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Series 世界
人間を傷つけるな! 土井 香苗
09/10/31

第8回 ダルフール紛争とスーダン

戦争や虐殺など世界各地で今日もなおつづく人権蹂躙の実情に対して監視の目を光らせる国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)。2009年春開設したHRW東京オフィスの土井香苗ディレクターが問題の実態を語る。

“世界最大の人道危機”
2011年に南部の独立に関する住民投票が行なわれるスーダンですが、その“前哨戦”でもある国政選挙が、2010年4月に予定されています。スーダンの現状はどうなっているのでしょうか。
土井
 スーダンには現在、大きな問題が二つあります。まず、南北問題。1983年に勃発し、20年以上続いた南北内戦は、2005年、包括和平協定により終結しました。この合意事項に基づいて、2010年4月に国政選挙が、また2011年1月には独立に関する南部の住民投票が予定されています。もうひとつは、国際社会が“世界最大の人道危機”と呼んでいるスーダン西部のダルフール地方での民族紛争です。2003年以降、衝突が続いています。このダルフール危機を、アフリカ先住民に対する「ジェノサイド(人種集団殺戮)」だと認定する動きも国際社会にはあります。アフリカ先住民の民間人に対する攻撃は残忍極まるものです。スーダン国軍と、国軍が支援する民兵組織「ジャンジャウィード」は、2003年からダルフールに住む民間人への攻撃を続けています。
現在も深刻な状況が続いているダルフール地方での紛争ですが、具体的にどのような事情によるものなのでしょうか。
土井
 2003年初頭に勃発したダルフール紛争は、ダルフール地方の反政府勢力である「スーダン解放軍/運動(Sudanese Liberation Army/Movement :SLA/SLM)」と「正義と平等運動(Justice and Equality Movement:JEM)」と、これに対するスーダン政府軍と民兵組織「ジャンジャウィード」との間で繰り広げられている戦いです。
 ダルフール地方は貧困層が多く、政府から見捨てられてきた地方でした。そうした事情から、SLA/SLMやJEMなどの反政府武装組織ができました。もともと、ダルフールには、アフリカ系(非アラブ系)の様々な民族が住んでいました。主な民族として、フール族、ザガワ族、マサリト族などがあります。宗教はイスラム教です。
 一方、スーダン国軍が組織した民兵ジャンジャウィードは、歴史的に土地を所有してこなかった、イスラム教を信仰する小規模なアラブ遊牧民の諸部族出身者で構成されています。その多くは1960年代から1980年代にかけての隣国・チャドの内戦の影響で、ダルフールに移住してきた人びとです。
 南北紛争は、北部の「アラブ系」イスラム教徒 vs 南部の主にアフリカ先住民(非アラブ系)のキリスト教徒、アニミズムを信仰する人びと、という宗教戦争的側面が大きい紛争でしたが、ダルフール紛争は、両当事者ともイスラム教徒であり、そういった性格のものではありません。
 スーダン政府は、反政府勢力の掃討作戦の一環として、反政府勢力と同一のアフリカ系の一般市民に対し、「民族浄化」を組織的に展開しはじめました。スーダン政府軍とジャンジャウィード民兵は、数百もの村を焼き打ちして破壊してしまったのです。主に、ジャンジャウィードが地上戦を行い、スーダン国軍は空爆を行います。本当に多くの一般市民が死亡し、レイプされ暴行される女性や少女たちもたくさんいます。
民間人にかなり大きな被害が出ているのですね。
土井
 戦闘の結果、約260万人もの人びとが、故郷を捨てて、避難民になりました。その多くが今もダルフール内のキャンプでの生活を余儀なくされています。また、20万人以上が隣国のチャドへ避難し、難民キャンプに居住しています。こうした避難民たちに加えて、国連によると、少なくとも200万人が「紛争の影響を被っている」状態です。紛争によって、地域経済や市場、交易が破壊されてしまったため、何らかの食糧援助がなければ生きていけない状況です。
 この9月にも衝突がおき、無差別爆撃が続いています。例えば、9月17、18日には、政府軍が陸と空から、コルマ(Korma)と北部ダルフール周辺の村々に攻撃を行いました。女性を含む民間人16人が殺害され、いくつかの村が焼失した模様です。
 HRW(ヒューマン・ライツ・ウォッチ)では、ダルフール危機勃発から5年たった2008年の段階で、未だに激しい民間人攻撃が続いている実態を3分30秒のビデオ「スーダンのダルフール危機:続く悲劇」にまとめて、日本語字幕版をYouTubeで公開しています。コンパクトでわかりやすいのでぜひご覧下さい。
和平合意は“砂上の楼閣”か
