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「新書」編集長にきく

第1回  新潮新書編集長 三重 博一さん 編集部 後藤 裕二さん

「新書ブーム」といわれ、各社各シリーズがしのぎを削る中、昨年4月に創刊した新潮新書(新潮社)。養老孟司著の『バカの壁』は売れに売れ、350万部を達成。改めて"壁"ヒットの背景などを、編集長の三重さんと編集担当の後藤裕二さんに語ってもらった。
いまだ売れ続ける化け物『バカの壁』

『バカの壁』の部数は、新書の売り上げ記録を塗り替えたと言っていいのでしょうが、これだけ売れた理由は、どこにあると思われますか?

三重
創刊時の目標は、1年間トータルで100万部でした。新書というのは、5万部売れたらベストセラーと言われている市場ですから。やはり理由の一つはタイトルでしょうね。『バカの壁』というタイトル、"「話せばわかる」なんて大うそ"という帯の文句。みんな周りの誰かの顔を浮かべるんですよね(笑)。何で話が通じないかの謎を解いてくれる本かと思って手に取った方が多かったようです。
しかし、それは入り口で、実際は奥深い養老ワールドが展開されている。溜飲が下がるだけではなくて、世の中をどういうふうに見たらいいかというところで、ほっとできるという部分がある、その二つの要素があったからたくさん読まれたと思うんですね。あとは100人いれば100様の読み方ができるところも魅力なのだと思います。

「バカの壁」という言葉は養老さんの著作の中で使われている言葉だということですが。

三重
「バカの壁」という言葉は初期の作品(注1)にある養老さんの造語です。新潮社で古くからつきあいのある人間がそれをずっと覚えていて、「それってバカの壁ですよね」というふうに、二人の間では昔から使っていたようです。だから、新書の編集部を立ち上げた段階から「著者は養老さんで、タイトルは『バカの壁』でいきたい」と部内では言ってました。

時間がなくて聞き書きということになったそうですが。

三重
創刊が2003年4月に決まったのですが、当時養老さんは何本も原稿を抱えていらっしゃいましたから、スケジュールの問題で聞き書きじゃないと無理だったんです。先生も聞き書き、語りおろしということはやったことがないので、おもしろがって引き受けてくださった。担当の後藤は週刊誌(フォーカス)でずっと原稿を書いてきた人間ですからわかりやすくみせることができた、ということもあると思うんです。この本は、「学校の先生の講義を聞いているみたいだ」とよく言われます。

養老先生はそのまま原稿になるような理路整然とした話し方をされるのですか?

後藤
理路整然とはしているのですが…。発想がある種天才型の脳というか、話の方向が意表をつく方向へ飛んだりすることはあります。最終的には一つのロジックの中で語られているのですが、一瞬、「話が飛んだのかな」と思ったり。

読者の反応について、具体的にいくつか教えて頂けますか。

三重
新潮新書は「読者カード」を入れていません。編集者の自己満足にすぎないから意味がないと思ってやめたんですけれど、入れておけばよかった(笑)。ですから、よっぽどでないとお手紙は下さらないんですが、一番印象的だったのは匿名の30代女性の方で、「人間関係で悩んでいた時期にこの本に出会えてすごくよかった」と書いてあり、これはうれしかったですね。現代人が陥りがちな"自分らしさという罠"のようなものから、すっと肩の力を抜いてくれる部分があったり。都市化論とか、脳化社会論とか、養老さんがずっとおっしゃってきたことで、そのままだとちょっと分かりづらいところが、この本ではかなりかみ砕いて伝えられていると思います。
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350万人、どんな人がどう読んだのか。

書名に「バカ」というのはかなりインパクトがあるというか…。

三重
タイトルに「バカ」が入る本は『バカにつける薬』(呉智英)とか結構早くからありましたよね。だから「バカ」を使うことには何の抵抗もなかったです。創刊した当時に「バカ本」大流行、というようなことを新聞で言われたりしましたけれど。「バカの"壁"」というところがミソだと思うのであまり一緒にしてほしくないというのは最初からありましたね。

"柳の下の二匹目のドジョウ"を狙った本もその後たくさん出ましたね。

三重
便乗の動きや批判本については商売ですから仕方がないですけれど、同じ出版人としては、そんなことでいいのかなと思いますね。

300万人を超える読者は、もともと新書の潜在的な読者だったのか、あるいは普段本を読まないような人もかなりいたのでしょうか。

三重
明らかに後者ですね。100万部を超える本というものは、普段あまり本を読まないような方も買われるから、それだけの数字になるのです。本屋にいても目の前でどんどん買っていくのを見ましたし、居酒屋で若いカップルが『バカの壁』の話をしたりするのを自分の耳で聞いたりしていますからね。基本的に新書は中高年の男性をメインの読者層として考えていますが、『バカの壁』については男女比がほぼ半々くらいでしたし、若い読者が非常に多かったようです。
後藤
ネットの書評では酷評も多いようですが、それも養老さんに言わせれば当然なことだそうです。頭が固定化されている人に対してそれをおかしいんじゃないか、と言っている本なので、そういうタイプの人からはものすごく反発を買うだろうね、と。「もっと身体を使え」と言われて、「いや、身体を使わなくても大体どうなるかわかるじゃないか、だから使わなくていいんだ」っていう人が反発しているのかなあと。

養老さんという理系の学者が書いた、読みやすいけれど含蓄のあるものを、普段本を読まない人たちも求めているということなのでしょうか?

三重
うーん、それはたぶん二つの考え方があると思います。一つは「どうして話が通じないのか」というような、世の中をどうみたらいいかということの手がかりは、潜在的にみんながほしがっているということですよね。例えば、大塚英志さんの80年代論の本、とか『動物化するポストモダン』とかを若い人が読む、というのもそういう手がかりがほしいからですよね。世の中をどう見たらいいのか、ということに答えてくれるような本は常に需要があると思います。この本は哲学の本だともいえるし、文明論だともいえるし、社会時評の本だともいえるし。やはり、現代をどう見たらいいのか、ということについて応えてくれる本だからこそ読まれたのだと思うんです。
もう一つは、本だけではなく、音楽CDもそうだと思いますが、本が多すぎて何を読んだらいいのかが分からない人が増えてきていて、「売れている」ということが手がかりになってそこへ全部いってしまう。私たちが若い頃は、人が読んでいないものを読もうと思って、自分なりの指標で本屋に行って探していましたけれど、最近の人はなかなかそういうことは…。我々も『バカの壁』だけ出しているわけではないですし、どれもおもしろいと思って作っているのでもっと読んでほしいのですが、どう読者に届かせるか、というのは非常に難しい課題です。
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PROFILE

三重 博一

1963年鹿児島県生まれ。
1987年早稲田大学第一文学部史学科西洋史学専修卒業、新潮社入社。「週刊新潮」「フォーサイト」「新潮45」編集部を経て、02年4月、新潮新書編集部発足とともに編集長に。新潮新書は03年4月より刊行開始。

(注1)
『形を読む』
(養老孟司著、培風館)
「おたく」の精神史 講談社現代新書

『「おたく」の精神史』
大塚英志著
講談社現代新書

動物化するポストモダン 講談社現代新書

『動物化するポストモダン』
東 浩紀著
講談社現代新書

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