風
 
 
 
 
 
 
[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
SERIES 04 語りだすオブジェ -短歌でよむ日常
松村 由利子
第1回 冷蔵庫

 日常生活をとりまくさまざまなもの。家具、電気製品、食器・・・、なにげない存在を通して見た短歌の世界を歌人がつづる。

 家にあるものの中で、一番自分を知っていてくれるのは、もしかしたら冷蔵庫かもしれない。待機電力を節約するために、電子レンジやテレビのコンセントを抜いておく私であるが、冷蔵庫だけはそうはいかない。静まり返った深夜、ぶーんというかすかな音を聞くと、何だか健気に思える。「何かなかったっけ」と何度も扉を開け閉めする意志の弱さも、干からびたチーズを放置しているだらしなさも、冷蔵庫は知っている。

ぐわわんと頭のひびくまで泣きをれば冷蔵庫も夜半泣き出だしたり

米川 千嘉子

冷蔵庫

 泣き過ぎると頭が痛くなるということを、何度か経験した。この作者も、かなり深い悲しみを抱いているようだ。しかし、悲しみに浸りきらず、自分を客観視しているのがこの歌の優れたところだ。不意に音をたて始めた冷蔵庫にぎくっとした瞬間、泣いている自分がほんのちょっと可笑しみを帯びたものに思える。ひとりの世界から否応なく連れ戻され、冷蔵庫と向き合ったところで、生きる悲しみというものがリアルに立ち上がってくる。 この歌の収められた『夏空の櫂』は、88年に出版された作者の第一歌集である。20代の初々しい愛が詠われているが、深い思索とつつましさに満ちた作風は今も変わらない。

ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は

穂村 弘

 泣きながら冷蔵庫を開けるというのは、ややリアリティに乏しいように思えるが、それも含めて、存在感の稀薄な日常を問う歌である。卵を入れるべき窪みに卵がないこと、いるべき恋人がいない自分……欠落感にさいなまれ、もう世界の何もかもが自分とは無関係に思えてしまう若者のやるせない気分が伝わってくる。  ところで、私は「卵置き場」(あの部分の名称は、正式には何というのだろうか)に卵が7個以上入っていると、落ち着かない。「これらの卵を、果たして自分は全部食べきることができるのか」ととても心配になってしまうので、6個入りパックしか買わない小心者である。

冷蔵庫ほそくひらきてしやがみこむわれに老後はたしかにあらむ

辰巳 泰子

 最近の大型冷蔵庫は身をかがめなくても物が取り出せるのだが、わが家の冷蔵庫は背を丸めなくてはダメだ。それはともかく、そうやって扉を開けたとき、ふっと「自分にも老後というものがやがて確実に訪れるのだ」なんて孤独と諦念は感じるのは、詩人の証に違いない。歌集『紅い花』が出版された時、作者はまだ23歳だった。  晧晧と照らされた庫内はひいやりとして、少しよそよそしい。若い女性が冷蔵庫を開けて未来の自分と向かい合っているような、何かSFっぽさも感じさせる名歌だ。  冷蔵庫と言えば、SFよりもホラーを感じるという人もいるかもしれない。

死体なんか入つてゐないのが残念だあけたつていいようちの冷蔵庫

山田 富士郎

 冷蔵庫に死体が入っていないのは普通のことだが、作中の男はそれを残念がる口調で、恋人に話しかけている。閉塞感のある平穏な日常の中で、“何か”が起こらないだろうか、と期待する気持ちは誰にでもある。冷蔵庫に死体を押し込め、追っ手に怯えるような状況と、退屈な日常とのギャップの何と大きいことだろう。  『アビー・ロードを夢みて』は、1990年秋に出版された。80年代の繁栄と平和に対する退屈でやりきれない気分、世紀末的な危機意識が濃厚に漂う歌集だ。この歌の狂気へのかすかな憧れは、フィルム・ノワールの雰囲気を思わせ、ぞくぞくさせられる。  夜の冷蔵庫。そこに発見するのは、開ける人自身の心なのかもしれない。

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PROFILE

松村 由利子

歌人。
1960年生まれ。
94年、「白木蓮の卵」で短歌研究新人賞を受賞。
98年、『薄荷色の朝に』を出版。
新聞社勤務。

薄荷色の朝に

夏空の櫂

『夏空の櫂』
米川千嘉子著
砂子屋書房

シンジケート

『シンジケート』
穂村弘著
沖積舎

『紅い花』
辰巳泰子著
砂子屋書房

『アビーロードを夢見て』
山田富士郎著
雁書館

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