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「新書」編集長にきく

第5回

ちくま新書編集長 磯 知七美さん
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編集者に必要なのは、「目配り」と「思いつき」
「再入門」のための新書を
「縦書きの自然科学書」を
編集者に必要なのは、「目配り」と「思いつき」
テーマの内容がわかりやすいという印象を受けますが、何か方針はありますか。また毎月の刊行点数を教えてください。
毎月5冊を標準にしていますので、合計すると年間60冊ほど刊行しています。私ども編集部は8人ですので、ノルマではありませんが、編集者一人が年間7冊から8冊作る計算になります。
テーマに関しては、編集者個人の「目配り」と「思いつき」に負うところが大きいですね。月に一度、編集部全員で会議を行っていますが、それ以前に4人ずつのチームで「こんなテーマを考えている」とか、「この人にこのテーマで書いて頂きたい」という企画の芽のような「思いつき」を持ち寄り、そこで、ブレインストーミングというか、結構ざっくばらんな話し合いをします。「そのテーマなら、こういう人の方が面白いんじゃないか」とか、「その方には、もっと冒険的なテーマをお願いした方がいいのでは」とか。30代の、比較的若手の編集者が中心ですので、彼らは若い著者や斬新なテーマを見つけてくるんですね。編集者それぞれの個性が現れて、楽しいですよ。まあ、そこでボツになることもありますが、人の意見を聞くと発想が変わりますから、「思いつき会議」は大切にしています。
タイトルについてですが、『セーフティーネットの政治経済学』『長期停滞』のように、時事的でストレートなテーマを素直に打ち出す傾向があるように思います。
タイトルは難しいですね。基本的に、まず中身を詰めてから付けるようにしていますが、書き下ろしの場合、タイトルが内容に色濃く反映されますから、企画を出す段階で意識的に「これぞ」というタイトルを考えるようにしています。それが著者のご意向と合わない場合もありますが、筑摩書房では基本的に「本は商品」だと考えていますので、最終的には会社の意向を伝えて、納得いただくように努めています。
11月の最新刊を眺めると、『ゲーム理論を読みとく』(竹田茂夫著)、『「ただ一人」生きる思想』(八木雄二著)、『思考を鍛える論文入門』(神山睦美著)、『野口英世の生きかた』(星亮一著)、『マンガを解剖する』(布施英利著)など、正攻法で付けられたタイトルが多いように見受けられます。
奇をてらったタイトルは、筑摩書房のイメージにそぐわないかもしれません。筑摩って、「固くて地味」「小粒でまじめ」な印象じゃないですか(笑)。最近では、新潮社さんが斬新なタイトルを付けて成功していますが、新書そのものの大筋は、まだオーソドックスなタイトルが多いと思います。
一方で、10月に刊行された『公安警察の手口』(鈴木邦男著)のように面白いタイトルもありますね。
「手口」というのが挑戦的ですよね(笑)。人々が知りたいと思いつつ、なかなか知る機会がなかったテーマだと思います。10月刊行の中では一番売れています。ちくま文庫が「アウトロー系」を好んで出していますが、新書では初めてですね。この先もアウトロー企画はいくつか控えています。ちなみに担当者は、かつて公案警察にお世話になった世代、ではなくて(笑)、若い編集者です。
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「再入門」のための新書を
新編集長としての意気込みをお聞かせ頂けますか。
そうですねえ。オーソドックスなものは今後も必要とされるであろうと思っています。新書がバブル状態になりましたけど、現状としては、徐々に落ち着きつつあるのではないかと感じています。やはり「実用系」より、広い意味での「教養系」が残っていくと思うんです。
それに、かつての「入門書」を読むためには、さらにそのための「入門書」が必要なくらい内容が難しくなっているものが多々ありますので、「再入門」の需要はこれからも出てくると思っています。講談社現代新書の『はじめての言語学』(黒田龍之助著)などは、とても新鮮な入門書だと思います。きちんとした「入門書」で足下を固めつつ、なるべく「冒険」もできる環境を編集部内で整えていきたいですね。
では、「基本」と「冒険」の二つが柱ということになりますか。扱うジャンルについてはどうでしょうか。
