理由のひとつは、インドネシア国軍が国民を守るのではなく、暴力と脅しで自らの経済権益を拡大する「ビジネス主体」となっている現実があります。インドネシア政府は、軍の財布のひもを握ることができず、軍を実効的にコントロールできないのです。
HRWは、この実態について、2年以上にわたり調査を行い、2006年『高すぎる代償 -インドネシア国軍による経済活動の人権コスト』という報告書を発表しました。インドネシア国軍の予算は、創設以来ほとんどずっと、政府の会計からは約半分しか支出されておらず、その残りのほとんどは、軍が自らビジネスを行い、独立採算でやってきた実態をこの報告書は明らかにしています。そして、独立採算のため、兵士たちは、天然資源の豊かなアチェやパプアなどで、財物の強要、資産の強奪などの人権侵害を引き起こしています。
そのため、インドネシア国軍は、自ら保有する企業の営利活動や、軍がサービス提供している民間企業との非公式の連携、そしてマフィアのような違法な犯罪活動・汚職などに手を染めています。先住民が所有権を主張している森林に対し、東カリマンタンの軍保有企業が特別な使用権を与えられ、森林を過剰伐採した上で木材をマレーシアに違法輸出していた事例や、麻薬密輸などの例がHRWの報告書に挙げられています。また2002年には、軍の違法ビジネスが北スマトラで流血事件に発展し、数百人の兵士たちが警察署を襲い、数人の民間人が殺害される事件もおきました。19人の兵士が解雇され禁固刑に処されたものの、処罰されずに放置された兵士たちがもっとたくさんいました。
米国の鉱業会社「フリーポート・マクモラン」が、パプア駐留のインドネシア軍地元部隊に資金を提供し、操業のための警備を依頼していた事実には、特に大きな批判がおきています。また、2002年にグラスバーグ鉱山近くで起こった2人の米国人教師奇襲殺害事件についても、分離独立派とされる人物が犯人だとされて裁判にかけられてはいますが、フリーポート社からさらに資金を引き出そうとしてインドネシア軍が意図的に起こした事件なのではないかとの疑念があります。
HRWは2009年には、2006年報告書のフォローアップとして新しい
報告書を発表し、政府の「改革」が全く不十分である実態を明らかにしています。