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Series 世界
人間を傷つけるな! 土井 香苗
10/06/15

第13回 世界最悪の犠牲者を出しているコンゴ民主共和国

戦争や虐殺など世界各地で今日もなおつづく人権蹂躙の実情に対して監視の目を光らせる国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)。2009年春開設したHRW東京オフィスの土井香苗ディレクターが問題の実態を語る。

第二次世界大戦後で最悪の紛争地域
まずコンゴという国について、簡単に教えて下さい。
土井
 コンゴという名前は、コンゴ民主共和国とコンゴ共和国という二つの国に付いています。両者ともアフリカにあって隣あっていますが、今回、お話するのはコンゴ民主共和国のことです。
 コンゴはアフリカ大陸のほぼ中心にある国です。アフリカで3番目の広さを誇り、人口は6600万人。アフリカの大国と言えます。もともとはベルギーの植民地で、ザイールという国名で呼ばれていました。1960年に独立し、65年にクーデターによってモブツ大統領が政権を掌握。その後30年以上にわたって独裁体制を維持しました。97年5月に、隣国のルワンダやウガンダの支援を受けた反政府勢力ADFL(コンゴ民主解放勢力同盟)のローラン・カビラ氏が首都キンシャサを制圧し、モブツ大統領は国外に逃亡、カビラ氏が大統領となりました。このとき、国名をザイールからコンゴ民主共和国に改称しました。
 97年に、私はアフリカ東部の小国・エリトリアの法務省でボランティアをしていましたが、新しく大統領になったカビラ氏が外国訪問先として一番最初にエリトリアを選び、エリトリアの首都アスマラをパレードして、エリトリアの人々が熱狂的に迎えていたのが印象的でしたね。
しかし、カビラ氏が大統領になった後も、コンゴでは紛争が続いていますね。
土井
 98年から2003年まで続いたいわゆる第二次コンゴ紛争です。98年8月、コンゴ東部で反政府勢力が武装蜂起しました。カビラ大統領は当初、ルワンダなどを中心に居住している民族ツチ系の人々が政権の中で権力を握っていくことに危機感を覚え、ツチ系の排除に乗り出しました。そこで、それまでカビラ大統領を支援していたルワンダなどが、今度は、反カビラ勢力を支援し派兵することになります。一方、同じアフリカのジンバブエやアンゴラなどは、カビラ政権支援のためにコンゴ民主共和国領内へ派兵しました。これが、第二次コンゴ紛争です。
 01年1月、ローラン・カビラ大統領は暗殺され、息子のジョゼフ・カビラ将軍が後を継ぎました。その後、憲法が制定され、06年7月に大統領選挙と国民議会選挙が行われましたが、そのままジョゼフ・カビラ氏が大統領に当選しました。
コンゴ紛争では多くの人が命を落としたと聞いています。
土井
 1996年の第一次コンゴ紛争以降、500万人以上が死亡していると言われています。この「500万人」という死者の数は、第二次世界大戦以後、世界で起きた様々な紛争の中でも最大です。朝鮮戦争よりも、スーダンのダルフール紛争や南北紛争よりも、ルワンダ虐殺よりも、はるかに多い数字なのです。
現在でも、紛争や戦闘が続いているのですか?
土井
 コンゴの紛争は、多くの国家と武装組織が戦闘に関わっており、とても複雑ですが、現時点(2010年)では主に、東部と北部に2つの戦線があります。
 コンゴ東部の南北キブ州で戦っているのは、ルワンダの反政府武装勢力(ルワンダ解放民主軍FDLR)とコンゴ国軍です。FDLRの軍指導者の一部は、1994年のルワンダ大虐殺に加担しており、コンゴに越境しその東部を拠点としています。コンゴは国連平和維持活動軍(PKO)である国連コンゴ監視団(MONUC)の支援を得て、FDLRと戦っています。具体的に言うと、MONUCがコンゴ軍に、軍用火器、輸送、配給、給油など作戦上も兵站上も、かなりの軍事支援をしています。
 もうひとつの戦線は、コンゴ北部のオリエンタル州にあります。2008年12月以来、コンゴは、ウガンダ反政府勢力のひとつである「神の抵抗軍(Lord's Resistance Army、通称LRA)」との戦いを続けています。LRAは、2005年末、ウガンダからコンゴに越境。スーダン国境沿いの人里はなれたガランバ国立公園に拠点を設けました。2009年3月までは、LRAに対する戦闘はウガンダが主導していましたが、3月にウガンダ軍は撤退しました。その後ウガンダの情報部隊がコンゴ内部に残りコンゴが戦闘を主導するようになっています。
 コンゴ国軍は、推定12万人の兵士を擁し、その約半分はコンゴ東部に展開していると言われています。しかし軍は統制がとれていません。また給与は伍長クラスで月給45ドル、大将クラスでは月給95ドル。戦場の部隊には十分な食料やその他の必需品は与えられていないというのが現状です。そのため兵士は略奪やその他の犯罪行為に手を染めるしかない状態におかれています。
女性への強姦が日常化