やはり「哲学思想系」が一つの柱になると思いますが、読者の中心が30代から50代の男性ビジネスマンですので、『週末起業』(藤井孝一著)などの「仕事にも使える社会科学系」というのは定番としてずっと残っていくと思っています。それから、『教育改革の幻想』(苅谷剛彦著)といった、一連の「教育もの」も堅調ですね。
先ほど、「再入門」と仰っていましたが、最近のもので当てはまる本はありますか。
最新刊にはありませんが、仕込みはしています。5月に出した『憲法と平和を問いなおす』(長谷部恭男著)は、「再入門」ものといえるかもしれません。自衛隊派遣が問題になっていますし、護憲・改憲論議はこれから本格化していくでしょうから、タイムリーでもありますが、「そもそも憲法って何?」という疑問にも、まっすぐ答えています。「民主主義」「立憲主義」「平和主義」を柱にして、「平和」に絞り込んだ正攻法の憲法論ですが、最終的に「どう考えるか」は読者に委ねられています。「自分の頭で考えるための憲法入門」とも言えるかと思います。当初、営業はじめ、「憲法? 地味じゃない」という反応でしたが、おかげさまでいい評価をいただき、重版しています。
著者は研究者が多いのでしょうか。論文、評論、エッセイなど書き方のスタイルについては、どのようにお考えですか。
かつては、ある程度知名度があったり、学者としての業績がないと著者としてふさわしくないとされる傾向にあったようです。いまでも、圧倒的に研究者が多いとは思いますが、評論家やコンサルタントの方が経済・ビジネスものを書いて下さっていますし、以前ほど研究者中心ではありません。とはいえ、研究者は、論文や著書がありますので、仕事の幅が見えやすく、依頼する側としては安心できますね。ただ、テーマによっては、それが逆に縛りになることもあります。『公安警察の手口』(鈴木邦男著)は、研究者には絶対書けません(笑)。
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「縦書きの自然科学入門書」を
編集者として印象に残っている本を教えて下さい。
新書担当歴は短いのですが、『「わかる」とはどういうことか』(山鳥重著)が印象深いですね。プリマー時代にご執筆をお願いして、結局新書に入れました。山鳥先生は、高次脳機能障害の臨床をされている方ですが、「わかる」仕組みを、脳科学の観点から「わかりやすく」書いていただいたものです。それから、先ほど申し上げた『禅的生活』(玄侑宗久著)には本当に驚きましたね。ご執筆のお願いをする段階で、既にこのタイトルを考えていたのですが、なかなか、ご本人が首を縦に振って下さらなくて……。そもそも、新書を書くことについて「まだ当分は先」とおっしゃっていたのを、押したり引いたり(笑)、説得して書いて頂くことになりました。個人的に、特に仏教に興味があったわけではないのですが、生身の生きた知恵を伝える本を作ってみたかったんです。仏教関係の新書は多いですけど、読んだ人の「生活」や「生き方」にまで関わる本は、なかなか少ないですよね。本を読んで知識を得られるのも大事ですが、「読んだ前と後で、読んだ本人が変わる」というのが、広い意味での「教養」じゃないかなあ、と思っています。どこかしら、見方が変わるとか、発想が変わるとか、楽になっちゃったとか、すごく小さなことでいいんですけど。
ご自身が影響を受けた人、新書などを教えて下さい。
やっぱり養老先生でしょうか。お付き合いも長くて、20年になりますから。『解剖学教室へようこそ』を担当したことは、今思えば、とても大きな出来事でした。この本の後、なぜかすごく楽に仕事ができるようになったんです。実は、「バカの壁」という言葉は、私も、それこそ20代の頃から知っていたんですね。『形を読む』(養老孟司著、培風館)に出てきますし。それがある時、「先生、私にもわかるようにやさしく書いて下さいね」と申し上げたら、「それは無理です。磯さん、バカの壁ってご存じですか」って言われて、「そりゃ、言葉は知ってますけど。え? もしかして私のこと? 私が壁かあ」(笑)。新潮新書編集長インタビューで三重さんが『バカの壁』の経緯を話されていましたが、やはり養老先生とお付き合いの古い新潮社の石井さんは、「バカの壁」をタイトルにしよう、とずっと思ってらしたようですね。私は、「壁かあ…」と思っただけ。この差は大きいです(笑)。
