風
 
 
 
 
 
 
[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
Series 世界
人間を傷つけるな! 土井 香苗
09/05/15

第3回 軍事政権による弾圧が続くビルマ

戦争や虐殺など世界各地で今日もなおつづく人権蹂躙の実情に対して監視の目を光らせる国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)。2009年春開設したHRW東京オフィスの土井香苗ディレクターが問題の実態を語る。

軍政が進める「見せかけ」の民主化
東京事務所が開設されました。ビルマからボーチーさんが来日されましたが、これはどうしてでしょうか。
土井
 ボーチーさんは、2008年のHRWの人権賞の受賞者4名のひとりで、非常に著名な人権活動家であり政治活動家です。ちなみに、人権賞には他にスリランカ、サウジアラビア、コンゴ民主共和国の人権活動家が選ばれました。ビルマは、アジアの中でも、人権危機が続く4つの国(アフガニスタン、スリランカ、北朝鮮、ビルマ)のうちのひとつで、人権状況は極めて悪いです。
 ボーチーさんは、ビルマで政治的信条ゆえに捕らえられましたが、その苦難に何年も耐えました。釈放されてからは残された他の政治囚の釈放のために尽力しています。“閉鎖国家”ビルマでは一般的な情報でも入手は困難であり、刑務所の情報などは、全く入手できませんが、ボーチーさんと彼の創設した団体AAPP(政治囚支援協会)は、独自のルートで情報を入手しています。国連や赤十字国際委員会など世界中の組織がAAPPの情報を参考にしています。
 HRWでは、ビルマ問題を扱う職員は世界中に散らばっていますがタイ・ビルマの国境の町メソト及びチェンマイに駐在しているデイビッド・マティソン(オーストラリア国籍)がフォーカルパーソン(主担当)で、現地でコンサルタントなどを雇いながら活動しています。そして、ボーチーさんのAAPPとも緊密に連携しています。こうした本当のフロントラインで命を賭して闘っている人権活動家を、世界の人々に紹介するのも私たちの大きな役割なのです。
ところで、日本のメディアでは現在、「ビルマ」とは言わず、「ミャンマー」と言っていますが、HRWがビルマと呼び続けているのはなぜでしょうか。
土井
 「ビルマ」から「ミャンマー」という名称変更は軍事政権によるものです。民主勢力は今も「ビルマ」と呼んでいます。HRWも、それと連帯していることを表して「ビルマ」と呼ぶようにしています。ちなみに、米国では、政府もメディアも「ビルマ」のままです。
ビルマにおいて、何が人権上の問題となっているのでしょうか。
土井
 問題は大きく二つあります。一つは、民主化に対する弾圧・軍事独裁の強化。もう一つは、人口の40%をしめる少数民族に対する虐殺・武力攻撃です。
 1990年の総選挙で、アウンサン・スーチーさん率いる政党NLD(国民民主連盟)が大勝利したのを無視した軍事政権ですが、さらに今、昨年の5月に行われた不当な憲法採択国民投票をへて、来年2010年、みせかけだけの総選挙を行い、政権を確固たるものにしようとしています。
 そして、少数民族に対する極めて激しい攻撃で、ビルマ国内の東部だけで、推計40-50万人が避難生活を送っているといわれています。タイの国境地域に逃げてきた難民たちも約15万人にも及んでいます。
民主化に対する弾圧では、具体的にどんなことが起きているのでしょうか。
土井
 ビルマ軍政は08年2月に、制憲国民投票を5月10日に実施すると発表し、彼らが唱える「民主化への7段階行程表」を一歩進めた形ですが、新憲法の条文は4月になってようやく公開されました。しかもその配付は限定的で、国民投票の実施をいかなる形であれ「混乱」させた場合には3年の刑に処するとの新法も制定しました。
 この新憲法というのが“くせ者”で、国軍による支配を確立し、独立した政党の役割を制限する内容になっています。例えば、国軍司令官に議会両院の議席の4分の1ずつを指名する権限が与えられています。つまり少なくとも4分の1は軍人なのです。また大統領と2人の副大統領の指名について、国軍の深い関与を認めています。
 5月2日夜から3日にかけてのサイクロンで甚大な被害がビルマ各地で出たにもかかわらず、国民投票は、一部を除き予定通り5月10日に行われました。この投票は、抑圧的な報道関係法令、表現・集会・結社のほぼ完全な禁止、そして政治活動家に対する継続的で広範囲な拘束という状況下で実施されたものです。独立的な国際監視団は存在せず、ビルマ内外のメディアは秘密裏に報道することしかできなかった。国民投票は、選挙人登録での不正、地域社会や投票所での投票の強要・脅迫のほか、各地で見られた投票箱のすり替えなど、当局側の不正行為にまみれた信頼性のないものだったのです。5月下旬、ビルマ軍政は全国投票率を98.12%とし、うち92.48%が憲法制定への賛成票だったと発表しましたが、公正な選挙結果ではないということをむしろ明確にしたようなものです。
 軍政側は、10年度に複数政党制選挙を実施すると掲げています。しかし、この選挙を前にして政治活動家の逮捕や処罰が相次ぎ、ますます抑圧的状況になっています。
