風
 
 
 
 
 
 
[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
SERIES 02 解体・新書
岩本 宣明
第3回 難しい新書

「新書ブーム」なるものの到来と相前後して、新書の印象は随分変わったような気がする。私が高校生だった頃は、新書というのは「難しい本」の代名詞で、哲学とか人間の心理に興味のあった私は、『実存主義』とか『精神分析入門』とか、岩波や中公の新書をラインマーカーを片手に片っ端から読んだが、一冊読むのには大変な時間がかかった。それが、最近では、新書といえば、「手軽で読みやすく、分かりやすい」というのが一般的な受け止め方で、売れる新書には必須のことのようだ。一冊読んだら、その世界のことをなんとなくすべて分かったような気分にさせてくれる、というのが、ヒット作には重要な要素なのかもしれない。多分、いまどきの新書は高校生が読んでもそう難しいとは感じないはずだ。それが悪い、というのではなく、「活字離れ」といわれる現状からすれば、なるべく手軽で分かりやすくしようとする編集者の努力は、ものすごく評価されなければならないことなのだと思う。

 手軽に読める新書が多くなった、といっても、最近の新書の中にも、手ごたえ読みごたえがある、かつての新書のような新書が皆無なわけではない。例えば、岩波新書の『私とは何か』(上田閑照著)などは、現代を代表する「知の書」だ。上田は宗教哲学者であるが、この書は、宗教哲学への入門書といった次元を超えた、一つの哲学書と断言できる。こんな新書を世に送り出すことができるのが老舗岩波の底力なのかもしれない。
 この書で上田が問題としているのは、自分らしさとか個性といった、それぞれに違う「私」ではなく、誰もに共通する、あるいは普遍的な「私」とは何か、つまり、私ということのあり方や構造は、どのようなものなのか、ということだ。自分らしさとは何か、個性とは何かといった、自分探しに夢中になって手にした人は、その期待を裏切られることになる。
 上田は「私」と言うときに、すでに問題が始まっている、と指摘する。「私は私です」と言う(まあ、普通はそんなことは言いませんが)とき、「私」に固有なこととして、自己同一性、自覚、自由ということがあげられる。が、それぞれには自己喪失、無自覚、不自由ということが含まれてしまうため、私はとても不安定な存在となる。「私は私です」には「私が私でなくなる」危険性が含まれているのである。
 ところで、「私は私です」と言うときには、まず、私を指差し(他者と区別して)「私は」と言い、相手に向かって「私です」と言う。その全運動が「私」ということであり、それは平板で連続的な運動ではなく、いったん、切れ目の入った運動である、というのが、上田の言う「私」の構造だ。その切れ目は、私の連続性の否定であり、「私は、私ならずして、私です」となる。そこに、人間存在の根本構造がある。
 しかし、多くの人の場合、それは不完全な形態となってしまっているのが現実だ。自己を他者と区別して指差さない「私です」は、自閉・自己執着となり、私と他者の区別がつけられない。一方、「私は、私ならずして」で運動が終わり、「私です」と外に向かっていかない「私」は、自己喪失という事体に消えてしまう。私の不完全な形態に、自己喪失、無自覚、不自由という事体が現れてくる、というのである。
 自己執着、自己喪失、無自覚、不自由…、そういう人は、自分を含め、まわりには事欠かない。「私は、私です」ということは、簡単なことのようで、案外、難しいことなのだ。昨今、自分探しがもてはやされているが、上田はどこを探しても「私」などというものが見つかるはずもなく、自分探しで言うところの「私」というものは、たとえば長年田畑を耕してきた農民が、田圃の中に立っている、その姿に自然と現れてくるものだ、と言っている。私は見つけるものではなく、生きるものなのである。

 哲学や倫理を専門とした人々の新書には、まだまだよい意味での「難しい本」がたくさんある。もちろん、30年前の本のように、「理解できなければ勉強してから読みなさい」と言わぬばかりのお高い態度で書かれているという意味での難しい本ではなく、なんとか分かりやすく書こうと努力を重ねても、伝えようとすることの性格上、どうしようもなく難解な部分が残らざるを得ない本のことだ。それらの新書に共通するのは、現代の哲学や倫理学が考えてきていることを、なるべく分かりやすく専門外の人々にも伝えようとする熱意だ。哲学者の竹田青嗣、永井均、小泉義之、倫理学者の加藤尚武、森岡正博、宗教学者の植島啓司らが、その代表的な人々である。竹田や永井のニーチェ論(『ニーチェ入門』(竹田青嗣著、ちくま新書)、『これがニーチェだ』(永井均著、講談社現代新書)、小泉のデカルト論(『デカルト=哲学のすすめ』講談社現代新書)などは、一読の価値ありの書だ。入門書のふりをしているけれども、実は、それぞれの学者の哲学が反映されていて、自らの思想を語っている。ま、当然のことではあるけれども。

BACK NUMBER
PROFILE

岩本 宣明

1961年生まれ。毎日新聞社会部記者などを経て93年文筆家として独立。同年、現代劇戯曲『新聞記者』で菊池寛ドラマ賞受賞。

主な著作:

新宿・リトルバンコク

実存主義 岩波新書

『実存主義』
松浪信三郎著
岩波新書

精神分析入門 岩波新書

『精神分析入門』
宮城音弥著
岩波新書

私とは何か 岩波新書

『私とは何か』
上田閑照著
岩波新書

PAGE TOP
Copyright(C) Association Press. All Rights Reserved.
著作権及びリンクについて