私の場合、編集者としてたくさん本を読んでるほうではないので、出会いから仕事が展開していくことが大きいですね。養老先生に会わなければ自然科学の本は作らなかったと思いますし、玄侑先生に会わなければ仏教に興味を持たなかったかも知れません。出会いから興味が広がったと思います。きっかけがあると人は変わるものです。
影響を受けた新書は、『胎児の世界』(三木成夫著、中公新書)や『サブリミナル・マインド』(下條信輔著、中公新書)でしょうか。ロングセラーになっていますし、どちらも繰り返し読む名著だと思います。ごく最近のものではリービ英雄さんの『英語でよむ万葉集』(岩波新書)。リービさんの文章は、とても心地いいんです。
最近、他社も含めて、気になる著者はいますか。
企業秘密です。なんて(笑)。俳句の本を作ってみたいと思っています。最近では『俳句的生活』(長谷川櫂著、中公新書)が好評でしたね。とてもいい本だと思います。俳句には独特の想像力があって、何が良くて何が悪いのか、よくわからないのですが、俳句に関する本は、ロングセラーが多いですね。講談社学術文庫に入っている阿部筲人さんの『俳句』は、「ダメな俳句」に徹した、すごくユニークな本で圧倒されます。俳人の方って、文章がいいですよね。同じ自然を見ていても、おそらく見ているところが違うんじゃないでしょうか。俳句は、「言葉では説明しない」世界ですし、日本語の世界を広げてくれる気がします。それとこのところ、「日本的な思想」というものに少し興味が出てきました。
最後に、ちくま新書のカラーは? また今後の方針について聞かせて下さい。
カラーですか。玉虫色です(笑)。それこそ「何でもあり」ですね。足下を固めるオーソドックスなものと冒険としか申し上げられないんです。全体の方針というよりも個別で作っていくしかないというのが現場の実感です。「こういう方向性でいきましょう」と編集長が旗をふったところで、たぶん行き詰まると思うんです。編集者って、動きながら考える仕事だと思うんですね。スタッフが、本当に好きなことを、自由にのびのびとやって、失敗したら、傷ついて勉強していく。もちろん、成功すれば喜びは大きいですし。それを繰り返していくしかないと思っています。いき過ぎたり、足りない時には、もちろん老婆心で助言しますが、本当にやりたい思い入れ企画なら、多少危なくても、やっていいと思っています。最終的に責任を取るのは、編集長であり、もっと上の人たちですけどね(笑)。

個人的には、新書の中に「自然科学」の路線を一つ作れたらと思っています。文系の人が読んでわかる「縦書きの自然科学入門書」という感じでしょうか。プリマーブックスの頃、養老先生に始まって、生物学者の池田清彦先生、脳科学者の澤口俊之先生などにお願いしましたが、そういった流れに、今も可能性を感じています。
いま、科学を専門に扱った新書には講談社ブルーバックスがありますが、例えば中公新書が、先ほどあげた『胎児の世界』や、『言語の脳科学』(酒井邦嘉著)等の「科学もの」を出して成功していますよね。科学技術は飛躍的に進んでいますが、思想がなかなか付いていかない、どう考えて良いのかわからない、そもそも技術そのものがわからない、という傾向がありますよね。せめて、新聞の科学面を読んだ時にすっと理解できる、あるいは興味を持って読めるきっかけになるような新書ができればいいなあ、と。いま、読者が「科学の入門書」を読みたい時には、ブルーバックスの棚に行きますが、いつか、「ちくまの棚に行くと、もう少しわかりやすいのがあるよね」というふうになったら……ひそやかな野望ですけど(笑)。少し前に「脳の本」のブームがありましたが、おそらく多くは文系の読者ですよね。脳科学は、哲学に通じるところもありますし。理科系の先生の中には、読書家で哲学好きな方や、書くことが好きな方が多いですから、若い書き手の方がまだまだいらっしゃるはずです。新しい出会いを楽しみにしています。
2004年11月19日 国立情報学研究所にて
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公安警察の手口
『公安警察の手口』
鈴木邦男著
ちくま新書
憲法と平和を問いなおす
『憲法と平和を問いなおす』
長谷部恭男著
ちくま新書
「わかる」とはどういうことか
胎児の世界 : 人類の生命記憶
『胎児の世界』
三木成夫著
中公新書
英語でよむ万葉集
『英語でよむ万葉集』
リービ英雄著
岩波新書
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