略奪などの犯罪行為を繰り返しているというコンゴ国軍に、国連PKOであるMONUCが協力して問題はないのでしょうか。
土井
 コンゴ兵の一部は、本来守るべき一般国民を悪意を持って標的にし、戦争犯罪を犯しているのが実態です。また国連のMONUCは、ルワンダの武装勢力であるルワンダ解放民主軍(FDLR)を掃討するために、人権無視の残虐な軍事作戦を支援し続けています。国連部隊自体が、戦争法違反の共犯とされる可能性もあると言わざるを得ません。
 例えば、MONUCは2009年3月2日に始まった「キミア2作戦」という作戦でコンゴ軍を支援しました。作戦の目的は、FDLRの強制的な武装解除です。しかしその間、コンゴ国軍による虐殺や手当たり次第の暴力的強姦が多数行なわれました。2009年8月初めには、国連の基地があるNyabiondoから15kmほど離れたMashangoの丘で虐殺が起きました。ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は現地で目撃者などへの聞き取り調査を行いました。それによると、コンゴ国軍兵士が、数キロメートルの距離の中に点々とあった5つの小さな村落を攻撃、少なくとも81人の民間人を殺害しました。コンゴ国軍兵士たちは、戦闘員と民間人の区別を全くせず、至近距離から発砲したといいます。もしくは、ナタで切り刻んで殺害した、とも言うのです。5つの村落のうち、反政府勢力がいたのはその1つだけでした。
 あるいは、Katandaという小集落では、コンゴ軍兵士たちが若い男4人の体をバラバラにして殺害、腕を切断し頭と足を胴体から20m離れた所へ放り投げた、との情報もあります。さらに兵士たちは次に女性と少女16人をレイプし、その後うち4人を殺害したのです。
 一方で、武装勢力FDLRが、コンゴ政府軍による攻撃への報復として、コンゴの民間人を意図的に攻撃している実態もあります。2009年1月下旬から9月までの間に、FDLRは、民間人少なくとも630人を故意に殺害したと見られます。南キブ州と北キブ州の州境にあるジラロ(Ziralo)、ウフマンドゥ(Ufumandu)、ワロアルワンダ(Waloaluanda)の地域の住民たちが、主に犠牲になりました。
 コンゴ国軍において民間人を保護する効果的な手段が講じられるまで、MONUCは「キミア2作戦」全てへの軍事支援を直ちに取りやめるべきです。
コンゴでは、女性に対する性暴力が頻発しているのでしょうか。
土井
 コンゴは女性にとって、世界最悪の国と言っていいでしょう。性的暴力対策の調整を担当する国連人口基金(UNFPA)によると、1998年以降推定20万人の女性と少女が性暴力の被害を受けました。恐ろしいことに、被害者の65%は少女たち、特に思春期の女の子でした。
 レイプの件数は増加傾向にあります。HRWが2009年1月から8月の間に訪れたコンゴ国内の9つの紛争地帯では、レイプの件数は前年に比べて2倍から3倍になっていました。半数以上が、2人以上の集団による強姦であり、最も幼い被害者はたったの2歳。また男性が強姦されるという事件も増加している模様です。
 HRWの調査で、北キブ州で起きたレイプの65%はコンゴ軍兵士が行ったものであることを明らかにしました。膨大なレイプ事件の数にもかかわらず、コンゴ東部の軍事裁判所で、2008年に性暴力で有罪になったのは軍人は、わずか27人にすぎません。改めて責任者の責任を問うことが非常に重要です。HRWは2009年、ジョセフ・カビラ大統領と面会し、こうしたコンゴ国軍による組織的なレイプに対応するよう求めました。カビラ大統領はすぐにレイプに対する「ゼロトレランス(非寛容)」政策を発表。少しずつ責任者の捜査や訴追も開始されてはいますが、より徹底的な対応が求められています。
現材のジョセフ・カビラ大統領は、人権を尊重した民主的な政治を行っているのでしょうか?
土井
 残念ながら答えはNOです。2006年選挙は民主的な政治をもたらすと期待されていました。しかし、カビラ政権はその総選挙のときから、野党や政権批判をした人たちに対する弾圧を組織的に行っています。コンゴにおける人権侵害は、東部や北部での紛争による人道危機に加えて、野党弾圧も重要な問題なのです。
 HRWは、2008年11月、選挙から2年のコンゴの政治状況を検証した報告書「『お前を粉砕する』:コンゴ民主共和国での政治的自由の抑圧」をまとめ、カビラ政権が政敵に対して行っている広範な暴力と脅迫行為を調査してまとめました。250人を越える被害者、目撃者、当局者たちからの聞き取りを含む何ヵ月にも及ぶ現地調査をもとに、選挙後の2年間で、500人が殺害されたほか、約1000人が拘禁され、その多くが拷問を受けていることを明らかにしました。
 カビラ大統領自身が、「民主主義の敵」を「粉砕せよ」とか「無力化せよ」などの命令を出して、違法な武力行使であっても許されると示唆しているのです。
カビラ現政権は、「政敵」に対し具体的にどんな弾圧を加えているのですか?
土井
「政敵」とされた少なくとも500人が、故意に殺害されました。なかには、コンゴ政府当局が、コンゴ川に死体を投棄したり、秘密裡に死体を埋めて事件を隠そうとした事件などもありました。
