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Series 世界
人間を傷つけるな! 土井 香苗
09/09/30

第7回 いまだ平和が訪れないアフガニスタン

戦争や虐殺など世界各地で今日もなおつづく人権蹂躙の実情に対して監視の目を光らせる国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)。2009年春開設したHRW東京オフィスの土井香苗ディレクターが問題の実態を語る。

治安悪化でタリバンへの支持が再び広がる
アフガニスタンでは2009年8月20日に2回目の大統領選挙が終わりましたが、9月が終わろうとしているいまでも、選挙結果がまだ出ないという状況です。また自爆テロや米軍やNATO軍による誤爆などにより、多くの民間人が犠牲になっているニュースも耳にします。アフガニスタンでいま、どのような人権上の問題があるのでしょうか。
土井
 2001年のタリバン政権崩壊以降、小学校就学率の顕著な向上など、前向きな変化があったことも事実ですが、いまだに人権課題が山積しています。特に、女性の人権、表現の自由、人権侵害者に対しての不処罰、司法改革及び死刑の廃止などが、緊急に改革が必要な分野として挙げられます。
 今回の大統領選挙では、女性が立候補することはもちろん、投票することにも大きな障害がありました。女性に対して厳格だという文化的背景もあって、タリバンなどの武装勢力が女性を襲撃する危険性があったにもかかわらず、政府や独立選挙管理委員会、国連、国際援助団体も、問題解決のための措置を、多くの地域で取れていませんでした。内務省が護衛を約束したものの、女性候補者の安全を守るための有効な対策もとられていません。また、投票所に来る女性たちにセキュリティー検査をするのは女性係員でなくてはならないわけですが、その採用が間に合わないなどの問題が残ったまま、選挙に突入することになったのです。
 さらに、選挙に関連した暴力事件が多発したという問題もあります。アフガン全体の治安状況は、前回の2004-05年の選挙の時より相当悪化しています。選挙前の襲撃事件の大半に関与していたのは、タリバンなどの反政府武装勢力です。4月25日から8月1日の間、少なくとも13件の政治関連の殺人事件、10件の拉致事件(選挙委員会委員、候補者、選挙スタッフの拉致)が発生し、脅迫のために立候補を辞退した地方議員も数名いました。反政府勢力が投票に行かないよう人々を脅迫するケースもたくさん報告されています。
 その他、今回の大統領選挙では、政府関係者が職権濫用を行なったケースも多く報告されています。現職のカルザイ大統領陣営側を利するような税金の不正使用や、政府関係者の介入の禁止を定める大統領令への抵触事例などが後を絶ちませんでした。その結果、候補者間で不平が生じ、公正な選挙と評価できるか、重大な懸念が生じています。
カルザイ現政権は、国民から信頼されていないのでしょうか。
土井
 誤爆が頻発すること、そしてタリバン政権崩壊後に、国際社会が約束した治安の安定と発展が実現できていないことに、アフガン人たちは、国際社会やカルザイ現政権への反発を強めています。そして、人々がまたタリバン側につくという悪循環が起きているのです。
 そして、新政権は、人権侵害を犯した国会議員や政府高官などを刑事訴追しないため、治安の悪化や、広範な人権侵害などが蔓延しているのです。そうした国会議員や政府高官は、軍閥を後ろ盾に持っているので、政府も手を出せないという状況です。この放置されたままの軍閥問題について、2005年、HRWは、"Blood Stained Hands: Past Atrocities in Kabul and Afghanistan's Legacy of Impunity" という調査報告書を発表し、タリバン支配前の1990年代前半、軍閥たちが多くの残虐な戦争犯罪を犯し、その結果、何十万人ものアフガニスタンの人びとが殺されたり難民化した状況を明らかにしました。軍閥たちは処罰されるどころか、今も、地域を支配したり、国会議員や閣僚になるなどして権力を握っています。
 軍閥は、一般の市民から見れば、タリバンに勝るとも劣らない非人道的犯罪をおかした権力者であるわけです。タリバン政権が崩壊した後、こうした残虐な戦争犯罪が放置されないように、5年間のトランジショナルジャスティス(独裁的政権から民主化政権へ移行するため、暴力や人権侵害の結果と取り組む努力)として、アクションプランAction Plan for Peace, Reconciliation and Justiceが策定されました。アフガン国民の大多数がこうした戦争犯罪を犯した軍閥の処罰を望み、しかもそうした取り組みはアフガンの平和を作り出すのに資すると考えているという国連の調査結果もありますが、実際にはこのプランは完全に無視されてしまっています。
