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Series 時事・社会
米・大統領選を追う 堀田 佳男
08/04/30

第2回 選挙資金をどう集めるか

4年に1度のアメリカ合衆国大統領選挙。2008年はとくに、予備選から激戦が続いており、日本メディアの注目度も高い。過去4回の選挙を現場で取材したジャーナリスト・堀田佳男氏が大統領選とは何かを解説する。第2回は、選挙とカネの関わりについて探察していきたい。

 米大統領選挙には巨額の選挙資金がついてまわる。私の推計では、2008年の大統領選挙で使途される選挙資金総額は5000億円に達する。途方もない金額である。ここまで選挙そのものが肥大した理由は何なのか。

クリントン、オバマ候補の決着は8月か

  共和党レースの勝負はすでについた。ベトナム戦争で「ハノイ・ホテル」と呼ばれる捕虜収容所に5年半も捕らえられた経験をもつジョン・マケイン候補が、党の代表候補になった。
 一方、民主党の指名候補争いはクリントン・オバマ両候補による一騎打ちが続いており、4月末になっても決着がついていない。予備選による一般代議員では決着がつかない可能性が極めて高く、連載第1回目で記したとおり、指名候補は特別代議員の投票で決まる公算が高い。
 ただ、ハワード・ディーン民主党全国委員会委員長をはじめとする党の重鎮たちがヒラリー候補を説き伏せにかかることも考えられる。けれども委員長は、「クリントン候補は最後まで戦う権利がある」と発言してもいて、彼女の自主性を重視している。そうなると、最終的に指名候補が決まるのは初夏にずれ込む可能性もある。
 昨年末の時点では、ヒラリー候補の独走が予想されていた。当時、今日のオバマ候補の躍進を推断できた人は少ない。何故オバマ候補に強い追い風が吹いたのか。それは政治献金の周辺を見渡すと理解できる。

カネを集めないと大統領にはなれない

 昨年末までヒラリー候補とオバマ候補の選挙資金総額は、それぞれ約120億円と約100億円で20億円ほどヒラリー候補がリードしていた。しかし、年が明けてからオバマ候補の選挙集金が増大する。同時に支持率も急上昇してヒラリー候補を抜き去った。支持率とカネの関係はニワトリと卵の関係に似ており、どちらが先行するかの判別はむずかしい。
  オバマ候補の人気が上昇した理由は、すでに多くのメディアで説明されているが、あらためて整理してみたい。筆頭に挙げられるのが、同候補が言い続けている「変化」への期待感に多くの有権者が共感したためだ。46歳という若さと黒人政治家であるという目新しさもある。ブッシュ政権下で澱んだアメリカを、新しい方向へ先導できるカリスマ性も携える。さらにワシントンに牛耳られている政治を「里に下ろす」気概もある。
 そうした中で、政治資金がどれほど重要なのかといえば、選挙戦のトップ項目に挙げられるほど肝要だ。昨年日本に帰国した私のもとに、今でも最低1週間に1度、ヒラリー・オバマ両陣営から献金を懇願する電子メールが送られてくる。集められるだけカネを集めるという発想は、ある意味で民主的だが、巨万のカネを集金できない限り大統領になれないという虚無的な現実もある。
 1860年、エブラハム・リンカーンが大統領に当選した年、約10万ドルが選挙資金に使われた。当時としては巨費である。100年後の1960年、ジョン・F・ケネディの選挙資金はほぼ100倍の970万ドルになった。92年には、ビル・クリントンがその10倍以上の1億3000万ドルを集金している。16年経った2008年、オバマ候補の集金額は選挙戦半ばにしてすでにビル・クリントンの選挙資金の倍近くを集めている。史上最高額で、青天井のコストに歯止めはきかない。