和平が成立した南北間の問題でも、何か人権上の問題があるのでしょうか。
土井
 私自身、1998年、ケニアのカクマ難民キャンプに滞在し、スーダン南部から逃げてきた多くの難民たちに会いましたので、南北内戦が終結したと思うと感慨深いものがあります。しかし、南北問題についても人権の問題は残っています。2005年の包括和平協定には、軍など治安組織の抜本的改革、南北国境の設定、軍の撤退・縮小、元民兵の統合のための治安合意など、人権保護と治安に関連する条項が多く含まれています。しかし、こうした条項は実際には守られておらず、合意の根本を揺るがし始めています。2005年包括和平協定の人権・治安関連条項の執行を優先して行っていかなくてはならないと思います。
 また、これは南北問題だけに関わらないですが、スーダン全土で、政府の政策を批判する発言をした人たちが恣意的に逮捕され、拘束され続けている問題もあります。国家が裁判手続きもなしに人を拘束し続けることは、国際法に違反します。スーダン政府は、逮捕した人を訴追するか、または釈放するかのいずれかの措置をとるべきです。また、平和裏に意見を表明しただけの民間の活動家たちを逮捕・拘束するなどの嫌がらせを止めるべきです。
和平合意後のスーダンは南部が独立するかどうかを決める選挙を行おうとしているわけですが、こうした政治日程に不安はないのでしょうか。
土井
 2005年の包括和平協定をうけ、南北両勢力による国民統一政府(GNU)が成立し、南部勢力であるスーダン人民解放運動(SPLM)が、現在、南部スーダン政府を形成しています。しかし、和平合意はもろいものです。合意条項がしっかり守られなければ、新しい紛争の火種となる危険性をはらんでいます。
 和平協定の中で、選挙前に行うこととされている極めて重要な施策が、いまだに講じられていない状態ですので、早急な施策が必要です。例えば、国民統一政府は、包括和平協定に規定されていた南北国境の設定や、軍の撤退と縮小を実施していません。このことが、南北スーダン境界沿いにあり、石油資源が豊富で帰属が争われているアビエイ(Abyei)をはじめ、危険地域に暮らす民間人を一層の危険な状態に陥れています。
 さらに今年に入ってからも、南部スーダン各地では、激しい民族間の紛争が起こり、今年6月までの半年で少なくとも1200人の民間人が殺害されてしまいました。民間人同士の戦闘や、2008年9月以来中央及び西部エクアトリア(Equatoria)で活動する「神の抵抗軍(Lord's Resistance Army)」の絶え間なく続く攻撃で、民間人が犠牲になり続けているにもかかわらず、SPLMが率いる南部スーダン政府は、民間人を保護できていません。司法制度も脆弱で、暴力事案や人権侵害事例に対応できていません。
 しかも、自由で公正な選挙に不可欠な表現の自由や市民社会に対する弾圧や逮捕も続いています。ですから、2010年に予定される国政選挙、2011年に予定される南部独立に関する住民投票にも大いに不安があるわけです。暴力の発生を防ぎ、民間人を保護するために、南部政府とスーダン政府がともに一層努力をすることが必要です。そして、スーダンの平和維持活動のために設立された国連スーダン・ミッションも、暴力の防止と民間人保護のためによりいっそうの努力が求められていると思います。
市民社会に対する弾圧や逮捕があるといいますが、具体的にどんなことが起きていますか?
土井
 現在のスーダン大統領であるバシール大統領は、南北紛争が勃発して6年後の1989年に軍事クーデターにより大統領になりまりました。そして、この南北戦争でも、民兵をつかって民間人たちを攻撃させるという、現在ダルフールでとっているのと同じ手法をとった結果、多くの民間人が犠牲になりました。
 今年3月、国際刑事裁判所(ICC)がスーダンのバシール大統領に、人道に対する罪と戦争犯罪の容疑で逮捕状を出しました。これに反発したスーダン政府は、国際人道団体13団体をダルフールから追放しました。それによって、人道状態についての情報がさらに減ってしまいました。また、同時期に、スーダンの人権保護団体が3つ閉鎖されましたので、スーダン全域での人権についての情報量が一層制限されてしまいました。
 選挙に不可欠な表現の自由の制限も深刻です。HRWは今年2月、スーダンにおける印刷前の検閲措置について調査して取りまとめました。こうした国内・国際世論に押される形で、9月29日、バシール大統領は事前検閲を廃止すると宣言しました。これは歓迎すべき変化ですが、今も、政府がジャーナリストに対し、「危険ライン」を超えるなと警告しているなど圧力が残り、記者たちの自己検閲も続いています。本当に表現の自由が広がっていくのか、予断を許さない状況です。9月だけでも、政府の検閲により主要新聞が少なくとも2紙廃刊に追い込まれています。
 2010年4月の選挙に向けた準備が始まるなか、特に、選挙関連の市民活動が妨害にあっています。市民団体と政党が話し合いをもつのを治安当局が妨害したり阻止した事例も多く報告されています。