 日本の新政権にはぜひ、このアクションプランをしっかりと実施に移すようにアフガン政権に働きかけていただきたいと思います。そして、残虐な戦争犯罪をおかしたと考えられる軍閥のリーダーたちで現在も大な権力を持つアブドゥル・ラスル・サヤフやグルバディン・ラバニ、イスマイル・カーン、モハマド・カシム・ファヒム、アブドゥル・ラシッド・ドストム、カリーム・ハリリなどと、関係を持たないようにする努力もまずは求められると思います。
2006年以降、民間人の犠牲者が増え続ける
アフガニスタンでは多くの一般市民が犠牲になっていますが、どれくらいの数に及んでいるのでしょうか。
土井
 タリバン政権崩壊の後、いっときは治安はもちろん、人権状況にも進展が見られましたが、その後下り坂に転じ、2006年ころから急速に治安が悪化したという状況です。ただ、犠牲になった民間人の正確な数は、誰にもわからないといって過言ではないと思います。統計はあることにはあるのですが、出所によってまちまちだという問題があります。
 とはいっても、最も信頼できるひとつとして国連の調査が挙げられます。国連は、2009年の1月から6月までの6ヵ月間で、1013人の民間人が犠牲になったとしています。また、2008年については2118人、2007年は1500人としています。
 HRWでは、2006年と2007年に民間人の犠牲者を調査しました。2006年には少なくとも929人、2007年には1633人という結果になりました。さらにその際に、タリバンなどの反政府勢力による犠牲なのか、米国やNATOによるのかも調査しました。2006年の929人のうち、少なくとも699人はタリバンの攻撃(自爆攻撃やその他非合法に民間人を標的にした爆弾攻撃を含む)で死亡し、少なくとも230人が米国やNATOの攻撃で死亡したことを確認しました。さらにそのうち116人は、空爆が原因で死亡したものでした。2007年の1633人のうち約950人は、タリバンやアルカイダなど反政府武装勢力による攻撃で死亡しました。そして、少なくとも321人が米国またはNATOの空爆の犠牲になったとみられます。
 この分析から、2007年の米国やNATOの空爆による民間人の死者は、2006年と比較して3倍近くになったこともわかります。HRWは、米国とNATOの空爆による民間人の犠牲について分析し、2008年9月、「『部隊交戦中』:アフガニスタンでの空爆と民間人犠牲」 という43ページの報告書を発表しました。この報告書は、米国とNATOの空爆による民間人の死者数が増加傾向にあり、2007年の犠牲者数は2006年の3倍近くに増加したその実態と原因を明らかにするとともに、アフガン国民の反発を激化させている誤爆の実態を報告しています。
 一方で、この報告書では、タリバンが戦争法に違反して「人間の盾」を使用していることについても明らかにしました。2007年4月には、HRWは反政府武装勢力による市民犠牲についても調査を行ない“The Human Cost: The Consequences of Insurgent Attacks in Afghanistan” (116ページ)をまとめました。タリバンなどによる攻撃で市民の犠牲が生じている実態を明らかにしたわけですが、この報告書は、2006年ころから治安が急激に悪化したアフガニスタンの状況の詳細に明らかにした初めての調査報告のひとつといっていいと思います。
たしかに米軍やISAFによる誤爆は最近多く報道されるようになりました。どうしたらこうした状況を改善できるのでしょうか?
土井
 民間人を意図的あるいは無差別に攻撃することは戦争犯罪であり、国際人道法上、民間人犠牲を避けるために最大限の予防措置をとる義務が定められています。HRWの軍事専門家は、民間人犠牲が多数でている理由を分析し、報告書「『部隊交戦中』:アフガニスタンでの空爆と民間人犠牲」 のなかで、米軍とNATOに対して戦略の改善を求めました。
 具体的には、タリバンを標的とした計画的な空爆では、民間人にほとんど犠牲者が出ていないという実態を踏まえ、民間人に死者が出たほとんどの空爆は、流動的な緊急対応の空爆であり、特に、反政府武装勢力の攻撃に曝されている地上部隊、つまり『部隊交戦中』(‘Troops in Contact')の部隊を支援するための爆撃が多いことを明らかにしました。そして、このような計画外の空爆は、通常少人数で軽武装の米国特殊部隊が反政府武装勢力の攻撃に遭った場合や、民間人が多く住む村へ退却した反政府武装勢力を米国/NATO軍が追跡して攻撃する場合や、米国の交戦規則『予防的自衛』が適用された空爆の場合などでも行われています。
 そこで、HRWは、米国とNATOに対し、計画外の空爆による民間人犠牲者の増加問題に対処し、巻き添えによる民間人被害が推定されるのに、これにしっかり対応していない交戦規定が適用されているという問題を解決するよう求めたのです。
HRWは“現実的な理想主義”団体
