85年早稲田大学教育学部卒業。出版社勤務、フリーランサー(書籍・雑誌編集)を経て、88年筑摩書房入社。「ちくまライブラリー」「ちくまプリマーブックス」(いずれも書き下ろしシリーズ)編集部ののち、01年10月ちくま新書編集部。04年10月より同編集長。

ちゃんと話すための敬語の本
『ちゃんと話すための
敬語の本』

橋本治著
ちくまプリマー新書
死んだらどうなるの?
『死んだらどうなるの?』
玄侑宗久著
ちくまプリマー新書
熱烈応援!スポーツ天国
『熱烈応援!スポーツ天国』
最相葉月著
ちくまプリマー新書
もてない男
『もてない男』
小谷野敦著
ちくま新書
日本人はなぜ無宗教なのか
『日本人はなぜ無宗教なのか』
阿満利麿著
ちくま新書
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