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Series 世界
人間を傷つけるな! 土井 香苗
09/03/15

第2回 民間人を虐殺するスリランカの内戦

戦争や虐殺など世界各地で今日もなおつづく人権蹂躙の実情に対して監視の目を光らせる国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)。2009年春開設したHRW東京オフィスの土井香苗ディレクターが問題の実態を語る。

世界で最も残虐な集団の一つ「タミルの虎」
スリランカで内戦が激化しているという報道をよく目にしますが、現地はいま具体的にどんな状態になっているのでしょうか?
土井
 スリランカは小さな国ですが、いまここでの内戦は凄惨を極めており、世界最悪の紛争の一つです。この2年間ほどはとくにひどく、なかでも、内戦が最終盤にさしかった2009年1月以降は、残虐を極めており、民間人が数多く殺されています。
 スリランカは、人口の75%程度がシンハラ人、20%ほどがタミル人で、多民族国家です。そして、1980年代から20年以上にわたって内戦が続いています。スリランカ北・東部を中心に居住する少数派のタミル人の分離独立をめざす反政府武装集団「タミル・イーラム解放のトラ」(「タミルの虎」・LTTE)が、政府軍との間で、武装闘争を続けているのです。
 2009年2月時点で、スリランカ政府軍は、「タミルの虎」を彼らの本拠地から駆逐して、ムラティブ県北東部の100平方kmに満たない狭いエリア(伊豆大島くらいの面積)にまで追い込みました。これまでの紛争のなかで、「タミルの虎」は、支配地域に住んでいたタミル人の民間人たちに、戦闘地域から逃れることを許さなかったこともあり、この狭いエリアには、20万人もの人々が閉じ込められています。ここに、スリランカ政府軍は攻撃を加えているのです。
 その一方でスリランカ政府はここ2年ほどメディアへの紛争地域への立ち入りを禁止しています。よって、この紛争での民間人の犠牲は、隠されたままです。そして、メディアがカバーしないこの紛争に、世界は注目していません。
一連の動きに対して、ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は、どのような活動をしてきましたか。
土井
 ヒューマン・ライツ・ウォッチは、これまでも度々スリランカの状況を調査報告してきていますが、内戦が凄惨を極め世界が紛争地に近づくのが特に難しくなった2009年2月にも、危機や紛争地での緊急調査のエキスパートであるアナ・ニスタットを現地に派遣して事実調査を行い、その結果を同月の報告書として発表しました。そして、スリランカ政府軍と「タミルの虎」との戦闘が特に激化した09年1月以来の1ヵ月で、最大2000人の民間人が殺害され、5000人以上が負傷したと見られることを明らかにしました。これは、民間人に対する虐殺です。
民間人を虐殺しているのは、「タミルの虎」なのですか、それともスリランカ政府軍なのですか。
土井
 政府と「タミルの虎」の両方が、残虐行為を行っています。「タミルの虎」は、自爆攻撃や少年兵使用をふくむ世界で最も汚い手をつかう武装集団のひとつとして、世界に知られています。「タミルの虎」は、民間人が戦闘地域から逃れることを認めず、戦闘から逃れるために政府軍の支配地域に向かって避難しようする人びとに対し、繰り返し発砲してきた、と現地の人たちはHRWに話しています。また、「タミルの虎」の支配する小さなエリアに残された子どもを含む多数の民間人は、強制的に徴用され、戦場で極めて危険な強制労働に従事させられています。「タミルの虎」は、2008年9月以来従軍経験のない人たちまでも、前線での戦闘や兵站活動に強制的にどんどん駆り出すようになり、その結果、多くの犠牲者が出ています。
 しかし、こうした残虐行為に手を染めているのは政府軍も同じです。スリランカ政府軍は、避難民たちであふれかえっている狭い地域を、繰り返し無差別に砲撃してきました。政府は、「安全地帯」を設けたと宣言しましたが、実際には、この「安全地帯」にもたくさんの砲撃が行われました。
