風
 
 
 
 
 
 
[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン

新刊月並み寸評

毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

2024年3月刊行から 編集部

NEW

2024/04/15

「働き方改革」と「物流の2024年問題」

日本の物流問題/流通の危機と進化を読みとく 』(野口智雄著、ちくま新書)では、業界ばかりか消費者にも大きな衝撃をもたらした「物流の2024年問題」について、その問題の根源と今後の展望を解説している。
 国が労働者を守ることを目的として労働環境の改善を進めた「働き方改革関連法」は2020年4月に施行されたが、法規制と実態が大きくかけ離れていた運送業等は2024年3月31日までの4年間、その適用が猶予されていた。2024年4月1日からは、残業時間の上限規制を含む総労働時間規制が適用されるため、低賃金のうえ長時間労働が前提となっていた大部分のトラックドライバーは残業がしづらくなり「稼げなく」なる。
 そのため離職者が相次ぎ、業界は人手不足が深刻化する。運送会社の経営が悪化し倒産すれば、ドライバーがさらに減り、荷物の遅配や配送料金の高騰も予想される。ロボットによる物流施設の自動化、自動運転など最新のテクノロジーを活用し、物流業界の「DX」でこの危機を乗り越えることができるのか。これまで享受できていた宅配便の利便性がどのような犠牲の上に支えられてきたかを考えると、消費者も決して無関係ではない。

 企業に雇われずに個人事業主として働くフリーランス、なかでも、働きたい時に働く「ギグワーカー」(スマホのアプリなどを介して単発の仕事を請け負う)という就労形態が注目されている。
 典型的な雇用労働とは異なり、時間や場所にとらわれない「多様」で「自由」な働き方が可能とされるフリーランス就労だが、自営業者という扱いのため、労働者を守る労働法をはじめとするさまざまな法規制の適用対象外である。労災保険は適用外、最低賃金を下回る報酬でも違法とはされず、長時間労働の規制対象外で、もちろん失業時の補償もない。
労働法はフリーランスを守れるか/これからの雇用社会を考える 』(橋本陽子著、ちくま新書)では、実際には労働者と変わらないのに、労働法によって保護されていないフリーランスの就労実態に着目している。現在の労働法の成り立ちと考え方を概観する。
 著者は長年ドイツの労働法の研究に携わっており、高い経済水準と高度な労働者保護が両立しているドイツの例から、日本が学ぶべき部分が多いと指摘する。「新しい働き方」とされる就労形態であっても、最低賃金の遵守や労働時間の記録など最低基準の確保を徹底し、監視すべきではないかと問題提起している。

 現在の子育て世代、特にミレニアル世代と呼ばれる1980年から2000年前後に生まれた人々は、その前の世代とは明らかに異なる子育て観・キャリア観を持ち始めている。『〈共働き・共育て〉世代の本音/新しいキャリア観が社会を変える 』(本道敦子著、山谷真名著、和田みゆき著、光文社新書)では、子どものいるミレニアル世代の夫婦が持つキャリア観・夫婦像を、当事者たちの経験や工夫、苦労などをアンケート調査結果などから紹介する。
 女性は「難易度や責任の度合いが低く、キャリアの展望がない」とされる、いわゆる「マミートラック」に入ることで、出産前に形成してきたキャリアがいったん失われる「キャリアロス」が生じやすい。一方、長時間労働が常態化され、「プライベートな時間」が犠牲になる働き方、特に子どもと関わる時間が失われることを「プライベートロス」と考える男性も増えているという。
 家事・育児時間をどう分担するかという発想にとどまらず、子どもと関わる時間は夫婦どちらかで独占せずできるだけシェアしたいという発想は、同じように共働きを経験してきたとしてもミレニアル世代より上の世代には、まだ理解されにくいかもしれない。
 女性の「キャリアロス」と男性の「プライベートロス」の解消には、管理職を含めた全社員に対し、「残業を前提とした働き方」の解消や、柔軟な働き方の導入が必要であると指摘している。本書で紹介されている事例は、アンケート対象である「夫婦ともに正規雇用で働く人々」であり、現状では比較的恵まれた職場環境にある世帯のようにも思えるが、こうした環境が当たり前になっていかないと、これからの時代の子育てのハードルがますます高くなってしまうだろう。

なぜ日本を離れるのか

 円安が続き、他の先進国と日本との間の賃金格差から、賃金が高い海外への就労や移住への関心が高まっている。節税を目的とした富裕層の海外永住(富の流出)や、技術者や専門職、研究者の海外移住(頭脳流出)など、海外への移住者が増えることによる負の影響も懸念されている。加えて、新興国の経済成長により、従来と比べて、日本で働くことの魅力が年々大きく低下している。
流出する日本人/海外移住の光と影 』(大石奈々著、中公新書)は、日本人の海外移住の歴史と、各国の移民政策など現在の潮流を紹介している。海外在住者や帰国者、移住コンサルタントや研究者への取材やデータをもとに、海外移住の主な動機やその生活の実態、移住後および日本へ帰国する際に直面する「壁」などを探っている。
 移住することにより、日本という国が抱える長期的なリスクを回避できたとしても、外国人として生活することのリスクもある。日本人にとっても外国人にとっても、より住み続けたくなる日本を作っていくにはどうすべきかを提言している。

