関心は、早くも来年の大河ドラマへ
前回私は、〈今年はNHK大河ドラマの影響で源義経に関する本が出続けたが、どうやら読者の興味は義経自身から「平泉」に移ったようだ〉と記したばかりである。9月に出た『悲劇の英雄 源義経と奥州平泉』(星亮一著、ベスト新書)が、義経よりもむしろ平泉の歴史に重きを置いた本であったからだが、それが今年最後の「源義経」本になるのかもしれない。10月刊行の新書(奥付が11月5日の祥伝社新書を含む)を眺めると、「山内一豊」をタイトルに入れた本が3冊もあり、目立つこと目立つこと。いうまでもなく、来年の大河ドラマ「功名が辻」を意識した刊行である。
山内一豊といえば、名馬購入のためにへそくりを差し出した「山内一豊の妻」の内助の功がつとに有名である。が、その一方で、肝心の本人はどういう人物だったのかということは、それほど知られていない。
『山内一豊/負け組からの立身出世学』(小和田哲男著、PHP新書)は一豊のことを、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の3人に仕えた先見の明ある有能な武将として捉える。「武士は二君にまみえず」という儒教的な視点から一豊を非難する人も多いが、著者は、流浪の身から土佐藩主に収まった立身出世ぶりを称える。
その出世に大きく貢献するのが、妻の千代だ。「山内一豊の妻」は、内助の功の代名詞といってもいいほどだが、彼女の存在はその程度のものではないと説くのが、『山内一豊と千代/戦国武士の家族像』(田端泰子著、岩波新書)。著者は、戦国武士の夫婦のあり方を「盟友」と解釈しており、毛利元就・池田恒興・池田輝政らの例も引きながら、「家」を守るための夫婦の結束ぶりを記す。
一方で『検証・山内一豊伝説/「内助の功」と「大出世」の虚実』(渡部淳著、講談社現代新書)は、豊富な資料をもとに一豊に関する定説を否定していく。著者は、土佐山内家宝物資料館の館長。「内助の功」「賢婦の鏡」の逸話として戦前の学校教育に用いられたことで特に年輩者に広く知れ渡っている常識を、丁寧に検証していく。この3冊、いずれもドラマ放送開始前の予習として読んでおきたい。
新しい潮流か? 日本史の定説を検証する
他にも古代から近・現代まで、「日本史」に関する本がたくさん刊行されている。『神々と古代史の謎を解く古事記と日本書紀』(瀧音能之著、青春新書INTELLIGENCE)は、古代史を探る重要な手がかりである記紀の解説本。『島原の乱/キリシタン信仰と武装蜂起』(神田千里著、中公新書)は、「敬虔なキリシタンによる殉教」という従来のイメージに異を唱える。先述の『検証・山内一豊伝説』といい、8月に出版された『刀狩り/武器を封印した民衆』(藤木久志著、岩波新書=刀狩りは武士の側による農民の武装解除ではなかったと主張する)といい、日本史の常識に疑問を呈する本が相次いで出ている。この流れがこれからも続くのか、注目したい。
日本で起きた歴史的出来事は、世界史のうねりと関係していると説くのが、『世界史は日本史をどう記してきたか』(河合敦監修、青春新書INTELLIGENCE)。強大化した唐の圧迫を受けて乙巳の変が起きた、ポルトガルによる鉄砲伝来の背景には大航海時代のアジア進出ブームがある等、世界史の中の日本史を説明しようと試みる。
また、『日露戦争 勝利のあとの誤算』(黒岩比佐子著、文春新書)は、薄氷の勝利に錯覚した日本人の様子を、言論人と首相の姿から描く。この勝利が生んだ錯覚・誤算の結果が、太平洋戦争突入と敗戦である。『誰も「戦後」を覚えていない』(鴨下信一著、文春新書)は、今では忘れられがちな敗戦からの5年間を振り返る。
9月に引き続き、10月にも「健康」をテーマにした本がたくさん出版された。それぞれの内容は多岐にわたり、ひとくくりにするのは乱暴だが、書名だけを一気に列挙する。『インフルエンザ危機』(河岡義裕著、集英社新書)、『間違いだらけのアトピー治療』(竹原和彦著、新潮新書)、『知らないと危ない麻酔の話』(F・スウィーニー著、講談社+α新書)、『自宅入院ダイエット』(大野誠著、集英社新書)、『漢方的スローライフ』(幸井俊高著、ちくまプリマー新書)、『生命をみとる看護/何がどこまでできるのか』(大坪洋子著、講談社+α新書)といった顔ぶれだ。これだけの刊行数があるだけに、「健康」本のブームが完全に復活したといってもよいだろう。