 スリランカ政府高官たちは、戦闘地域に閉じ込められたタミル人住民たちを、「タミルの虎」側の人物と推定し戦闘員として扱う、と示唆しています。「タミルの虎」による攻撃に対して、事実上、罪のない避難民たちの命をないがしろにするかたちで、仕返しをしている格好になっています。
スリランカ政府も民間人を虐殺している
「タミルの虎」を支援をしている組織などあるのでしょうか、また、スリランカ政府に対してはいかがですか。
土井
「タミルの虎」の資金は、その多くが海外から送られていると言われています。なかでも、内戦を逃れて世界中に散ったタミル人のダイアスポラ(注:あるコミュニティーに属している人たちのうち本国外に居住する人)のコミュニティーから多額の資金を集めています。「タミルの虎」は過激で残虐な分離独立派組織であり、タミル人のなかでも決して多数派ではありません。しかし、「タミルの虎」は自分たちと異なる意見を持つ同胞タミル人たちを暗殺し、支配地域での表現の自由を弾圧するなどして、恐怖政治をしいているのです。
 HRWは、「タミルの虎」が、世界中のタミル人コミュニティーから恐喝的な手法により、資金を巻き上げている実態を明らかにする報告書も発表しています。この報告書によって、大きなタミル人コミュニティーがあるカナダでは、大きな社会問題として取り上げられ、新たな法律が採択されて、「タミルの虎」への送金が禁止されるという成果がうまれました。
 一方のスリランカ政府については、日本が最大の経済援助国です。スリランカの受け取る援助の半分以上が日本からのもので、日本政府のスリランカ政府に対する影響は非常に大きい。民間人を虐殺するという行為に手を染めているスリランカ政府を日本政府が無条件に支援し続けているとして、世界中から批判の声が上がっています。
スリランカ政府が、「タミルの虎」というテロ組織を掃討するのを、大目に見ようという空気もあるのではないですか。
土井
 確かに、「タミルの虎」は汚い組織で、スリランカ政府には自国民を守る義務があります。これについては私たちも問題にしてはいません。しかし、だからといって、民間人を虐殺することは許されません。汚い組織から人びとを守るためという名目で、政府までも汚い手を使うことは許されません。戦争にも国際的なルールが定められています。民間人を虐殺するのは国際人道法違反であり戦争犯罪にあたります。
このような問題が20年続く内戦の歴史的背景をもう少し詳しく教えてください。
土井
 言語や教育、宗教など、あらゆる分野で国内の少数派民族であるタミル人への差別があります。こうした差別に憤ったタミル人の一部が「解放のトラ」をつくりました。その後、「解放のトラ」は言うにおよばず政府軍によっても残虐行為が繰り返されてきたわけです。暗殺や拷問、拉致・強制失踪などです。こうした人権侵害行為の責任者たちは、処罰されることはなく不処罰がまん延してきました。法による正義が実現されることはなく、相手方に対する怒りと恨みが積み重なり、新たな戦闘員を育てていくことになったのです。
 HRWは、スリランカ政府軍による軍事的勝利では、この内戦は本当に終わらないと考えています。その背景にある、タミル人差別や重大な人権侵害に対する不処罰の蔓延を止めなければ、真の和平を達成することはできません。
緊急事態の専門家が現地で調査
こうした危険な危機状態の下、HRWの調査は、どのようにして行われてきましたか。現地での調査はかなりの危険が伴うと思われますが。
土井
「緊急事態の専門家」
アナ・ニスタットさん
 HRWのなかには、各地域や個々の問題の専門家が多数いますが、それ以外に、「緊急事態の専門家」が5人います。彼らは、世界中のあらゆる紛争地で経験をつんでおり、危険を避けながら調査をするすべを心得ています。最新のスリランカの調査は、そのなかのひとりであるアナ・ニスタットが行いました。
 彼女は、スリランカ以外にも、彼女の母国であるロシアをはじめ、ジンバブエ、ウズベキスタン、キルギスタン、ネパール、ベラルーシ、アルメニア、イスラエル、ハイチなどの危機の下で調査を行っています。
 こうした調査の際には、地元のNGOや人権活動家の協力は絶対に必要です。HRWは、地元のエキスパートをスタッフとして雇用していることも多いですが、そのほかにも世界中に広いNGOのネットワークを持っています。