子ども若者抑圧社会・日本/社会を変える民主主義とは何か 』(室橋祐貴著、光文社新書)は、日本の低迷の大きな理由に、若者が政治の意思決定に関われていないことがあるのではないかと主張している。
 高齢者が大きな権限を持つ日本の政治は、衆議院議員の当選者の平均年齢が高い。当選回数が重視されているため、下積みをしている間に「若者」ではなくなってしまう。被選挙権年齢を下げ、議員の平均年齢を下げるだけでなく、若手議員が活躍できる土壌を作っていく必要がある。同世代が出馬したり政治家として活躍することで、政治をより身近に感じやすくなり、若者世代の政治参加も進む可能性が高い。
 しかし、現状では、若者の投票率の低さが問題視され、国が「選挙に行こう」と熱心に呼びかける一方で、若者が被選挙権年齢の引き下げを主張したり、自主的にデモを企画し、理不尽な社会構造に対して声を上げようとすれば、「学生は勉強しろ」と強くバッシングされる。若者を対等な社会の一員として認めず、想定された範囲内での発言や政治参加しか認めていない弊害を論じている。

「実用的な」文章を読むには

 2022年度から高校の新学習指導要領がスタートし、新課程の国語では、契約書「社会に出たときに接するような文章」を中心とした「論理国語」と、文学作品を中心とした「文学国語」という科目に分けられることになった。社会に出たときに必要なのは小難しい表現の文学作品ではなく、「駐車場の契約書」といった「実用的な」文章であり、そうした文章を論理的に読む力を身につけるべきだ。文科省の大胆な方針転換は大きな論争を起こした。
文章は「形」から読む/ことばの魔術と出会うために 』(阿部公彦著、集英社新書)は、こうした文科省の方針に挑戦し、文章を読む際に大事なのはことばの「形」を見極めることだ、と主張する。「形」に着目し、文学作品を読む技術を使うことで、式辞の挨拶、契約書、料理本のレシピ、広告、注意書き、小説、詩、などそれぞれの分野独特の言い回しに気づき、それらがどのような効果をあげているかを読み解いていく。
「論理的な文章」を学ぶことの必要性を主張する学習指導要領の解説文も題材にあげられている。短い文章に何度も同じフレーズが繰り返され、「論理的」とは言い難いものになっているのは実に皮肉だが、なぜこうなっているかを著者は冷静に分析している。

英語の読み方 リスニング篇/話し言葉を聴きこなす 』(北村一真著、中公新書)は、「使える英語」を身につけるため、学校で習った英文読解を基に、実際のニュースやネットで一般的に使われているような英語を「自力で読みこなす」ためのコツを紹介した『英語の読み方/ニュース、SNSから小説まで』(2021年3月刊)の続編である。本書では、特に多くの人が苦手とする「話し言葉」のリスニング力を高めることを念頭に置き、リーディングの効果的な学習法を解説している。
 文字で読めば簡単に理解できる難易度の英文でも、音声では理解できないことが多々ある。一定の英語の知識を持っている人がリスニングを極端に苦手とする要因は、主に「音声として認識できない」こと、および「スピードに追いつけない」ことの二つであると指摘されている。リスニングを意識した英語の読み方を身につけ、聴き取れないポイントを押さえることで、読むスピードが上がり、リスニング力も向上するという。
 また、話し言葉では、常に文法通りに話すわけではない。考えながら文を組み立てているため、構文が変わったり、文の途中で言葉を言い換えたり、省略や繰り返しが生じたりする。よくある例を知っておくことで予測力を鍛えることができる。精度を落とすことなく素早く読む能力を磨くため、文法の説明も詳しく行われている。
 本書の各英文素材には、インターネットで視聴できる動画や音声のページにリンクするQRコードが掲載されている。本書を参考にしながらYouTubeで同様の英文素材を選び視聴していくことで、リスニング力とリーディング力を独習で向上させることができそうだ。

堤康次郎/西武グループと20世紀日本の開発事業 』(老川慶喜著、中公新書)は、強烈な個性で西武グループを一代で作り上げた実業家、堤康次郎の生涯を読み解く。軽井沢・箱根で別荘地を、東京では目白村、大泉、国立など学園都市を開発し、「土地の堤」と呼ばれた。西武グループは、戦後の復興、都市人口が増大する時期と重なって成長し、私鉄、百貨店、レジャー施設など経営は多岐にわたった。
 康次郎の出身地、琵琶湖東岸の近江地方は、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」の経営理念で知られる近江商人を輩出した地域であり、実業家・政治家として大成した康次郎も、近江商人の一人とみなされることもある。康次郎は、公共性の高い鉄道経営に従事しながらも、徹底して納税を回避し、土地を収益の対象としており、堤家の存続のみを優先しようとしていた。出身地が近江であるというだけで、「土地の堤」康次郎を近江商人と呼ぶわけにはいかない、そう断言する近江商人研究者の言葉も紹介している。

(編集部 湯原葉子)

BACK NUMBER

『日本の物流問題/流通の危機と進化を読みとく』
野口智雄著
(ちくま新書)

『労働法はフリーランスを守れるか/これからの雇用社会を考える』
橋本陽子著
(ちくま新書)

『〈共働き・共育て〉世代の本音/新しいキャリア観が社会を変える』
本道敦子著、山谷真名著、和田みゆき著
(光文社新書)

『流出する日本人/海外移住の光と影』
大石奈々著
(中公新書)

『子ども若者抑圧社会・日本/社会を変える民主主義とは何か』
室橋祐貴著
(光文社新書)

『文章は「形」から読む/ことばの魔術と出会うために』
阿部公彦著
(集英社新書)

『英語の読み方 リスニング篇/話し言葉を聴きこなす』
北村一真著
(中公新書)

『堤康次郎/西武グループと20世紀日本の開発事業』
老川慶喜著
(中公新書)

PAGE TOP
Copyright(C) Association Press. All Rights Reserved.
著作権及びリンクについて