再びアウンサン・スーチーさんの拘束延長か!?
少数民族に対する攻撃とは、具体的にどのようなものでしょうか?
土井
 ビルマ国軍は、民族紛争地域、なかでもカレン州とシャン州で一般人への攻撃を続けています。具体的には、強制労働、女性への性暴力、超法規的処刑、拷問や暴行などの虐待行為、土地や財産の没収などです。08年には、国軍の対ゲリラ戦の戦闘やインフラ整備事業のために展開した軍の活動により、両州で民間人4万人以上が、住んでいた土地を離れて避難民となってしまいました。この結果、ビルマ東部では、推計45-50万人が国内避難民となっています。ビルマ軍やそのほかの武装組織による地雷敷設は広範囲にわたり、民間人が住む地域や食料生産が行われる場所にも多くの地雷が敷設されています。
 また、ビルマ西部アラカン州に住む民族的少数者のロヒンギャ・ムスリムに対しては、ビルマ国籍を認めないと発言しています。その結果、宗教的な迫害、強制移住、土地の没収、国籍の否定や身分証明書の発給拒否などの人権侵害の対象となっています。チン州とザガイン管区に住む民族的少数者のチン人は、ビルマ国軍による強制労働や暴行、性暴力、土地没収などの被害を受け続けています。
 こうした、軍事政権による少数民族への差別政策のなかで、武力闘争を行うグループがでてきました。そして軍事政権は、こうした武装集団を殲滅するために、村をまるごと破壊して、兵士だろうと民間人だろうと攻撃の対象とする、悪循環が生まれています。武力紛争の下であっても民間人を意図的にまたは重過失(重大な過失)で攻撃してはならないというのが戦争法で、これを無視している軍事政権は戦争犯罪を犯していると言えます。
ビルマの民主化問題と言うと、日本でもアウンサン・スーチーさんはよく知られている名前ですが、その他の政治囚の現状はどのようなものでしょうか。
土井
 政治活動家と人権活動家への脅迫は、この2年間でますます増加しました。政治囚の人数は、2年前(07年中盤)は1100人でしたが、現在は2100人。と言うのも、日本人ジャーナリスト長井健司さんが巻き込まれ死亡した07年8、9月の民主化要求デモに対して、弾圧の結果、数百人が逮捕・拘禁されたのです。また、08年5月ビルマをおそったサイクロン・ナルギスの際に、支援活動した人も多くが逮捕されたままです。
 そして、昨08年10月、11月には、70人以上の政治活動家や仏教僧侶、尼僧、労働運動家、ジャーナリストに対して、刑務所での秘密審理か裁判所での非公開裁判が行われました。このうち多くが、07年の民主化デモに関わったとして厳しい判決が出されたのです。65年の拘禁刑が、14人に宣告されました。さらに、活動家側の弁護士4人が、不公平な審理手続きに抗議するため、被告代理人を辞任しようとしたところ、法廷侮辱罪で投獄されるという事態も起こっています。
 ビルマで一番“有名な”政治囚は確かに、ノーベル平和賞受賞者のアウンサン・スーチーさんでしょう。現在の逮捕拘禁期限は、今年5月28日です。しかし、14日にスーチーさんを当局が訴追するというニュースが入ってきました。拘束を延長する目的のようです。今度こそ、彼女を釈放するために、国際社会は一丸となって軍事政権に強く要求しなければいけません。
豊富な資源によって国際社会を「後ろ盾」に
そのような人権侵害の甚だしい軍事政権が、いまだ政権の座を追われないのはなぜでしょうか? 国際社会は圧力をかけていないのですか。
土井
 オーストラリアやカナダ、欧州連合、スイス、米国などはビルマ軍事政権の人物を特定して制裁を継続しています。08年8月には、米ジョージ・ブッシュ元大統領はタイに住む亡命反体制活動家と会見をしています。ブッシュ政権では例外ですが、人権を基本に据えた外交政策を、ビルマに対してはとっています。
 しかし一方で、軍事政権側に立つ国が多いのも事実なのです。貿易・投資の主要な相手国である中国、ロシア、インド、タイなどの各政府は、軍事政権を一貫して支持しています。ビルマは、石油・天然ガスの豊富な国で、天然ガスの売上高が国家歳入のもっとも大きな部分を占めています。ビルマ沖合での大規模な天然ガス開発事業(韓国の企業体が主導)と、ビルマ・中国国境での陸上パイプライン建設計画によるところが大きい。
 中国は、ビルマにとって援助、ビジネスの意味でも非常に重要な相手であり、大きな影響力を持っていますが、軍事政権を無条件で支援しています。ただし、裏ではビルマ政権に行動を改めるように働きかけていると主張しています。実際に多少は行っているようですが、どの程度真剣に働きかけているか、そもそも本当に働きかけているのか、国際社会にはわからない。
 中国にとっては、インド洋に抜ける道筋であり、軍事的、地政学的にも重要ですし、天然ガスや石油を多く埋蔵していて、パイプラインを敷設するなど、資源獲得の意味でも非常に重要なわけです。そのため、国連安保理の場でビルマ問題が議論されるのに中国は反対し、ビルマ軍事政権の後ろ盾のようになっています。天然資源の収入は、軍事政権の手にわたるので、無視できない問題です。
中国は国際社会から批判されても、なかなか自国の政策を変えない国というイメージがありますから、深刻ですね。