「政府からの補助金はいらない」

 実はこれまで、選挙資金に規制をかける法律は何度も成立してきた。1907年、企業から候補者個人や政党に献金できる額が制限され、その40年後には労働組合からのカネにも規制がかけられた。しかしこの時点では、個人からの献金についてはなにも規制がなかった。個人からの候補者への献金については、71年、連邦選挙運動法(FECA)によって一人の有権者が一人の候補に献金できる上限が設定された。何回か修正が重ねられ、現在では2300ドルに制限されている。
 しかし、この法律では政党への献金(ソフトマネー)については無制限のままだった。億万長者が政党に5億円でも10億円でも献金できた。そのカネが政党を通して特定候補に伝わることは誰の目にも明らかだった。そこで、02年になってマケイン・ファインゴールド法という超党派選挙改革法が成立、ソフトマネーもまた上限2万5000ドルと制限された。
 こうした個人献金の規制の一方で、政府は候補者に選挙資金を助成するマッチングファンドを準備した。マッチングファンドというのは、政府が税金とは別枠で国民から毎年3ドルを徴収(希望者のみ)している積立金から支払われる。マッチングファンドを受け取った候補者は、自らが集金した資金も含めて、選挙戦で支出できる上限額が設定されてしまうのだが、規制が強まるにつれて、候補者がマッチングファンドを受け取るのは当たり前の状況が70年代以降、続いていた。
 ところが、08年選挙でヒラリー候補とオバマ候補は支出を制限されることをさけるため、マッチングファンドを受けとらない戦術を取った。両候補は「政府からの補助金はいらない。その代わり集めるだけ集めて、使えるだけ使う」という態度を堅持する。これでは集金力のない大統領候補はもはや勝つことはできない。エドワーズ候補やハッカビー候補が早期に撤退したのも、今回も選挙資金が増え続けているのもそのためだ。

21世紀型集金方法を確立したオバマ

 では、両候補はどうやってカネを集めているのか。特徴的なことは、ヒラリー陣営が依然として選挙対策本部の組織力にものをいわせ、富裕層から個人献金額の上限である2300ドルを献金させる「トップダウン」型の集金おこなっているのに対し、一方のオバマ陣営はインターネットを利用した裾野の広い小口献金に頼る「ボトムアップ」型を確立したことだ。
「ボトムアップ」型の底流にあるのは日本でも「ミクシィ」などで有名になったソシアル・ネットワーキング・サービス(SNS)である。オバマ候補の躍進の力になったのは、全世界ですでに登録者が3億人を突破した「マイスペース」や7000万の登録者を抱える「フェイスブック」というSNSだ。彼らがオバマ候補への小口献金を呼びかけたことで、30歳以下の若者を中心に、多額の政治献金が集金された。その点においてオバマ候補は間違いなく新たな風を吹かせた。
 04年にハワード・ディーン前大統領候補の選対本部長を務めたジョー・トリピ氏は、「ヒラリー候補のカネ集めは20世紀型を継続しているが、オバマ候補の方は間違いなく21世紀型の集金方法を確立した」と述べている。
 カネ集めについては、伝統的に民主党よりも共和党の方が長けていた。しかし08年選挙ではそれが逆転している。3月末まで、マケイン候補の集金額はオバマ候補のほぼ3分の1でしかない。集金額イコール得票数という図式があることはあるが、本選挙ではこの公式が当てはまらない。選挙への興味がつきない点である。

(敬称略、つづく)

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PROFILE

堀田佳男

国際政治ジャーナリスト

1957年東京生まれ。
早稲田大学文学部を卒業後、ワシントンのアメリカン大学大学院国際関係課程修了。米情報調査会社などに勤務。永住権取得後、90年にジャーナリストとして独立。政治、経済、社会問題など幅広い分野で活躍。過去4回の大統領選を取材した唯一の日本人ジャーナリストでもある。著書に『大統領のつくりかた』(プレスプラン)、『MITSUYA 日本人医師満屋裕明―エイズ治療薬を発見した男』(旬報社)など。

大統領はカネで買えるか?/5000億円米大統領選ビジ ネスの全貌

『大統領はカネで買えるか?/5000億円米大統領選ビジ ネスの全貌』
 堀田佳男著
 (角川SSC新書)

堀田佳男さんのHP:
www.yoshiohotta.com/

 
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