なお、「薬」を取り上げた「日本史」本という人気テーマを二重取りした書も出たので記しておきたい。『正倉院薬物の世界/日本の薬の源流を探る』(鳥越泰義著、平凡社新書)は、聖武天皇の死後、光明皇太后によって東大寺大仏に献納された正倉院薬物の物語だ。
ここ数ヵ月(とりわけ9月)多くの本が取り上げたテーマ「中国」だが、今月は『中国経済のジレンマ/資本主義への道』(関志雄著、ちくま新書)、『「俺様国家」中国の大経済』(山本一郎著、文春新書)という2冊の経済本と『中国人の愛国心/日本人とは違う5つの思考回路』(王敏著、PHP新書)が出た。この3冊という刊行点数を、引き続き「中国」本ブームだと見るか、ブームはもう終わりに近づいたと見るべきか。私は後者のような感じがするが、どうだろうか。
さて、秋から冬にかけての季節ものといってよいテーマの本もたくさん出たので、これも急ぎ足で見ておきたい。
「クラシック」を取り扱ったのが、『西洋音楽史/「クラシック」の黄昏』(岡田暁生著、中公新書)と『ヴァイオリニストの音楽案内/クラシック名曲50選』(高嶋ちさ子著、PHP新書)。「旅」本、それも鄙びた旅をすることで日本の良さの再発見を促す本が、『にっぽんローカル鉄道の旅』(野田隆著、平凡社新書)と『日本浪漫紀行/風景、歴史、人情に魅せられて』(呉善花著、PHP新書)。前者は中小私鉄・第三セクターから選んだ17路線の鉄道紀行。後者は大正ロマン溢れる小樽や、匠の技を今に伝える飛騨高山、信仰の場としての恐山、紀州熊野などを旅したエッセイである。
子育てへの不安が増す時代、子供とどう接するか
10月には、普段それほど出版されないテーマから複数の本が出たので、そちらも強調したい。
「子供」が荒れる現在、親は子とどう接すればよいのか。この重いテーマに挑んだ本がある。元東京少年鑑別所法務教官で、気鋭のジャーナリストが上梓したのが『子どもが壊れる家』(草薙厚子著、文春新書)。異常な少年犯罪を生んだ家庭には、親の過干渉とゲームの悪影響というふたつの共通点があると喝破する。『「夜ふかし」の脳科学/子どもの心と体を壊すもの』(神山潤著、中公新書ラクレ)も、子供の脳のために「早寝・早起き・朝ごはん」の習慣をつけるよう訴える。『「死」を子どもに教える』(宇都宮直子著、中公新書ラクレ)は、死と正面から向かい合う教育の実践例から解決策を見つけ出そうとする。
子供による犯罪のみならず、親が子供に与える暴行も急増している今日。『赤ちゃんはなぜ可愛いのか/ここまでわかった赤ちゃんの謎と不思議』(大宮信光著、パンドラ新書)を読んで、純粋に父性・母性の本能を高めたいものだ。
近代日本の「翻訳文学」を取り上げた本が、奇遇にも2冊出た。『森鷗外/文化の翻訳者』(長島要一著、岩波新書)と『明治大正 翻訳ワンダーランド』(鴻巣友季子著、新潮新書)。『即興詩人』『ノラ』などを訳したことが、文豪の創作にどう影響したかを分析する前者に対し、後者は邦題名誕生秘話や誤訳など明治・大正期の翻訳裏話だ。
最後に「メディア」を取り上げた本で締めくくりたい。『ご臨終メディア/質問しないマスコミと一人で考えない日本人』(森達也、森巣博談、集英社新書)は1冊丸ごと対談という体裁が不満だが、マスメディアの機能不全を基に日本人論まで展開し興味深い。奇しくも同じ月に出た『ジャーナリズムとしてのパパラッチ/イタリア人の正義感』(内田洋子著、光文社新書)と併せて読めば、日本人の特異性がよく分かる。
とはいえ、私は、対談というスタイルは新書に馴染まないと考える。教養系の新書は、学者や専門家が苦労して蓄えた知識を書くという作業によって昇華させた成果のはず。今後、対談集がどんどん出るのだろうか。できれば避けて欲しいものだが。
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