こうした人権危機に対して、国連はなにか手をうっているのでしょうか。世界各国はどのような動きを見せているのでしょうか、また、日本はなにをすべきでしょうか。
土井
 残念ながら、国連はほとんど動いていません。このような事態を前にして、国連安保理や国連人権理事会の緊急の行動が求められていると思います。
 これまでの国際的な動きとしては、スリランカ政府の要請を受けて、2003年6月に東京で「スリランカ復興開発に関する東京会議」が51ヵ国、22国際機関の参加によって開催されました。このとき共同議長国となったのが、日本、米国、EU、ノルウェーで、国際的には、この4ヵ国がスリランカに影響力を有する政府・機関として、問題解決の鍵を握っているといえます。なかでも日本は、スリランカに対する最大の財政援助国ですから、本当は役割が大きいと思います。
経済支援を盾に強力なプレッシャーを!!
土井
 スリランカ政府に対しては無差別砲撃をやめさせること、また、「解放のトラ」に対しては民間人を逃がすようにすること、そしてもちろん、両者に対して民間人を逃す「人道回廊」の設置について合意することをはじめ、戦争のルールを定める国際人道法をしっかり遵守するように、強く求める必要があるのです。しかし、日本政府は対応を怠っています。強力な働きかけをしていないのです。他の4共同議長国である米国、EU、ノルウェーと比較しても、その努力は欠如していると思います。虐殺を行っているスリランカ政府に対し、強力なプレッシャーをかけることもなく、何の条件もつけずに財政支援し続けている日本の立場は批判されるべきではないでしょうか。
 多くのタミル人が、日本政府に対して不満を持っています。私のところにも、世界中の見知らぬタミル人たちを含め、多くのタミル人からの日本政府への抗議のメールが送られています。
 2002年にノルウェーの仲介によって、スリランカ政府と「タミルの虎」との間で停戦が結ばれた際、日本政府は、スリランカでの経済援助などのプログラムを行い、日本が掲げる「平和構築国家」イニシアチブの目玉にしようという意図があったと思います。しかしその後、和平合意は完全に破られ、平和構築どころか、お互いが相手を殲滅するまで戦う血で血を洗う内戦が再発し虐殺が行われました。この結果、日本政府は面目を失ったと考えているかもしれません。しかし、こうした事態になることは予測ができました。停戦合意が結ばれたあとに、人権侵害をしっかり捜査して責任者を処罰するための行動をとらなかったため、相手方に対する恨みと不信感を解決できなかったことが内戦が再燃した理由のひとつでしょう。
 経済援助ももちろんですが、人権の観点から取り組まなければ、真の平和は構築できないということです。日本政府は、民間人に無差別発砲をして虐殺をしたスリランカ政府に対する最大のドナーとして、今後は、責任ある行動をとってもらいたい。つまり、厳しくスリランカ政府を非難し、閉じ込められた民間人たちの救出に向けて、全力でスリランカ政府と「解放のトラ」を説得してほしいものです。

(敬称略、つづく)
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PROFILE

土井 香苗

1975年神奈川県生まれ。1994年東京大学入学。大学3年生で司法試験に合格し、4年生のときNGOピースボートのボランティアとして、アフリカで一番新しい独立国・エリトリアに赴き、1年間エリトリア法務省で法律作りに従事する。2000年から弁護士活動をする傍ら、日本にいる難民の法的支援や難民認定法改正のためのロビーイングやキャンペーンにかかわる。06年から研究員として国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのニューヨーク本部に在籍。07年から同NGO日本駐在員。08年9月から同東京ディレクター(日本代表)。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのHP:
http://www.hrw.org/
 

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