日本人のお金が悲劇につながっている
南北紛争とダルフール紛争の両方で、スーダン政府は、民兵組織をつかって民間人攻撃をさせる手法を用いたという話がありました。スーダン政府は、なぜジャンジャウィードなどの民兵集団を利用するのでしょう?
土井
 南北紛争で政府は、南スーダンやヌバ山地などで民族集団で構成された民兵を、軍隊のかわりに使ってきました。やり方はダルフールでも同じです。ダルフールの場合でいうと、民兵組織を作った背景には、スーダン国軍の兵士の多くがダルフール出身だったことがあると思います。ダルフール出身の兵士たちに、出身地の民間人の攻撃を命じることに躊躇があったのかもしれません。
 また、政府は、民兵を使用することで、自分たちがやったのではないと言い訳に使うことができると考えたのでしょう。民兵を「コントロールできない」と言い訳するわけです。しかし、軍情報担当官や将校たちが、州などの官僚機構を通じて、民兵に給料を支払い、武装組織し、指示を与えているという多くの証拠があるわけです。民兵は、戦闘の結果、経済的な利益(略奪と土地)を得ることができます。そのため、スーダン政府にとって、民兵組織は、安価に反政府軍掃討作戦を行える、とても便利な存在なのです。
スーダン政府は軍事物資をどうやって調達しているのでしょうか?
土井
  ひとつは、20年以上にわたる南部スーダンとの内戦で近年購入した武器の多くを、ダルフール紛争に移転・使用しています。
 さらに、中国、ロシア、ベラルーシ、ウクライナなどから軍事物資を購入しています。1999年8月に石油を輸出しはじめて以来、スーダン政府の収入は大きく増加しています。2004年までの間に、政府の一年当たりの収入は、1999年当時と比較して3倍の30億米ドルになったと推定されているのです。その結果、攻撃ヘリコプター、ミグ戦闘機、大砲その他の軍需物資を大量に購入できるようになりました。ちなみに、スーダンにとって、日本は、中国に次ぐ、二番目の石油輸出国です。私たち日本人のお金が、民間人の悲劇に油を注いでいることにつながっていることも忘れてはならないと思います。
スーダンの人びとのために、国際社会は何ができるのでしょうか。またHRWとして、日本政府は何をすべきと思いますか。
土井
  南北和平を永続的なものにするためには、先ほど述べたとおり、2005年の包括和平合意の条項がしっかり実行されるよう、国際社会の支援や政治的な働きかけが欠かせません。
 また、ダルフールに関して言えば、日本政府を含む各国政府や国際機関が、スーダン政府に対して、ダルフールの市民をも標的とする軍事作戦はやめるように、強く働きかけなくてはなりません。また、反政府勢力に対しても、一般市民に対する攻撃をやめるよう求めることも必要です。
 国連安全保障理事会は、2007年7月、やっと、国連とアフリカ連合のハイブリッド・平和維持軍(UNAMID)の派遣を承認しました。しかし、UNAMIDは、数も装備も十分ではなく、一般市民を保護するための活動を十分に行なうことができていません。スーダン政府が、派遣の妨害や活動の邪魔をしているからです。UNAMIDがしっかり活動できるよう、各国政府が、スーダン政府に圧力をかけ続けることが必要です。
 HRWは、日本政府に対しても、書簡を送るなどして、働きかけをしています。日本は、スーダンに対する多額の債権を持っているほか、第二の石油輸入国でもあり、関係は浅くはありません。スーダン政府要人との面会の折には、一般市民への攻撃を即刻停止すること、UNAMIDの配備を妨害しないこと、全面的にICCに協力することなどを、スーダン政府に対し要求するべきだと要請しています。
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PROFILE

土井 香苗

1975年神奈川県生まれ。1994年東京大学入学。大学3年生で司法試験に合格し、4年生のときNGOピースボートのボランティアとして、アフリカで一番新しい独立国・エリトリアに赴き、1年間エリトリア法務省で法律作りに従事する。2000年から弁護士活動をする傍ら、日本にいる難民の法的支援や難民認定法改正のためのロビーイングやキャンペーンにかかわる。06年から研究員として国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのニューヨーク本部に在籍。07年から同NGO日本駐在員。08年9月から同東京ディレクター(日本代表)。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのHP:
http://www.hrw.org/
 

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