確かに、HRWは、戦争にもルール(国際人道法)があるといって、国際人道法を守るよう、活動していますね。でも、戦争のやり方をもっと人道的にしても、戦争による死者をゼロにはできないのでは?HRWは戦争そのものに反対するのではないのですね。
土井
 HRWは、反戦団体ではなく、ある戦争に対してどちらにつくのかといった立場をとることはしません。その理由のひとつは、戦争について立場を明確にするためには、安全保障の実態について詳しい知識と実態把握が欠かせないわけですが、HRWとしてそうした専門性を持っているわけではないことが挙げられるると思います。また、戦争に対してあるポジションを取ってしまうと、国際人道法の違反がないかどうかをモニターするための調査をする際、調査員たちがある紛争の一方当事者からの危険にさらされてしまうという問題もあります。
 一方、HRWは、すべての戦争当事者たちに対し、戦争のルールを定める国際人道法(戦争法)を守っているかどうかを監視し、国際人道法の遵守を求めます。国際人道法の基本がジュネーブ条約であり、そのまた基本が、民間人の犠牲を避けるため、紛争当事者は、最大限の予防措置をとらなくてはならないという決まりです。この決まりを故意をもって破れば、戦争犯罪として個人は訴追されうることになります。
 戦争をなくすという目標を追及する人たちからは、リアリストという評価もあり得ると思いますが、実際に多くの戦争が行われている現在、戦争のもたらす民間人への惨禍を減らすことは急務だと思います。HRWは「現実的な理想主義団体」だと思います。
アフガニスタンの難民を、土井さんは、弁護士として弁護していたそうですね?
土井
  2001年の9・11同時多発テロ後に多くのアフガニスタン難民が日本でも捕まりました。多くはハザラ人の少数民族で、タリバン政権から逃れて日本に難民申請していた人たちでした。アフガン難民の身柄拘束を解くよう、他の弁護士とともに、裁判所に訴えを起こしました。そのときの話は、依頼者の難民のひとりアリ・ジャン君が手記にまとめ、『母さんぼくは生きてます』という本になり、ベストセラーにもなりました。とても感動的な手記なので、皆さんにもお手にとっていただけたら幸いです。
日本は民主党政権に変わり、インド洋の給油は「単純延長しない」として、民生支援に力を入れるとしている。日本はどんな方法でアフガニスタンの将来のために貢献したらいいのだろうか?
土井
  鳩山政権は民生支援に力を入れるといっており、期待しています。アフガニスタンの一般市民の安全と人権を中心においた支援は、これまで国際社会の注目が足りなかった分野です。ISAFも本来のマンデートは、市民の安全確保なのに、実際にはテロ掃討作戦ばかりに傾きすぎています。
 また人権保護、なかでも特に、女性の支援や女性の権利の保護に力を入れてほしいと思います。国際社会は、タリバン政権を攻撃する際に、女性の権利の保護を旗印のひとつにしました。しかし、現在、治安の悪化とともに、女性の権利は再び危機に瀕していますが、そのために、リーダーシップを発揮している国はほとんどないのが実態です。今年7月、シーア派女性に対する大変差別的な法律が施行されました。この法律は、アフガン憲法上の女性の権利を剥奪するひどい内容になっています。タリバンに勝るとも劣らない女性差別主義者の軍閥リーダーたちが国会で幅をきかせています。女性の権利のため活動する女性たちはいつも危険と隣り合わせです。また、タリバンは、学校に通う女子生徒や女の先生を攻撃するなどしており、ふたたび女の子の就学率が落ちてしまっています。日本政府には、女学校の建設と運営、さらには女子生徒が安心して学校に通えるための措置などにも力を入れて欲しいです。
 さらに詳しい新政権に対する提案については、後日、鳩山総理大臣に書簡を送る予定にしています。
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PROFILE

土井 香苗

1975年神奈川県生まれ。1994年東京大学入学。大学3年生で司法試験に合格し、4年生のときNGOピースボートのボランティアとして、アフリカで一番新しい独立国・エリトリアに赴き、1年間エリトリア法務省で法律作りに従事する。2000年から弁護士活動をする傍ら、日本にいる難民の法的支援や難民認定法改正のためのロビーイングやキャンペーンにかかわる。06年から研究員として国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのニューヨーク本部に在籍。07年から同NGO日本駐在員。08年9月から同東京ディレクター(日本代表)。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのHP:
http://www.hrw.org/
 

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