 また、逮捕・拘束された人たちに対する拷問も多数報告されています。例えば、暴行、ムチ打ち、模擬処刑、性器などの体の部位に対する電気棒使用など……。
 ある政党の党員は、2007年3月、共和国防衛隊にキンシャサで逮捕され拷問された、と語ります。「棒やムチで殴られた。兵士たちは、口々に、『お前を粉砕する! 粉砕してやる!』と繰り返し叫んでいました。カビラに反対するお前のような人間は殺してやる、と脅してきたんです」
「秘密委員会」の命令でキンーマジエレ刑務所に収監されていたある人は「やつらは私を殴り始めたんです。私の服を引き剥がし、手錠を4セット取り出して、後ろ手と足にかけました。私はその体勢で地面に投げ飛ばされたんです。……体中に電気ショックが加えられました。電気棒を肛門と性器に押し当てられて……。何も見えなくなるくらい沢山泣きましたよ。『署名してほしいものに何でも署名する!』って叫びました」と語っています。
惨いですね……。弾圧の対象となっているのはどんな人たちなのでしょうか?
土井
 弾圧の標的とされているのは主に、カビラ大統領の対立候補だったジャンピエール・ベンバ氏を支持したと思われる人びと、加えて、Bundu Dia Kongo(BDK)の支持者たちなどです。BDKとは、バ・コンゴを拠点とする政治的宗教団体で、地方の高度な自治を求めており、選挙ではかなりの支持を集めました。確かに、BDKやベンバ支持の武装勢力も、政府関係者や一般市民を殺害する事件を起こしたのですが、コンゴ政府は、明らかに過剰な武力を使って弾圧を行っています。
 コンゴ議会は、政府の対応を調査し、抑制しようと努力をしました。野党の国会議員たちが、暴力に抗議して議会をボイコットすることなどもあり、その結果、限られてはいたものの効果が見られました。しかし、こうした努力も、多数の殺人や恣意的逮捕を止めるまでには至っていません。
携帯電話の材料はコンゴ産
HRWはコンゴを監視する活動として、なにをしているのでしょうか。
土井
 HRWは、ゴマに調査員が常駐しているほか、コンゴの外にもコンゴ担当調査員がおり、1年に場合によっては何十回も、現地調査を繰り返しています。年間に2~3冊ずつの報告書を出しています。(コンゴの報告書の一覧はこちら)
 また、一般市民を守る国連PKOの増派を国連やEUをはじめとする諸外国政府に働きかけています。現在、日本政府も国連安保理メンバー国なので、ニューヨークの国連代表部でコンゴのブリーフィングをしに行ったりすることもあります。
 また、コンゴの東部や北部の紛争による一般市民の被害や、カビラ政権による政治弾圧を止め、人権侵害の責任者の不処罰の蔓延を止めようと、アフリカやEU、米国をはじめとする各国政府への働きかけを通じて、コンゴ政府や反政府勢力を支援する諸外国政府へのプレッシャーをかけています。さらに、コンゴやウガンダの状況はICCに係属していますので、戦争犯罪者たちの処罰がしっかりすすむように、そして、被害を受けたコミュニティーがICCの手続きを知らされ、かつ、支援を受けられるよう働きかけています。
コンゴと日本との関係はどうでしょうか。
土井
 コンゴには、コバルトや銅、金、ウランなどの地下資源が豊富です。世界のコバルトの34%、銅の10%が埋蔵されていると言われています。これらは、携帯電話になくてはならない希少金属です。私たち日本人とは切っても切れない関係の国と言えます。もし、紛争がなく、しっかりしたガバナンス(よい統治)があれば、大変豊かな国になっているに違いありませんが、実際には、世界最貧国のひとつです。そして、国際社会の目の届かないコンゴの僻地で、ひっそりと、しかしたくさんの人が死んでいっているのです。
 私たちはこの「忘れれらた」人道危機を、世界に知らせ、民間人たちの命を守るため、調査とアドボカシーを続けていかないといけないと思っています。
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PROFILE

土井 香苗

1975年神奈川県生まれ。1994年東京大学入学。大学3年生で司法試験に合格し、4年生のときNGOピースボートのボランティアとして、アフリカで一番新しい独立国・エリトリアに赴き、1年間エリトリア法務省で法律作りに従事する。2000年から弁護士活動をする傍ら、日本にいる難民の法的支援や難民認定法改正のためのロビーイングやキャンペーンにかかわる。06年から研究員として国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのニューヨーク本部に在籍。07年から同NGO日本駐在員。08年9月から同東京ディレクター(日本代表)。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのHP:
http://www.hrw.org/
 

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