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「新書」編集長にきく

第1回

新潮新書編集長 三重 博一さん 編集部 後藤 裕二さん
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本当にポケットに入る新書をつくりたい
『バカの壁』を超えるか?新刊 『死の壁』
読みやすくしなくていい?新書ファンの心情
本当にポケットに入る新書をつくりたい

語り下ろしによる平易な文章というものがとっつきやすさの一つだと思うのですが、新書の中には学者の書いた難しい文章、とってつけたような引用、そういうものが数多く見られてスムーズに読み進められないものも多いですね。

三重
その辺はかなり意識しています。今までの新書というのはアカデミズムの世界に向けて書かれているものが多かったと思います。学者である書き手の仲間に向けているというか。一般の読者に向けて読みやすく書くには努力や工夫が必要で、それを怠ってはいけないと思っています。作りの面では、文字はより大きめに、1ページの行数はより少なめに、電車の中で片手でも読みやすいように開きやすい紙を開発する、という工夫をしました。あとは、厚くしないこと。胸ポケットにすっと入るような軽さ、物理的な軽さが欲しかった。これ1冊だけ読めば分かる、っていうのが新書のメリットですから、厚くすると「こんなに読まなければいけないのか」と思うじゃないですか。持ち歩きしやすいという新書の特長を生かしたいと思ったんです。文字数を減らして薄くするには、コンパクトに書いて頂かなくてはならない。書き手のかたには相当ご無理申し上げていますが。

一番新しく登場した新書として、テーマにおける特色というのはありますか。

三重
テーマは何でもあり、絞りません。とりあげるときの角度、それがたぶん持ち味になると思うんです。それを考えるのが著者と我々編集者の仕事です。

新書の中には、一つは今社会が抱えている問題、あるいは人々が関心を持っている話題を雑誌的な角度で切り取ってまとめていくもの、もう一つは問題そのものを教養的に探り基本に戻るようなもの、この大きな二つの流れがありますよね。

三重
基本に戻るようなもの、それらは既に書店の棚の中にあるんですよ。けれど、それはもう岩波さんや中公さんでやり尽くされているところがありますよね。例えば岩波新書には『奈良』とか、そのまんまのストレートなタイトルのものがたくさんあります。最近でも『奈良の寺』というのがありますけれど、そういうタイトルで出せるのは一番の老舗ブランド力がある岩波さんだからです。我々のようなベンチャーの新書で『奈良の寺』を出しても売れませんから(笑)。
飽和状態からのスタートだということはわかっています。でも、これだけ本が出ているのに読まれていないのはなぜかということも考えなければ。本当に知りたい部分に答えていないわけでしょう。今年出した中で売れているのは『日本はどう報じられているか』(石澤靖治編)ですが、社内でも当初は「今さら日本論?」という声もありました。でも、僕は「今の日本」がどう見られているか、ということがすごく読みたいと思ったのです。ちゃんと作れば読んでもらえると思います。
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『バカの壁』を超えるか?新刊 『死の壁』

新刊の『死の壁』についてですが、売れ行きはいかがですか。

三重
出足はものすごくいいですね。『バカの壁』の全盛期と同じぐらい売れています。『バカの壁』を読んでおもしろかったと思った方も、文句をいってやろうと思った方も買ってくださっているようです。
後藤
「死について」という一つの方向が見えやすいような形に作っていますから、ずっとわかりやすくなったと思います。
三重
イラクでアメリカ人が殺されて橋に吊されている写真を日本の新聞が載せるかどうかもめて、結局どこも載せませんでしたけれど。まさに養老さんの言っているとおり、マスコミ、メディア側が死を遠ざけてしまっている。アメリカの新聞はそれが現実だからということで掲載していましたからね。これを読んだ後でああいう事件があって、今の日本社会は死を遠ざけていると改めて感じましたね。
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読みやすくしなくていい?新書ファンの心情

後藤
我々編集者はどんどん読みやすく、分かりやすくしていこうと努力しているのですが、コアな養老ファン、新書ファンにとっては必ずしもそれは求められていないのかもしれないと思うことがあります。ちょっと読みづらくて1時間ですむ話を2時間ぐらいかけてくれて、専門用語がぎゅうぎゅう詰まって300ページぐらいあるほうが「ありがたい」「中味が濃い」と思う方もいるのかもしれません。新書が好きな人はもっと難しくしてほしい、という気持ちがあるのかなと。
三重
それは新書に対する誤解がある。ご存じかと思いますけれど、岩波新書の創刊時というのは横光利一、川端康成、山本有三らが書いています。最初から「何でもあり」だったわけです。60年代なんて今よりもっと激しい新書戦争があったんです。新書は学者が書くもので、難しいもの、というのは違うと思います。『岩波新書の50年』の中で堀田善衞が「岩波新書は私にとって雑学の問屋のようなものである」と言っていますが、雑の体系、何でもありでいいと思うのです。自分の好奇心を満たしてくれる「雑ないれもの」として新書という体系があるわけですよ。だからそこに過剰な期待をしてはいけない。あくまで入門書の体系でもあるわけだから、入り口としてのものが雑多に並んでいればいい。もちろん雑に作るということではないですよ。

平易なことと中身が濃いか薄いかは別なことですよね。

三重
別だと思います。難しいことをどうやって分かりやすく書くか、それが芸というものではないでしょうか。

昔の学者は文章がうまかったのでしょうか。それとも今も昔も学者の書いたものは読みにくくて…。

三重
それは人によりますよ。ただ、確かに読み手の許容できる文体が変わってきていて、読める範囲が狭くなっているのかもしれない。昔から新書は聞き書きや講演録のまとめも多いのですが、今から読むととてもそうは思えない。まとめかたが変わってきているせいかもしれませんね。それは時代だから仕方がないでしょうね。

新潮新書の編集部というのは、何人で、どんな形で進められているのですか?

三重
私を含めて編集者が9人です。企画の会議は月に1、2回程度、企画を持ち寄って議論しています。月4点を原則としていますが、だいたい1年先までは企画が決まりつつあります。

新潮新書創刊1年間で出した『バカの壁』以外の59冊でも、あわせて140万部を突破しているということですが、かなりの大健闘ですね。

三重
1年目はビギナーズラックみたいなところもあるので……。2年目こそ真価が問われる、とあちこちで言われていますので、がんばるつもりです(笑)。
2004年4月27日、国立情報学研究所内で
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奈良
『奈良』
直木孝次郎著
岩波新書
奈良の寺
『奈良の寺』
岩波奈良文化財研究所編
岩波新書
死の壁
『死の壁』
養老孟司著
新潮新書
岩波新書の50年 岩波新書
『岩波新書の50年』
岩波書店編集部編
岩波新書
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