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SERIES 02 解体・新書
岩本 宣明
第8回 新書で読み解く「冬ソナ」

 大変遅ればせながら、「冬ソナ」にはまってしまった。生来の偏屈で、流行が大嫌いなので、頑なに見るのを拒んでいたのだが、年末の暇をもてあましたのと、好奇心に勝てず、つい見始めてしまって、チェ・ジウの笑顔と涙にやられてしまったのだ。ヨン様熱に冒されている世の女性たちを笑えなくなってしまった。どうでもいいことだけれども、あれはどう考えても、ヨン様ではなく、チェ・ジウさんが主役のドラマなのではなかろうか、と、素朴な疑問を持った私でもあった。

「冬のソナタ」は韓国、日本だけでなく、東南アジアでも大ヒットしたと仄聞する。ということはつまり、初恋とか、三角関係とか、義を立てれば情が泣き、情に流されると義が立たないとか、そういうことは、普遍的なことで、男女の愛憎の物語に国境はないということの証左であろう。
 しかし、である。文化や歴史の違いを超えて理解可能なことがある一方で、理解不能なことも多い。登場人物たちはどうしていつも口論ばかりしているのか? 結婚前とはいえ、婚約者同士が同衾することが、なぜ、あれほど不道徳なことと描かれているのか、ヨン様にチェ・ジウを何度も奪われてしまう彼(か)の婚約者は、なぜゆえあれほどまでに、なりふり構わずチェ・ジウを取り返そうとするのか? チェ・ジウの友達や母親たちは、どうして愛し合っている二人の恋の成就より、婚約者との約束を果たすことを重視するのか? 何よりも、恋人たちは、なぜに、あれほど理屈っぽく恋を語るのか? 正確な台詞は忘れてしまったけれど、ヨン様扮するチュンサンは、チェ・ジウ扮するユジンに愛を語るのに、季節によって位置が変わらないポラリス(北極星)のように、僕はずっと同じ場所で君を見守っている、などという台詞をはくのである。日本人である私には到底理解不能な台詞なのであった。

 つまり、そこのところは、韓国文化や韓国人の価値観、美意識などを知らなければ、どうも理解できないことのようなのである。そこで、思い出したのが、『韓国は一個の哲学である/〈理〉と〈気〉の社会システム』『韓国人のしくみ/〈理〉と〈気〉で読み解く文化と社会』(いずれも小倉紀蔵著、講談社現代新書)の2冊だった。この2冊を紐解けば、「冬ソナ」を見ながら抱いた疑問の一端が氷解すること請け合いである。
 両著は韓国人を「理」と「気」で読み解く試みである。理気は朱子によって集大成された朱子学の術語である。それを単純化して小倉は「理」を道徳性(倫理、道徳、理論、真理など)、「気」を物質・身体性(肉体、欲望、本能、感情など)とし、その仕組みを知れば、韓国人は理解できる、というのである。人間は理と気でできていて、性善説に立つ朱子学では人間はみな完璧な理を持つが、気が濁ることで理も曇る。理がクリアな人がよい人で、曇っている人はだめな人である。そして、韓国人は何よりも「理」を重視する道徳志向性が強い(道徳的ということではない)人々である。理は真理であり規範であり、理を多く持ったものが権力と富を得、理の多寡で人間の序列が一元的につけられるのが韓国社会であるという。その韓国人の気質と日本人の気質を比較すると、〈日本のドラマでは恋人たちは「なんとなくあなたとはやっていけそうもないの」とつぶやいて別れるが、韓国のドラマでは「あなたは道徳的に間違っており、その不道徳が私の道徳性を傷つける」と理屈をまくし立てて別れる〉〈道徳のイメージは日本では保守だが、韓国では革新である〉〈韓国では言葉は戦う道具で刀は戦いを回避する道具だが、日本ではその反対〉となるのだそうだ。
 もう一冊、『韓国人とつきあう法』(大崎正瑠著、ちくま新書)の日韓比較論も「冬ソナ」理解に役立つ。たとえば――〈日本人は相手との対立を避け、対立は決別を意味するが、韓国人は相手とぶつかり合うことで理解しあう〉〈韓国人は議論好きで日本人は以心伝心を好む〉〈あいまいな日本人に対し、韓国人は何事もはっきりさせる〉〈韓国人は感情を発散させ、日本人は抑えつける〉〈韓国人は名をとり、日本人は実をとる〉〈淡白な日本、しつこい韓国〉などなどである。韓国人論が「冬ソナ」理解に役立つと同時に、「冬ソナ」を見ていると、これらの韓国人論で論じられていることがなるほどと、理解できたりもするのだ。

 韓国映画やドラマに限らず、外国の映画やドラマには人間が共通して持っている感情や価値観を基盤としてインターナショナルに理解できる部分と、個別の文化に根ざしていて理解し難いところが共存していて、それが面白さでもある。イギリス映画ファンには、『イギリス式人生』(黒岩徹著、岩波新書)と『英国式人生のススメ/金持ちでないけど豊か、成功しなくても幸福になる12の哲学』(入江敦彦著、新書y)の2冊が、フランス映画がお好みならば『幸福論/フランス式人生の楽しみ方』(斎藤一郎著、平凡社新書)、『知っていそうで知らないフランス/愛すべきトンデモ民主主義国』(安達功著、平凡社新書)がお勧めだ。さらに、ハリウッド映画の一層の理解には、『アメリカ人は、なぜ明るいか? 』(原隆之著、宝島社新書)、『アメリカはなぜ嫌われるのか』(桜井哲夫著、ちくま新書)などが一助となるに違いない。

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PROFILE

岩本 宣明

1961年生まれ。毎日新聞社会部記者などを経て93年文筆家として独立。同年、現代劇戯曲『新聞記者』で菊池寛ドラマ賞受賞。

主な著作:

新宿・リトルバンコク

韓国は一個の哲学である/〈理〉と〈気〉の社会システム

『韓国は一個の哲学である』
小倉紀蔵著
講談社現代新書

韓国人のしくみ/〈理〉と〈気〉で読み解く文化と社会

『韓国人のしくみ』
小倉紀蔵著
講談社現代新書

韓国人とつきあう法

『韓国人とつきあう法』
大崎正瑠著
ちくま新書

 イギリス式人生

『イギリス式人生』
黒岩徹著
岩波新書

幸福論/フランス式人生の楽しみ方

『幸福論』
斎藤一郎著
平凡社新書

アメリカはなぜ嫌われるのか

『アメリカは
なぜ嫌われるのか』

桜井哲夫著
ちくま新書

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