あれも木馬の一種だったのだろう。子どもの頃、家に馬のおもちゃがあった。馬の部分は普通の木馬と同じように木製だが、それが前と後ろ、2本ずつの太い頑丈なバネに引っぱられる形で、スチール製のパイプに吊るされている。子どもがまたがって体を上下に揺さぶると、バネがびよんびよんと撓(しな)って、木馬は本物の馬のように揺れるのだった。丸くて大きな馬の目がとても愛らしかったことを覚えている。
それは私のおもちゃではなかった。6歳下の弟のために買われたものだった。母から「あなたはもう大きいから乗ってはダメ。壊れちゃう」と言われ、私はいじけた。3歳くらいだった弟は、そのおもちゃがいたく気に入っていた。木馬にまたがって勢いよく跳びはねる様子は得意げで、本当にどこかへ行ってしまいそうに思えた。実際、あの時の小さな弟は、木馬によってどこか別のところへ連れて行かれていたのかもしれない。小学生になった彼は自転車を乗り回すようになり、知らない町まで遠出しては親を心配させた。やがて対象はバイクとなり、車となったが、どうも弟の奥底には「馬を駆る快感」というものが潜んでいるような気がする。
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松村 由利子
歌人。
1960年生まれ。
94年、「白木蓮の卵」で短歌研究新人賞を受賞。
98年、『薄荷色の朝に』を出版。2005年11月、第二歌集『鳥女』出版。
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