土井
  確かに、中国をかえるのはむずかしい。ただし、日本政府の外交政策だって変えるのは簡単ではないですよね。政府の方針をかえさせるには地道な働きかけが必要なのです。
 実際に中国が、姿勢を変えた例があります。スーダン政府による虐殺が続くダルフール危機について、スーダン政府の後ろ盾になっていると中国は批判されました。HRWはメンバーに加わりませんでしたが、北京五輪を「ジェノサイドオリンピック」とよんでボイコットを呼びかけたグループがあり、かなり中国はこたえたようです。そして、中国は安保理での立場を変え、PKOの派遣などを了解するにいたりました。つまり、中国であっても、変えられないものではない、ということです。全世界が、中国に対し、残虐行為の後ろ盾をやめるようにと強く要求し続ける必要があるのです。
ビルマを「甘やかす」日本政府
ビルマの問題について、日本政府はどのような立場を取ってきたのでしょうか。
土井
 日本政府は、軍事政権側を支持するアジア諸国と、それを批判する欧米側の中間的立場にいると、言っています。しかし実際には、軍事政権寄りのアジア諸国に近いと思いますね。日本政府は、北朝鮮以外のアジア諸国については、政権側に甘く、民衆に厳しい側面がある気がします。
 日本は長年、ビルマの最大の財政支援国で、軍事政権とも関係を保ってきました。軍事政権が数々の蛮行をしているにもかかわらず、日本政府はなんらの制裁もかけていません。それどころか、軍事政権は制裁しても言うことをきかないから、“ほめて育てる”方向をとる、と担当者は言います。しかし、考えてみて下さい。残虐行為を尽くしている「とても悪い子」がいたとして、いくらしかっても言うことを聞かないからといってほめようという親がいるでしょうか。しかもほめたところで、全く前進がないという状態なのに。まるで、言うことをきかなかった結果に対して報酬を与えている状態であり、許されないことだと思います。
 日本は、ビルマの民衆側に立った政策に転換し、その上で、他のアジアの隣国に対しても、軍政側でなく民衆側に立った政策に転換するように働きかけていくべきで、それが日本にしかできない重要な役割になりうると思うのです。
現実は、なかなかそういう方向には行っていないようですね。日経新聞によると、2011年に大規模円借款を再開するという記事が載っていました。
土井
 日本政府はその報道を否定していますが、今のように人権状況が悪化している中で、軍事政権を支援する方向に舵を切れば、ゆゆしき問題です。当たり前のことですが、よい動きをすれば報酬があり、悪い行動をすれば批判をされるのが基本です。政府の残虐行為と人権侵害に報酬するようでは、民衆の犠牲はますます増える一方です。
なぜ日本政府は、軍事政権を支持するのでしょうか。
土井
新設された東京オフィスの前にて
 アジア、とくにASEAN諸国を日本の友好国にしたいという考えや、中国の影響力をこれ以上大きくしたくないなどの政治的な思惑ではないでしょうか。こうした思惑の前では、人権侵害の被害者である民衆はわきに追いやられてしまっているのです。
日本では、メディアもほとんどこうした問題を報道していません。海外の人道危機や人権問題に関心がうすいように感じますが、どうしてだと思いますか。
土井
 一般的に、「海外のことよりも自国の問題」という傾向が、日本のメディアのみならず世界のメディアにあると思います。ただ、他の先進諸国(欧米諸国)と比べて、日本のメディアの関心は確かに低いと感じますね。メディア側の努力不足もあると思いますが、日本外交が活躍していないからではないでしょうか。もし、中曽根外務大臣が、世界の紛争地に出かけていって紛争解決を仲介したり、国連の場で紛争下の民間人の保護を求める格調高い演説をし、その後、日本の外務省が国連で主導的な役割を果たせば、おのずとメディアは注目するはずです。しかし現状は、「wait and see(成り行きを見守る)」が基本。残虐行為に手を染める政権とのハレーションをさけているようでは、結局、残虐行為を黙認し、民間人の被害者を見捨てることに繋がるのです。

(敬称略、つづく)
BACK NUMBER
PROFILE

土井 香苗

1975年神奈川県生まれ。1994年東京大学入学。大学3年生で司法試験に合格し、4年生のときNGOピースボートのボランティアとして、アフリカで一番新しい独立国・エリトリアに赴き、1年間エリトリア法務省で法律作りに従事する。2000年から弁護士活動をする傍ら、日本にいる難民の法的支援や難民認定法改正のためのロビーイングやキャンペーンにかかわる。06年から研究員として国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのニューヨーク本部に在籍。07年から同NGO日本駐在員。08年9月から同東京ディレクター(日本代表)。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのHP:
http://www.hrw.org/
 
PAGE TOP
Copyright(C) Association Press. All Rights Reserved.
著作権及びリンクについて