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SERIES 02 解体・新書
岩本 宣明
第9回 ヒーローは誰だ

 制作費の横領から経費の水増し請求詐取、さらには、政治家へ自らすすんで検閲してもらっているが如きの番組の事前説明など、信用が地に落ちた観のあるNHKは、受信料の不払い拡大に頭を抱えているのだそうだ。(実は、デジタル放送になれば、受信料を払っていないテレビのNHKの番組は画面が見えにくくなるので、そんなに深刻には受け止めていないという話も仄聞しますが)

 胸を張って言うほどのことではないが、わたしはいまだかつてNHKの受信料を払ったことがない。理由はいろいろあるが、放送法ができた当時、つまりテレビを買うとはつまりNHKを見ることとほぼ同じだった時代ならともかく、これだけ民放の番組がいろいろある時代に、頼みもしないのに電波を送りつけてきて、金を払えというのは、相当乱暴な理屈だと思うからである。
 が、わたしは、NHKの番組はよく見る。とくに、お恥ずかしいことに、大河ドラマと連続テレビ小説は、かなりの通である。
 困ったことに、最近、NHKは衛星放送のテレビ局に昔の番組を切り売りする商売を始めている。わたしは、ケーブルテレビに加入しているので、いま現在、NHKで放映中の「義経」のほかに、「太平記」、「信長」、「黄金の日々」が見られてしまい、つい、暇に飽かせて見てしまったりするのである。本当に困ったことである。(先日までは、「徳川家康」と「武田信玄」が放送されていました。全部見ているわけではありません)
 わたしは恥ずかしいと思っているけれど、時代劇を好きなのは、何もわたしだけではなく(それが証拠に、衛星放送の各局は競って大河ドラマの再放送を放映しているのです)、日本人の多くは、中年を過ぎると、好きになるのではなかろうか。それはなにも、時代劇に限ったことではなく、歴史ということ自体への関心が、年齢を重ねるとともに強く深くなっていくように思われるのである。

 歴史ものは、新書でも大きなジャンルの一つである。なかでも、歴史上の人物に焦点をあてた新書は多く、誰が何冊取り上げられているかを調べてみると、日本人に人気の人物がつまびらかになるようで、とても興味深い。
 国立情報学研究所が開発した図書検索システムWebcat Plusで調べてみたところ、新書の世界で最も取り上げられている人物は、信長と秀吉で、各6冊である(選書や歴史専門の新書、いまは発行されていない新書などは除きます)。家康、義経、高杉晋作などが3冊で続く。やはり、日本人は信長、秀吉、家康の三大武将が好きなようである。
 ビジネス書では抜群の人気を誇る家康の新書が思いのほか少ないのは、その個人史に謎が少なく研究もすすんでいるため、あまり新書には向かないからだと推察される。他方、信長と秀吉には、いまだ解明しつくすことのできない日本史の謎が多く残されているため、さまざまな著書が書き加えられ続けている、ということのようである。

 戦国武将を描いた新書の中で出色と思われるのは、『信長と十字架/「天下布武」の真実を追う』(立花京子著、集英社新書)である。<信長は、武器や金銀などイエズス会の支援を受けて天下統一の事業に乗り出したが、自ら神となろうとした傲慢からイエズス会に見捨てられ、その巧妙な陰謀によって本能寺で謀殺された>とする奇想天外、大胆にして痛快な新説が提示されている。朝廷を使って明智光秀に本能寺を襲わせ、さらに羽柴秀吉に光秀を討たせたのもすべてイエズス会が描いた筋書きだった、という新説には、ミステリーを読むような興奮を覚える。信長研究には、朝廷との関係や本能寺の真相など未解明な部分が多く、学説にもさまざまな矛盾があったり、疑問点が放置されたまま残されたりしているのだそうだ。元は数学を専門としていた著者は、独学で戦国史に打ち込んできた人で、学説に囚われない自由な発想で、その難問に取り組み、信長の後ろ盾にイエズス会があったと考えることで、従来の学説の矛盾や疑問点を解消しようと試みているのである。

 ついでに、秀吉本の中では『黄金太閤/夢を演じた天下びと』(山室恭子著、中公新書)を興味深く読んだ。これは、情報戦略を切り口に秀吉の後半生を描いた逸品だ。黄金の聚楽第や千成瓢箪の馬印など派手好きと思われがちな秀吉だが、それは伊達や酔狂ではなく、歴とした情報戦略の一環だった、というのである。
 情報戦という光を照射してその足跡をたどると、絢爛豪華に包まれて隠されていた知略家秀吉の表情が浮かび上がってくる。たとえば、柴田勝家と雌雄を決した賤ヶ岳の戦いの伝説となっている七本槍を、秀吉によるマッチポンプと著者はみる。秀吉は戦いの様子を書状に認め、諸大名に送りつけているのだが、その文面はどれもほぼ同じで、サンプルが用意されていたとしか考えられず、小性たちの勇猛果敢ぶりを喧伝する情報戦だったという。
 佐々成政を標的にした北国攻めでは、成政が降参を申し入れていたにもかかわらず、大軍を率いて遠征し、一戦も交えることなく城を無血開城させたうえ、成政には越中の一部をそのまま安堵させている。これは、天下に自分の存在をアピールするためのパレードであった。九州動座にせよ、小田原攻めにせよ、ド派手な花見の宴から聚楽第などの造営まで、秀吉の所行の一々には情報戦略の一面が隠されている、と著者は読む。

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PROFILE

岩本 宣明

1961年生まれ。毎日新聞社会部記者などを経て93年文筆家として独立。同年、現代劇戯曲『新聞記者』で菊池寛ドラマ賞受賞。

主な著作:

新宿・リトルバンコク

信長と十字架/「天下布武」の真実を追う

『信長と十字架』
立花京子著
集英社新書

黄金太閤/夢を演じた天下びと

『黄金太閤』
山室恭子著
中公新書

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